希望の光
更新ミスをしてました。
文頭字下げなどをした修正版です。
時系列が少し戻り、《蛇神の腹下し》発生時、アーロが地割れに身を投げたところからです。
《蛇神の腹下し》により発生した地割れの真っ暗闇のなか、アーロはリリと共にただ、下へと落ちていた。
「リリ! 飛べてないぞ!」
「お兄さん! もっと信じて!」
「信じるったってなぁ! 飛べ飛べ飛べ……!」
「まだまだ! ふぬぅぅぅぅ!」
びゅうびゅうと下穴から吹き付ける風に負けぬようアーロは大声を上げ、リリも同じく返しながらアーロを掴み羽ばたく。
その体と羽根からは絶えず光る燐粉が噴き出しているが、アーロの体は一向に飛ぶ気配が無かった。
というより、ただ落下している。
アーロとリリが飛び込んだ大地の亀裂は深く、その眼下には光の届かない闇が大口を開けている。
退避所の天井から剥がれ落ちたと思わしき岩石が落ち、その合間に隠れていたのだろう小さな岩蛇が空中で身をよじり、のたくっている。
しかし身をよじるのは、アーロとて同じであった。
「お兄さん落ちてる!」
「分かってるよ! くそっ!」
手足をなるべく閉じ、恐らくは地下であろう方向に顔を向けて落下速度はぐんぐんと上がっている。目指すは先に落ちて行ったアビゲイルのもとだ。
しかし仮に追いついたところで、落下をどうにかしなければ底や壁に叩きつけられて終わりである。これでは先に落ちたアビゲイルを助けるどころではない。
「うぉぉぉぉ! 俺は飛べる! 飛べぇ!」
「そうそう! 行ける! 頑張って!」
信じろ、とリリは言った。それに従い、アーロは自分は飛べると言い聞かせるように叫ぶ。
声に呼応し、羽織っていた外套から時おり燐粉が噴き出すように漏れる。しかし、落下速度は止まらない。
力を込め、時にばたばたと手足を振り回すアーロであったが、飛ぶ気配は無かった。
「……だめか!」
「なんでよぉぉぉ!」
行き当たりばったりと機転で乗りきるアーロの癖で飛び出したが、無理であった。
リリはアーロの髪をぐいぐいと引っ張りながら抗議の声を上げるが、そもそも信じろだの頑張れだのというよく分からない指示だ。
きっと飛べるから追えとリリに乗せられて身を投げたのだが、そこでふっと彼は力を抜く。
「すまん……」
エリー。セレーナ。ルナ。嫁に帰れそうにない、と。
そしてアビゲイルにも、助けられそうにない、と心の中で謝罪を行う。
だが、諦めかけたアーロに対して、どこからか声が響く。
──まったく。お前はいつも無茶ばかり。
「……なんだ?」
「ん?! あ!」
その声はリリにも聞こえたのだろうか。
どこか呆れるような響き、鈴の音のような声。
声を聞いた途端、アーロの首元の赤いスカーフがはためき、じんわりと熱を持つ。
次いで新緑の風を思わせる爽やかな香りが広がり、緩やかで包み込むような光がスカーフを纏う。
──力を貸すぞ。
「──そうよ! お兄さん! 呼んで!」
「呼ぶ?! 何を!」
「神の衣の名前!」
リリが何かに気がつき、アーロに叫ぶ。
名を呼べ。と。
「名前……! これか……!」
神の衣と聞き、アーロは首もとにはためく赤いスカーフ、エリーからの贈り物である品に触れる。
森林世界で受け取り、神によって神秘が込められた物。いつも身につけ、いつしか体に馴染んだ衣。
アーロは触れたその手にじんわりとした暖かさを感じる。落下によって吹き付ける風に負けない、確かな熱。
──私を呼べ。アーロ!
