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長耳族と愛しい君 (挿絵あり)

 朝である。

 まだ寝ぼけたような頭で、アーロは目覚めを知覚した。

 結局、昨夜は夜中までウェインとのエルフ耳談義で盛り上がってしまった。おかげで月明かりの下で自分用の天幕を張る羽目になってしまう。深夜の労働を面倒がったアーロは、ウェインの勧めもあり彼の天幕に詰めて寝かせてもらうことにしたのだった。

 元冒険者のアーロは雑魚寝やぎゅうぎゅう詰めの狭い部屋で寝ることには慣れていた。だが驚くべきはウェインの方である。少し前に会ったばかりのよく知りもしない相手が横で寝ることを了承し、しかも頼まれた訳でもなく自分から切り出したのだ。その図太さ、または無神経さがあればこそ、彼は異世界にも飛び込めるのだろう。


 アーロの体内時計から時刻を察するに、まだ早朝である。天幕に当たる日の光はまだ弱く、中はひどく薄暗い。だが、そんな明け方から二人が寝泊まりする天幕に近づく足音があった。

 その足音と気配を感じ取り、意識が覚醒したのだ。ちなみにウェインはというと、アーロのすぐ隣でよだれを垂らしながら眠っていた。どうやら彼は相当に図太いようだ。少なくとも冒険者や野営に慣れた者ならば、寝床に近づく相手はとりあえず警戒をするはずだった。

 やがて、足音は迷いなく天幕を目指し、そして目の前で止まった。


「ウェイン! 起きろ! 朝だぞ!」


 それとなく警戒をしていたアーロだが、ふっと警戒を解いた。そして傍で眠りこけるウェインの間抜けな寝顔に拳骨をくれてやりたくなった。

 発された声はやや乱暴だが、その高さから女の声だ。つまり、女が朝から天幕へ来て起こしに来ているのである。


「聞こえているのか! ウェイン・ムラクモ!」


 そして声の目的の相手はもちろんこの天幕の持ち主、ウェインである。

 この野郎いつの間に長耳族の女をこましやがった。と隣の青年を憎悪の困った目で見やる。昨晩はエルフ耳談義で盛り上がり、生涯の友となるかとも思えた青年だが、今はそのよだれの垂れただらしない顔が無性に憎らしかった。

 そもそもアーロは、まだ長耳族の女性を見てすらいないのだ。森で迷った際の捜索隊は青年だったし、夜の集落に案内されてからも女性の姿は見えなかった。もちろん男の長耳を見て確かにエルフ耳っぽいな、と感心はしたが、あいにくと彼には男のエルフ耳を愛でる趣味はなかった。

 だが、アーロは涙を呑んでその負の感情を打ち消した。つい先日の朝に、主に隣人を愛すと約束したからだ。やはり主は偉大である。


「おい。ウェイン、起きろ。たぶんお前にお客さんだ」

「……んん? おはようアーロっち」


 アーロは青年の額をぺしぺしと叩いて意識を覚醒させる。

 起きたばかりのウェインはその細目を瞬かせつつよだれを拭う。その姿は全力で眠気を表現していた。


「ウェイン・ムラクモ! 起きろ!」


 ちょうどいいタイミングで天幕の外から呼びかける声、というより怒鳴り声が聞こえたので、アーロは外を指さして言ってやった。


「お呼びだぜ」


 だがその声を聴いたウェインは、眠気も相まって不機嫌そうに顔をしかめた。ただでさえ細い目が余計に細くなる。


「……確かに僕はウェイン・ムラクモだ。そして僕はあの子が苦手だ。そんな奴はここにいないって言っといて」

「おい、俺に押し付けるなよ」


 ウェインは眠そうに告げると、そのまま寝袋を深くかぶり、夢の世界へと旅立ってしまった。

 どうやら、アーロが当初勘ぐったような甘い関係性ではないようである。

 むしろお互いの態度から、苦手意識を持っているか、仕方なく接しているような気さえした。


「聞こえているだろう! いつまで寝ている!」


 天幕の外の甲高い声の主は、相当に苛ついているらしい。だが男が寝泊まりする天幕を開けるほど非常識ではないのか、外で声を張り上げるだけである。ただ呼びかける声がどんどんと不機嫌になっていることはアーロにも分かった。

