採掘体験と変態さん
ぎゅいいいぃぃぃぃん!
山岳世界の地下。
《蛇神の表皮》と呼ばれる地層の坑道に、唸りを上げて駆動する機関の音が響いていた。
「どう!? すごいでしょ! これが魔晶石を原動力にした魔晶機関! 魔晶石から取り出す燃焼エネルギーを運動エネルギーに変換して駆動系を動かして回転を生み出してるんだ! その回転を軸にしてこの削岩機を回してる! この音、この唸り! 頼もしいよね!?」
「なぁアビィ」
「しかもこれはボクが改造した特別製! 従来の魔晶機関よりも大幅に小型化してるのに対してパワーは同等を維持してる! その代わりにちょっと音は大きいんだけど特に問題ないよね! パワーの維持の秘密はね、本当は秘密なんだけど教えてあげるね! 内燃機関の排気口に小型動力機関を取り付けて排気熱を再利用して補助駆動系を作動させてるんだ! ボクの体に合わせて小さくして性能が落ちたら嫌だからね! これをそのまま大型化すればもっと仕事は効率化されるはずだよ! あーあどうしてみんな呆れ顔するばっかりでボクの改造を認めてくれないのかなぁ!」
「アビィ!」
「あ、この先端の削岩機もボクの特製なんだ! よくある削切式のブレードビットじゃなくて回転式のドリルビットを採用してる! 材質の鋼鉄は加工しやすくて便利だけど使ってるとどうしても熱変形が起きるから蒼鉄でコーティングしてみたんだ! 蒼鉄は貴重だけど修理交換の手間を考えると総合的に安上がりになってるはず! いいよねぇこの蒼色かっこいいよねぇ!」
「アビゲイル!」
「うんうん説明よりも大切なのは実践だよね! さぁいくぞぉ! ここは何の鉱脈かな! 鉄かなぁ銅かなぁ!」
「アビゲイルー!」
「なーにー!? 聞こえない! もっと大きな声で言ってよー!」
ぎゅいいいぃぃぃぃん!
はっはぁー! とテンション高く、がりがりと岩肌を削り取る削岩機を突き込むアビゲイル。
その小さな体躯とは裏腹に、削岩機の回転力を見事に抑え込んだ安定感抜群の構え方、いわゆる腰の入った態勢である。
唸りを上げる削岩機によってみるみる壁に穴が穿たれ、砕けた岩石がごろごろと足元に転がる。それにも構わず何事かを喋りながら削岩機を振り回すアビゲイルに苦労して近づき、アーロはその魔晶機関の動力を切った。始動と停止の方法は先にアビゲイルが懇切丁寧に説明していたのでばっちりである。
岩食族のアビゲイルと犬精霊のケルク、そしてアーロとウェイン、リリは《蛇神の表皮》と呼ばれる地層の採掘場、その坑道の一つにやって来ていた。
アビゲイルが採掘の許可を取りつけたのは、まだ鉱脈が眠っていると推定されている坑道だ。荷物から雑多な部品を取り出したと思えばあっという間に削岩機を組み上げてしまったアビゲイルは、犬精霊のケルクが岩肌の匂いを嗅ぎ、わふっと吠えて合図した場所の壁を今まさに採掘しようとしていたのだ。
動力を切ったことで坑道に音を響かせていた削岩機の回転が止まり、辺りは静かになる。
もうもうと立ち込める土埃にマスクの無いリリがこほこほと咳き込んでアーロの外套を頭から被ってくるまるなか、アビゲイルはきょとんとした様子で首を傾げていた。
「なに? どうかした?」
「どうもこうもあるかっ!」
「あっ! 返してよぉ!」
アーロはアビゲイルの手から特製だという削岩機を取り上げ、彼女の小さな体躯が振り回すには少々重すぎるようなそれに驚く。
掲げられた削岩機を取り返そうと足場の悪いなかぴょんぴょんと跳ねるアビゲイル。
必死なその様子に思わずアーロは呆れたが、表情の変化も武骨なマスクによって外からは判別できないだろう。
「まず説明だ! そのあとに試す! 俺たちはこの世界の事を何も知らない素人だぞ!」
「だから説明しつつやってみたんだよ!?」
「いきなりすぎるわ!」
「簡単じゃんか! 岩のところを掘るだけだよ」
「こんな機械使うとは聞いてないぞ!」
「だからさっき説明しようとしたんだってば!」
「……だめだよもう。技術自慢は相手に分かるように言わなきゃ」
ぎゃあぎゃあと喚く二人を見つつ、呆れたようにウェインがぽつりとこぼす。
