救出作戦
神眼世界と山岳世界の民が共同で行う救出作業においては、様々な問題が発生した。
「なんだお前ら。掘るのはワシらに任せろ!」
「いやいや! 我らも手伝います」
「あぁん? そんな時代遅れのツルハシでやってたら日が暮れちまう! どけ!」
「そうやって力ずくで掘るから崩落しやすいんですよ! 岩を見て丁寧に道を開けないと!」
「よそ者に鉱山の何が分かるってんだ!」
「あなたたちこそ、適当に削りすぎですよ!」
さっそくそれぞれの統率者であるゲルナイルとジョンはどちらが坑道掘りを担当するかで揉めたが、これは昼夜交代で担当を代えることで折り合いがついた。
また、パワーのある削岩機で掘り進む岩食族と、的確に岩の癖を見抜き砕きやすい部分を狙っていく神眼世界の民とは堀り方の方向性に違いが出た。
「この毛無共! てめぇらが掘った道はちいせぇんだ!」
「なにぃ!? てめぇらがでかいんだろ! 通る道くらい黙って削れや!」
「なんじゃとぉ!? 後の者の事を考えて掘らんかい!」
「んだぁ? 支柱も立てずによく言うなぁ!」
数日の間にはさらに問題が発生した。体格の違いから掘った穴の大きさに違いが出たことで、神眼世界の者が通れる道をさらに大きく掘っても、岩食族の大柄な者が通れない程だったという目算の違いが頻発したのだ。
これもまた現場作業員を中心に揉めに揉めたが、細かいことを気にしてる余裕があるのかとゲルナイルとジョンが一喝。結局は神眼世界の者は気をつける、岩食族は文句を言わず狭い場合は削るという消極的な対処に落ち着いた。
救出部隊の面々は、もともとが荒っぽい鉱山労働者である。さらに岩食族の男衆も親方と呼び皆が慕うゲルナイルの娘が事故に巻き込まれたとあって気が立っている。こういった口論や時には殴り合いの喧嘩にまで発展することはたびたび起きた。
「いってぇ! 岩蛇だ!」
「毛無しの! 大丈夫か?!」
「ああ! 小さいのに噛まれただけだ、くそ!」
「おぅい! 薬を持ってこい! 毛無族の薬師も呼べい!」
崩落した坑道の岩の下や隙間には難を逃れた小さな岩蛇が身を潜めていることもあり、救出部隊の何人かは作業中に噛まれ、四肢の麻痺と高熱にうなされることになった。
これは岩食族に古くから伝わる解毒薬と、それをムラクモ製薬が解析し調合した解毒剤によって事なきを得た。
岩蛇の神経毒が単純な物だったことも幸いしているが、ムラクモ家の一派が蓄積してきた毒と解毒薬のデータが大いに役に立つこととなった。
本来であれば毛の防具がない神眼世界の住人は革製の手袋やマスクとゴーグルを装着する方がよいのだが、なにぶん急な増員ということもあり数が揃っていないのである。
一式揃えている者は稀で、足を負傷しておりあまり力仕事に役に立たないウェインなどはゴーグルも手袋もしていない。鉱山へ入るときは明かりの確保用に蛍石を利用したランタンを持っているのみであった。
数々の問題を起こしつつも坑道の採掘作業は進められ、救出作業開始から十日後。
次に救出部隊を悩ませたのは、アーロたちとはぐれる原因ともなった坑道内の大きな地割れであった。退避所へ行くためにはこの溝を乗り越える必要がある。
「課題はこの地割れをどう乗り越えるか、だ。毛無族にいい知恵はあるか?」
「ふむ。トラさん、転移術で向こうに跳べないか?」
「ううニャ。ここは神眼世界と法則が違うから、転移術は使えないんニャよ。精々が向こうを覗くくらいだニャ」
しかし、転移術を使用する猫妖の力を使い、地割れによって生じた底知れぬ溝を乗り越える思惑は早々に潰えた。
小さな転移紋同士を繋げる転移術を扱うことは難しく、繋げても物や人の行き来は行えないとのことだ。トラの言う通り、繋ぐことは出来ても移動はできず、向こう側を見ることが精一杯であった。
「ふっふっふ。ここは僕らに任せてもらうよ!」
「若! これを!」
だが、光明は見えていた。
不敵に笑うウェインはジョンが差し出した収納鞄から次々と何らかの部品を取りだし、坑道の開けた場所に置いていく。その数は少ないが、部品一つ一つはかなりの大きさであった。
「これは雲梯……の部品! もともとは攻城兵器で、こういった溝や堀を乗り越えるための梯子だよ! お買い求めはムラクモ商店へ!」