 その怒鳴り声を聞いても、ウェインは我関せずと寝袋にうずくまったままだ。

 仕方なく、アーロはのそのそと天幕からい這い出していった。


「む? ウェインではないな」


 天幕から這い出すと、時刻はアーロの読み通り日が昇りかけており、朝日が木々の枝葉から見てとれた。

 そして、天幕の前には仁王立ちしてこちらを睨み付けている、長耳族の女性が一人。


挿絵(By みてみん)


 目の冴えるような緑色の髪。きりりと引き締まった意思の強さを感じさせる目。ほっそりとしているが端正な顔立ち。そして何よりも目を引くのが、長耳族たる所以の鋭く尖がった耳。

 布なのか植物繊維なのかは不明だが、長袖の衣をまとう長耳族の女性が、朝日の木漏れ日を浴びてたたずんでいた。


「……主よ。導きに感謝します」


 その女性を見て、アーロは思わず感謝を込めて神への祈りの言葉を口にしていた。

 なぜなら、長耳族の女性の姿はまさに。


「エルフ!」


 そう、まさに絵に描いたような女エルフがそこにはいた。

 その姿を目に捉えた瞬間、アーロの中にあった昨日までの『責任』や『重要な仕事』という思考は吹き飛んでいた。より正確に言うならば、仕事の重要さを感じて吹き飛んでいた浮ついた気持ちが戻ってきた。むしろ戻ってきたどころか仕事の重大さなどの意識を思考の彼方へと吹き飛ばしていた。

 それくらいに、生で見る女エルフの破壊力は群を抜いていた。


「エルフ、だと?」


 いきなり天幕から出てきて何事かと祈りの言葉を述べ、自分に向かってエルフと言い放った男に対して、女エルフ、いや長耳族の女性は固まっていた。

 そしてかろうじで呟かれたのが、アーロが思わず漏らした言葉をそのまま言い返すような、先ほどの言葉だ。


「そう! エルフ!」


 生エルフという存在に興奮したアーロは思わず女エルフに駆け寄り、その手を取ってまっすぐに向き合った。

 相手は女性にしては背が高い方で、少しだけアーロを見上げる形となる。


「はじめまして、エルフのお嬢さん。俺はアーロ・アマデウスだ。君の名前を教えてもらってもいいかな?」


 そのままアーロは自分でも驚くような、実際に後から考えると自分でも吐き気を催すような態度で自己紹介を行った。


「う、あ……」


 長耳族の女性はひどく混乱した様子でアーロの顔と、握られた手を見て何かを言おうと口を開け閉めしていた。

 それもそうだろう。尋ねた相手とは違う男が天幕から出てきたと思えば祈りの言葉をつぶやき、エルフと叫びいきなり詰め寄ってきて手を握られ、見つめ合いながら名を問われる。行動に脈絡が無さ過ぎてわけが分からないだろう。

 それでもアーロの勢いに押されてか、名前を告げられての反射的な返答か、長耳族の女性は何とか声を絞り出した。


「え、エリー、だ」

「エリー! あぁ、やっぱり!」


 手を握りながらぶんぶんと振り、喜びを表すアーロ。彼は眼前の長耳族の女性になんとなく見覚えがあった。そして名前を聞いて確信したのだ。

 彼女こそ、異世界調査団としてアーロがこの異世界へ来る発端となったエルフ耳の女性、エリーである。

 エリーの口からその名を聞いた瞬間、アーロは確かに神の存在、運命を感じていた。出会うべくして巡り合った、そんな陳腐だが甘美な思考が脳を駆け巡り、その頭のなかでは天使がラッパを吹きならしていた。もちろん天使が奏でるのは、兵士の突撃を告げる合図である。

