妖精、精霊、そして……
今までのあらすじ
地下に落ちたアーロたち。
アーロが毒を受けた。
リリがアンパン○ン方式で解毒薬を飲ませた。
「あがぁぁぁぁ!」
びきびきと音を立てて、捻れた小枝のような物が生える。その白い小枝に巻きつくようにして肉が盛り上がり、細い腕を形成した。
「うあぁぁぁ!」
肩から先を千切り取ってアーロの口へとぶちこんだリリだが、かじりかけの魔晶石を食せばすぐさま悶え、腕を生やしたのである。
身をよじって叫び声を上げるリリを、アビゲイルとケルクは固唾を飲んで見守っていた。
「はぁ、はぁ……」
やがて腕が生え揃い、息を荒くしながら体を震わせるリリ。
アビゲイルは彼女を優しく持ち上げ、アーロの横に座らせてやる。
ケルクも心配なのか、尻尾をしゅんと垂らしながら近づき、リリの顔をペロリと舐めた。
「だ、大丈夫なの?」
「え? あ、もう平気よ。ちょっと意識が別の世界に行っちゃいそうだったけど」
急に生やすとなると痛気持ちいいわね、などとけろっとした顔で腕を動かして確認するリリを見て、アビゲイルはとりあえず安堵した。
「あー。毒も抜けてすっきりしたわ。ちょっとキマってたから変なこと言ってなかった?」
「いやぁ……?」
アビゲイルはなんとも言えない表情で眼を逸らす。逸らした先にいたケルクはわう? と首を傾げた。
その後、彼女が求めたのは何をしたのか、アーロはどうなるのか、というひとまずの説明である。
アーロの口に千切られた腕が放り込まれた際は慌てて開いて確認したが、細腕はほろほろと崩れるようにして溶け、消えた。
リリの言葉を信じるとすれば抗毒血清、解毒薬とのことだが、いかがなものか。
「簡単よ! 私が毒を受けてから魔晶石を食べてすぐさま治癒。抗体を作り出してから集めて固めて、お兄さんに取り込んでもらったの。魔晶石みたいな純度の高い自然エネルギー結晶にして、吸収しやすい形でね。速度は段違いだけど、原理と作り方は山岳世界の解毒薬と変わらないわ」
などとしたり顔で語るリリ。
ケルクは分かっているのかいないのか、わう! と相槌を打つように鳴く。
「森林世界の妖精は生き物の世話が仕事なの。病気になった植物がいたら葉を食べたりして解析して、自然に治るように抗体を調節した水を与えたりするのよ。体の一部なら水でもなんでもいいんだけど、今回はさすがに未知の毒成分だったから、腕一本使っちゃったわ」
てへへ、とリリは何でもないことのように締め括る。
その頭をそっと撫で、アビゲイルは一息ついた。
納得はいかないが、理屈は分かったのだ。そして妖精が異世界の生物だとも理解した。自らの常識では計り知れないということだ。
「もう、心配かけないでよ。リリまで倒れるかと思ったじゃんか」
「あはは! ごめんごめん! でもこうでもしないとお兄さんが死んじゃうわ。じきに良くなると思うけど……」
「うん……」
アビゲイルとリリ、ケルクは顔を寄せて未だ意識が戻らないアーロの顔色を窺う。
抗毒血清はすぐさま効果を発揮する訳ではないのか顔は赤く息は荒いままだ。しばらくは様子見といったところだろう。
そこまで考え、アビゲイルにふと疑問が浮かんだ。
「ねぇリリ、この部屋の中を探してって言ってたけど、薬があるか聞かなかったの?」
「あーっと。無いと知ったのよ」
「知った?」
「うん。ちょっと待ってね」
そう言ってリリは耳に手を当て、周囲の声を拾うような仕草を始めた。
すると、こそこそと何かを話すような声、そして小石を擦り合わせるような音がアビゲイルの耳にも聞こえてきた。
──何か来た。来た。
──驚いた。いたいた。
──家が見つかった。逃げてきた。
──怖い怖い。
「これは……」
「聞こえたかしら。これはあの毛玉、地精霊の声よ」
「地精霊のぉ?」
信じられない、とアビゲイルは思わず語尾が上がった。
地精霊に具体的な社会性は確認されていない。ましてや喋るなど。まったく研究が進んでいるわけではないが、知りもしなかった。
言ってみれば、その辺の虫や蛇と変わらない毛玉生物程度の印象だったのだ。
「うふふ。これもささやき妖精の力よ。あたしの声なら届けられるの。これで聞いたわ。薬があるかって」
「返事は?」
「ねーよ。って。失礼しちゃうわ! 《礼儀ってもんがなってないわね!》」
リリの叫びの後半は、不思議な響きを孕んでいた。
周囲に響くような、透き通るような声音だ。
──怒った怒った!
──逃げろ逃げろ。
──王様が来るよ!
