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地下暮らし

 アビゲイルたちが神域と呼ばれる空間に落ち、鍛冶神ガンツ・ガンズ・ガンツと出会ってから七日程が過ぎた。

 ほど、というのは、地下では昼夜の感覚が狂い、正確ではないからだ。

 幸いにして小部屋にある蛍石は光源の強さが周期的に変わるらしく、それを基準にして一日の時間を区切り、昼には動き夜には眠っていた。

 それで七日だ。当初は地下全体が震え、地鳴りのような音が頻繁に響いていたが、今では鳴りを潜めている。

 そのため新たな崩落や地割れに怯えること無く、ゆったりとした雰囲気で地下生活を送っている。

 と言っても、地下で出来ることは多くはない。


「はぁー。お兄さんってば、私がいないとダメなんだからっ。ほんとにもう! 世話が焼けるわね! ふんっ!」


 くねくねと身をよじり照れながら腕をもぎ取り、アーロの口内にねじ込む妖精のリリ。

 口に入れられたリリの細腕はほろほろと崩れ落ち、キラキラと煌めく光の粒子となって消えていく。

 リリ曰く、魔晶石マナサイトのような自然エネルギーを害無く適度に吸収できる形に変えているため、生命活動に必要な要素を補っているのだという。

 リリの献身的な看護のおかげか、アーロは意識が戻らないのは相変わらずだが熱は引き呼吸は穏やかなものに戻っている。


「はーい。次は妖精水ですよー」


 空になったアーロの水筒には、アビゲイルが地下水を汲んできてやっている。

 こちらもリリ曰く「お兄さんにはちょっと毒」とのことだが、リリが体内に入れて再度出すことで鉱毒を濾過ろかし、生命維持に適切な成分を含んだ妖精水としている。


「アビィ、手伝ってよー」

「はいはい」


 アビゲイルが水筒を傾けてやると、なみなみ注がれた地下水を飲み干していくリリ。

 やがて水筒を空にして、どこに入ったのだと言いたくなる程度に小さく膨れた腹を押さえながらアーロの口元に近づいていく。

 そして。


「ブフゥー!」


 アーロの口に自らの口を着け、思いきり水を噴き出した。

 そのまま口内にだばだばと水を注ぎ込み、意識を失っているため咳き込むアーロを無視して、すぐさまリリは両手でアーロの鼻を摘まむ。


「ケホッ! ごほっ! ぶぇほっ!」


 余計に咳き込みながらも、ごきゅごきゅと水を飲み干していくアーロ。というか飲まないと息ができない。

 やがて水筒の分だけ口移しで水を噴き出したリリは、重ねられた口を離した。


「ぷはー! ごっちゃんです! いや、これは生命維持活動のためというか! 緊急時の致し方ない医療行為というか! 日に何度かの楽しみというか! 決して他の二人への抜け駆けではないというね!」

「君は何に言い訳してるのさ……。というか何度でも思うけど、それ何とかならないの?」


 またも身をくねらせてなぜか言い訳をし始めるリリを、アビゲイルは半眼で睨んだ。


「えぇー? 何とかってぇ? く、くくく、口移しのこと? いやぁ、これやらないとお兄さん渇死しちゃうよ? 仕方ないよ?」

「腕からでもどこからでも出せるって言ってなかった?」

「言ったけど……。でもでも前もこうしてたもん!」

「水筒に吐き出してさ、ちょっとずつ口に含ませるとかさ。色々やり方あるじゃんか」

「えぇー? そうかなー? えぇーと、水筒に吐き出した水を飲ませるのは……そう! なんかこう、見た目的によくないわ! いくら病人でも最低限の尊厳ってものがあるわよ! うん!」

