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再び蛇神の体内へ

 

 鍛造について学んだ翌日。

 アーロとリリ、ウェイン、そしてアビゲイルとケルクのいつもの一行は再び鉱山へと足を踏み入れていた。

 以前とは別の坑道を狙い、鉱石の採掘を行うためである。


 二度目となる《蛇神の表皮》の道筋では、前回の大群が嘘であったかのようにまったく岩蛇と遭遇することなく進むことができた。

 アビゲイルによると岩蛇の他には蜘蛛や蝙蝠などの生き物も時折現れるとのことだが、その時は不思議と何の生物とも遭遇しなかったのだ。

 前の岩蛇の群れは何だったのかと不思議に思うアーロであったが、出ない方が楽でいいだろうというウェインの弁に同意してその話はおしまいとなった。

 次に交わされるのは、お互いの体験だ。


「私はけむくじゃらと一日遊んでたわ!」

「ケルクな。犬精霊コボルドささやき妖精(ウィスプルフェアリー)は相性いいのか?」 

「さぁ……? ボクには精霊も妖精もそんなに違わない気がするけど」


 うむうむと皆が同意するなか、ケルクがわふっと大きく鳴く。その背に揺られるリリも嬉しそうである。いつの間にか仲良くなっている二匹にアーロは顔を綻ばせた。


「僕は報告だよ。あのマルフィって子凄いよ。かなりの博識でさぁ。魔晶機関マナサイトエンジンの構造の話でついつい盛り上がっちゃって。おかげで寝不足なんだよねー」

「あぁ。マルフェイルもなかなか変わり者だよ。ほとんどの女衆は鍛冶を好むけど、あの子は機械いじりが好きみたいだね」

「夜まで話し込んでたのか? 先に寝ちまったが……」

「いやぁ。あはは。それは僕の口からはちょっと……」

「ウェイン。まさかお前──!」

「い、異文化交流だよ! あはは!」

「……? どういうこと?」

「……さぁ?」


 脂汗を垂らして追求をかわすウェインに、意味の分かっていない様子のアビゲイルとリリは顔を見合わせる。

 先導するケルクも今日は警戒を緩めているのか、振り返ってからわう? と可愛らしく首を傾げた。


 そんなことを話す内に、一行は《蛇神の表皮》の休憩所に辿り着く。以前にも足を運んだひとつの村のような地下空間である。

 だが以前とは違い、空間には蒸せ返るような熱気と、血の匂いが籠っていた。


「なんだこれ……?」

「何かあったのかな」


 アーロたちが不信に思いつつも近づけば、休憩所の中央、酒樽や魔晶石が積まれていた場所を十重二重に囲んだいかつい大男どもがいた。みな、岩食族の男衆だ。辺りには大きな狼のような犬精霊コボルドの群れの姿もある。


「これは何の騒ぎ?」


 マスクとゴーグルを外して素顔を晒したアビゲイルは、声を張り上げて休憩所の集団に何事かと尋ねる。

 声に気がついた男衆の一人は辺りを見回し、背の低いアビゲイルに気がつくとおやという顔をした。そしてすぐに満面の笑みとなる。


「アビゲイル! 来たかのぉ!」

「おぉぅい! どけぃ! 場所を開けろ!」

「わわっ。なになに?」

「いいからほれほれ!」


 男衆によってひょいと軽くつまみ上げられ、皆によって休憩所の真ん中へと運ばれるアビゲイル。

 彼女の連れだと認識されているらしきアーロたちも道を開けられ、その集団の真ん中へ陣取る物を眼にする事ができた。


 蛇。


 休憩所のど真ん中に鎮座していたのは、巨大な蛇の頭部である。

 岩食族の男を丸呑み可能なほどの大きな口を持つその蛇は、頭頂部を陥没させられて絶命していた。首から下はおそらく斧などを使用して乱雑に叩き切られており、未だ滴る血は休憩所の岩肌をどす黒く濡らしていた。


