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アオハルインウィディア  作者: ヌベスコ
6/9

2話終編 『エンドロール、からの二周目』

 着替えを済ませ、グラウンドに集まった両者。

 互いに縄張りを守ろうとする狼のごとく相手を睨みつけ、牽制し合う。

 また、その姿は睨み合う金剛力士像とも言えるだろう。


「さて、それではルールを確認させていただきます」


 金髪碧眼の美女メイドが流暢な日本語で確認を取る。


「グラウンドにひかれた白線の一周は300メートルです。よって、先に十周した方の勝ちとなります。スタートラインを通過するごとに私が残り何周かは言いますので、ご自身では数えてもらわなくて結構です。あとは……一般的に反則とされることはしないこと。あ、宣誓とかします?」


「しないわよ……」


 了解でーす、と言い残し金髪碧眼メイドはスタートラインへと向かっていく。


 それと同時に二人も軽いストレッチなどをしつつスタートラインに向かう。

「この勝負、わたしが勝ったら……分かってるわね」

「そっちこそ、なんでも言うことひとつだぞ?」


 スタートラインに立ち、前を見据える。

 パンッという空砲が響き渡り、スタートライン付近には小さな砂埃が舞い踊った。



 新崎はこれまでの経歴からも分かる通り屈指のガリ勉である。

 なので、運動は苦手と思われがちだが実際のところそうでもない。


 確かに球技には多少の苦手意識を持っているが、スポーツテストのような基礎の運動に関しては平均よりちょっとできるくらいである。


 だが、そんな中途半端な実績で少し自信を持っていたのが間違いだった。


 そんなことを考えつつもようやく俺は四度目のスタートラインを視界に入れるのだった。


「ハァッハァッ」


 心臓の鼓動がバクバクという音となり、はっきりと身体の中に響き渡る。

 まだ、振動こそ弱いもののいずれはこれが大太鼓みたいなボリュームになるんだと思うと、憂鬱にならざるおえない。


「はい、五週目でーす」


 スタートラインを切ると同時に高く透きとおった声が聞こえてくる。

 しかし、直後。


「お嬢様、七週目でーす」


 後ろから聞こえた声にもはや、驚きはない。

 メトロノームのように整った一定のリズムで足音が近づいてくる。


 ――仕掛けるならここだな。


 一瞬、スピードを落とし聡に並ぶ。

 残りの体力は彼女のスピードに合わせるためだけに使わなくてはならない。

 短期決戦は苦手なんだけどな……


「よお、やっぱ運動神経めっちゃいいんだな」

「…………」

 こちらを一瞥しても眉ひとつ動かさず完璧なスルーを決め込んでくる聡。


「おいおいスルーはだめだぞ。既読スルーは傷つくんだからな。いや、ほんと……」


 しばらく沈黙した後、聡が前を見据えたまま呟くように話し始める。

「……このままいけば確実に私が勝つ。だから、あなたはここで確実に策を打ってくる。それに付き合う道理はないわ」


 そう言い捨てると、聡は落下する石のようにスピードを上げ、引き離しにかかってくる。


 だが――


「ハァッハァッ、おいおいまだ、話は始まってもないんだから、焦んなよ。俺は演出は大事にするタイプなんだから」

「…………」

 スピードを戻す聡、ペースを崩すのは悪手と見たか。


「さてと、まあお前が嫌なんだったらしょうがない。単刀直入に言ってやる。お前……神崎のこと好きだろ」

 最後の言葉を聞いた瞬間、まるで電流にでも打たれたかのようにビクッとして、反射的に顔を俺の方に向ける。


