地下からの便り
ウェインはいつも通り物静かに見えて、その心情は嵐の如く荒れていた。
無理もない。友人であり同僚でもあるアーロが行方不明となり、捜索と救助を全力で推し進めていた挙句の異世界調査団上層部の通達だ。
応援も出せず、一定期間の捜索の後、行方不明者を生還の見込み無しとして死亡と判定。
到底納得できるものではなく、通達の後も彼は休むことなく救助計画を練り続けていた。感情を表には出さないが、その分だけ自らを追い詰めるように仕事へ取り組んでいたのだ。
朝起きてから関係各所の準備状況を確認して回り、不備があれば指摘し、足りない物資があれば人に言伝て野良猫商会や自身のムラクモ商店から山岳世界へと運び込ませる。
さらに山岳世界との交流が一番長い古株として、岩食族との交渉や折衝の矢面に立つ。
坑道の探索は昼夜交代制で行われているため、睡眠時間を設定せずに仮眠をとっては報告される情報の記録と翌日の準備を行う。そんな生活を続けていた。
端的にいって業務量過多であり、親戚でもあるジョンなどは事ある度に休んでくれと進言しているのだが、彼は聞き入れる様子が無かった。
休んでいるその瞬間にも、地下ではアーロが救助を待っている。そう思えてならず、特に三十日を境にウェインは鬼気迫る雰囲気で自らの仕事をこなしていた。
そして、《蛇神の腹下し》発生から三十三日が経った日のことである。
夜中から日が昇るまで備品の帳簿確認と、報告される情報をまとめた資料を前に考えを巡らせていた彼の元に、叔父であるジョンが訪ねて来た。
「若。来客ですよ」
「……うん。おはよう。ジョン叔父さん」
「岩食族の娘さんですよ。すごい隈ですね、もう少し休まれては?」
「そうするよ。来客の間だけ休む」
素っ気ないウェインの反応に、ジョンは心配そうな眼を向けた後、何も言わずに去っていった。そして、天幕の外での短いやり取りののちに入れ替わりで天幕の中に背丈の小さな女性、岩食族の女衆が一人、訪ねてくる。
「ウェインさん……」
「おはよう。マルフィ」
視線は机に置いた書類から外さぬまま、椅子から立ち上がりバキバキと凝り固まった体を伸ばすウェイン。それを見て控えめに声をかけるのは、十数歳の少女のようにしか見えない背丈の小さな女性、マルフェイルだ。
かつてウェインが魔晶機関の構造を尋ねた際に交流を深めた彼女は、魔晶機関への造詣が深く機械いじりを好む気質から技術屋のウェインと気が合ったのか、一夜を共に過ごしたことで情が沸いているのか、定かではないが《蛇神の腹下し》後の一連の作業の折に何かとウェインの世話を焼きに場を訪ねていた。
「おはようございます。あの、もっと休まれた方が良いのでは」
「君も叔父さんみたいなこと言うね……。見ての通り、今休んでるところだよ」
「それならせめて書類から視線を離してください」
「はいはい」
うんと伸びをしてこめかみ周辺を揉み込むウェイン。その返答に泣きそうな顔になるマルフェイル。
何かを言いたげだったが言っても無駄だと悟っているのか、彼女は持っていた紙面をすっと差し出して手渡す。
「頼まれていたもの、できました」
「さっすが。早いね。それで、どう? 作れそう?」
紙面を受け取ったウェインはマルフェイルの仕事の速さを褒め称え、机の上の雑多な書類を脇に寄せて紙面を広げる。
広げられたのは細かく数字や注意書きが書き込まれた紙、何かの設計図のようにも見える。
「……正直なところ、わかりません。作ったことないものですから」
「未知の物の設計図を数日で仕上げてくるのは凄いと思うよ」
「凄いだなんて、そんな……」
「いやほんと、凄い凄い」
「ウェインさん。わたし子供じゃないんですけど」
謙遜しているのか本心なのか、それほどでもと首を振るマルフェイル。やや内向的な彼女をウェインは褒め称え、ちょうどよい位置にある頭をぐりぐりと撫でてやった。