 そしてその横にどっかりと腰を降ろし、酒樽を担いで飲み干しているのは男衆のなかでも一際大きな体を持つ者。皆から【親方】と囃し立てられているゲルナイルである。


「来たか! アビゲイル!」

「は、はい! 親方!」


 ゲルナイルは高揚しているのか、少しだけ顔を赤らめながらアビゲイルに声をかけた。

 体格でいえばアビゲイルは父、ゲルナイルの半分以下だ。声量も全く違うため怒鳴られるような大きな声に、小さな彼女は緊張したように強ばりつつ答える。


「見ろ! 岩蛇だ。仕留めたぞ」


 そう言ってゲルナイルが岩蛇の首を誇らしげに見上げれば、周りの男衆、特に若い者がやんややんやと誉め称える。


「さすがは親方!」

「蛇殺しのゲルナイル!」

「岩砕きのゲルナイル!」


 その称賛にゲルナイルは満更でもないように腕を組み、酒をぐいと飲み干した。

 今ここに鎮座する巨大な岩蛇の首は、いつかに岩食族の若衆が見かけ、警戒と討伐のために人手を割いていた相手だ。

 数日前に武器を持ち仲間を引き連れたゲルナイルは地下深く、《蛇神の内腑》にてこの巨大な岩蛇と遭遇し、激しい戦いの末に討ち取ったのだという。


「こいつを討ったのか。やるなおやっさん」

「ひゃー。でかい牙。これ毒持ちでしょ? よく勝てたね」

「おっきいー!」


 アーロたちも思わず感嘆の声をあげるほどだ。

 それを聞きゲルナイルは満足そうに頷くと、アビゲイルに向き直り誇らしげに口を開いた。


「どうだ。アビゲイル。お前には出来ないだろう」

「っ! ……そうです」


 かけられた言葉にアビゲイルはただ悔しそうにそう返す。俯き、拳はぎゅっと握られ、肩は震えていた。


「ボクには、できません……」

「……そうか」


 だがその答えを聞き、ゲルナイルは高揚したような表情を少しだけ変えた。もともと表情の変化が乏しそうな顔だと思われるが、期待とは違う答えに対する困惑、そんなようにアーロは感じた。


「お、親方! 話はそれだけですか? それならボクらは採掘に行くので失礼します!」


 一気にまくし立て、アビゲイルは踵を返して休憩所の人混みをかき分けて去っていった。おそらくは、採掘許可を貰うために話をつけに行くのだろう。

 その姿を見たケルクも追いかけっこをするように後を追い、去っていく。


「……なんじゃあ?」

「アビゲイルも反抗期かの」

「血が臭かったんかいな」


 顔を袖で押さえながら走り去る姿を、岩食族の男衆はみな訳が分からないという顔で見つめていた。

 鈍いのか、感情の機微に対しておおらかすぎる種族なのか。

 場に残されたアーロたちは何とも言えない気持ちになる。指摘したいが、してどうなる。言っても分かるのか。そんなもやもやする気持ちだ。

 ウェインに服の裾をくいくいと引かれ、二人は内緒話をするかのように声を潜めた。


「ねぇ。アーロっち。これってさ」

「分かってる。仕方ねぇ」


 短いやり取りで意思を疎通させた二人。アーロは少しだけ気落ちしたような様子のゲルナイルに声をかける。


「なぁ、おやっさん。あんたも不器用だな?」

「……ん。おぉ。毛無けなしの男か」

「ちゃんと伝えなきゃいかんぜ。特に女はな」

「……そうか」


 アーロに言われ、しょんぼりと肩を落とすゲルナイル。

 彼の体は大きいのだが意気消沈といった風体で、今の存在感は小さくなっていた。

 その顔の前に拳を突きだし、アーロはにっと笑う。


「俺に任せろ。繋いでやるよ」

「繋ぐ……?」

「あんたは何を言っとるんじゃあ」

「毛無族の言い回しかの?」


 話を聞いていた男衆は何の事かとよく分からないようだが、ゲルナイルだけは驚いたような表情でその拳を見つめていた。


「毛無の……」

「ほれ、拳を合わせようぜ。約束だ」

「……うむ」


 しばし迷いを巡らせた後、ゲルナイルの大きな拳がぬっと差し出される。アーロは笑い、拳同士をゴツリとぶつけた。


「任せとけ。娘の扱いはお手のものだ」


 こうして鉱山で結ばれたのは、男同士の約束である。



 ◆◆◆◆◆



 ぎゅぉぉぉぉぉん!


