長期政権
「政情の不安、端的に言えば短期政権が続くことは、社会に悪影響を及ぼす。
例えば前政権で認可されていた商売が、次期政権では禁止とされ、その次でまた解禁に……、などと言う状況では、その商売を成熟させ、安定した雇用を確立するのは困難である。
また、前政権で20%の所得税、次期政権で5%、その次には30%、と言うような、不安定極まりない税制下では、おちおち貯金や投資もできず、市場が冷え込むのは必至である。
我々一般市民のほとんどは、安定した生活を望むものである。となれば、長期にわたり安定した政権もまた、庶民に喜ばれてしかるべきではないか」
……と、明日のコラムに書くための原稿を書いていたところで、窓の外から街宣車の声が聞こえてきた。
「献血にご協力、よろしくお願いしまーす。どの型の血液も現在、不足していまーす。よろしくお願いしまーす」
オフィスに入ってきたこの声に、同僚が「あれ?」と声を上げる。
「また献血?」
「ああ。そうらしいな」
「昨日も走って無かったっけ、あの車」
「ご入り用なんだろうよ。何しろどの血液型も不足してるそうだし。今年の夏は暑いからな」
同僚はカップを手にしたまま、窓の外を眺めてつぶやく。
「……いいなぁ」
「ん?」
同僚はカップをちょん、と口に付け、こう返してきた。
「市長ってさ、もう何年市長やってるんだっけ?」
「んー……、さあ、何年だっけな。
俺のじいちゃんが子供の頃から、この街の市長をやってるとは聞いてるが、それより昔から在任してるかも」
「俺の記憶でも、もう半世紀はやってるはずだよ。
んでさ、少なくともその半世紀ずーっと市長で、ずーっとあの市長官邸にいるんだろ? あの、クラシックなお屋敷にさ」
「だろうな。俺の知る限りでは、一度も引越ししてない」
もう一度ちょん、とカップに口を付けた同僚は、口の端に着いた赤い汁をぺろ、となめる。
「いいよなぁ、市長は。その半世紀ずっと、『食いっぱぐれて』ないわけだしさ」
「お前もそうだろ? 市長がこの街を作って無かったら、お前らみんな放浪せざるを得ないわけだし」
「……まあ、そうだけど」
同僚は歯を見せ、両手を挙げる。
「でもさ、今ここでお前を襲おうと思えば……」「アホ」
俺は監視カメラを指差し、肩をすくめる。
「んなことしたらお前、給血制限条例違反だぜ。
そりゃ、この場じゃ腹いっぱい血が飲めるだろうけど」
とん、とんと自分の左胸を軽く叩きつつ、俺はこう続ける。
「明日には銀の杭がブスッ、と刺さることになるぜ」
「……冗談だって、冗談。一日だけの飲み放題より、毎日コップ一杯ずつだ。飲み過ぎは良くないし」
同僚はまるで牙のように鋭い歯を隠し、カップに残っていた血を一気に飲み干した。
「勿論、市長には感謝してるさ。
市内の全建物にUVカットガラスを付けるよう義務付けたり、最新工法の研究・開発を奨励して、建物内で十字型になる場所を極力無くしたり、ニンニクに1000%近い関税かけて規制したり、……本当に『俺たち』が住みやすい街づくりをしてくれてるよ」
「確かにな。『普通の』俺たちにとっても住みやすい街だ。
他よりちょっと献血センターが多いくらいで、市民税は安いし、医療やら教育やらのサービスも半端なく手厚いし」
そんなことを言っている間に、またも街宣車が外を通る。
「バンパイア市民の皆さんに安定して血液を供給するため、献血にご協力、よろしくお願いしまーす」
この街は市長をはじめとして、いわゆる吸血鬼が人口の4割を占めている。
ちなみに――気になったんで後で詳しく調べてみたら、あのじいさん、今年で任期292年目だそうだ。
長期政権にも程があるぜ。