2話中編 『さとちゃん、そしてひーちゃん』
授業終了のチャイムと同時に先程までの静寂とは打って変わって、適度な喧騒に包まれる教室。
耳を澄ませばあちこちから「何点だった?」だの「今回は悪かった」だのの牽制、及びマウントの取り合いが勃発している。
自分の席で頬杖をつき、そんな光景を小馬鹿にしつつも、新崎 曜は今回こそは、と期待していた。
「……10教科で993点、よしよし今回もいい感じだ!! これならあの神崎にも――」
「新崎くん、どうだった? 中間テスト」
「おう、神崎。おまえ何点だった?」
秘技、自分より先に相手に言わせて、自分の点数を言うか決めるの術!!!
まあ、どうせ開示されるので意味はないけど!!!
「えっとね……998点だったかなー」
「……あ、そう……」
「一問間違えちゃった。新崎くんは?」
「いや、俺は……まあまあだったよ、まあまあ……」
くそぅ……慰めてくれる幼なじみが欲しぃよママン……
「そっかー。そういえばさ、昨日さとちゃんと何話したの?」
「……神崎、ちょっと聞きたいことがあるんだ、昼いいか?」
ズイっと机から身体を乗り出し、有無を言わさない雰囲気を作る。
「う、うん。いいよ」
「よし」
さて、琉蓮司 聡フルボッコ計画。
略してさとボコ計画、始動だ!!!
帝校は前にも言ったが、国内屈指の進学校である。
なので、校則は厳しいと思われがちだが、これが意外と緩い。
例えば、俺と神崎がよく使う屋上だって、一般的な高校で開放されている所はほぼほぼないだろうし、帝校生を十人集めれば一人、二人は髪の毛を染めているのも校則が緩い証拠である。
まあ、大半が頭おかしい奴だけど、倫理観は備わってるから大丈夫ということなんだろう。
とはいえ、四方をちょっと背の高いフェンスで囲っただけの開放感が有り余ってる屋上はさすがにもうちょっとどうにかしろと思うが。
なんてことを考えつつ、俺は神崎と一緒に屋上に唯一あるベンチに腰をかけ、購買のメロンパンをかじっていた。
「にしても、屋上って思ってたより人いないんだねー。給水タンクの所とか見晴らし良さそうなのに」
神崎がおもむろに呟く。
その手に持つのはお弁当。
しかし、ただのお弁当ではない。
おかず一つ一つが接触しないようにと、それぞれ丁寧にシリコンカップで仕分けされており、ミートボールや枝豆は食べやすいように串に通してある。
さらに極めつけは、よくよく見てみればタコさんウィンナー全てに違う顔が彫られている。
このお弁当は相当な愛がないと出来ない。
……あと、多少のメルヘン脳も。
「ああ、ほんと思ったより少ないよな……ところでさ、神崎。そのお弁当って誰に作ってもらったんだ?」
「え、これ? これはさとちゃんが作ってくれたんだー。毎朝、必ず作って届けてくれるんだよね。それでこのお弁当を見る度、母さんは嬉しそうにするんだよ、なんでだろ?」
「……なるほど」
あいつはあいつで酷かったが、こいつはこいつで更に酷いな。
そこまでヒントがあって分からないわけがないだろ、バーカ。
俺より賢いくせにな。ほんと……気づいてやれって……
「あ!! さとちゃんの話で思い出したけど昨日、何話したの?」
「ん? あーあれだ。お前のことこれからもよろしくお願いします、みたいな感じ。別に大した話はしてねえよ」
「そっかー」
「……なあ、お前とあいつっていつからの付き合いなんだ?」
「僕とさとちゃんが初めて会ったのはだいたい……十二年ぐらい前かな」
「十二年前っつーことは四、五歳か」
「うん。元々親同士の仲が良かったらしくてね。昔はよく、遊んだなぁ」
「へぇ……最近はどうなんだ? さっき毎日、弁当届けてもらってるって言ってたけど」
「最近はたまに家に来てくれる感じかな。一緒に勉強したりしてる。うちの母さんともすごく仲良いんだー」
うーん……1足す1より簡単に分かっちゃうよね、あの子の気持ち!