ケルクはというと、土埃を全く気にせずに辺りを嗅ぎ回り、砕けた石のいくつかを咥えて確保するとぺろぺろと舐め始めた。
「むぅ……。あっ! ケルクが何か見つけたみたい! 鉱石だよきっと!」
取り上げられた削岩機を奪還しようとしていたアビゲイルは、ケルクの様子に気がつくと今度は地面にしゃがみこみ、砕けた岩石をひっくり返したり割ったりしてまじまじと眺め始める。
先ほどの熱の籠った説明口調といい、地べたに這いつくばっては石を照らして確かめる様子といい、かつてしたり顔で文化の説明をしていた理知的な姿とは程遠い。
「この子やばいね。変態の気質があるよ」
「ウェインと似たような技術者なのか?」
「一緒にしないでよ。僕は技術屋、彼女はさしずめ技術オタクか石マニアだね」
話を振られ、一緒にするなと肩をすくめるウェイン。
ごついマスクとゴーグルを装着しているため表情は不明だが、おそらくは細眼をさらに細めて困ったように笑っているのだろう。
普段から技術屋として発明や説明を行う彼から見ても、アビゲイルの気質は熱狂を含んだ激しいものなのだ。
「研究者とかが自分の興味あることに関係すると豹変してああなったりするんだよねぇ」
「アビィはどことなく静かな学者肌だと思ってたんだが……」
「それで静かなのは教師でしょ。学者も研究者も同じさ。それより、その機械見せてよ」
アーロがアビゲイルから取り上げた機械、削岩機を手に取ると、あちこちを眺めては何やら思案し始めるウェイン。
彼もまた静かではあるが、岩食族の機械技術に興味深々であるらしい。
「おも……。ふむふむ。軸回転によって穴を開けて削り取る形で掘り進むのか。内燃機関は魔晶石。食べるだけじゃなくて燃料にもなる、ね。不思議で興味深い……。分解したいけどアビィが怒るかな」
「やめとこうぜ。特別製らしいから」
「だよね。後で余ってるやつとか古いやつを貰って分解してみよう。岩食族の大きい方とこの小さい方の中間、僕らの体格に合わせて作れたら採掘道具の技術革新が起きるかも。これはいいものを見たよ!」
「はぁ。お前もお前で技術屋か……」
先ほど一緒にするなと言ったのはどの口か。未知の技術に対して熱くなるウェインに対してもアーロは呆れた。
神眼世界の採掘道具の代表格といえば、言わずがもなツルハシだ。石を割ったり岩を砕くための手道具であり、鉱山仕事を行う鉱夫たちのお供である。
アーロも冒険者時代には貴重な鉱物採集に同行したり、長き時を経て埋まってしまった古王国時代の遺跡を掘り返したりと様々な場面で使用したことがある。
今回も山岳世界に足を運ぶということでツルハシ数本を野良猫商会から用立ててもらい収納鞄に入れて持ち込んではいたが、どうやら活躍の機会はなさそうである。
「なんか思ってたのと違うなぁ……」
山に生きる民。
鉱山に暮らす者。
どこか前時代的で牧歌的な暮らしをしている、そんな雰囲気や生活様式を予想していたのだが、彼ら岩食族の技術は神眼世界よりも遥かに進んでいるようだ。
少しだけ想像と違う姿にがっかりとしたアーロだが、そのイメージも神眼世界の本や絵物語から来るものだ。眼に映るものが真実。むしろがっかりするというのは相手の世界の文化に対して失礼であると思い直す。
「あったー! ここ鉄鉱石の鉱脈だよ! ねぇ見て見て!」
「ふむ、ここが外れて、と。おお! 魔晶石が入ってる! 大きいのが一粒だけど取り換え式かな?」
「あぁっ! ちょっと何触ってるのさ! ボクの返してよ!」
削岩機を矯めつ眇めつあちこちを触っていたウェインに気が付き、アビゲイルは特製だというそれを奪還した。
そして大事そうに胸に抱え、ごろごろと転がる岩石の山を足で蹴散らして採掘のための場所を確保した。
「よぉし。掘るぞ掘るぞぉ!」
「ねぇアビィ。岩食族の採掘道具はツルハシじゃないんだね?」
「ツルハシぃ? あんな前時代的な採掘道具使ってたら日が暮れちゃうよ。ボクらはより早く、より大規模に大地を掘り返さなきゃいけないんだよ。その答えがこの削岩機さ!」
