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調査団の変人たち

「うニャ。アーロさん。次はお魚のたくさんいる世界に行ってくれるって言ってたのにニャ」

「トラさん……。すまん」

「お仕事ニャし、仕方ないニャ。でも待ってるニャ」

「ちょっと顔見せしてみたんだがな。転移門の部屋の外がすぐ海の世界は無理だったんだ……」

「うぅーニャ。息ができないニャ。それは恐いニャ」

「だろ? 他の世界を探すからさ」

「しょうがないニャー」


 にゃんにゃんニャーニャー。

 転移門の前の小屋、異世界調査団の事務所にて、アーロは野良猫商会のトラと世間話に興じていた。


 話題は魚がたくさん捕れるであろう海洋系の異世界についてである。

 というのも、森林世界へと旅立つ際に魚をたくさん取引できる海洋系の世界と交流を取り計らってほしいとトラに頼まれていたのだが、少し前にものは試しと海洋世界を訪ねて一瞬で断念したのだ。


 転移門の先は海というより、海中であった。

 何らかの力により転移門周辺はどんな生物でも生息できるように環境が整えられるようで、アーロも向こうの種族である魚系の住人も呼吸や会話に支障はなかった。

 しかし転移門のある部屋を抜けた先は、深青の海だったのだ。転移門の力が及ぶ薄い膜のような境界線を越えれば、そこは底の見えない蒼の世界だ。

 試しに頭を突っ込んでみれば息を止めていられる時間は一分少々、動けばもっと少ないだろうか。水中での視界はぼやけ、声はうまく通らず、呼吸は続かない。


 頭から水滴を垂らしたアーロは向こうの種族にごめんなさいと伝えた。

 相手方である鱗とエラを持つ魚人のような種族からは、ですよねぇ……。という苦笑を含んだ反応が帰ってきたことには申し訳なさと、少しの安堵があったものだ。


「住環境が違いすぎると交流もクソもないって訳だな。分かってたけど」

「分かってるのに行かせるなよクソが」

「お前ぇならできるかなって思ったんだよ」

「ふざけんな。溺れ死ぬわ」

「うニャ。なにか対策をしないと無理ニャね」

「だそうだ。どうだ? 技術屋殿」


 事務所には世間話をするトラとアーロ、ボルザ、そしてウェインがいた。

 何やら手元の機材をカチャカチャといじっていたウェインは急に話を振られてしばし悩み、やがて肩をすくめた。


「他の世界に行けば? 陸で魚が泳ぐ世界があるかも」

「名案だ」

「うニャ。海魚じゃないけどそれでいいニャ」

「川魚でもねぇよなぁ。陸魚か?」

「砂っぽそうだニャ」


 こうしていつまでもぐだぐだと世間話をしている四人だが、なにも暇をして事務所に集まっている訳ではない。新たな異世界へ調査へ赴くための準備として設備や食料を野良猫商会へ注文し、品が届くのを待っているのだ。

 どうでもいい事を皆が話すなかでウェインは手元の機材をいじり、一応は納得したのか頷く。


「うん。よし。アーロっち、これをあげよう」

「なんだこりゃ? 鞄か?」


 そして手にしていたもの、革と布製の小さなポーチのようなものをアーロへと手渡す。材質などをどこかで見たことがあるような気がするそれを眺め、アーロはなんだろうかと首を傾げた。

 聞かれたことで技術屋魂が刺激されたのか、気分良さげに説明を始めるウェイン。


「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました! それはムラクモ商店作製の魔術具だよ! 名付けて、[小鞄ボックス]!」

