殺神大剣
殺神大剣。
大蛇神ワールグランズから賜りし神骨の欠片が使用された神殺しの剣。
アーロの要望によって特注で作られたその剣は、分厚く、大きかった。鉄板のような厚さと幅は斧と見違うばかり、長さも大柄なアーロの身の丈に届くほどだ。
神眼世界の騎士が使用する両手剣等について説明があり、それらよりも太く大きくという要望であった。およそ携帯性というものを度外視した大きさと幅は、まともな鞘すら作れないだろう。
余談だが、神眼世界の冒険者たちにはこういった強く、でかく、シンプルで壊れにくい武器が……見た目に分かりやすい武威が好まれる。
鍛冶神とアビゲイルによって鍛造されたその大剣は、現在刃付けを施されているところだった。
もともとは鍛冶神の有する工房だという小部屋には、さまざまな機械があった。
魔晶駆動型回転式砥石と鍛冶神が呼ぶ機械はその名の通り、取り付けられた砥石が高速で回転し、押し付けた刃面が削られて火花が散る。
「削れてるのはほぼ砥石の方だけど……」
「集中しろ」
「はい……」
ガリガリと削られていく砥石を見てげんなりするアビゲイル。彼女を叱咤する鍛冶神も、ややうんざりとした声色だった。
「硬すギる……。不完全デはあるガ、攻撃減衰の効果ガこの剣にまデ適応されているのか……」
「ということは、この剣は硬いんですね」
「たダ硬いダけデはない。蛇の尾のようにしなやかで柔軟、そして強靭。そんなものを削ろうというのダ……」
「それでもやらなきゃ。鍛冶神様」
「分かっている。牙は研ガねバ、な」
気を引き締め、鍛冶神は砥石へ大剣を押し付ける。甲高い音と共に火花が散り、小部屋を照らす。
アビゲイルは剣の堅牢さに呆れつつも、その頑丈さを頼もしく感じていた。この剣はおそらく、折れず、曲がらず、よく切れるだろう。と。
武器が頑強であればあるほど、使用者を勝利に導き、生かして帰す可能性が高まる。
荒ぶる神を相手にして、その武器の性能がどれ程勝因に寄与するかは彼女には検討もつかなかったが、ならばなおさら手を抜くわけにはいかない。
「ボクらの造った武器で、アーロの生き死にが決まるんだ……絶対に手を抜けない……」
「そうダ。もっとダ。強く想いを籠めよ」
「はい。鋭く……強く……ッ!」
アビゲイルは視線を鋭くし、鍛冶神もまた身体に神秘を纏わせたのか毛先が薄く発光した。
四苦八苦した後、殺神大剣への刃付けと研ぎに二日をかけ、ようやく武器としての形が整った。
◆◆◆◆◆
アビゲイルと鍛冶神が大剣を鍛造している最中、アーロは無為に時間を過ごしていたわけではない。
いや、むしろその行動には一切の無駄が無かった。水も食事も最低限必要な分のみを摂取し、しかし身体が鈍らぬよう適度な鍛練を続け、ひたすらに己の装備である闘装、愛のスカーフと妖精の外套の修練を行っていた。
修練というのも、なにも派手に身体を動かすわけではない。ただ静かに身体を浮かせる、起こした風を背に小さな挙動を制御する。自らの装備を意識せずとも使いこなせるように習熟を図っていた。
「……」
精神を研ぎ澄まし、己の身体の一部のように装備を操る。時折アビゲイルと鍛冶神が何事かを話す声も、聞いているようで聞いていない。問われれば応じ、話しかけられれば口を開くが、必要以外は黙して鍛練を続ける。
アーロの修練は、もはや瞑想とも呼べる域に達していた。
『アーロ』
己を呼んだように思える声にも、ぴくりと反応はすれど対応はしない。
『ねぇ、アーロ』
「……」
彼に呼び掛けるのは、鈴の音が鳴るような凛とした声色。その凛々しさのなかに微かな甘さと懐かしさを感じたアーロは、眼を閉じる。
瞑想を続ける彼の思考は、いつしか己の心の奥底へと辿り着いていた。
「……」
心、記憶の奥底へと沈んだアーロが描くのは、いつか、どこかの出来事。
白い何もない視界にぼんやりと浮かび上がったのは、銀髪の女性。快活そうに微笑みながら、その背には身の丈ほどの大剣を背負っていた。
『いい? アーロ。私はなにも伊達や酔狂で大剣振り回してるわけじゃないの』
銀髪の女性。セレーナ・アマデウス。
彼女はアーロの記憶する限り、人生で出会った中で最高の戦士、そして優れた剣士であった。
もともとが一級冒険者へと手を掛けた程の実力者だ。団員を率いるようになってからも常に矢面に立って戦っていた彼女は、たゆまぬ訓練と鍛練によって力を得、個の戦闘でも無類の強さを発揮していた。
『確かに見た目が格好いいとは思うわ。でも武器に必要なのはやっぱり実用性なのよね。大剣はいいわよ。切っても薙いでも突いてもいいし、盾にもなる。壊れにくいし、頼もしい』
彼女は大剣を手に常に凛々しく戦い、時に雄々しく味方を鼓舞し、最期は仲間を守るために命を燃やし、辺境の地に散った。
しかし彼女の命の灯火が消えても、長きに渡る戦いの記憶は、アーロの中に確かに残っている。
『アーロはいろんな武器を扱える。それは凄いわよ。私はそんなに器用じゃないから、使えそうな何種類かに絞って極めなきゃいけない』
「……」
『でもどんな武器だって、まずは相手の観察! あとは動いて、狙って、殺す!』
幾度の戦闘でセレーナが見せた剣技の冴え。戦場で敵を屠る際の身体の動き。欠かさぬ鍛練で振るっていた剣の軌跡。手合わせした際の惚れ惚れするような武威と、相手の思考の裏をかく不意の一撃。
アーロは必要な情報を記憶の奥底から引き出し、己の動きを思い描き、同調させていく。
実際に出来上がった大剣を手にしての調整は必要だろうが、イメージを掴んでおくことには計り知れない利があった。
「……」
不意に、アーロは己の胸元に仄かな熱を感じる。
そっと胸元へ手を当てれば鎖と結魂証が擦れ合い、ちゃり、と音を立てた。
ついで首元に手をやれば、微かな風と新緑の香りが鼻をくすぐる。
セレーナ。ルナ。エリー。護るべき存在。愛すべき存在。
彼女たちが今、自らの境遇を知れば何と言うだろうか。とアーロは夢想する。
よくぞ決意した、と誉めるかもしれない。
危ないことは避けろ、と叱るかもしれない。
無茶をするな、と心配するかもしれない。
だが何を言われようとも、彼の決意は揺るがなかっただろう。
自ら決めたことだ。
逃げ出すわけにも、投げ出すわけにも、捨て置くわけにもいかなかった。
「……」
『びびってんじゃないわよ。やれるわ』
『大丈夫。ずっと一緒だよ。信じてるから』
『無茶をするなよ。無事にな』
「……分かってる」
ふと、己を叱咤激励する声が聞こえた気がしたアーロは自らの首元に、胸元に触れ、静かに頷いた。
薄暗闇の中で、アーロの瞳が金色に煌めく。