その手の削岩機を持ち上げ、ツルハシを前時代的と言ってのけるアビゲイルだが、その言葉はアーロとウェインの胸に突き刺さった。
アーロは冒険者時代の思い出として腕が上がらなくなるまで振るったツルハシに対してなんとなく思い入れがあるし、ウェインは鍛冶屋の家系として鍛造された硬く、単純で壊れにくい道具を好む傾向がある。
いきなりツルハシは時代遅れ! 機械式の採掘道具こそ至高! と言われてもいまいち納得できかねるのだ。
「へぇ。言うじゃん。手道具も侮れないってところを思い出させてあげようか?」
ウェインは己の収納鞄から一本のツルハシを取り出し、肩に担ぐ。
顔は見えないが、謎の対抗心のようなものをめらめらと燃やしているようである。
「なかなかいい鉄を使ってる。鍛え方も均一……。なるほど言うだけのことはあるね」
それを見てアビゲイルは感心したようにつぶやき、しかし負けないからね、と削岩機を構えた。
「それじゃあ勝負といこうか! どっちが先にここの鉄鉱石の鉱脈を見つけられるか!」
「受けて立つとも!」
「そうこなくっちゃ! 毛無族のお手並み拝見といくよ!」
「アーロっちは審判ね!」
「贔屓は無しだよアーロ!」
なにやら意気込み勝負を始めてしまうウェインとアビゲイル。
置いてけぼりにされたアーロは勝手に審判役に抜擢されてしまい、お前らは何やってんだと頭を抱える。
「あ、それとは別にこの削岩機の余ってるやつ貰える?」
「いいよ! ボクの家にある古い型なら使わないはず!」
「やりぃ! アーロっち、いいってさ!」
「それよりほら! 勝負だよ! とにかくたくさん掘って鉱石を持って帰ろう!」
「……はぁ」
楽しそうな様子に水を差すのも野暮かと思い、アーロはため息をつくだけにとどめた。
いろいろと突っ込むのが面倒になってきたということもある。
「よぉし、いっくよー!」
「負けないからね!」
ぎゅいいいぃぃぃぃん!
削岩機の魔晶機関が始動して唸りを上げて岩を削り、ウェインの振り下ろすツルハシは適格に岩石を砕いていく。
アーロをそっちのけで、二人による謎の採掘対決がここに幕を開けた!
「……なんだこれ」
「安心して。あたしはいつだってお兄さんの味方よ!」
「リリ……」
埃から逃れるために外套のフードに隠れたリリは小さなつぶやきを聞いていたのだろう。
姿は見えないがぽんぽんと慰めるようにして背中を押され、アーロはその小さく優しい感触に思わずほろりとした。
我関せず、とその様子を眺めつつぺろぺろと舐めていた岩石を口に含み、かりりと噛み砕いたケルクはわう? と不思議そうに首を傾げた。
その日の勝負は、出力を上げすぎたアビゲイルの魔晶機関が故障し修理を要したり、疲れ果てたウェインが審判を放り出したアーロと交代で掘り進んだりと様々な局面があったが、結局ウェインとアビゲイルがほぼ同時に鉱脈を掘り当てたことで引き分けとなった。
さらにその後はアビゲイルの気が済むまで鉄鉱石の採掘を行い、収納鞄やケルクの荷物帯に取り付けた鞄がいっぱいになるまで詰め込んで鉱山を後にすることとなる。
「いいよねぇ。鉱山って!」
鉱山で採掘できたことがよほど嬉しかったのか、アビゲイルは終始ご機嫌であった。
<わくわく採掘体験>イベントをこなしました。
アビゲイルの好感度が2上がりました。
《魔晶機関》
魔晶石を燃料とする原動機。
内燃機関で生み出した熱エネルギーをクランクとピストンで運動エネルギーに変換。軸回転で以って先端に取り付けた削岩機を稼働させる。
人の力よりも大きな力を生み出すことを求めた岩食族が行きついた答えの一つ。
《削岩機》
ドリルです。
登場人物紹介
アーロ・アマデウス
変人だらけの異世界調査団ではわりとまともな部類かもしれない。
ウェイン・ムラクモ
技術屋にして鍛冶師の誇りを持つ。
機械や機構にも精通するがツルハシを馬鹿にされると我慢がならない系の人種。
アビゲイル
変態の気質がある岩食族の女性。
採掘や鉱石のことになると周りが見えなくなる。
雑感
岩食族は採掘技術に関してだけは最先端です。
そしてアビゲイルもまた変人(誉め言葉)なのです。




