鍛え手の芽生え
カーンカーンと、鉄を鍛える音が地下に響く。
振るわれる金槌は何度も何度も鉄を叩き、火花を散らす。
やがて鉄が冷えて硬くなれば、鍛冶神ガンツ・ガンズ・ガンツは手にしていた赤熱する鉄を箱形の機械に入れ、蓋を閉じた。
小さく震えるような音が響き、しばらくの後に蓋を開ければ、中に入れられていた鉄は再び熱を持ち赤みと白みを増していた。
熱された鉄を毛に覆われた手で掴んで引き出し、さらに何度も槌を打ちつける。幾度もその動作を繰り返した後、壺に汲んだ水に浸して焼き入れを施す。
納得がいったのか小さく頷く鍛冶神。今度はその円筒形の鉄に、鞄から取り出した棒状の柄を突き刺していく。
熱された鉄に差し込まれた棒は、その周辺をぐにぐにと不思議に歪ませながら突き刺さり、やがて反対側から抜けた。
その先を均すように押し広げ固定すれば、円筒形の鉄に突き刺さった柄のような物体が出来上がる。
ためつすがめつそれを眺め、やがて鍛冶神は動きを止め、息を吐いた。
「蛇鋼の金槌+3、ダ」
「ぷらすさん!?」
「そうダ。良い品ガ出来た」
「やったわね! 良いものよ!」
いったいなんの事かと驚きの声を漏らすアビゲイル。
その眼前に今しがた作り上げた金槌をずいと差し出し、誇らしげに頷く鍛冶神。
「滅多に出来ることはない。今日は運ガ良いようダ」
「なんなのさ! ぷらすって! さんって!」
「気にするな。受け取れ」
「えぇ……。はい……」
追求をかわされ、アビゲイルに手渡される鍛造の品。
小ぶりだが、ずしりと詰まったように重い金槌。
蛍石の薄明かりに照らされたそれには、縞のような不思議な紋様が浮かんでいた。
「見たことがない材質。それにこの柄……」
作る過程も不可思議であるが、その材質も不可思議だった。
アビゲイルには馴染みのない鋼材から作り出されている金槌。ざらざらとした表面をなぞり、思わず首を捻る。
ついつい品定めをしてしまうのは鍛冶師の性だ。
「眼にしたことは無いか? 成熟した岩蛇の老廃物にのみ含まれる、消化されズに蓄積された鉱物を元にした鋼ダ」
「岩蛇の老廃物……って」
「糞ダな」
「だと思ったぁぁぁっ!」
堂々と糞と言い切った鍛冶神。
そして大いなる存在から手渡された物を放り投げたりするわけにもいかず、ただ嘆くアビゲイル。
成熟した岩蛇は巨大で、魔晶石や蛍石などの他に様々な鉱物や岩石を口にして育つ。
蛇鋼はそれらが胃や腸に溜まり、さらに糞として排出されたものだ。何でも口にする岩蛇の消化液によって無駄な物質は溶かされ分別されており、硬く密に積層した成分が特徴的な縞模様を作り出す。
そして蛇鋼を熱して鍛造できるようにするためには、小部屋に置いてある雑多な機械を用いた。
金床と鍛冶場のようなもの以外は アビゲイルにとっては全く用途の判別がつかない機械ばかりだ。
たが勝手知ったる様子の三級神によれば、どれも魔晶石を原動力とした鍛冶設備だという。
「魔晶石に含まれる自然エネルギーを取り出し、熱と振動によって中に入れた物質の温度を上ゲる……お前たちにも分かりやすく魔晶炉とデも言うか。あとは機構運動によって自動で槌を打ちつける魔晶槌。これは便利ダゾ」
「なるほど……。魔晶石を内燃機関にして熱の発生と空気の膨張で運動をさせてる……。魔晶機関と同じ……。いや、廃熱処理や燃焼による空気汚染は……」
「ほう! なかなか博識デはないか。なに、心配ない」
狭い地下で火を使うなど、自殺行為であるという認識はアビゲイルにもあった。熱はこもり逃がしにくく、空気は濁り呼吸が苦しくなる。
鉱山へ持ち込まれる削岩機は熱や排気をことさら気にしていたのだ。
岩食族の男衆が一抱えほどもある大型機械を、こんな小部屋で稼働させても大丈夫なのか。という不安はあった。
本来、地下と地上を繋ぐ通風孔は休憩所や退避所に何本も入念に用意されている。
通常の煮炊きや食物の加熱程度なら問題ないだろうが、さすがに鋼材を溶かすまでの火を発するのはいかがなものか。
「ここは大蛇神ワールグランズの体内、肺の付近ダ。大気は巡り清浄に保たれるダろう」
「へぇー、すごいわね!」
「……いや、ちょっと、よく分からないです」
神曰く、大丈夫らしい。
「さぁ、小難しい話は終わりダ。打ってみろ」
「ボクが……?」
鍛冶神はうむと頷き、魔晶炉に次の鋼材、蛇鋼を放り込んだ。
そして熱せられたごろりとした塊──糞だと言われるとそう見えてくる──をまたもや素手で取りだし、金床に置く。
アビゲイルが小部屋の棚から見つけていた鍛冶道具一式は手渡されていた。それに加えて、彼女のために新しい金槌を与えたのだろう。
