さよならアーロ
山岳世界にて発生した大地震に伴い、鉱山での大規模な崩落事故が発生。
現地にて調査を行っていた異世界調査団員二名が事故に巻き込まれ、一人が負傷。未だ一人が行方不明となっている。
また岩食族と呼ばれる現地人にも多くの負傷者が出ているほか、現地の案内役の一人が行方不明となっている。
現在は情報が錯綜しているが、早急な救助体制を整えることが先決であるとして、山岳世界と神眼世界、二つの世界は協力してこの困難に立ち向かう意思を表明した。
紙面をめくる。
山岳世界にて発生していた鉱山崩落事故の発生から三日。
現地では未だ救助活動が続けられているが、救助隊が目指す坑道はこの度の崩落によって広範囲にわたって崩落しており、土や岩石の除去に手を取られて捜索の手は遅々として進められていない。
神眼世界の市民団体による支援物資の提供が行われている他、有志による救助隊が結成されて異世界立ち入りの許可を取得し、今朝がたに山岳世界へと出発した。引き続き現地では岩食族と共同で救助活動が続行されている。
行方不明者二名が生き埋めになっているとすれば食料、飲料など生命維持活動に必要な資源が足りなくなっている可能性があり早急な発見と救助──。
紙面をめくる。
山岳世界ヨームガルドの鉱山地帯にて発生した大規模崩落事故の経過報告。
事故発生から六日が経過。生存を疑問視する声が現場や各方面から上がっており、救助隊全体に重苦しい雰囲気が広がっている。
行方不明者二名の持ち物に食料品がどの程度含まれていたかは分かってはいないが、岩食族に関しては鉱山の内部の方が食料となる鉱石が豊富ということは一定の希望となっている。
反面、調査団員の食料事情については逼迫しているとも考えられており、地下の暗闇や閉鎖空間に対する順応性が低い場合は致命的な精神負荷がかかっていると予想される。
紙面をめくる。
山岳世界ヨームガルドの鉱山地帯《蛇神の表皮》にて発生した大規模崩落事故についての報告事項。
今日で事故発生から十日が経過した。現場では引き続き捜索が続けられている。
一番の山場と考えられた地割れを乗り越えることができており、退避所へと続く道は確保されつつある。
記録を漁ったところ、目指す退避所には岩食族の用意していた乾物等の食料が備蓄されているとのことであり、明るい話題となっている。
しかし備蓄食料が節約しつつ消費されていると考えると、近日中に食糧難に陥る可能性がある。早急な発見と救出が求められている。
幸いにも今日まで《蛇神の腹下し》による余震などは無く、二次的な被害は発生していない。
このことは地質学者や専門家たちの頭を悩ませており、発生した大きな地震に対して余震が一度も発生していないということには理由があるとみて調査を──。
紙面をめくる。
山岳世界ヨームガルドの鉱山地帯《蛇神の表皮》にて発生した大規模崩落事故の続報。
事故発生から本日で二十日が経過したが、未だに行方不明者二名の捜索は続いている。
行方不明者二名が最後に目撃されたと思わしき退避所への通路がやっと確保されたが、そこでは行方不明者を発見することが出来なかった。
退避所内部では大規模な崩落と同時に地割れが発生しており、さらに岩石流と大地の再生によって地割れの下穴は完全に塞がれていることが判明した。
行方不明者が地割れに巻き込まれて落下したと予測されており、さらに地下深くへと落ちている可能性がある。
地質学者と岩食族の分析によれば、地割れによって地下に張り巡らされた坑道とは別の坑道へ落下、徘徊している可能性があるとのこと。これを受けて退避所から下へ掘り進むのではなく他の坑道を捜索し地下深くへ潜る計画が立案されている。
だが他の坑道も大規模な崩落によって塞がれた部分が多く実現性については疑問視され──。
紙面をめくる。
山岳世界ヨームガルドの鉱山地帯《蛇神の表皮》にて発生した大規模崩落事故発生から今日で三十日。
本日をもって行方不明者の救助活動は一旦打ち切りとなることが発表された。
過酷な救助活動に疲弊した救助隊は休息を取ると共に再編され捜索隊が結成される。今後は一刻も早い遺体の発見を目指すこととなる。
異世界調査を取り仕切るアガラニア国家政府ならびに教会関係者によって公式会見が設定され、異世界調査団の幹部の弁によれば「非常に痛ましい事故であり、業務上過失という意見には弁明弁解の余地はない。この不幸な事故の犠牲となった団員ならびに現地の案内役には深い哀悼の意を表する」と述べられている。