「魔術具? [小鞄ボックス]?」

「原理は詳しく説明しても分からないだろうから省くけど、収納鞄系の闘装と同じ働きをする魔術具だよ」

「ふぅーん?」

「あぁ、分かってない! 全然伝わってないね!」


 自らの発明品だからだろうか、効果が伝わらないことに首を振り回して地団駄を踏むウェイン。普段冷静な彼にしては珍しいほどの反応である。


「収納系の闘装とどう違うんだ?」

「だから、魔術紋で鞄の収納の概念を拡張した魔術具、の試作品なんだって。闘装と違って何でも入るし工夫次第で容量も増やせるはず」

「おぉ、凄そう」

「そう凄いんだよ! まだ試作品だから容量はそれほど大きくはないし、独立してないけど」

「容量はいいだろ。独立してないのはどういうことだ?」


 これ、とウェインは全く同じ鞄をもうひとつ取り出す。こちらもどこか見覚えのある革や布製だ。


「これも同じく[小鞄ボックス]の魔術具。二つの試作品を作ったんだけど、中が繋がってるんだ」

「どっちからも入れられてどっちからも取り出せるのか?」

「そう……。今はまだね」

「それはそれで便利だと思うがな」

「いやいや。今は二つだけど、これから作った[小鞄ボックス]が全部繋がってたら使い物にならないでしょ」

「なるほど。確かに……」


 手にした小さな鞄を眺めるアーロが、鞄同士が繋がっていることも便利だと思うのも無理はない。出口入口が二つということは、遠方に離れた相手との物品のやり取りが可能ということだ。交易や手紙のやり取りなどは格段にやりやすくなることは想像に難くない。

 独立した個人用の収納鞄、そして連結している収納鞄、どちらも有用であり実用化の暁には市民の生活を豊かにするだろう。


「もっと試作品を作って検証かな。ゆくゆくは独立した物と、繋がった物とが分けて作れるようになるよ」

「自信ありげだな?」

「もちろん。というか今回のは同じ材料から作ったから繋がってるだけかも。見覚えない?」

「素材な。気になってはいるんだが……」


 アーロは首を捻りつつ受け取った鞄をまじまじと眺める。外側は継ぎ接ぎの革で、裏面の布地の一部を除いて複雑な紋様が刻み込まれている。触れて見れば手慣れた手触りと、革には見覚えのある傷もある。

 その傷を指でなぞるうち、思考はとある物に行き着いた。


「これ……俺の[鉛の腕甲]か!」

「ふっふっふ。ご名答! アーロっちから譲ってもらった人造闘装の残骸、そうだな、【残骸布ざんがいふ】とでも呼ぼうか。それを元にした魔術具だよ。一部は普通の革や布で充ててあるけど」

「人造闘装の残骸を魔術具に、か」

「そうそう。かつて神秘が宿った布や革、それに魔術紋を仕込んだら相性が良くて! 今までできなかった収納系の魔術具が作れそうなんだよ!」


 興奮しているのか、いつも薄い眼を見開いて喋り出すウェイン。実際、この技術は革新的である。


 通常、収納系の闘装と言えば食料品のみを入れることが可能な[食神の胃袋]や、容量は少ないが何でも入る[商売神の小物入れ]などが代表的である。

 大容量の天然闘装、もしくはそれらを模した小容量の人造闘装はどれも需要に対して供給量が乏しく、市場に出回れば必ず高値がつく。

 なにせ食物は腐らず、書物は劣化せず、大量の物を中に保存しておけるのだ。しかも入れたり取り出すだけで整理いらずである。

 役所や町では飢饉に備えての備蓄食料庫、貴重な書物や重要書類の保管庫。個人的な使用としては家に備える保存食料や商売人が使う馬車や倉庫代わり、遠征に出る冒険者や傭兵が大量の装備や物資を持ち歩くこともできる。