「あぁ!」
再度声が響き、首と耳元に熱を感じる。
後ろから優しく抱き締められるような感触。そして耳元で囁かれる力ある言葉。
その言葉を受け取り、アーロは高らかに叫ぶ。
「 [愛のスカーフ]ァァッ!」
地下の暗闇を裂き、光が溢れた。
◆◆◆◆◆
アビゲイルはケルクを抱き、暗闇の中を落下していた。
吹き付ける風によって服がばたばたとはためき、体は風に煽られてくるりと回転しそうになる。
上下どちらを向いているのかもわからず、またアビゲイルの体は地下へ、考えは思考の底へ落ちていた。
《蛇神の腹下し》による揺れで落ちた際にアーロと眼が合った時、自然とお礼の言葉が出た。
彼によって、アビゲイルの世界が何かしら変わった気がしたからだ。
それは鉱山に入れた事かもしれないし、父ゲルナイルに認められるような言葉をかけられた事かもしれない。
とにかく、恨み言ではなく感謝が口をついて出た。
毛無族を受け入れ、アーロの案内役として鉱山に入ったことを後悔はしていない。
抱き締めているケルクが首を回し、わう、と小さく鳴く。
そのアビゲイルよりも大きな体に埋もれるようにして、手を伸ばし頭を撫でた。
「ケルク……今までありがと」
わふっ、と威勢のよい返事が返り、アビゲイルはさらにわしわしと頭を撫でた。
底知れぬ闇に一人と一匹。風に巻かれて離れぬようにぎゅっと大きな体を抱き締める。
あの時ケルクを助けようとしなければ、地割れの亀裂に落ちてはいなかったかもしれない。しかしアビゲイルはその選択を取ることはないだろう。
岩食族にとっては相棒であり、どんな時も一緒に行動し、互いに認め合うのが犬精霊だ。
もしも見捨てて死なせたならば、一生涯後悔し続けるだろう。だから彼女は一も二もなく助けに向かった。
その後、大きな揺れが起きて地割れに落ちたとしても、その選択が間違っていたり無駄だったとは微塵も思っていない。
「あぁ……。なんだかボク、いい気分だよ」
アビゲイルはぽつり、とそうこぼす。
これからどの程度後かは分からないが、亀裂の底に叩きつけられるか岩に潰されるかして死ぬことが分かっているからだろうか。
何のしがらみもなく、悩みも無い。心は解放され、どこまでも自由であった。
もしも今、鋼を打てたなら。きっと良いものが出来上がるだろう。
「惜しいなぁ……」
鍛冶の真髄に至らずに終わる。
アビゲイルにとって、その事は心残りであった。
「見て、ケルク。退避所の光があんなに小さいよ」
人の言葉が分かっているのか、恐らく上層だと思われる方向を向いたケルクもわふっと鳴いて応える。
アビゲイルが見たのは、亀裂の中心から見える退避所のものと思わしき光だ。大分落ちたおかげでその光は小さくなっている。
「かなり落ちたんだろうなぁ。どんどん小さくなって……」
落下する体勢を変え、仰向けになって背中に風を感じるアビゲイルはその光を見つめる。
下を向けば底知れぬ闇であり、いつか激突するであろう底を見たくなかったこともある。
一人と一匹が見上げる遠いその光は離れ、小さく小さく……ならなかった。
「……あれ?」
否。小さくなるどころではない。
光は次第に大きくなり、その輝きを増している。
それはまるで、光が近づいているようであった。
「なんで……なんで!」
アビゲイルはあることに気がつき、疑問を浮かべた。
退避所の光は動かない。そして、あれは退避所の光ではない。だとしたら、考えられることはひとつだ。
ぐんぐんと近づくその光は、暗闇の中でもはっきりと知覚できるほど強く光り、人の形をしていた。
「アビィィィ!」
暗闇に負けぬその人の形をした光は、声を発した。
落下による風切り音に負けぬよう、強く大きく。
「──なんで来たの! アーロォ!」
アビゲイルもまた、信じられないと叫んだ。
鉱山で発生した底知れぬ地割れへと落ちた。それを追って飛び降りるなど、正気の沙汰ではない。
心中自殺と変わりなく、そうする程の関係性でもないはずだ。それが何故。
アビゲイルの抱いたケルクが、わんわんと大きく鳴く。
その鳴き声が耳に届いたのだろう。近づくアーロの顔がアビゲイルたちの方を向いた。
「でかしたわ! 毛むくじゃら!」
「どこだ! 見えねぇ!」
近づいてはいる。それは顔が分かるほどに近く。
だが、地割れの下穴は真っ暗闇だ。アビゲイルは光を発するものは手にしていないため、その姿は闇に溶けている。
アーロの体はいかなる現象か、白銀の燐光と金色の燐粉が混じり合い輝き、その飛行を制御していた。
暗闇くに輝くその姿を眼にして、アビゲイルは近づこうとしてもがき、ケルクは鳴き声をあげる。
「お兄さん! 声があっちから!」
「おっしゃあ!」
アーロの肩に陣取ったリリが、ケルクの鳴き声とアビゲイルの声を察知し、小さな指を向ける。
その方向目掛けてアーロは飛び。二人は、顔が見える程度まで接近し──。
大きく離れた。
「くそっ! 制御が!」
二人はすれ違うようにして一度離れたが、方向は捉えた。
空中で身を捻ったアーロは再度ゆるやかに接近し、アビゲイルがいると思わしき場所へと手を伸ばした。
対するアビゲイルには、アーロの眩しく輝く姿が見えている。
その背を支えるような人形。すらりとした身長と長い耳を持つ光の輪郭もまた、見えていた。
──ふっ。
その光る人形は、アビゲイルを見て笑った、ような気がした。
「アビィ! 手を!」
「──! アーロ! もう……少し!」
伸ばされたアーロの手を掴むため、アビゲイルも手を伸ばし、そして。
真っ暗闇のなかで、二人の手は繋がれた。
<闇に煌く金銀の希望>イベントが発生しました。
アビゲイルの好感度が3上がりました。
雑感
アビゲイルと手を繋ぎました。やったね。