ウェインが自慢げに並べたのはパーツ毎に別れてはいるが、組み立てれば堀や塀を乗り越える事が出来る可動式の梯子のような設備である。もとは車輪などを装着して堀や塀に乗りつけて梯子を伸ばす攻城兵器だが、今回はその伸ばす梯子の部品だけを持ってきていた。それを使い、地割れの溝を乗り越えようというのだ。
彼はジョンへの応援要請と共に商店からいくつか設備持ち出しを依頼しており、これはそのうちの一つである。
スプーンから攻城兵器まで。何でも揃うムラクモ商店。その有言実行であった。
「あ、ちなみに異世界調査団の設備費で落とすからね」
「くそ……。予算外の経費が……! しかもこれ高ぇだろ!」
「ボルザさん、今は人命優先ニャよ!」
頭を抱えるボルザをよそに、岩食族とジョン率いるムラクモ鋼業の社員たちは協力しつつ設置を進めていく。
狭くなっている坑道の壁を削りつつ組み立て作業の場所を確保し、半日もすれば深い溝にかかる梯子のようなものが組み上げられた。
数人の男が全身鎧などを着こんで渡れるように拵えられた梯子だ。さすがに一人ずつではあったが、岩食族の男衆が乗っても軋みをあげるだけで悠々と渡すことができた。
「これは便利だな。構造も単純で組み立ても容易だ。川に橋を架けるのに使えそうだ」
「でっしょー? 神眼世界と交流したら便利な物がたくさんあるよ。これも必要なら安くしとくよ」
「安く……。よくわからんが、いいことなのか」
岩食族は商売の習慣が無いのか、ゲルナイルは首を傾げていたが、とりあえず良いことがあるという点は理解したようだ。
図らずも異世界との交流を行うことの利点を売り込む形となった。
そして、《蛇神の腹下し》発生から実に二十日後。
「うらっしゃあ!」
「おぉぉぉぉっ!」
毛無族のジョンが振るうツルハシと、岩食族のゲルナイルがいつもの大鎚から持ち変えて岩へと突き込む削岩機によって、退避所の入口を塞いでいた岩石が破砕され、ついに退避所への道が開かれた。
崩落した坑道を掘ること二十日。一行はやっと目的地とする退避所へと辿り着いたのだ。
「アーロぉ! 生きてるかっ!」
「アビィ! 遅くなってすまない!」
ボルザとゲルナイルが我先にと退避所へ駆け込む。
だが。
「誰もいないぞ……?」
「そんな、なぜだ! アビィ!」
退避所の中には見渡す限りでは人影がなく、ゲルナイルが声を張り上げても虚しく何度も反響するのみであった。
退避所にあるのは崩落して落下してきたのだろう大岩と、それに潰された小型の削岩機。食い散らかされた備蓄食料。そして複数の岩蛇の死骸に食らいつく小さな岩蛇だけであった。
放り出された削岩機と白骨化しかけた岩蛇の死骸を見て、ボルザとゲルナイルは血相を変えて岩の下を覗き込み叫んだ。
「岩の下を探せっ!」
「アビィ! どこだ!」
慌てて退避所へと駆け込み、皆は岩を砕き、また持ち上げて下に潰された者がいないかを確認する。
だが、何度探してもどこを探しても、アーロとアビゲイルの姿を見つけることはできなかった。
「どこ行きやがった……?」
「まさか、他の退避所か?」
「いや、削岩機があるし、入口は崩落してたぞ。確かにここにいたはずだ」
「うむ……」
「待ってよ……。この地面を見て!」
どこに行ったのか、まさか目指す退避所は別にあるのか、再度探すことを考えて二人が冷や汗を垂らすなか、退避所の床を調べていたウェインが何かに気がつく。
「これ! きっと地割れだよ!」
ウェインが指差す床には、確かに一文字に断たれたような跡があった。しかしその溝は狭く、神眼世界の大人の男一人が両手を伸ばした程度の広さしかない。さらに地面の床はところどころに大きな岩石が埋まっている様子はあれど、崩落した坑道の天井が降り積もって地面が埋まったと見るには無理があった。
「どうなってやがる?」
「まさか……。この跡……」
ボルザは不可思議なと首を傾げるが、ゲルナイルは違った。
彼はわなわなと震えながらその溝を見て、膝をついて床を調べると絶望の表情で顔をあげた。
「……これは、坑道が再生した跡だ! 地割れが起きたが埋まっているぞ!」
◆◆◆◆◆
山岳世界の地層は二種類存在する。
一つは普通の地層。ここでいう普通とは岩や泥、砂などが積み重なって形成された、ただの地層だ。