「なんっだよもう! いきなりさぁ! ボクに出来るかってぇ? 出来ないよ! だからどうしたっていうんだよ! もぉぉぉぉぉ!」


 休憩所での一幕からしばしの後、《蛇神の表皮》の坑道のひとつでアビゲイルは声を荒げながら削岩機ドリルを振り回していた。

 駆動する魔晶機関マナサイトエンジンも持ち主の叫びに呼応するように唸りを上げている。これは単に彼女が出力を上げまくっているせいだが。


「まずボクとは体の大きさ違うし! 力も違うし! しかも一人でやったわけじゃないのにさぁ! なーにがお前には出来ないだろう? だ! えっらそうに! 皆の前でこれ見よがしにさぁ! ボクを虚仮こけにしたら鉱山仕事を諦めると思った? 残念でした! 絶対にやめないもんね!」


 唸りを上げる削岩機によって岩肌はがりがりと削られ、辺りには砕けた石が飛び散る。その勢いたるや振動によって山全体が震えるかのようだった。

 ケルクも主人の感情に反応しているのか、わふわふと吠えながらあちこちを歩き回る。 


「アビィ、荒れてるねぇ」

「すっごい怒ってるわね!」


 己の鬱憤をぶちまけるかのように激しく怒鳴り、その怒りを岩石を砕くことに向けているアビゲイルを眼にしてウェインは呆れたように、リリは驚いたようにそんな感想を漏らした。

 削岩機によって砕かれた岩石は土埃となり、もうもうと立ち込めたそれを嫌ってリリは外套のフードへ逃げ込んでしまった。

 ウェインは手に負えないよ、と少し離れてツルハシを振るい採掘を始めてしまった。アーロを見て一度大きく頷くので、任せたということだろう。

 アーロはやれやれと苦笑し、暴れまわるアビゲイルへと声を投げ掛ける。


「アビィ。まぁ落ち着けよ」

「なにっ! ボクは見ての通り落ち着いてるけど!? ぜんっぜん気にしてないけど!?」


 ぎゅぃぃぃぃぃん!