 アーロはエリーの手を握ったまま、そのきりっとした眼をしっかりと見つめて告げた。嘘をつかない神聖国家アガラニアの民が使う『真実を告げる』際のポーズである。


「エリー! 俺は君に会いに来たんだ!」

「は? え?」

「あぁ、言ってなかったな、俺はアガレアから来た調査団だ。外交官の君の似顔絵を見て志願した」

「ちょっと? え?」

「こんなところで会うなんてな! やはり運命か! しかし実際に目にしても素晴らしい耳だ。まさにエルフ!」

「あ、その」

「君の趣味はなんだ? 休みの日には何をして過ごしてる? どんな食べ物が好きだ?」

「う、う」

「あ、すまんな。質問ばっかりで! エリーも何か聞きたい事はあるか?」


 そこまで矢継ぎ早に質問を浴びせ、アーロはようやくエリーの様子がおかしいことに気が付いた。

 口をパクパクと開くが声にならないようで、うぅ、という唸り声のようなものを発してうつむいてしまった。


「エリー? 大丈夫か? 具合でも悪いのか? あぁ、この角度からだとエルフ耳がよく見えるな」

「うぅ、う」


 しかし、うつむいたエリーの顔を覗き込もうとした際、あるいはエルフ耳という単語を発した際に、エリーの方がビクンと跳ねた。

 そして。


「う、らぁぁぁっ!」


 エリーは握りしめられていた手を振りほどき、その勢いのまま雄叫びを上げてアーロの顔面を狙い右の拳を突き出した。


「おっと!」


 その拳を鼻先で受け止めるアーロ。

 だが不意打ち気味の一撃を防いでも拳撃はやまず、続いて左の拳がアーロの腹を狙って繰り出される。


「おい! やめろって!」


 それも難なく受け止めるアーロだが、次の攻撃はさすがに予想外だった。


「あぁぁぁっ!」


 視界いっぱいに迫る緑色。いや、これはエリーの頭部か。と知覚すると同時に、強い衝撃。世界が揺れる。

 目の奥に火花が散ったような熱さを感じ、鼻を抑えてよろめくアーロ。エリーの頭突きが鼻を直撃したのだ。


「ぐっ、は」


 ふらつき、鼻を押さえて猫背気味になったところにエリーの長い脚が弧を描いて伸び、その側頭部に回し蹴りが炸裂した。

 強くしなやか。華麗な体さばきから繰り出された蹴りはアーロの脳を揺らす。自立する感覚がなくなり地面に向かって倒れ込む彼が目にしたのは、エリーがこちらをひと睨みし、走り去る姿であった。

 そして地面が迫り激突する瞬間、アーロは意識を手放した。



  ◆◆◆◆◆



「愛の告白をされた!」


 長耳族が集まり生活する樹上住居に駆け込んできた一人の女性が言い放ったその言葉に、住民たちは固まった。場所は長耳族のなかでも年の近い女性たち数人が集まって寝泊まりしている樹上住居の一つである。

 その住居の扉を開けていきなり先の言葉を発した女性は、名をエリーという。

 長耳族の守衛を担う一族の出身で、まだ若いながらも高い戦闘能力を持ち将来を有望視されている戦士である。

 そんな彼女が朝に住居を出て行ったかと思えば、すぐに血相を変えて戻ってきたのだ。

 続けて何事かをまくし立てようとしたエリーを皆がどうどうとなだめ、大部屋に敷かれた毛皮に座らせて半円になって対面する形となった。


「……それで? 愛の告白をされたって?」


 住居に住む数人の長耳族の女性たち、そのなかでも歳が上の者が皆を代表してエリーへ尋ねた。

 いったい誰に、どういう経緯でなど、年頃の彼女たちは聞きたい事が山ほどあった。しかもエリーは同じ住居に住む長耳族のなかでは一番の年下である。これは面白いことになった、と皆が目を輝かせて問答を見守っていた。