照れたように言い返すマルフェイルだが、逃れようとはせずされるがままである。そんな様子にウェインはやっと小さく笑い、その視線を机上の設計図へと走らせる。
箱、神眼世界の馬車の筐体に巨大な削岩機を下向きに取り付けたような見慣れぬ構造物。そしてそれらを吊り上げるような滑車と吊り鐘楼を備えた巻き上げ機械。それらが設計図にはいくつかの注意書きと共に描かれていた。
「直下採掘型削岩機。地下へより効率的に掘り進むための機械。こんのを作ろうなんて、ウェインさんじゃなきゃ思いつきませんよ……」
「そう? いくつかの質問くれただけで意図を理解してくれたから、似たようなものがあるのかと思ったけど」
「深くへ掘り進むためには誰もが考えますけど、実現しません。砕いた石に埋もれて終わりですよ」
困ったように眉根を寄せるマルフェイルに、ウェインはなるほどと腕を組む。
削岩機で地面を割って行っても、砕いた岩石が消えるわけもない。横や斜めに掘るならばかき出して少しずつ運び出すこともできるが、直下に掘るとなると話は変わってくる。砕いた岩石の行き場が無いため掘れば掘るほど埋まってしまうのだ。
だがしかし、ウェインが考案しマルフェイルが設計図を書き起こしたこの直下採掘型削岩機は、その問題を見事に解決していた。
「壁や地面そのものを収納鞄に入れることは出来ないけど、砕いた岩石は収納鞄に入る。だから掘り進んで溜まった石を回収していけばどんどんと下に進める。僕ってやっぱ天才かな」
自画自賛を行うウェインだが、突拍子もない発想のためあながち間違いではない。
設計図に起こされた直下採掘型削岩機。先端の削岩機から大きな箱のような馬車の筐体までは溝が切られており、砕かれた岩石は自然と溝を通り、その先に取り付けられた収納鞄へと辿り着く。あとはその岩石を回収していくだけで下へ下へと掘り進むことが出来る。
削岩機や魔晶機関は岩食族のもの。そして今回使用する予定の収納鞄は魔術具である。名実ともに山岳世界と神眼世界の技術の融合であった。
ウェインは救出準備の傍ら、ムラクモ商店の研究班に集めさせた残骸布を使用していくつも収納鞄、[小鞄]の魔術具を作り出していた。
材料は二つ一組の闘装が壊れた際に残る残骸布で、どれも大枚をはたいて冒険者などから急きょ提供を募ったものである。それを使えば双方向が繋がった収納鞄が出来上がることは既に実証済みであった。
この直下採掘型削岩機を使用して待避所から真下へ向けて掘り進もうと考えたウェインは、マルフェイルに相談しつつ実現可能と思われる大型の魔晶機関を調達していた。
「理論は分かります。分かりますけど。収納鞄っていうのはそんなに便利なんですか?」
直下採掘型削岩機の設計を依頼された時に話として聞かされてはいたが、マルフェイルは未だに半信半疑である。
なにせごく普通の収納鞄でさえ、物が大量に入るのだ。鉱山の地下へ潜る装備の持ち運びは格段に楽になるし、食料の魔晶石や嗜好品のその他の食物を持ち込む余裕も生まれる。
そんな夢のような装備があれば、そして出回れば、格段に作業は豊かになる確信を持っていた。
「もちろん。耐久性とか容量の問題とかもあるけど、それは実地試験を以って検証しよう。……収納鞄は、見本があるよ」
今のところは机上の空論のため実現性は試作品を早急に作って追及していくこととして、ウェインはマルフェイルに見せるために机の上に置いてあった小さな革製の鞄を手に取り、何とも言えぬ表情でそれを眺める。
アーロが生き埋めになったと思われた当初から幾度も確認をしているが、昨日までその中身は変わることが無かった。反応が無くても確認だけは続けているが、今は一日のうち昼と夜中に中身の確認を行っているのみだ。
そして今までもまた、中の食料品や生活用品、必要かと考えて追加した岩蛇の解毒薬などは入ったままであった。