「――!? な、ななななん、何をぉ!?」

 一瞬立ち止まり、キョドった声を上げる。

 白く透きとおった肌はみるみる赤く染まり、目も右往左往して落ち着かない。


 そんな様子にファーストコンタクトは上手くいった、とほんのり達成感を感じつつ次の口撃を仕掛ける。


「しかし、神崎はいつまで経ってもその気持ちに気付いてくれない。そうだろ?」

「え? あ、あぅ。えっと……」

「…………」

「あぅ、えっと、うぅ……」


「 ……さっきからあぅあぅえぅえぅおぅおぅ……お前はオットセイか!!!」


「お、おぅおぅとは言ってないわよ……」

「そういう問題じゃねぇ……!!」


「も、もう落ち着いたわ。それで? 何よ? というか別に私はひーちゃんのことなんて何とも……お、思ってませんし!!」


 じゃあこの勝負はなんなんだよ、と思わず飛び出してしまいそうになった言葉を呑み込んだつばと共に再び奥底へ仕舞い、さらに揺さぶる。


「へぇ……あぁ、そう。毎日、弁当作ってわざわざ手渡しまでしてるのに?」

「んな!? あなたがなぜそれを……!?」


「そういや、神崎の母親とも仲良いんだっけか。いやー思春期の女子高生がー? 男子高生の母親と仲良くねー? うーん、これはもうあれだよねー? ホの字だよねー、ホ☆の☆字」

「ッ〜〜〜〜〜!!!」

 再び聡の顔が赤く染まる。


 言葉などなくてもこの表情さえ見れば答えは示されたようなものだ。


 仕上げだな。


 再びスタートラインが視界に入る。

 体力は彼女に散々ペースを乱されたおかげであまり余裕はないが、まだへばる程じゃない。

 それに、ここまで来たら後は時間の問題だろう。


 もう反論する余裕もなくなり、先程から比喩抜きでりんごみたいな色に染まった顔を隠すためか一切こちらを見なくなった聡の様子がそれを示している。


「いやぁ……にしても不憫だよなぁ。あいつどんだけ鈍感なんだよって話だよほんと。少女漫画の主人公じゃないんだからなぁ?」


 はるか昔から人間は問題に直面した時、男は論理的に、女は感情的に、その問題をみる傾向がある。

 だから、いきなり具体的な解決策を出すよりも一旦同情して気の緩みを作ってやればより攻めやすくなるってもんよ。


「…………」

 聡がチラッとこちらを一瞥する。

 少しは上手くいった証拠だろう。

 そして、同時にスタートラインを通過したことで再び高い声が響き渡る。


「はーい、お嬢様が八周目でえっと……石崎さん? が六周目でーす」

「石崎じゃねぇ!! 新崎だ!! し・ん・ざ・き!!」


 あれ? なんかデジャブ……


「ったく……なあ、俺が代わりに告白してやろうか?」

「え?」

 何を言われたのか、まるで理解出来ていないような声を上げる聡。


「いやさ、あれだけやって気づいてもらえないならもう直接言うしかないだろ? でも、お前はそのプライドの高さ故に言い出せない。だから、そんなお前を不憫に思ってこその申し出なんだが――どうだろうか?」


 心にもないことをべらべら喋るのは割と得意なほうなので思いのほか饒舌になってしまった。

 しかし、彼女はこの申し出をまず間違いなく断るだろう。


 なぜなら――


「……そ、そんなこと頼めませんわ。それではまるで私が……私が怖くて逃げているみたいじゃありませんの……」


 それもまたプライドの高さ故に、だ。


 だが、こっちが同情するようにしてからは明らかに彼女の毒舌が収まった。

 毒舌じゃないこいつなんて言わば苦味のないゴーヤと同じ!! もう何も怖くない……!!