 異世界調査団としてもいくつか所有しており、森林世界へ住まう研究員たちへと大量の物資を届けるなど、とにかく場所や用途を選ばず活躍する。

 人の生活を支える上での物資という問題点を容易く解決する夢の道具。それが収納系の闘装である。


「さっそく特許と生産に向けて技師の確保を申請したよ。これが実用化されればより安価に収納鞄ができる。皆の生活が豊かになるよ!」

「うニャ。ウェイン技官の言う通りニャ。野良猫商会としても期待してて、出資や技術協力の準備はあるニャ。共同開発してた水筒の魔術具の先を行く技術だニャ」


 野良猫商会の営業であるトラもうにゃうにゃと頷く。三級神である【商売神】ニャールズニールを奉ずると言われ、収納鞄の恩恵を受けることの多いであろう猫妖ケットシーも期待するほどの技術なのだ。


「……とまぁ、いいことづくしだけどまだ試作品だからね。入れた物とか突っ込んだ腕がどっか行っちゃったり、衝撃でうまく作動しなくなるかも。そこんところを僕とアーロっちで身をもって調べようってわけ」

「いやさらっと怖ぇこと言うなよ。腕無くなるのは御免だ」

「まぁ、その。実験台ってやつだな。市民の幸福のため身を犠牲にするんだ。頭が下がるぜ」

「尊い犠牲だニャ」

「お前らも使えやオラ」


 とにかく、画期的な新技術、[小鞄ボックス]の魔術具が生み出された。技術屋のウェインの本領発揮といったところである。



 ◆◆◆◆◆



「うおぉ! 食料品がぜんぶ鞄に入ったぞ! どう考えても中に入りきらねぇだろ!」

「うニャ! すごいニャ!」

「ふふふ! これが魔術具! 鞄に物を入れるという概念拡張の力だよ!」


 先程まで世間話に興じており、野良猫商会から届いた荷物をさっそく鞄の魔術具へと入れようとして騒ぐ皆がいるのは地下聖堂のさらに地下、異世界調査団の事務所である。


「おとう……じゃなかった。アーロさん」

「おう。迷わなかったか」


 事務所を訪ねてルナがやって来ていた。いつもの平服だがその胸元には煌めく白銀の板が揺れている。そして彼女は一抱えほどの荷物を運び込んでおり、アーロへと手渡す。

 新妻のルナは家に忘れられていた出張用の荷物を届けるついでに、手製の弁当を持ってきたのだ。


「はいこれお弁当。箱は洗ってね。あとタオルとか替えの服に、忘れ物の外套マント

「色々あるな。ありがとな」

「ずぼらなんだから、もう。……ちゃんと、無事に帰って来てね」

「任しとけ。約束だ」


 礼を言いつつ、アーロは手渡された外套マントをばさりと羽織る。もとは使い古された味のある生地だったのだが、森林世界にて妖精に洗濯されてからぴかぴかの新品同様になった物だ。

 ぴかぴかの外套マント、首もとにはいつもの赤いスカーフ。その下、胸元には白銀の結魂証が三枚揺れていることだろう。

 異世界調査団支給の革鎧に履き馴れたブーツ。腰元には鋼鉄の片手斧トマホーク戦鎚バトルハンマー。やや軽装だが、歴戦の戦士の趣である。


「ぷはっ。私も忘れちゃ困るわよ!」

「お、リリじゃないか」


 さらに荷物の袋の中に隠れていたのだろう。口を開けて飛び出してきたのはささやき妖精(ウィスプルフェアリー)のリリである。

 最近お気に入りのドレスの様な服装ではなく、小さな妖精の体に合わせた革鎧と革ブーツという凛々しい姿に、鞘に納められた小刀を背にくくりつけている。しかし小刀といっても、文具用だ。