行方不明者の事実上の死亡判定となるこの会見を受けて援助や救助活動を行っていたアガラニア市民団体や有志の支援団体などから抗議の声が上がっており、同組織の安全に対する管理能力があったのか、十分な対策を行っていたのか、今回までの会見で説明責任を果たしていたかなどが争点となっている。
「うそ……」
神眼世界。
アマデウス救済院の宿舎。広間にて。
いくつかの紙面。報告書としてまとめられた書類を読み終え、ルナは放心したようにぽつりとつぶやいた。
動揺しているのか緋色の瞳は瞳孔が開き、紙面を持つ腕は震えていた。
「今から三十二日前のことだ。異世界調査中に大規模な崩落事故が起きた。アーロと現地の案内役が一人、あとはペットの妖精や犬と共にはぐれた後、その姿が確認されていない」
「嘘! こんなの嘘よ!」
淡々と無表情で話すボルザに対して、ルナは激昂して紙面を机へと叩きつけた。
「司祭様っ! 嘘ですよね!? ねぇ!」
「ルナ君……残念ですが彼の言っていることは真実です……」
同席して話を聞いていた司祭トマスは、ゆっくりと頭を横に振る。
ボルザが手の込んだ嘘を話している、そんな微かな希望も打ち砕かれたルナの顔面は蒼白となった。
「そんな、お父さん……。お願い。誰か嘘って言って……」
「ルナ君! しっかり!」
あまりの出来事に気が動転しているのだろう。ルナはアーロの事をお父さんと呼び、さらには首から下げた白銀の結魂証を祈るように握りしめる。
そのままふらりと力が抜けたように倒れかけるルナを、司祭トマスは慌てて支える。
ボルザはそんな様子を見下ろしながら表情ひとつ変えず、淡々と告げた。
「関係者にさえ混乱を避けるため今でも情報が制限されてんだ。山岳世界で捜索はまだ続いてる。俺も嬢ちゃんに内密に事を伝えに一旦戻ってきただけだ。すぐ戻って捜索に加わるよ。異世界調査団はその総力を挙げて事にあたってる。必ずアーロの遺体を見つけ、引き上げる」
「──っ! 死んでないっ! まだ! まだ見つかってないっ!」
「ルナ君っ! 落ち着いてください!」
アーロの遺体という言葉を聞き、ルナは凄まじい形相となってボルザに掴みかかった。
司祭トマスが抑えにかかるが、その言葉など聞いていないかのように声を荒げる。
「死んでないっ! お父さんが死ぬもんか! 無事に帰って来るって約束したもん!」
「……嬢ちゃん。もう、三十日以上経ってる。気持ちは分かるし俺も信じられねぇ。今日もアーロの奴がひょっこりと街角から顔を出すような気が何度もしたんだ」
「そんなことっ! そんなことあなたが言う資格ないでしょっ!」
ルナはついには抑えられた体を捻って拘束を抜け出し、掴みかかったボルザへと拳を何度も何度も打ちつけた。
その緋色の瞳からは止めどなく涙が溢れ、しかし口から発されるのは罵詈雑言の嵐であった。
「あなたが誘わなかったら! お父さんは異世界になんか行かなかった! 鉱山で生き埋めになんかならなかった! あなたのせいでしょ! 何が異世界調査よ! 死ぬほどは危なくないってお父さん言ってたよ! 嘘つき! 嘘つき嘘つき嘘つき!」
「嬢ちゃん……」
ルナの細腕から繰り出される拳はボルザの鍛え上げられた体にはそよ風程にしか響かないだろう。
だがしかしその言葉は深く鋭くボルザを抉るようで、彼は顔をしかめ悲痛な表情であった。
彼は打撃を甘んじて受け入れるなか、ルナの泣き叫ぶ声だけがアマデウス救済院に響く。
「ずっとお祈りしてたのに! 無事に帰るようにって! ちゃんとただいまって言ってくれるようにって! もう、もうお父さん帰って来ないんだ! 私を置いてどっか行っちゃったんだぁ! わぁぁぁぁっ!」
終いにはわんわんと泣き崩れ、床にうずくまってしまうルナ。
それに何と声をかけるべきか分からず、ボルザはただ立ち尽くしたまま何度も口を開いては閉じた。
「……必ず見つける。約束だ」
それだけを告げ、ボルザは踵を返してアマデウス救済院を後にした。
「あぁぁぁっ! わぁぁぁぁっ!」
「何故……未来ある若者ばかり……。神よ……。彼の者に安息を与えたまえ……」
部屋にはルナの慟哭と、司祭トマスの紡ぐ安息の鐘の祝詞が響いていた。
いつまでも。いつまでも。