「いやいや、そんなことないって。俺が言えばちゃちゃっと終わるし、楽だぞ?」

「例えそうでも……それは、それだけは頼めませんわ」


「……いや、お前がどれだけ拒否しようと俺は言う。短い間ながらもお前の性格はだいたい把握したからな。このままじゃお前らの関係はいつまで経っても進展しないだろう。あくまでこれはお前らのことを思ってこその行動なんだ」


 我ながら舌先三寸の嘘に笑ってしまう。

 心を風船にでもつけてどこか遠くへ飛ばしてしまったかのごとく罪悪感も何も感じないのだからもはや、笑うしかないのだ。


 昔から勝負事に関してだけはどこまでも非情になることが出来る性格だったのもボッチになった原因の一つかな、と隅で小さく後悔しつつもさらに畳かけようとしたその時。


「……決めましたわ」

 聡がボソリと呟く。


「ん?」


「私、告白してきます」


「んん?」


「確かにあなたの言う通り、このままでは私たちの関係は一向に進展しないだろうとは思っていました。でも、あなたのおかげで決心がつきましたわ!!!」


 これ、やばいんじゃね?

 俺が告白してやるという状況から次第にお前が負けたら告白しないでおこう、その代わりに俺がお前らのこと手伝ってやるからさ、というみんなハッピーの平和な世界に持っていくはずが……自分で告るだとぉぉ!?


「お、おい。ちょっとまてって」

「あなたの心遣いには感謝していますわ。ですが、琉蓮司家の人間たるもの一度、心に決めてしまえばもう後戻りはしません!!」


 早口で捲し立てるように言葉を並べてくる。

 告白するという決心から一種の興奮状態になったようだ。

 想定しうる限りで一番厄介なことになってしまった……こうなったらもう冷静な会話は期待できない……何か、一発で興味を引けるパワーワードは――……そうだ!!


「ふぅー、決めたら即行動!! ですわぁぁぁぁぁ!!!」

 俺が起死回生の一手を思いつくと同時に、聡も訳の分からない掛け声で自分を鼓舞しつつスピードを上げ始める。


 キャラクターが崩壊しつつあることももちろん重要な問題なのだが、それ以上に今は彼女との距離が離れると声が届かなくなる可能性があることのほうが大事だ。

 もう、残りの体力も心もとないし、これがラストチャンス。やるしかない。


「まて!!! 早まるな!!」

「ッ!? な、何ですか!!?」

「この世の中、何でもかんでも勢いだけっていうのはまずいだろう? だから、人は事前に準備をする。準備をすることによってより成功する可能性を高めたり、不測の事態にも備えられるようになる。そうだろう?」


「え、ええ。確かにそうですが、それが何か?」

「つまり、何が言いたいかって言うと、今のお前は完全に勢いだけで動いてるってことだ。そんなんじゃ失敗した時の後悔が半端ないぞ!!」


「だ、だけど……準備は充分したはずでしょう!?」

「いや、俺が言いたいのはそうじゃない。ズバリ見た目の問題だよ」


「え?」

「俺は……神崎の好みを知っている!!!」


 まあ、嘘だけど。

 この際、後先構ってはいられない。

 俺はただ勝負に負けるのが嫌なだけなので、あとの事はどうでもいいのだ。


「……な、なんですって……!!? それは本当に……!?」

 よし、食いついた。

 ここからはいかに餌が本物だと思い込ませるか、技量が試される!!


「ああ、本当だとも。この情報があるだけで告白の成功率は格段に上がるだろうなぁー? そうだ、俺が勝った時の命令はこの情報を大人しく聞く、にしてやってもいいぞ?」


 話を聞く聡の目は期待や迷いに包まれていたが、一瞬でそれらは奥底に隠れ、当然出てくるべきであろう感情がようやく出てきた。


「……一つだけ、ひーちゃんのお母様が何気なく言っていたひーちゃんの好きな性格だけは私も知っています。もし、本当に知っているのなら、あなたも答えられるでしょう?」


 額から流れ落ちてきた一筋の汗が頬を伝う。

 ジトッとしたそれはいつも以上にゆっくりと這うように流れ、まるで砂時計のようなもどかしさと緊張感を隣に侍らせる。


 落ち着け……普通に考えてこいつがそれを知っているのなら、その性格に寄せようとするはず……だが、本当にそうなのか?

 いくら好きな人の好みだからといってこいつが自分の性格を少しでも変えたりするだろうか?