「そうだ! 目をまっすぐに見つめられて告白をされた!」


 そう言ってどうだとばかりに胸を張るエリー。その顔は自信に溢れており、端的に言えば完全に舞い上がっていた。


「私のことを一目見て惚れてしまったと言っていたぞ!」

「へぇ」

「私に会いたくてわざわざやって来たとも言っていた!」

「ふぅん」

「あとは、そうだな、耳の形が素晴らしいと言われたぞ!」

「なるほどなるほど」


 年かさの長耳族はそこまで聞いた後、自らの後ろの皆を振り返って視線で尋ねた。

 すなわち、『どう思う?』と。

 ほぼ全員が、首を横に振った。なかにはやれやれと肩をすくめる者さえいた。それを見て、年かさの長耳族はため息を一つこぼす。


「な、なんだ。みんなしてその反応は!?」


 エリーにはその反応が不満だったらしい。

 自身満面の顔をわずかに崩し、困惑していた。


「はぁ……。エリー、その人とはどこで会ったの?」

「ん? 丸耳のウェインが寝泊まりしている天幕でだ! そいつも丸耳だった」


 丸耳。その言葉を聞いた瞬間、問答を見守っていた長耳族の女性たちはそろって大きなため息を一つ。そして興味を失ったように立ち上がった。


「あーあ、期待して損した」

「朝からなんて人騒がせな」

「さて、支度しよーっと」

「今日は宴会があるんだってさ」


 各々好き勝手なことを言いながら自らの仕事の準備に戻っていく長耳族の女性たち。

 それを見てエリーはバンと地面を叩いて抗議の声を上げる。


「なんだみんなして! 疑ってるのか? 私は確かに言われたんだぞ! 『美しく愛しい君』(エルゥフ)とな!」


 自分が言われたことを思い出し恥ずかしさがこみ上げてきたのか、顔を赤らめながらも叫ぶエリー。

 『美しく愛しい君』(エルゥフ)とは、長耳族の古い言葉である。古風な言い回しで意中の相手に思いを告げるとき、そして儀礼の場などで相手の美しさを褒め称える際に使用される。

 長耳族の女性ならば『いつか言われてみたい愛の告白の言葉』の上位に食い込むほどのロマンチックな言葉である。

 唯一エリーの前に残った年かさの長耳族は、それを聞いて伝えにくそうに切り出した。


「エリー。丸耳族の言葉ではね、エルゥフっていうのは、耳の長い種族のことを指すのよ」

「……え?」

「あなたにそう言ったのは、丸耳族でしょう? 実は、ここにいるみんなは少なからず丸耳族からエルゥフと言われているわ」


 信じられない、という顔で周りを見やるエリーだが、仕事や支度に戻ろうとした他の長耳族の女性たちは皆気まずそうに目を逸らした。


「いや、わざわざ言うことでもないし」

「ときめいた事なんてない」

「本当の事を知ったらがっかりだよねー」

「文化の違いってやつね」


 そろいも揃ってなかったことと考えている女性らに対し、エリーはなおも納得できないという風に反論を開始した。


「……そんな、そんな話聞いてないぞ! それに、みんなに言ったのはあの丸耳族のウェインだろう! 私に言ったのは違うやつだ!」


 違うやつ、と言い張るエリーに対して、年かさの長耳族は首を傾げた。仮に違う者だったとしても丸耳族であるし、言っている意味は変わらないのではないか、と。


「ウェインと違ってへらへらしていない、丁寧なやつだったぞ。しかも、て、て、手を握られたし。銀色に輝く髪の毛に、あの眼……。吸い込まれそうだった」


 自分が告白されたという場面を思い出しているのか、頬を赤く染めながら熱に浮かされたように呟くエリー。

 そんな様子を見て、他の長耳族の女性たちはなんとも困ったような顔をする。


「あーあ。こりゃ何言っても無駄だな」

「エリーってちょろいんだから」

「現実知ったときに可哀想だねー」

「はぁ。後で慰めてあげようね」


 困り顔だったが、同時に彼女たちはもしもエリーが己の勘違いだと理解した際に傷ついてしまうのではないか。と心配してもいた。

 同じ住居で生活する仲であるし、年少のため皆が妹のように気にかけているのだ。


「名前は確か、あ、あ、アーロとか言ったな! うん、よし、呼ぶ練習をしておかないと……。そういえばいろいろ聞かれていたんだ。なんて答えよう?」


 そして一人で思い出しては赤くなり、にやけるを繰り返しているエリーに対し、年かさの長耳族はふと疑問に思った事を尋ねた。


「エリー。あなた走って帰ってきたけど、その丸耳族の人はどうしたの?」

「む? 恥ずかしかったから蹴り倒して逃げてきた」


 不意の質問に、エリーは一遍の悪気も見せずに答える。

 その返答に、その場にいた長耳族の女性たちは考えを改めた。

 相手がどんな人物かは依然として不明だが、エリーは物理的に傷つけていた。告白の件が勘違いだと気が付いた時に少々心が痛むくらいはお相子だろう、と。



エリーと顔見知りになりました。

 好感度が[興味]へ上がります。


〈エリーとの出会い〉イベントをこなしました。

 好感度が2上がりました。

 

登場人物紹介


エリー 18歳

 新緑のような緑色の髪を持つ長耳族。

 守衛を担う一族の出身で、優秀な戦士。

 恋に恋する乙女。恋愛経験がなく、ちょろい。

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200ブックマークや1万アクセスを越えました! ありがとうございます。

これからも更新頑張ります。

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