「おわっ! 危ないから人に向けるなよ削岩機それ!」


 振り返りつつも削岩機を構えるアビゲイルをどうどうとなだめ、アーロは近づいてまたも魔晶石マナサイトエンジンの動力を切った。

 しゅぅぅんと余力を使い果たした削岩機は動きを止め、辺りは静かになる。しかしそれでも山に響くような振動は止まなかった。


「ほれ力を抜け。深呼吸、深呼吸」

「はぁ、はぁ。……なに?」

「よし、話は出来るな? 座ろうぜ」


 荒れているアビゲイルを落ち着かせると、アーロは転がっている大きな岩石を動かし、腰かけた。

 それに倣い、削岩機を地面に置いたアビゲイルも岩石を椅子にして腰を下ろす。

 さて、どう伝えるべきか。そんなことを悩みながらアーロは話を切り出した。


「さっきの蛇、でかかったな。俺たちの世界じゃあなかなか見ない大きさだった」

「……まぁね。あそこまで大きい岩蛇は稀だよ。いったい何年生きたんだか」

「そう。だがおやっさんが仕留めた。それ自体は良いことだな?」

「うん。ボクら岩食族の危険は減って、鉱山の立ち入りも制限されない」

「いいことばかりじゃないか」

「だろうね。だからみんな喜んでたし、ああやって自慢したくなる気持ちも分かるさっ!」


 アビゲイルは靴の爪先で小石を蹴っ飛ばしながら告げる。

 マスクとゴーグルで顔は見えないが、きっと口を尖らせているか不満げな表情をしているのだろう。

 駄々っ子をなだめるようにしてまぁまぁと抑えたアーロは、身をずいと乗り出して問う。


「じゃあ、おやっさんが一番自慢したいのは誰だと思う?」

「それは……」

「決まってるよな。お前だよ。アビゲイル」

「……そうかな」

「そうだよ。親ってのは、いつだって娘には恰好いい姿を見せたいもんだ」

「……仮に! 仮にそうだとしてさ! あんな言い方はないんじゃない? お前には出来ないだろうって、ボクを貶めてるよ!」


 ぷんすかと怒りを露にするアビゲイル。

 そんな彼女を慰めるつもりなのだろうか、ケルクがすり寄ってきてだぼだぼの作業繋ぎ(オーバーオール)の裾を噛み、くいくいと引っ張る。

 手を伸ばしてその背を撫でてやりながら、アーロは優しい声色で話すのだ。


「おやっさん、ゲルナイルさんな。信じられないくらい言葉も感情も不器用なんだよ。というか、あのおやっさんに上手い会話が出来ると思うか?」

「……できないと思う」

「だろ? 俺たちはおやっさんから『うむ』、『そうか』、『毛無の』くらいの言葉しか聞いてないぜ」

「ぷっ。ちょっとだけ似てる」

「な? 会って間もない俺たちでさえ思うんだ。ずっと一緒にいるアビィにはもっと分かってるはずだろ」

「……うん」


 アビゲイルは少しだけ考え、やがて結論に至ったのだろう。

 わふわふと鳴いて服の裾を噛んで引っ張るケルクをあやしながら、ぽつりとつぶやいた。

 厳格な親方である前に、不器用な父親。長年一緒にいた彼女には思い当たる節もあるのだろう。


「きっとおやっさん、アビィに誉められたかったのさ。だから待ってたし、アビィが来たら見せるようにみんなで示し合わせてたんだ」

「……そう、なのかな」

「そうだ。次に会ったら誉めてみろよ。きっと嬉しがるぜ」

「反応するかな……? でもわかった。やってみるよ」


 アビィは半信半疑ながらも、次に会えば何かしら誉める事を決意したようである。

 彼女としても父親と仲良くしたくないというわけではなく、距離や関係を図りかねているところもあるのだろう。

 お互いに不器用な父娘。二人に対してはそんな印象をアーロは持っていた。


「ま、親ってのはいつまでも変わらない。子供にはいい姿を見せたいのさ」

「……アーロにそんなこと分かるの?」

「まぁな。前に娘がいたことがある身だ」

「えぇっ!?」


 あの父親が娘にいいところを見せたいと思うのか。不思議そうなアビゲイルに問い返されたアーロは胸に手を当てて答える。

 男親はいつだって、格好いいお父さんでいたい。

 実体験から来る頼もしい言葉である。


「ちょ、ちょっと待って。それの方がびっくりだよ! アーロっていくつ?」

「俺か? 二十五歳だ」

「わっか!」

「アビィも同じくらいじゃないのか?」

「ボ、ボクも二十ニだけど。ねぇ、娘がいるってことは──」


 アビィが何かを確かめるために口を開きかけたとき。


 ずん、と山が震えた。


 足をつけた地面がぐらりと揺らぎ、そこらの岩石がころりと転がる。

 そして揺らぎは一度で終わりではなく、二度、三度と続いた。

 ケルクは焦ったようにわふわふと吠えて辺りを駆け回り、アビゲイルの裾を噛んで引っ張る。それは先程よりじゃれたり慰めているのではなく、何かから逃げるように訴えているようであった。


「なんだ……?」

「すっごい揺れてる!」


 アーロがバランスを崩しつつも立ち上がり、その外套のフードから驚いたリリが顔を出す。


「ねぇ! なんかやばそうなんだけどなに!?」


 やや離れた位置でツルハシを振るっていたウェインも合流する。何か事態が起きた場合は離れない事、それが集団行動の鉄則であり、彼はそれに忠実だった。


「みんな集まって! これは──」

「おぅい! なにをぼさっとしとるんじゃあ!」


 アビゲイルがケルクを抑え、何かに気がついたように周囲を見やる。

 その三人と二匹の集まる坑道に、一人の岩食族の男衆が駆け込んで来た。

 挨拶や先程の休憩所で何度か顔を合わせた者、ゲルナイルに連れられて鉱山深くへと潜っていた者だ。

 ひげもじゃで表情が読み取りにくいが、彼はひどく焦ったようにして声高に叫んだ。


「はやく逃げるぞい! 《蛇神の腹下し》じゃあ!」


 山全体が先程よりも大きく、ずずんと震えた。


<不器用な二人>イベントが発生しました。

 アビゲイルの好感度が1上がります。


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200ブックマークや1万アクセスを越えました! ありがとうございます。

これからも更新頑張ります。

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