めっちゃ不憫だな、さとちゃん。
「そうか、だいたい分かったよ。ありがとな。うっし、そろそろ教室戻るか」
「そだね。あ、戻る前に給水タンクの所、登ってきていい?」
「あーはいはい」
何はともあれ、これでだいたいだが勝つビジョンは見えた。
明日が楽しみだぜ、クックック……
「お嬢様、お帰りなさいませ」
広大な庭の中に悠々とそびえ立つ屋敷の前で、恭しく礼をする彼女の名はアーシア・ハース。
代々、琉蓮司家に仕えるハース家の一人娘である。
小麦畑のような美しい金髪に色素の抜けた青い瞳。
そこにメイド服という正に、洋画の中の世界を切り取ってそのまま再現したような格好の彼女だが、大人びた外見に対して年齢はまだ十七歳である。
聡とは幼少期からの従者関係であり、彼女のことを一番よく知る人物でもある。
「お迎えご苦労さま。お父様とお母様は?」
「御館様は会議が長引いたので帰りは遅くなると。奥様は急遽フランスへ、一週間は帰れない、とのことです」
「そう……」
アーシアに学校用の鞄を預け、二人っきりでは余りに広すぎる屋敷の中をゆっくりと歩いていく。
一階は丸々エントランスで、どこで買ってきたかもわからないヘンテコな絵画から誰でも知ってるような有名なものまで、色々と壁に飾ってある。
しかし、一際目を引くのは天井からぶら下がる特大のシャンデリアだろう。
見る度に掃除が大変そうだな、と心底思う。
そして、奥にある階段をあがって二階に行くと、使用人も含めたこの館に住む人々と来客用の個室がある。
全体的なイメージとしてはやはり、洋画の中のものを思い浮かべるのが一番適切かもしれない。
やがて、二階にある自分の部屋まで着くと、そのままベッドに倒れるように身体を預けた。
このふわふわのベッドも、絢爛豪華なシャンデリアも、エントランスに飾ってある名画も、やっぱり虚しい。
お父様やお母様が忙しいことは分かってる。
別にそこに文句を言いたいわけじゃない。ただ……一つだけお願い事を言えるのなら。
「会いたいなぁ……ひーちゃん」
「じゃあ、会いに行けばいいじゃないですか」
急な横槍にまるで脳を直接殴られたかのような衝撃を喰らう。
「あ、あぁアーシア!? いつからそこに!!?」
ドアの方を見やればいつの間か、ドアから半身を乗り出し、こちらを凝視するアーシアの姿があった。
「ベットにボフッと行ったあたりからですね。
ていうか、別に家が遠くにあるわけじゃないんですから会いに行けばいいじゃないですか。五分もあればいけるはずです」
「っ~!? もう!! あなたは出てってください!! お父様やお母様がいないからって勝手に部屋を覗かないで!!!」
バンッと勢いよくドアを閉める音が鳴り響く。
「えっとー、お嬢様ー申し訳ありませんでした。以後、気をつけますね。あと、夕食の方はいつ頃――」
「今日はいい」
「……かしこまりました。あ、そうだ、お嬢様」
「何よ?」
「あまり思ってることを口に出しすぎるのは良くないですよ、恥ずかしい思いをしますから」
「っ……!!? あーもう!! 早くどこか行ってください!」
「はーい♪」
「はぁ、もう……」
布団に包まり、ミノムシのようになる。
ねぇ、ひーちゃん。
ひーちゃんは覚えてるかな……あの約束のこと。子供同士の冗談って思ったかな……
覚えてたらいいな――……
ちなみにさとちゃんにはハース家の血も多少混ざってます。