「リリだけか。ほかのやつらは?」

「ララもルルも私の分まで頑張ってお手伝いしてるわ!」


 リリは胸を張って仕事を押し付けてきたことを宣言した。

 連れて来たルナもまた、仕方無いでしょ、とでも言うかのように困り顔だ。


「ごめんね。ついて行きたいって駄々をこねるから。それに、おと……アーロさんだけだと心配だし」

「はぁ……。良いがな。それでその格好か?」

「ふふ、かっこいいでしょ!」

さまにはなってるな。ルナが作ったのか」

「そうだよ。テーマは妖精の戦士。なかなか細かくてさぁ、作るの楽しかった」


 ついつい興が乗っちゃって、えへへ。と恥ずかしそうに頬をかくルナ。裁縫の服飾だけではなく細かな革細工までこなす腕前に、アーロは唸るように関心した。


「これで食えるぞ。ルナさえよければ服飾系の仕事を紹介してもらうぞ?」

「え? そうかな……。ちょっと興味ある、かも」

「謙遜するなよ。ほれ、裏地のこんな細かいところまで」

「ぎゃー! お兄さんなにスカートめくってんの!」

「お父さん!」

「はっはっは! すまんすまん!」

「ひどい! ケガサレタ! もうオヨメに行けない! セキニンとってよお兄さん!」

「リリもそんな言葉どこで覚えて来るの! 意味分かって言ってないでしょ!」


 暗い地下の事務所が明るくなったような騒がしさ。

 ぎゃあぎゃあとやかましくじゃれ合う新婚とペットを見て、外野たちはすぅっと眼を細めた。


「……なんかアーロのやつ、最近変わったな」

「同感だニャ。すけこましのクズっぽさが増したニャ」

「いやぁ、むしろあっちが素かもしれないよ?」

「ふむ、鋭い観察だぜ。ウェイン技官」

「いやいやボルザっちの観察眼には敵わないよ」

「……異世界調査団は変な人ばっかりだニャ」

「はっ。違いねぇ!」

「変わってるって誉め言葉だよねー!」


 あっはっはっ!


