神の骨を喰え
「これを喰えバ、お前も神の力を得る」
洞窟の袋小路にて。
アーロがはたき落とした、白き塊から剥離した小石を大事そうに拾い上げた鍛冶神は厳かに告げた。
白い小石、ワールグラン鉱を喰うことで、神の力を身に宿すことができる、と。
神と人は、途方もない程の格の違いがある。
下級伸格者からの攻撃を受け付けず、その身から零れる神秘のそよ風は動きを封じ鈍らせ、頭を垂れ膝を着かせる。
人の身で神へ挑むことはできない。ましてや殺すことなど不可能。
故に、強引に格を上げる。二級神ワールグランズの身体を喰らうことで、アーロの神格を上げる。
それが、黒蛇神への対抗手段として鍛冶神が用意した渾身の一手であった。
「我らは助力を願い、二級神は力を貸すといっている。小石が事実だ」
鍛冶神によれば、駄目でもともとという気持ちで試したのだという。何の助力も得られることはないと考えていたが、思わぬ誤算だと。
「神の身体を喰い、神格を上ゲる。人の身デ神に挑む勇気ある者への援助ダ」
「理屈は分かるが……な」
アーロはもちろん、難色を示した。
少し前だが同じように小石である魔晶石を食べ、痛い目を見たばかりなのだ。しかも今回は神の身体の一部だと言われ、信憑性は鍛冶神のお墨付きだ。
小石を食べればどうなるのか、何が起こるのか。検討もつかなかったが、無事では済まなそうだという妙な確信もあった。
また、彼としてはまだ黒蛇神を殺すという依頼を聞き入れてもいない。
双方の話を聞いた上で考えて判断したいと返したところ、そう時間はないと前置きされた上で猶予が与えられた。
そしてなにより……。
「その小石、自分で喰えばいいんじゃないか?」
これが、アーロの本音であった。
二級神の骨を食べて力を得られるのならば、鍛冶神がやればよいだろうと。
神からの助けにより力をつけ、世界を滅ぼさんとする邪神を討ち滅ぼす。話だけを聞けば神話の戦いのようだ。
しかし、毛むくじゃらの三級神は首を振った。
「それガ出来れバやっている。忘れたか、異世界の戦士よ。この世界の神が定めた決まりを伝えたダろう」
問われ、アーロは記憶を辿る。
『下位神格者からの攻撃減衰』
『上位神格者への反逆禁止』
鍛冶神が語ったのはこの山岳世界の神が定めた決まり。
山岳世界の全てのもの、生きとし生ける生物全てに適用される定めである。
「かつて一級神ヨームガルドは配下からの反逆に遭い、たいそう怒った。故に定めた。反逆の禁止ダ。二度と配下に牙を剥かれる事のないように、とな」
「……神にも、それが?」
「そうダ。むしろオレ達の方ガより厳格に縛られている。三級神デは二級神の骨を喰らう事は出来ん。喰らう事、殺す事こそ反逆デあるからな。その定めに縛られないのは、黒蛇神のような異質物……」
鍛冶神はひとつ、指を立てる。
ふたつ指を立て、指を揃えてアーロを指す。
「もしくは、違う定めの世界から来た者ダ」
「……繋がったぜ。だから、俺か」
「やっと理解したか。異世界の戦士よ」
鍛冶神はやれやれと肩をすくめたが、そうしたいのはアーロの方であった。
この世界の定めでは、下位の神は上位の神へ逆らうことができない。黒蛇神は鍛冶神よりも格が上で、今は搦め手で地下の檻に閉じ込めてはいるが、抜け出してくるのは時間の問題である。
鍛冶神とは違い、黒蛇神は世界のルールに縛られない異質物。神だろうが生みの親だろうが反逆し、喰らい力とすることができる。
これは、争いではなかった。
既に鍛冶神は力で負けており、定めもあって状況を覆すことはもはや不可能である。
故に、鍛冶神はずるをした。
世界の定めに縛られることのない、異世界の者を当て駒として使おうと考えたのだ。
異世界から戦士を呼び寄せ、地下に誘う。
事情を説明し、力を与え、神の尖兵とする。
「もう……これしか手ガないのダ」
現状を打開すべく様々な対策をしてきただろう鍛冶神は、肩を落として項垂れた。アーロには鍛冶神の毛むくじゃらの身体が最初に相対した時よりもいくぶん小さく、威厳が減じたように見えた。
「お前の思惑と事の次第は相談済みか?」
「あぁ……神眼世界の一級神とな。こってりと絞り取られたゾ。ダガ、異世界の者に神の力を分け与えても、異世界の神へ大きな借りを作ったとしても、山岳世界が破滅するよりはましダ」
話を聞き、アーロの脳裏にはニマニマと笑う金髪の幼女の顔が浮かんでいた。
どんな取引が為されたのかは不明だが、あの強かな神の事だ。相当に吹っ掛けて搾り取ったのだろう。
異世界の神からの緊急支援要請、というよりも援助の依頼。神眼世界を統べるものは、おそらくそれを受けたのだ。
そして神を打倒するために送り込まれた手駒が自分ということか。とアーロは納得した。
身軽で異世界へ渡ることができ、失っても大して惜しくはない。そんな役回り。神の意図も異世界調査団の意図も、同じようなものなのだ。使い減りしない駒、無くしても惜しくない駒はいつも有用だ。
事の次第を理解したアーロが感じたのは、怒りを通り越した呆れであった。
「やはり神は勝手だな。下々の者のことなんて考えちゃいない。庇護者が聞いて呆れる」
「そうデはない、そうデはないのダ。異世界の戦士よ。オレ達は個デはなく、全デ考えるのダ。全を生かすことを考え、個を見るわけにはいかんのダ。八を生かすために二を切り捨てることさえある。ダからこそ、個の苦労には報いる用意ガある」
「……具体的には?」
「もちろん、頑張ったポイント、ダ」
「いらん」
「何故ダ!?」
心底理解が出来ないといった様子で驚く鍛冶神を見たアーロは毒気を抜かれた。一瞬、煮えかけた怒りが冷めていく。
謎ポイント制度は冗談ならばまだ笑いようがあるが、本気で言っているので質が悪い。
「もういい。神に心の機微を求めるのは間違いだと分かった。分かっている。分かっているんだが……」
地下に落ちてからというもの、アーロは苛つきすぎていると自覚はしていた。神との会話は理解が及ばないことばかりだ。納得もしかねる事が多い。
だが、考えても無駄と割りきった。やっと。
「なんちゃらポイントはいらん。代わりに……そうだな。俺たちを地上へ戻せ」
「対価ガ、それデいいと言うのか」
「ああ。無事に、現実的な方法でな。後は俺の荷物を返してくれるか?」
「荷物を?」
「鞄だ。毛玉に持っていかれた」
「……いいダろう。探しておこう」
「まだ神を殺す依頼を受けるかは分からんが、な」
「構わん。遅かれ早かれ、結果は出るダろう」
頼んだ。と告げ、アーロは踵を返した。
視界の端には口をつぐんで見守っていたアビゲイルと、寄り添うケルク。
肩に乗っていたリリをアビゲイルへ押し付け、アーロは洞窟を歩み進む。
「どうしたのお兄さん?」
「アーロ?」
「異世界の戦士よ。ドこへ行く」
三者が、ケルクまでもが揃って首を傾げる。
アーロは振り返り、気楽に答えた。
「ちょっくら、蛇のところへ、な」