 いや、そもそもハッタリの可能性……いや、ハッタリならそもそも正解がないのだから意味が無い。

 あくまでこの問題は俺の情報の正当性を問うものなんだから。


 くそっ……何か、ないのか? ヒントは……?

「どうしたの? 答えられないのなら……」


 聡がちょうど視界に入り始めたスタートラインの方に顔を向ける。

 あと、十秒もすれば彼女は九周目に入る。

 そうなったら、もう彼女は俺の話を待たず先に行ってしまうかもしれない。


 それまでに何か……答えを……答え?


 そもそも答えってなんだ? 神崎の好きな性格をあいつの母親から聞いたこいつの持つそれが本当に答えか?


 そもそも他人の好きな性格を話すとき、それに確証を持って話すことなんてほとんどないはずだ。

 あいつは気が強いのが好きそう、とかあいつは大人しい子が好きそう、とかそういうもんじゃないのか?


 つまり、母親から聞いた答えも要は母親から見た神崎の好きな性格ってことになる。

 その情報は信憑性は高くても確実じゃない。


 それに、彼女は()()と言った。


 それはつまり、彼女自身も答えを持っているということだ。

 母親という単語はあくまでも俺を惑わすためのフェイク、本命は聡自身が思う神崎の好きな性格なんじゃないのか!?


 これはあくまで推論だ。

 しかも、問題にするには余りに出来損ないと言わざるおえない。

 本人に確認を取ったわけでもないのに勝手に自分の推測を答えにする……自分勝手すぎて呆れるよ全く。


 でも、こうなったらもうこれにかけるしかない!!

 彼女の性格から導き出される結論はただ一つ。


「どんな性格だろうと構わない。例え、意地っ張りでも怒りっぽくても、どんなに高飛車な人間でもあいつは受け入れてくれる」


 スタートラインを通過してもあの声は聞こえない。

 数秒、互いに無言で走り続ける。

 だが、直線が終わりカーブに入ろうとしたその時、彼女の足が止まった。

 それにつられて俺も足を止めてしまう。


「……どうした?」

「……私はこの勝負をおりますわ」

「まじで?」

 聡はそのままグラウンドの外に向かっていく。


 どうやら、俺は勝ったらしい。

 息を切らしながら、ボーッとした目でただぼんやりと歩き去る聡を見つめる。

 今日は新しい入浴剤使ってみるか、なんて考えながら――……



 軽く息を切らしながらもまだ、余裕のある足取りでグラウンドを立ち去ろうとする聡の元にメイド服の裾を持ち上げ、ゆっくりとアーシアが近づいてくる。


「お嬢様、お疲れさまでした。タオルとお飲み物です」

「ありがと」

「いやぁ、にしても中々激戦でしたね。聞いてるこっちもハラハラしましたよ」

「やっぱり、盗聴器付けてたのね。もう……」

「お嬢様、最後のあれ。正解だったんですか?」


「……ええ、確かにお母様はそう言っていたわ」

「じゃあ、お嬢様の答えは違うんですか?」

「いいえ、一緒。だけど、本当に一つだけは知ってるのよ? ひーちゃんが好きな性格」

「何ですか? それ」

「……内緒」


 幼少期の話なんてきっと彼は覚えていない。

 私だって大半は忘れた。

 でも、これだけはいつまで経っても忘れられそうにない。


「僕はねー()()()()()()()()()優しい人が好きかなー」


 思い出しては今でも顔が赤くなりそうになる。


「お嬢様? どうかしました? ていうか、教えてくださいよー別にいいじゃないですか――」

「アーシア」

「は、はい」

「新崎に後でこう伝えておいて。これからは十分利用させてもらう、と」

「あ、はい。ん? これは見事にはぐらかされてしまった?」


 こうして、新崎は当初の予定とは真逆の利用される形となり、今後、彼女に振り回されていくことは言うまでもない――……



ちなみにお疲れさまでした、は目上の人が言う言葉です。

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