インフィルトレイトデビル
男は、自分の部屋の前で立ち尽くしていた。
心臓が、これから起こるであろう惨劇を予知するかのように早鐘を鳴らしている。
『奴等』は、この扉の向こうにいる。今ここで殲滅しなければ、アパートの他の住人までもが犠牲になってしまうことは明白だった。増殖し、部屋を抜け出し、まるで浸透する水のように、『奴等』は容易くアパートを侵し尽くしてしまうだろう。それだけは防がなければならない。
男は、拳を強く握り締めた。
扉を開ける。ギギ、と錆びた鉄の音が響いた。部屋は心なしか、いつもよりも静謐だった。扉を閉めると、まるでここだけが外部から遮断された異空間のようにさえ思える。吐き気がした。すぐ隣りで、足元で、『奴等』の気配を感じる。この部屋が、『奴等』に侵されている以上、この嫌悪感は消えることはないだろう。
もう、終わりにしよう。既にアパートの住人には全てを説明し、避難を促してあった。邪魔の入る心配は一切ない。今ここで、『奴等』を地獄の底へと葬り去る――!
男はゆっくりと、歩を進める。
やがて部屋の中央に達したとき、左手に提げていたバッグの中から、缶詰にも似た短い円柱状のものを取り出した。その外観は、毒々しい赤で覆われており、攻撃的な印象を強く受ける。『兵器』としては、まさにうってつけだった。
蓋を開け、『兵器』を床に置く。これで、全てが終わる。
「地獄に墜ちろ。バケモノどもめ」
男は、『兵器』を作動させると、足早に部屋を出た。
数時間後、男が部屋を訪れたとき、殲滅は見事に成功していた。
そこには何十匹ものゴキブリが、息を絶やして転がっていた。
[了]