「これはもう一つの[小鞄]と中身が繋がってる。もう片方は、まぁ行方不明なんだけど、中には結構な物が入ってるよ」
ウェインは[小鞄]の効果を説明をしつつその中に手を突っ込み、例として見せるために何か手頃な物品を引き出そうとして──。
「──あれ?」
彼は首を傾げた。
そのまま、信じられないことを体験したような、驚きとも歓喜とも取れる表情のまま、その手が引き出されて恐る恐る開かれる。
「あぁ……。さすが、さすがだよアーロっち……!」
「ウェインさん……?」
ウェインの掌の上には[小鞄]の中から取り出された大粒の魔晶石、中程度の魔晶石、小粒の魔晶石、さらに小粒の欠片のような魔晶石、計四つがころんと転がり、淡く光を放っていた。
◆◆◆◆◆
ゲルナイルは大いに荒れていた。
無理もない。娘であるアビゲイルが鉱山の地下で埋まってから三十三日が経過してもまだ、発見の兆しすら掴めていないからだ。
不愛想だが面倒見がよい彼は親方と呼ばれ、皆に慕われている。そんな者の娘が長い間行方不明だ。当然岩食族の男衆を中心としてピリピリとした雰囲気が醸し出される。
「毛無族のでかいの……。もう一度行ってみろ」
神眼世界から戻ったボルザから話があると声をかけられたゲルナイルは、ゆっくりと噛みしめるように声を発した。
相対するボルザは無表情のまま、再度繰り返す。
「地下で行方不明になっているうちの調査団員に死亡判定が出た。だから応援は出せねぇ」
「あぁ。そうかぁ……!」
神眼世界の異世界調査団が下した判断。それを聞いたゲルナイルは拳を握りしめ、ボルザに殴り掛かった。
握り込まれた拳骨は素早く振り抜かれ、鈍い音とともにボルザの鼻面へぶち込まれる。
「てめぇらは! ワシの娘も死んだって判断したんだなァ!」
「……そうじゃねぇ」
見上げるような体格のゲルナイルからの拳を受けてもボルザは微動だにせず、無表情のまま睨み返した。
「うちの団員だけだ。捜索は続行する。だからよぉ。拳を仕舞ってくれるか」
「毛無族……。てめぇらさえ、てめぇらさえ来なければ!」
神眼世界の者たちさえ、お前たちさえ来なければ。調査団など受け入れなければ。今の状況は発生していない。
そんな言葉に岩食族の面々もそうだと声を上げ、それを聞いた神眼世界の救出部隊の者たちは怒りを露わにする。
「そんな事言ったって仕方ねぇだろ!」
「黙れ毛無ども!」
「よそ者が鉱山など入るから蛇神が怒ることになったんじゃ!」
「蛇神だぁ? ただの地震だろぉ? ふざけんじゃねぇ!」
進捗の見えない捜索作業。芳しくない成果。今までの鬱憤が積もり積もっていたのだろう。岩食族と救出部隊の間で口論が始まり、その対立が露わになる。
そんな中、振り抜かれた拳を握り、ギリリと握りしめてボルザはまだ無表情で問う。
「ゲルナイルのおやっさんよぉ。その言葉、本気かい?」
「……毛無族。てめぇらを受け入れたこと、そもそもが間違いだった……!」
だが、ゲルナイルの答えは冷酷で、深い後悔が滲んでいた。
その言葉を聞いたボルザは歯を剥きだし、凶暴に口角を吊り上げる。鬼のような風貌だ。
しかしその眼はまったく笑ってはいなかった。
「なぁ、気持ちは分かるぜ。分かる。だが……それを言っちゃあおしまいだろうがよぉ!」
額に青筋を浮かべて怒りを露わにしたボルザは即座に身をかがめると、腰の入った胴打ちを繰り出してゲルナイルを弾き飛ばす。
強烈な一撃にゲルナイルは倒れ飛び、岩食族の男衆の間へと突っ込む。
「てめぇ、親方を!」
「やりおったな!」
「毛無のでかいの……。やるか」
支えられて立ち上がったゲルナイルは、口を切ったのかペッと血を吐き出して怒気を露わにする。
周囲の岩食族の男衆もそれに呼応し拳を握った。
「図体はでけぇが喧嘩は苦手か? あぁ?」
「ボルザさん! やっちまいましょう」
「おぅし。お前らちょっと手ぇ貸せ。ストレス発散だ」
