神を殺す剣
「いかに黒蛇神ガ力をつけ、威力減衰や攻撃無効の理を有しようとも、傷をつける方法は、奴を殺す手段はある……」
鍛冶神ガンツ・ガンズ・ガンツは薄暗闇の中でつぶやき、鎚を振り上げる。
アビゲイルもまた鎚を構え、相槌をいれるために息を整える。
その背後ではアーロが鍛練を続けていたはずだが、既にどちらの意識からも抜けていた。それほどに集中し、鋼と向き合う。
「ひとつは世界の理から外れている、異世界由来の物質を用いた攻撃。異なる世界の物質ならバ、如何なる定めも無効に変え、神の躯を傷つける……」
「……」
ガン、ガン、と何度も何度も鋼が打たれ、火花が散る。鎚を鍛冶神が振り上げた所でアビゲイルが振り下ろす。
人と神。一人と一柱の打ち手によって不純物が散らされ、鋼をより強靭に変えていく。ただの鋼を武器へと昇華させていく。
「想いを籠めるのダ。強く、強くな」
おそらく無意識に声を発しているわけではないだろう。アビゲイルへの説明のつもりか、自身の行為の確認のためか。だが鍛冶神の目線は一度たりとも鋼材から離れることはなかった。その真摯な態度にアビゲイルは無言で頷き、従う。
鍛冶神とアビゲイルが鎚を振り上げ、打ち付ける先は、一振りの大剣。
「手段はもうひとつある。神自身の力ダ。山岳世界の者は理に縛られるガ、異なる世界の神ならバ傷をつける事ガ可能ダ。異世界の神同士の争いはこれに然る……」
赤熱した鋼材には芯材として蛇の模様のような縞が走った蛇鋼が使われており、同じく赤熱した蒼鉄が混ぜ合わされ、幾十度目かの折り返しが成されたところであった。
溶解した鋼材同士は鍛錬の度に溶け合い、混ざり合い、融合し、幾重もの積層構造と複雑な縞模様を描いていた。
◆◆◆◆◆
二者による鍛造が始められるよりもしばし前。
アビゲイルやリリが採集してきた蒼鉄鉱石はすぐさま鍛冶神の小部屋にあった箱形の装置に入れられた。魔晶石を入れて駆動させれば、しばしの後に鉱石が溶解しはじめ、製錬された蒼鉄の塊が得られた。幾度か製錬を繰り返し、十分な量の蒼鉄を確保する。
インゴットと呼ばれる塊の蒼鉄を、鍛冶神の指導のもとアビゲイルが徹底的に叩き鍛え伸ばし、不純物を抜いていく。
アーロのための大剣造りは、準備から大急ぎで進められた。檻に捕らえているとはいえ時間の猶予は不明であり、いつ黒蛇神が暴れ出すかはわからない。なにより地下での生活にアーロの身体がいつまで保つかも不明であった。
異世界人であるアーロが環境に適応できなくなり、身体を壊したら終わりだ。不調のままでは容易に狩られるだろうことは予想できた。
厳しい指導の元でアビゲイルは蒼鉄の鋼材を叩き上げ、同じく鍛冶神も蛇鋼の鋼材を仕上げる。次に二つの鋼材を混ぜ合わせ、合金へと変えていく作業が始められた。
最適な比率などアビゲイルに分かるわけもなく、鍛冶神ガンツ・ガンズ・ガンツが善しと言う比率で混ぜ合わされた鋼材が出来上がるまで、全ての感覚頼りで進められた。
その後は鋼材をひたすらに叩き伸ばし、折り返し、混ぜ合わせてゆく。
一が二に。二が四に。四が八に。八が十六に……。積層構造は蛇鋼の粘りと蒼鉄の硬さを両立させる。
やがて……。
入念な鍛造行程を経て叩き均された鋼材は合金となり、一振りの大剣の形が出来上がった。
「二級神ワールグランズより得た助力。神の骨は粒へと変えて剣に内包した。神殺しの剣……」
鍛冶神は叩き続けていた鋼材を手にし、眺める。
いくらか冷めた合金の大剣は蒼い輝きを有し、幾重にも積み重なった積層構造は薄灯りの反射によって光り煌めく。
「素晴らしい。なんという美しさ、力強さよ」
「はい……綺麗……」
「この剣にはオレとお前、人と神の力を籠めた。分かるか、鍛え手アビゲイルよ。おそらくは運命なのダ」
「運命……?」
「ああ。奴やお前ガ地下へ来たのも、鍛冶神として力を貸すのも、全て運命だ。人と神の交差、神の骸と地の鋼の合金。なんと、なんと奇妙なことよ……」
自らの造り出した剣を眼に焼き付けるようにかざす鍛冶神は、不意に剣を右脚へ押し付け、軽く引いた。
「あっ!」
「グッ……」
まだ刃すら付けていない板のような大剣だったが、鍛冶神の毛を焼き、肉を裂いた。血などは流れずぱっくりと割れた脚の内部には筋肉の筋が見えるのみだ。
その結果を確かめた鍛冶神は大きく頷き、剣を掲げた。
「出来たゾ……」
荒い息を吐いた鍛冶神が嬉しげに眼を細める。
アビゲイルもまた、薄灯りを照り返す蒼の輝きに眼を奪われた。
「プラス、等という無粋な事は言わぬ。他より優れているという証なド、この剣には不要。数多世界に一振り、唯一無二。二級神より賜りし力、黒蛇神を殺すための牙。銘を……」
『殺神大剣』
地下世界に落ちてから実に三十日目。
黒蛇神を殺すための牙が、ここに成った。