 冗談が交わされ、能天気な笑い声が上がる異世界調査団の事務所。なかなかに濃い面子が集まるそこで、やれやれだニャ。とトラは肩をすくめた。

 ちなみに基本的には怠惰で気まぐれな性格である猫妖ケットシーにおいて、積極的に人や社会に関わりを持とうとするトラもまた珍しい存在である。



 ◆◆◆◆◆



「よぅし! 異世界調査団、整列!」

「はぁーい」

「どっこいせっと」

「ばっきゃろう! 気合い入れろ気合い!」

「うわぁ。仕事の時のボルザっちって暑苦しいよね」

「見かけによらず真面目なんだよなぁ……」

「てめーらがだらけすぎてるだけだろぉ!」


【野良猫商会】から仕入れた荷物の積み込みも済み、出発前の点呼が成された。上司であるボルザからのありがたい訓示に、一応の目的や情報共有を兼ねた出立式である。

 だらだらと整列する二人に、ボルザの激が飛んだ。


「チッ。まぁいい。相手さんにそんな姿見せるなよ」

「はーいはい」

「分かった分かった」

「次から返事の多いやつはその分ぶん殴る。よぉし、番号!」


 仁王立ちしたボルザは朗々と告げる。まるで新兵をいびる鬼教官のようである。

 といっても、もともと冒険者上がりの彼だ。冒険者は団でひとつの軍隊のようなものなので、上下関係や規律が厳しいのはそう珍しくはない。


「番号、いーち」

「にー」

「さん!」

「はぁいちょっと待て! 一声多い!」

「だってさ? アーロっち」

「おいウェイン。あんまりふざけるとボルザが怒るぞ」

「いやいやお前らじゃねぇから! そこのちんちくりん妖精! なに混ざってんだ」

「きゃっ」


 三番目に元気よく返事をして手を挙げたリリだが、ボルザに怒鳴られてアーロの背に回り込んでカタカタと震える。どうやらまだ、ボルザの強面に慣れていないようだ。

 おっかなびっくり顔を出し、アーロの耳元でこしょこしょとささやくリリ。


「な、殴られるわ。お兄さん。ガツンと言ってやって!」

「リリも行きたいのか?」

「当たり前よ! 楽しそうだもの!」

「なるほど。あー、その、なんだ。ペット同伴で頼む」

「アホ! ペットはいいが、羽根の生えた妖精は異世界持ち込み禁止だ!」

「おいおい、前は良かっただろ?」

「残念だなぁ。規約を変えたんだよ。というか前も特例だ」

「聞いてないぞ」

「はん。ここでは俺が規約ルールだ」


 ボルザはふんと鼻を鳴らして腕を組む。

 異世界へとペットを連れていくことに別段問題はない。調教師テイマー野伏レンジャーに動物の相棒というのは珍しくないからだ。今後調査団にそのような人員が入った時のために一応の許可は出せるようになっている。余談だが、ペットは責任者の所有物として扱われるのであった。

 だが先の妖精たちの密入国を受けて、ボルザは申請により規約を変更していた。それが羽の生えた妖精は持ち込み、持ち出し禁止である。


「だ、そうだ。残念だな。留守番してろ」

「仕方ないわね……。えいっ」

「え?」


 近くで出立式を見学していたルナは、思わず声を上げた。いや、ルナだけではない。トラもウェインもボルザも自分の見間違いかと眼を瞬かせた。

 リリに生えた羽がポロリと抜け落ち、はらりと落ちたのだ。


「わあぁぁぁっ!」

「羽が取れたニャ!」

「ちょ、接着剤あるから! 早く!」

「うぉぉい! どうなってんだ!」


 いきなり背の四枚羽が抜けて地に落ちかけたリリをキャッチしたアーロは、その背中をまじまじと観察する。その背に開いた穴はみるみるうちに塞がり、元は羽根があったと言われても分からないほど跡もなく消えた。

 また切り離された羽を拾い上げ、鱗粉がきらきらと光る薄羽を眺め、ほうと息を吐いた。


「自切か。妖精の生態は興味深いな」

「ふふーん。すごいでしょ?」


 自切じせつ

 虫や蜥蜴などが危機に陥った場合に体の一部を切り離して囮とすることが一般的な行動だ。切り離された部位は大概は再生したり、脱皮を重ねることで元通りになる。

 森に暮らす妖精も力の弱いものはよく狙われるため、こうした囮を使い生き残る術が備わっているのだ。羽を落とすことはそうそうなく、腕や脚を落として食べられている間に逃亡することが多いが。

 そして妖精の回復力は高く、飯を食べればすぐに元通りである。


「いやいや落ち着いてちゃだめでしょ!」

「不思議だニャ」

「自切に再生能力……。確かに興味深い」

「そんな、すまん。俺のせいで羽が……」

「いいだろ? 飯食えば生えてくるぜきっと」

「うーん。帰りも門で通してくれないと困るから、しばらくはそのままかしら?」


 皆の反応はそれぞれだが、当のリリは何でもなさそうに伸びをしてブーツの具合を確かめており、羽の無くなったリリを摘まんだアーロもまたあっけらかんとしている。

 彼としては森林世界にて腹に大穴を開け、明らかに致命傷であるにも関わらずぴんぴんして飛んでいた妖精の不思議生態を眼にしている。羽が取れるくらい今さら驚くことではない。