ボルザも完全に理性を飛ばしていた。眼をぎらつかせて腕を捲り、周囲の救出部隊の面々、力仕事が得意で気の短い者たちもそれに続く。
鉱山前の広場にて、岩食族の男衆と毛無族、神眼世界の男たちが睨み合う。
そしてどちらともなく歩み寄り、拳を握って振りかぶった。
「てめぇらさえ来なければ! アビィは埋まってはいなかった!」
「あぁ? こっちだって連れが埋まってんだ!」
「男と娘を同列に語るな!」
「そんなに娘が大事なら家に繋いでおけよ!」
「犬と一緒のように言うなぁ!」
ボルザが殴りかかり、ゲルナイルが受ける。お返しとばかりに腕を掴んで振り回し叩きつける。受け身を取って蹴りを放つ。
二人だけではない。周囲ではそこかしこで男たちによる殴り合いの喧嘩が始まっていた。
「このチビどもが!」
「囲め! やっちまえ!」
「上等じゃぁ! まとめてかかってこんかい!」
「とろいんだよ!」
お互いに素手だが本気の殴り合いだ。しかも双方頭に血が上っており、何より止めるべき統率者が率先して殴り合いを続けている。
鉱山前の広場は男どもが殴り合いぶつかり合う、阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
その場所に、少数の足音が近づく。
「なにこれ! どうなってんのさ!」
小脇に[小鞄]の魔術具を抱えたウェインは、殴り合いを続ける男たちを眼にして疑問を発した。
なぜ、互いに協力して捜索をしなければいけないはずの者たちが対立し喧嘩をしているのか。
「止めるよ!」
「ウェインさん、ちょっと離れましょう!」
「そうです! 若、危険です」
天幕からウェインについてきたのであろう。ジョンとマルフェイルが危険だと離れることを提案するが、ウェインは構わずずんずんと騒ぎの中心へと向かっていく。
そこにいるのは、お互い一歩も引かずに拳をぶつけ合うゲルナイルとボルザだ。
「毛無のぉぉぉ!」
「その呼び方むかつくんだよぉぉ!」
「知ったことかぁぁ!」
叫び声とともに打ち込まれるゲルナイルの拳、個人的な感情を込めて振るわれるボルザの拳。
二つの拳は交差し、お互いの頬へと突き刺さった。
「ぶほっ」
「がぁっ」
互いに直撃した拳によって、二人は膝を折って崩れ落ちる。
ウェインがたどり着いたのは、ちょうど二人の決着がつく頃であった。
「こんのっ! 馬鹿野郎!」
「いでぇ!」
「むおっ!」
駆け込んだウェインは倒れたボルザの腹に蹴りを入れ、ゲルナイルの顔面に抱えていた[小鞄]を叩きつけた。
「ウェイン、なにしやがる!」
「てめぇもやるかぁ。ウェイン!」
「何やってるかぁ? それは僕の台詞だよっ! 喧嘩してる場合じゃないんだ!」
ウェインは地団駄を踏み、声を荒げる。
「アーロっちも! アビィも! 生きてる! 馬鹿な事やってないで人を集めてよ!」
広場中に響くその大声に、ボルザもゲルナイルも、辺りで取っ組み合いをしていた男どももその動きを止める。
そしてさきほどまで殴り合いをしていた二人は顔を見合わせ、ウェインへと向き直る。
「アーロの野郎が、生きてる?」
「嘘じゃねぇだろうなぁ。ウェイン」
「こんな嘘なんて言うもんか! ほら!」
これが証拠だと彼が掲げるのは、大小四つの魔晶石であった。
大粒の魔晶石、中程度の魔晶石、小粒の魔晶石、さらに小粒の欠片のような魔晶石。計四つ。
これが示すのは、アーロとアビゲイル、ケルクにリリだと彼は結論付けた。
地下から届いたメッセージ。何らかの手段を用いて生き延びていたアーロが機転を利かせ、地上のウェインへと生存報告を送ってきたのだ。
「皆を集めて! 女も男も全部! 救出作戦を立てるよ!」
山岳世界ヨームガルド。
鉱山の調査中に発生した《蛇神の腹下し》による遭難事件は、三十三日目を境に大きく状況が進展する。
雑感
親方ぁ!
地下からメッセージが!