彼女は言われるがままにやっとこで鋼を掴み、押さえる。
「すぅ……」
緊張のためか深呼吸を挟み、アビゲイルは右手に持った蛇鋼の金槌を振り上げ、打ち下ろす。
きぃん、と澄んだ音が地下に響き、火花が散る。
「これ、いい鋼だ」
一振り。一打ち。
それだけで伝わる素材の良さ。
アビゲイルは素直に感想を口にしていた。
「密で、繊細で、柔軟……。こんなのが……」
「糞も馬鹿にデきんダろう?」
「はい。凄いです」
素材について言われても、今度は動じなかった。
もう一度、蛇鋼の金槌を振り下ろす。
再度火花が散り、少しだけ鋼材の形が変わる。
それを何度も繰り返し、冷えたところで鍛冶神が開いた炉の中へ放り込む。
白く赤熱していく鋼を無言で眺めるアビゲイル。
早く次の槌が打ちたい。そんな気持ちで胸が一杯であった。
「筋は悪くない。師に感謝することダ」
きぃん、きぃん、と連続して鋼を叩き、鍛えていくアビゲイルを鍛冶神はそう評した。
「ダガ、想いガ足らないな」
「想い、ですか」
想い。師である母にも同じことを言われた事を彼女は思い出す。
あの時は何と言われていたか。
「使う者の事を考えろ。強い想いは鋼に命を宿す……」
「その通りダ」
「使う者……。誰のために……。何のために……」
「考えろ。想い描け。鋼に命を込めろ」
「……はい!」
考えた。何を作るのか。短剣だ。
使う者は何を求めていたか。懐に入られた時の自衛手段だ。あるいは、簡易の飛び道具としての投擲用刃物かもしれない。
「ア……あの人を守れますように……」
用途が決まれば、自然と形も決まる。
「助けになりますように……」
幾度も槌を打ち付け、火花で小部屋を幾度も赤く照らし、赤熱する蛇鋼を細長く成形していく。
「力となりますように……」
つぶやきは自然と口から漏れ、アビゲイルは熱に浮かされたようにして槌を振るう。
「そうダ。それデいい」
いつしか腕を組み、鍛冶神は満足げに頷いていた。
その横に座り、邪魔しないように様子を窺うケルクとリリを毛に覆われた手で撫でながら。
「重要なのは尊重ダ。自分ガ、デはない。相手の為を想うとき、お前たち人は力を発揮する」
そして鍛冶神ガンツ・ガンズ・ガンツはおもむろに手を伸ばし、ケルクの背中に着いた四枚の薄羽根のうち一枚を摘まみ、むしり取った。
地割れの落下の際、アーロのポケットから飛び出してくっついた物だ。
きゃひん! とケルクが鳴くが、気にした風もなくアビゲイルへと歩み寄る。
「何を……?」
「手助けダ。益となるよう計らうと言った」
そのままむしった羽根を強く握り潰し、その燐粉を赤熱する蛇鋼へ振りかける。燐粉は鋼に触れるとじんわりと光を発して溶けるように馴染み、一体化した。
そのまま続けろ、と促されたアビゲイルは躊躇なく槌を打ち付ける。
しばし夢中で、息をすることも時おり忘れ、アビゲイルは短剣の形へと蛇鋼を整形した。
使う道具が良いのか、何らかの助力が働いているのか、鍛造品を作り上げるには驚異的な早さであった。
焼き入れによる硬化、そして焼き戻しによる靱性の向上を経て、鋼を最適な状態にする。
「で、出来ました」
アビゲイルは汗を拭い、完成を宣言した。
まだ形だけだが、投擲用のダガーナイフだ。
鋼材を叩いて変形させた刃先から柄までの一体形成。
蛇の鱗模様のように複雑な縞を持つその刀身は武骨さと妖しい艶を持ち、ぎらりと鈍く光を反射していた。
鍛冶神ガンズ・ガンツ・ガンツはそれを手に取り、四方から眺め、大きく頷く。
毛に覆われた顔から表情は読み取れないが、それでも声音から満足げな様子がにじみ出ていた。
「妖精短剣+2、ダ。良い品ダな」
「ぷらす……。は、はい!」
神の口にする謎の概念であるプラスのことを一瞬訝しんだが、今は捨て置いた。
それよりも、鍛冶の神に誉められたのだ。
「それって、つまり……」
「うむ。想いの籠った鍛造品ダ」
三級神、鍛冶神ガンツ・ガンズ・ガンツは称賛するようにぱちぱちと手を叩く。
手は毛によって音が鳴りにくいのか、やや力ない音であったが、それでも微笑みながら褒め称えていることはアビゲイルにも受け取れた。
「これからは鍛冶師として一人前と胸を張れ。【芽生えし鍛え手】アビゲイル」
「はい! ありがとうございます!」
返された鍛造品を捧げ持ち、アビゲイルは声を張り上げる。
それに追従するように、やったー! とリリが万歳をして飛び上がり、ケルクは嬉しそうにわふわふと吠えた。
雑感
なんと、神域は肺の付近でした。
なら問題ないね。大丈夫大丈夫。