──助けて助けて。
またもや響く、小声のような音。
どこから響いているのかは不明だったが、なんとなく恐れや焦りの気配が感じられた。
アビゲイルは相棒である犬精霊の様子を見るが、ケルクは何でもないように首を傾げていた。
その顔はどうかしたのか? とでも言いたげだ。
「この声も、ケルクには聞こえてるの?」
「ええ、もちろんよ。犬精霊も立派な精霊。目の前の個体とは意思疏通出来るはずよ」
だからお兄さんの鞄を持ってった奴に吠えて飛びかかったのよ。とリリは言う。
「だいぶ殺す気で襲いかかってたけど、逃げられたわね」
「そんなに脅かして大丈夫なの?」
「ふん。あんな木っ端精霊、びびらせておくくらいがちょうどいいわ。ていうか泥棒は容赦しちゃダメよ」
「はぁ……。何でもいいけど、喧嘩しないでよ」
なんだかどうでもよくなって、アビゲイルはなげやりに諭す程度に留めた。
しかし、他に気になることがあった。
「声では王様って言ってたけど、あれは?」
「あぁ、それは……」
リリが説明しようと口を開いたところで。
じゃり、と。
薄暗闇の中、かすかに反響する足音が聞こえた。
「なに……?」
「ん、来たわね」
「何が?」
「王様よ」
「……もういい、黙ってて」
相変わらず意味不明なことを話し、人に話を理解させるつもりのないリリは相手にせず、アビゲイルは出来る限り息を潜める。
そして耳をすまして足音の方向を探る。いくぶん壁に反響してはいたが、足音は先程ケルクとリリが向かった洞穴から聞こえていた。
だが、じゃり、という踏みしめる断続的な音に加え、かちゃかちゃという固い物同士がぶつかり合う音が響く。
しばらく身動ぎせず聞き耳を立てていたが、足音は徐々に大きくなる。近づいているのだ。
「ごめん、アーロ」
「あ、安静にしなきゃだめよっ」
アビゲイルは謝罪し、寝込んだアーロの熱い体を掴んで寝台の影に引っ張り込む。
リリは慌てたように周囲を飛び回るが、アビゲイルはあえて無視をした。
引きずられ、ごとりと体が落ちるが、アーロは文句一つ口にしない。
「……借りるよ」
「ねぇ、アビィ。落ち着きましょう? 怖くないわよ?」
「いいから静かに」
小さく断りを入れ、アビゲイルはアーロから外し脇に置かれた武装から、総鉄製の片手斧を手に取る。
しっとりと手に馴染む固い感触と、程よい重さ。良い鉄を使って腕の良い職人が造った。と意識せず見抜いてしまうのは鍛冶師の性か。
片手斧をいつでも振り抜けるように構え、腰を屈める。
アーロを隠したのも、己が身を隠すのも念のためだ。救助が来たのかとも思うが、聞こえる足音は一人のように思える。
隊も組まず、犬精霊も連れておらず、暗闇に一人。救助にしては不自然すぎる。
「アビィ、王様よ。失礼の無いようにね? お願いね?」
「しっ、静かにしてよ。王様ってなんなの?」
「ここの主よ!」
「結局どんな相手かはわからないんだね……!」
呆れ顔のアビゲイルはリリを伴って寝台に身を隠し、暗がりで耳をすませる。ケルクもよいこにお座りをしている。
そして何が出るか、とごくりと唾を飲み込んだ。
やがてじゃりじゃりと響く足音は小部屋の前までやってきて、ざ、と足を止めた。
擦れあった金属製の何かがちゃり、と音を立てる。
寝台から覗けばその何かの姿は確認出来るはずだ。だが、アビゲイルは恐怖と緊張から動けずにいた。
「……」
息を吐くのも止め、アビゲイルは祈る。
何かを言ってくれ、と。
人ならば言葉を発し、獣ならば唸り声を発する。だが、いつまで待っても言葉はない。
つまり言葉をかける必要がない単体のなにか。または言葉を発せない生き物か、だ。
「……」
アビゲイルは、隣ではぁはぁと荒い息を吐くアーロをちらりと見る。
もしもやって来たのが危険な生き物ならば、彼を守らなければ。と持った片手斧を握り締める。緊張からか、手にかいた汗で握りが滑る。
く、とアビゲイルは唇を噛み、意を決して寝台の影から身を乗り出した。
勢いよく飛び出し、片手斧を横手に振りかぶる。
いつでも振り抜けるようにして、アビゲイルは相対するものを視界に捉えた。
アビゲイルよりも体は大きい。
しかし足がある。人だ。
「誰!?」
片手斧の振りを止め、しかし厳しく問いただす。
相手、毛むくじゃらの人型はそんなアビゲイルの様子に眼を瞬かせ、驚いたように口を開けた。
「あぁ? なんデ《地を食う者》がここにいるんダ?」
質問に質問で返される。
その事にやや苛立ちつつ、アビゲイルは片手斧を突きつけた。
人語を解した。だが相手の正体は依然として知れない。
「質問に答えてよ! 誰……いや、何なの!?」
「ちょっとアビィ! ストップストップ!」
武器を下ろせと手にまとわりつくリリに構わず、アビゲイルは詰問する。
よくよく見れば、相手は異様であった。
毛に覆われた体に服はなく、背はアーロと同程度か。岩食族の男衆よりは小さい。
二足歩行をしており、手足が太く大きく体格はいい。
背にはパンパンに中身が詰まった革製の鞄。入りきらないのか、いくつも吊るされた金属製の金槌が擦れあって金属音を立てている。
「何、か。なかなか良い質問ダナ」
発音の質がアビゲイルたちとは違う。
凶器を突きつけられてもなお、余裕の態度を崩さない異様の者。
毛むくじゃらの人型は薄く笑うと、わざとらしく両の手を広げた。
「オレは山岳世界の三級神、鍛冶神ガンツ・ガンズ・ガンツ」
己は神だ、と異様の者は語る。
「お前の名を聞かせてもらおうか。《地を食う者》?」
異様の者が首を傾げ、背の鞄に吊るした金物がカチャリと澄んだ音を立てた。
雑感
そして、神。




