魔晶石
地を食う者。
神眼世界の者たちが岩食族と呼ぶ者たちの、自らを指す呼称である。
大蛇神ワールグランズの朽ちた鱗より生まれ出で、文明を築き今なお産みの親たる二級神の心臓を探し求める者共。
彼らは山を削り鉱石を掘り出し、鋼を鍛えてはまた山を、地を削る。そして世界のどこにあるとも知れぬ、存在するかも分からぬ大蛇の心臓を探している。
その理由は、語られなかった。あるいは既に忘れ去られているのかもしれない。
岩食族のアビゲイルの案内のもと、穴蔵の内部に描かれた壁画や掘られた彫刻を鑑賞し、岩食族の文化や歴史の片鱗に触れた。その後は村と呼ばれる村落を案内され、異世界調査団は岩食族の生活環境について学んでいた。
岩食族の男は恵まれた体格から力が強く、のんびりとして実直だが変に気難しい。ほとんどの者は鉱山を仕事場として昼夜交代制で鉱夫を営んでいるらしい。
そして女はみな体が小さく手先が器用であり、芸術や鋼業は女の仕事である。
そんな岩食族の女衆が造り出す道具や装備の出来栄えは見事の一言であり、普段使いの調理用ナイフから、男たちの身を守る武具に至るまでを丹誠込めて作っているらしい。
アーロたちは村落を歩き案内される際に地金を作る精錬場や鍛造によって装備を造る工作場を見せてもらったが、どこもかしこも少女のような女衆が忙しなく走り回り、また喧しくお喋りをしながら鋼を鍛えていた。
洞窟の壁画から岩食族の文化を学び、村の中だけでなく周辺に建てられた工作場までを見学し、夕刻までアビゲイルに案内をされていた調査団の面々は村の外れに天幕を設営し、飯を囲みつつ休憩を取っていた。
「ドワーフみたいだな」
「まんまドワーフでしょ」
「どわーふ?」
そこでアーロとウェインはお互いの感想を言い合っていたが、山岳世界の岩食族への感想が見事に一致したのだ。
ドワーフ。
地下や山に住み、鉄を鍛え武具を造ることが得意とされる架空の種族である。
森林世界出身であるリリはなんのことかと首を傾げたが、そもそも妖精も神眼世界では架空の存在と信じられてきた空想生物である。また、長耳族は同じく架空の種族であるエルフと酷似している。
「いいなぁ。ドワーフ」
そういった者たちが登場する冒険活劇や絵本に慣れ親しんで育ったアーロはなんとも嬉しそうに顔を綻ばせ、新たな者との出会いに感謝する。
「技術も素晴らしいよ。女の人はあんな小さい体だけど熟練の職人みたい」
またウェインは先祖代々からの鍛治師の家系であり、目利きによってその技術が優れていることを見抜いて関心していた。
「ふぅん……。そんなにすごいの?」
唯一能天気なのは妖精のリリである。
彼女は今も夕飯として野苺や果物をもぐもぐと美味しそうに食んでいる。
どれもがアーロとウェインの携帯する[小鞄]から取り出されたもので、今もまだもぎたてのような瑞々しさが保たれている。[小鞄] は収納系の闘装と違い内容物の時間経過を止めたり劣化を防ぐ効果は乏しいが、それでも内部は一定の環境に整えられており、さまざまな物が長持ちするのだ。
アーロも昼飯には新嫁のルナから受け取った弁当を取り出して食べているし、今もウェインと同様の弁当を食している。
ウェインも昼飯、夜飯と生野菜や焼き肉など携帯食料とは思えないほど新鮮な弁当を腹に納めているが、これらは野良猫商会から調達した食料品の一部である。
「技術も凄いんだけど、もっと凄いのはコレさ」
ウェインは悪戯っ子のように笑うと、懐から指の先程の石ころを取り出した。
「なにそれ?」
「石、か?」
「そう。石は石だけど、ただの石じゃないよ」
ウェインがころころと掌で転がすのは、半透明で薄紫色をした水晶の欠片のような石ころだ。
それを見せられて、アーロもリリも食事の手を止めて興味深そうに見やる。
「ほらこれ、なんの変哲もない綺麗な石に見えるけど──」
石ころを手で転がしていたウェインは手をぽんと弾くと、打ち上げたそれを口に含んで、さらにがりがりと噛み砕いて見せた。
「うひゃっ」
「そんなもん食って平気か?」
「大丈夫大丈夫。といっても味はないんだけどね」
石ころを噛み砕いたとは思えないほど軽い口調のウェインは、にっと笑ってみせた。その口のなかには、既に何もない。
「あの石、本当に食ったのか?」