「水を噴き出して無理矢理飲ませるのもどうかと思うけど……」


 しどろもどろになって弁明を始めるリリにため息をつき、まぁ、好きにさせようとアビゲイルは肩を落とした。

 事実、妖精を仲介役にしないとアーロに待っているのは餓死または渇死だ。また、リリがいなければ麻痺毒か高熱で命が危うかっただろう。

 さりとて魔晶石マナサイトを食して腹を壊してもいけないし、鉱毒汚染された水をそのまま飲ませる訳にもいかない。


「ほんと。アーロ、なんで不自由してまで異世界に来てるんだろ……」


 つくづく、異世界の者というのは難儀だ。とアビゲイルは思う。

 どうして彼がこんなことをしてまで異世界に来ているのか、眼を覚ましたら尋ねようと心に決めた。




「ぐぅぅぁぁっ! 痛い! いた気持ちいい!」


 そうして、水を飲ませた後。

 リリはじたばたと騒いで腕を生やす痛みに悶えている。

 さきほどもぎ取った腕も、魔晶石マナサイトをかじればたちまち元通りである。


 この不思議生物の妖精も、なぜこうまでして……。とも思わなくはなかった。その理由はアビゲイルにとっても理解ができるものであったが。

 誰かのため。人のため。つまりはそういうことなのだろう。


「森林世界とやらの生物は騒ガしいな」


 壁に背を預け、アビゲイルたちとは少しだけ違う発音で語るのは、鍛冶神ガンツ・ガンズ・ガンツである。

 この毛に覆われた異様の三級神は特に何もしておらず、ケルクを膝に乗せて撫でながらリリとアビゲイルの問答を眺めているだけだ。


「よっぽド適当に作ったか、話し相手ガ欲しかったに違いないな」

「そういうことさらっと言うところ、やっぱり神様なんですね……」

「名を聞き認識すれバ、感覚デ分かっていたダろう。お前たちはそういう作りダ」

「……まぁ。そうですけど」


 もともと理論を好み、あまり感覚派では無かったのだが、最近はすっかり周りの者たちに引っ張られているアビゲイルであった。


「あと、教えておくガ、この精霊デもあの妖精とやらと同ジようなことは可能ダゾ」


 三級神がこの、と指差すのは、膝に乗せて撫でている犬精霊コボルドのケルクだ。


「えぇ? ちょっとリリ! どういうこと!」

「やば! いやいや! でもね、同じじゃないから! もっと見た目的におかしいから!」

「どうなるのさ?」

「そうね……。毛むくじゃら、じゃなくてケルクが食べた物や飲んだ物がお乳になって出てきたり、かな?」

「うわ……。それはちょっと……」

「ね?」


 体躯の大きな犬であるケルクの腹に顔を埋め、子犬のように乳を貰い生きるアーロの姿を想像し、アビゲイルは顔をひきつらせた。

 さすがにそれは、なんというか。特殊過ぎる。

 まぁ、自分の身を食べさせたり吐き出した水を飲ませたりも大概であったが。


 そして、時おり発生する鉱山での遭難。

 生還した者たちが口を揃えて話す「犬精霊あいぼうが助けてくれた」、「犬精霊コボルドがいないとどうなっていたか……」などの言葉。

 遭難中の事は黙して語らぬその本当の意味に想像がついてしまった。定かではないが。

 鉱山で仕事をする男衆の秘密に触れてしまったような気持ちになったアビゲイルは、それ以上は考えることを止めた。


「どっちかと言うと私の方が健全よ! それに緊急事態だし、しょうがないわ!」

「うーん。うぅーん。まぁ、そう、かなぁ?」


 主張を変えないリリを見て、改めてアーロの過酷な運命に対して哀しみと憐れみを感じるアビゲイルであった。


「ちなみに、この精霊は出来れバやりたくないと言っているゾ」

「あぁ。うん。大丈夫だよケルク。リリに頑張ってもらうから……」


 アビゲイルが力無く告げれば、ケルクはわう! と嬉しそうに吠えた。

 分かった! よかった! とでも言いたげにその尻尾は揺れている。


「さぁ、手を休めるな。研ギを進めろ」

「はい……」


 そしてアビゲイルが何をしているのかというと、作成した短剣の刃研ぎを行っているのだ。