 彼は拾い上げた薄羽を、あとで引っ付くだろうかと考えつつポケットへと仕舞った。


「とりあえず、肩に乗っとけ」

「ありがと。強面のお兄さん、これで通れるわよね!」


 摘ままれてアーロの肩に乗せられたリリは嬉しそうにして、まだ衝撃から立ち直れていないボルザへと告げた。


「羽の生えた妖精はダメって言ったわ!」

「む、そうだが……。そのために……」

「じゃあ羽がなかったらついて行けるわよね?」

「……ああ。もういい。好きにしろ」

「やったっ!」


 己の言ったことで妖精が羽を切り離したことがよほど衝撃的だったのか、疲れたようにかぷりを振るボルザは許可を出した。

 そのまま彼は肩を落とし、力無くつぶやく。


「いいか……。なにもいじめようとして言ってる訳じゃねぇんだ。人もちんちくりん妖精も、病気やら何やらに注意しろよ。やばいと思ったら即帰ってこい」

「分かったわ!」

「あぁ。そこの判断は任せろ」

「経験豊富なアーロっちに一任するね」

「いよぅし、じゃあ注意事項だ。いつも通りだが、相手さんには真摯に対応すること、無理はしないこと、あとは文化の差異で失礼のないようにな」

「おい、文化についてはもっと情報よこせ。前はいろいろと大変だったぞ」

「あはは。そこは僕もアーロっちも経験豊富だよねぇ」

「ッチ。仕方ねぇ。説明するぜ……」


 これから赴く異世界について綿密な情報提供を要求するアーロとウェインに対し、ボルザは渋々と説明を始める。

 二人は以前の経験を生かし、異世界の情報を出来るだけ仕入れるようにしていた。前は色恋のために害が無かったが、無闇に相手に失礼にあたる行為はしなくてもよいだろうと考えてのことだ。

 そして難しそうな話になるとリリはルナと話し込み、トラはごろんと丸まりうとうと居眠りを始める。

 まったくもって自由すぎる集団である。


「リリも無理しないでね。怪我したら帰ってくるのよ」

「大丈夫だって。腕とか脚くらいなら取れても生えるわ」

「心配だなぁ……もう。あと、約束どおりよろしくね」

「まっかせて! お兄さんに悪い虫が着かないようにしっかり見張るわよ!」

「しっ、静かに。そこまでじゃないんだけど……。危ない事をしないかどうかも見ておいて」

「がってん承知よ」


 やや声を忍ばせて話す一人と一匹。

 アーロのことは信用しているが、あれで自然と人を惹き付けるところがあるとルナは感じていた。また悲しいかな、現地妻と子供までこさえた前例もある。

 危険な仕事に離れる夫が心配な新妻、そしてなにかとアーロになついている妖精の間で同盟が結成された。こうして異世界調査団に小さな監視役が参加することになったのだ。



 異世界調査団の次の交流先は、調査対象十三番。

 山岳世界 ヨームガルド。

 神の胆石から創られたと伝えられる世界。

 山あいにある鉱山と共に生きる種族、岩食族いわはみぞくが暮らす村へ、異世界調査団特務技官のウェイン。特務武官のアーロ。そしてペット扱いのリリが送り込まれた。


 これから、楽しい異世界出張の始まりである。

[小鞄ボックス]

 ムラクモ商店作成の収納系の魔術具。

 人造闘装[鉛の腕甲]の残骸を解体し、魔術紋を刻んで鞄の形に再構築した物。

 見た目はウエストポーチのような、布と革で出来た小さな鞄。背負ったり腰帯に取り付ける。

 アーロとウェインが持っている小鞄は繋がっているため、これからはいつでも文通が可能。やったね。

 


登場人物紹介

アーロ・アマデウス 

 異世界調査団特務武官。

 嫁が出来てすけこましのクズっぽさが増した銀髪蒼眼の青年。


ウェイン・ムラクモ

 異世界調査団特務技官。

 技術屋っぽく新技術を生み出した黒髪黒眼かつ細眼の青年。


ルナ・アマデウス

 炊事、裁縫など家事万能なアーロの嫁。

 栗髪緋眼の立派なレディ。


リリ

 ささやき妖精にしてアーロのペット枠。

 カボチャぱんつ(ルナ作)。


ボルザ・ボルザック

 異世界調査団の主任。

 未だ追加要員が来ないことが悩みの筋肉ダルマ。


トラ

 【野良猫商会】の営業担当。

 年齢不詳性別不明の猫妖ケットシー


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200ブックマークや1万アクセスを越えました! ありがとうございます。

これからも更新頑張ります。

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