そしてもう一つは、大蛇神ワールグランズの体と考えられている地層である。
この地層は、再生する。
傷ついた体を癒すために、傷にかさぶたが張り肉が盛り上がるように。掘られた大地は岩肌が盛り上がり、いつしか埋まってしまうのだ。
その再生した場所を何度となく眼にしているゲルナイルは、やや言葉足らずながら一つの仮説を立てた。
アーロとアビゲイル、それにリリとケルクが退避所へ逃げ込んだところ、《蛇神の腹下し》による震動で地割れが発生。アーロやアビゲイルはそれに呑み込まれ、地下深くへと落ちていってしまっている。
その後しばらくして大地が再生。崩落した坑道の天井が降り積もったこともあり、地割れの断層は埋まってしまった、という。
だが、それを聞きおかしいと疑問を呈すのはウェイである。
「待って待って。退避所は再生しない地層に作られるんでしょ? それなら今回の仮説は根本から間違ってるよ」
「いや、どこからがただの地層でどこからが蛇神の体だということが分かっているわけではない。待避所の床のすぐ下が盛り上がっていた地層だということも十分にあり得る。それに、地下の全ては蛇神のきまぐれだ。地層の再生の早さも、あり得ないことではない」
ゲルナイルの説明を聞き、なんじゃそりゃ、と呆れるウェイン。
全てが神のきまぐれ。そんなことを言っているとは理論もくそもない。
「じゃあアーロたちはどこにいるんだよ!?」
「分からん! さらに地下に滑り落ちたか……地割れの谷の最下層に埋まっているかだ!」
問うボルザも答えるゲルナイルも語気は荒い。
「二人とも落ち着いて! これからどうするか考えようよ!」
「若のおっしゃる通りだ! ここで怒鳴っていても何も生まれんぞ!」
「なんだと! 落ち着いていられるか! 娘が埋まってんだぞ!」
怒鳴り合うボルザとゲルナイルを宥めようとするウェインと追従するジョンだが、それがゲルナイルの怒りを買ったらしい。
ウェインの首ったまを野太く毛むくじゃらの腕で握りしめ、怒りも露にしてゲルナイルは詰め寄った。
「娘が、アビィが埋まってんだ……! 助けに行くと言った! ワシが退避所へ行けと言った!」
「そう? だから? 僕らだって友達が埋まってるし、アーロっちは僕を助けるために分断された」
胸ぐらを掴み上げられ、銅鑼声と怒気を浴びせられようとも、ウェインは慌てもしなかった。
「僕らは同じだよ。岩食族も毛無族もない。協力して事にあたらないといけない。ここで不毛に怒鳴ってる暇はないんだよ」
「てめぇ……!」
ゲルナイルは掴みあげたウェインを睨みつけ、腕が盛り上がる程に力を込め。
そして、ウェインを下ろした。
息を吐き、気分を落ち着かせてからゲルナイルはウェインを見据えて口を開く。
「毛無族の、てめぇの名前は?」
「僕はウェイン。ウェイン・ムラクモ」
「ウェイン。覚えたぞ」
「……今さら? ま、いいけどさ」
くしゃくしゃになった襟元を正し、ウェインは呆れたようにため息を吐いた。
そんな彼をよそに、ゲルナイルはさっそく声を張り上げる。
「よし! 一旦撤収だ。対策を練るぞ!」
その怒鳴り声は坑道と退避所に反響し、びりびりと響いた。
岩食族の男衆とボルザやジョンを初めとした救出部隊が呼応して引き上げて行くなか、ウェインはふと背後を見やる。
「……アーロっち、どこにいるの?」
視線の先にある小さな溝。地割れの跡であろうそれを見つめ、彼はぽつりとつぶやいた。
その小さな言葉は少しだけ反響し、鉱山の奥に消えた。
◆◆◆◆◆
その後、岩食族と毛無族は協力して次なる救出計画を立案した。
今まで岩食族が掘って管理していた坑道の情報をもとにして、地割れの発生した退避所の位置を特定。
地割れの規模の想定毎に、退避所より下層にある坑道の位置関係を把握。そこにたどり着くために最適な経路を割り出したのだ。
アーロとアビゲイルが地割れによってさらに地下深くへと落ちていると考え、近辺の坑道から地下へ降りていき、さ迷っていると思われる二人を捜索するのである。
ただちに計画は採択されて実行に移され、岩食族は総力を上げて鉱山の地下深く、《蛇神の内腑》や《蛇神の神髄》への捜索準備を行った。