 短剣の刃を砥石に当て、何度も何度も擦り、少しずつ傾斜をつけ鋭くしていく。それを鍛造した短剣計四本に行うのだ。

 蛇鋼を使っての鍛造は、一本の短剣を作り上げた後も続けられた。


「コツを掴むまデ続けろ。身につけれバ二度と忘れん」


 というのが鍛冶神ガンツ・ガンズ・ガンツの教えだった。

 叩き鍛え上げた短剣四本どれもがケルクの背中についていた妖精の羽根を潰して溶かし込み、妖精短剣(フェアリアル)と名付けられている。

 それを研ぎ、握りを整え、武器として使えるように変えていく。


「……何故、相手の事を考えるのか。なんとなく分かった気がします」


 手を止めず、視線も上げず、アビゲイルはつぶやく。

 自らが造りあげた物が使用者を助け、命を守るのだ。そこに一切の妥協の入る余地は無く、むしろ創意工夫と研鑽を可能な限り注ぎ込むべきだろう。

 今さらながら、師でもある母フィルヘイルの教えが腹落ちする。母もまた、夫であるゲルナイルのためを想い鋼を打つのだろう。

 無事であるように、より使いやすいように、考え想いを込める。そういった道具などは時に不思議な力を持つのだ。


「自然と気ガつかねバ、その者の力とはならん。お前に施したのはきっかけの手助けのみ。これからは自らの力デ成長していくガいい」

「はい。精進します……」


 その後は無言で研ぎを進めるアビゲイル。

 やがて満足の行く出来映えとなり、仕上げを経て四本の短剣は完成した。

 それらを持ち、鍛冶神ガンツ・ガンズ・ガンツの眼前で膝をつき、捧げるように持つ。


「どうぞ、お納めください」

「……うむ」


 一本を手に取り、それだけ発して戻す鍛冶神。

 造った品は後で捧げろと言われていたアビゲイルは、これでいいのかとうつむきつつも首を傾げる。


「三級神ガンツ・ガンズ・ガンツは新たに四本の神貢品しんこうひんを手に入れた。次の神格を得るために必要な神貢品しんこうひんはあと70,336,582本。一級神の赦しを得るために必要な神貢品しんこうひんはあと 5.10905e16本……」

「え? え?」

「……気にするな。この世界の定め(システム)決まり(ルール)のようなものダ。(まじな)いとも言えるな」


 なにやらアビゲイルには意味不明な言葉を紡ぎ出した。

 彼女はいったい何事かと顔を見やるが、毛むくじゃらの顔からは表情が全く読み取れなかった。


「は、はぁ……」

「とにかく。これからも良き品を造り、捧ゲ、より良き品を造るのダ。さすれバいつの日か神の怒りも治まり、我々の世界はかつての姿を取り戻すダろう」

「えぇと、はい」


 厳かな雰囲気で告げられたため、疑問を介さずにアビゲイルは肯定する。

 神々の事情なのだろうか。尋ねることもはばかられ、また聞いても理解が及ぶとは思わなかったこともある。


「さて。そろそろ異世界の戦士ガ目覚めてもいい頃合いダガ。まダか……」


 アビゲイルへ何かしらの助力を行うことは達成したのだろう。

 石の寝台に横たわるアーロの顔を覗き込み、鍛冶神は若干焦れたようにつぶやく。


「何か、あるんですか? そういえば時間の猶予がどうとか……?」

「あぁ……それはダな……」


 説明する機会は先と言っていたが、気が変わったのだろうか。

 鍛冶神ガンツ・ガンズ・ガンツが言葉を紡ごうとしたその時。



 ずずん──と。

 地下が震えた。


《妖精水》を口にしました×7。

 アーロの神格が7上がります。

《恋する妖精の肉》を口にしました×7。

 アーロの神格が21上がります。


雑感

 食べ物は複数回摂取すればいいというわけでもなく、一度に取ればよいという訳でもありませんね。


 そして意外とゲームっぽい山岳世界。

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200ブックマークや1万アクセスを越えました! ありがとうございます。

これからも更新頑張ります。

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