「ふっふっふ。石が食べられないって常識は捨てた方がいいよアーロっち。これは石だけど、魔晶石っていう立派な食べ物だよ」
「魔晶石ぉ?」
胡散臭げに眉をひそめるアーロに対して、ウェインはさらに懐からいくつかの薄紫色の石ころを取り出して手渡した。
彼は案内の道すがら岩食族の女衆に声をかけ、この魔晶石のサンプルをいくつか入手していたのだ。
「石か水晶みたいに見えるけど違うんだ。なんていうのかな、超自然エネルギーが高純度で結晶化した物……みたいな感じのやつだよきっと」
「いまいち胡散臭い物だな」
「そんなことないよ。岩食族が食べてるんだから問題ないはず!」
岩食族が岩を食べると呼ばれる所以が、この 魔晶石だ。彼らは魔晶石を主食として、その他の食物は嗜好品扱いという不思議な食生活を送っているのである。
故にこの水晶のような石のなかには何らかのエネルギーが詰まっていると予想されているのだ。
「ほらほら。ものは試しだよ。一粒どう?」
「えぇ……腹壊さないか」
「食べる食べる!」
はいはいと手を上げて珍しい食べ物を欲しがるリリに付き合う形で、アーロも仕方なく一粒の魔晶石をつまむ。
そして覚悟を決めて口に含み噛み砕けば、硬いと思われた魔晶石はあっさりと砕け、粉々に散る。さらには破片が口の中で溶け、すぐに無くなってしまった。
「なんか、味の無いでかい塩を食ってる感じだ……」
「そう? 美味しいわ! 体に染み渡る感じ!」
なんとも言えない表情で良く分からない感想を述べたアーロであったが、リリは違ったようだ。
小さな粒を抱えてかぶりついたのだが、妖精の味覚は人とは違うのか意外にも好評なようである。ぱりぱりと噛み砕きながら美味しそうに食べ終えてしまった。
だが。
「うっ!」
魔晶石を一粒食べ終えたリリが、途端に腹を抱えて呻き出す。
「リリ、大丈夫か? 良くないものだったか?」
「うそ、僕らなんともないけど。妖精には毒だったかな? どうしよう!」
心配するアーロとウェインだが、呻くリリを前にあたふたするだけで何も出来ることはない。
「ううあぁぁぁぁっ!」
リリが天幕の床で倒れつつ体をピンと伸ばして吠えれば、その背を割ってめきめきと薄羽が姿を現し、あっという間に四枚が生え揃った。
しばらくリリは荒い息をつき、四肢をびくびくと震わせている。
「羽が生えたぞ」
「どうなってんの?」
呆けたように固まる二人をよそに、つい今朝に自切した四枚羽を再生させたリリはのろのろと起き上がり、その羽をはためかせた。
「そ、そんなに見ないでよ。羽が生えるくらい普通でしょ」
なぜかやや恥ずかしそうな顔をして二人を見上げるリリ。
どうやら、飯を食べたことでの再生であったようだ。食べたら生える。それが不思議生物の妖精なのだ。
「この石すごいわ。羽生やさないつもりだったけど、生えちゃった」
「生えちゃったってお前。自分で管理出来ないのか」
「生理現象よ!」
「なんだ、心配して損した……」
「なによ、損しても減るもんじゃないでしょ。それよりもう一個その石ちょうだい!」
味をしめたのか、魔晶石をねだるリリに、ウェインはため息をつきながらいくつか手渡してやる。
わーいと喜びながら石にかぶりつくリリ。どうやらこの不思議な石が野苺や果物よりもお気に召したようだ。
「ふむ。妖精は魔晶石を食べると体が再生する、と。ウェイン、記録だ」
「えぇ。その情報いる? 書くけどさ……」
観察日記のような感覚で調査書類を作成しようとするアーロに、しぶしぶ従って書記を取り出すウェイン。
その様子を生えたばかりの薄羽をぱたぱたと振って乾かしながら、楽しそうに眺めるリリ。
こうして、山岳世界の初日の夜は和やかに過ぎていった。
その次の日、アーロとウェインはお腹を壊した。
《魔晶石》
薄紫で半透明な石。
凝縮され結晶化した自然エネルギー。
いわゆるマナや気といった代物で、神パワーである神秘とは別物。
山岳世界人:昔から食ってるので平気
妖精:わりと不思議生物なので平気
神眼世界人:濃すぎるエネルギーは体から排出しようとする
雑感
ドワーフはなぜ鉱山に住むのか。なぜ工業が発達しているのか。
そう考え出すと夜も眠れません。
きっと、何か探し物をしているんじゃないかなぁ、と。