また神眼世界からの救出部隊はチームを細かく分けて岩食族に同行することとなった。ボルザとウェインによって追加の捜索人員の派遣申請も行われ、人員や期間が増加延長されることによる必要な食料品や設備などの物資は野良猫商会から調達される計画が立てられた。
だが。
『山岳世界ヨームガルドでの崩落事件に際して発生した人身事故についての通達。
異世界調査団上層部による協議の結果、追加の捜索人員派遣と物資の搬入についてはこれを許可しない。
また事故発生から三十日の経過を以って行方不明の団員を死亡と判定。今後は遺体の捜索にあたれ。
なお、公式会見や遺族への説明については神眼世界の異世界調査団本部にて対応を行う』
山岳世界の鉱山での《蛇神の腹下し》発生から三十日目。
事故に遭った異世界調査団特務武官、アーロ・アマデウスの死亡判定が下された。
「──冗談でしょ?」
「本気だ、俺ぁ何度も確認したが、上層部の判断だ」
天幕のなか、異世界調査団からの通達の紙面を握りしめたウェインは無表情でボルザへと問うた。
それに対して、ボルザもまた無表情で答える。
「ありえない。ありえない! まだ三十日でしょ! 地下で助けを待ってる可能性はあるよ!」
「まだ、三十日だ。だがこれから地下深くを探索するのに何日もかかる。坑道はどこも《蛇神の腹下し》で崩落してやがる。あの入口近くの退避所で二十日だ。掘り進んで地下へ行くには何日、何十日かかる? それを鑑みての判断、だそうだ」
「……ふぅん。あっそ。もういい。分かった」
ボルザの告げる判断基準、恐らくは異世界調査団上層部からの返答を聞いたウェインは見開いていた眼を細め、けろっとした顔に戻る。
そして立ち上がり、天幕の中に積んであった大量の資料、アーロの救出作戦のために皆で協議して書き込んだ計画書の束を怒りのままに蹴りつけた。
「あぁぁぁっ! くそっ! くそったれ!」
「ウェイン……」
大きな天幕の一角を占領する大量の資料。それを蹴り、ぶちまけ、怒りとも後悔ともつかぬ言葉を吐きながら、しばらくの間ウェインは暴れた。
それを止めることもせず、様子を眺めるボルザ。彼の拳は固く握りしめられ、何かに耐えるように唇を噛んでいた。
「はぁ、はぁ。くそっ! 僕は止めないぞ! 絶対に諦めない!」
「なぁウェインよ。実際、どう考えてる?」
静かに、静かにボルザは問うた。その表情は無そのもので、何の思惑も読み取れなかった。
「論理的にいこう。逃げ込んだと思われてた待避所には姿がねぇ。それもさらに地下深くに落ちている可能性があるとよ。こりゃ生き埋めじゃなくて行方不明だ」
「……」
「水も食料も残量不明。頼みの綱の[小鞄]には手をつけた形跡がねぇし。そもそも無傷とも考えられねぇ。もう正直、情報が無さ過ぎて状況の推測はお手上げって感じだ」
「……それはそうだよ! だけど、だけど諦めるのは間違ってるよ!」
「……あぁ。そうだ。捜索は続ける。俺だってその腹積もりだ。……万が一、遺体になってても必ず引き上げる」
遺体、という言葉にウェインはぴくりと反応するが、何も言わなかった。感情ではなく理性で考えた際、今の状況は決して楽観視できるものではないことくらい、彼にも分かっていた。
だがそのうえで、希望を捨てないことが大切であると考えていた。それが無くなれば今この状況、山岳世界の者と神眼世界の者たちが協力している現状のすべてが瓦解してしまうことを理解していたのだ。
「それでも僕は、助けに行くよ」
「構わねぇ。だが……俺ぁ少し現場を離れる」
どこへ行くのか? と視線で問うウェイン。
その視線を受け止め、ボルザは重いため息を吐き、言葉を絞り出した。
「一度神眼世界へ戻る。……この事を伝えなきゃならねぇ相手がいる」
雑感
一概にこうであるとは言えませんが、サバイバル界隈でしばしばいわれるのは、人命には「3の法則」と呼ばれるものがあるそうです。
血液(血流)なしでは3秒間
空気(酸素)なしでは3分間
保温(体温保持)なしでは3時間
水(飲み水)なしでは3日間
食糧(摂食)なしでは3週間
同行者なし(孤立)では3ヶ月間 で死に至る。
一概には言えないというのは熱さや寒さ、外傷の有無など外的環境によって左右される項目もあるということです。
自分だったらどれくらい持つと思いますか? 私は水なし3日間から辛いです。




