幕間:ウェイン
武器が必要だ。
アーロがそうボルザへ相談すれば、それならここがお薦めだぜ、とある店の住所のメモを渡された。
てっきり武器なら【野良猫商会】から買えと言われるかと考えていたので、この紹介は以外であった。
渡されたメモには住所のみが書かれており、店名などはない。
「行けばわかる」というボルザの意味深な笑みを信じて店を探せば、街のなかでも中流区と呼ばれる【二十区画】へとたどり着く。
中流区はその名の表す通り、中流階級の者が家を持つ、治安は良く街並みは上品な部類に入る区画である。
とても武器を扱うような野蛮な店があるとは思えない、とアーロは歩きつつ首を傾げる。武器を扱う店、または金物屋などは大抵が下流区と呼ばれる【三十区画】、または街の外縁部の【四十区画】にあるものだ。
素材や商品の物流に手間がかかる街の中心部に近い区画に店を構えるのは、暴利で相当に儲かっているか金持ち御用達の服飾や宝飾品の専門店がほとんどである。
そのどちらも用はないのだが。と不信に思うアーロだったが、高級志向の服屋などが立ち並ぶ商店街の一角にて目当ての店を見つければ、そんな疑念は吹き飛んだ。
解決したわけではない。どうでもよくなったのだ。
まず奇妙なことに、店に看板などはなく、屋号が分からない。
「いらっしゃいませェ!」
店先で直立不動にて銅鑼声を出しながら客引きをする筋骨隆々の男は顔中に痛々しい傷痕が残っており、どう考えても中流区の上品な街並みからは浮いていた。
そして男は背筋を真っ直ぐに伸ばし、ひたすらいらっしゃいませを繰り返すのみなのだ。
「へっへ。旦那ァ。今日は何がご入り用で?」
いぶかしみながらも店に入ったアーロを揉み手擦り手で応対する矮躯の男の手には、何本か指が無かった。
さらに、広く明るい店内にたむろする数人の客はどれもが暴力と金の臭いを漂わせ、物腰からはなかなかの強者だと見受けられた。
店も店員も、ひたすらに怪しい。
客も後ろ暗い商いを営む者か、そうでなければ無頼漢か。
よもや真っ当な職に就いているボルザからこんな店を紹介されるとは思ってもおらず、アーロは己の交遊関係を見直そうかと考え出した。
その後、見せろと頼んでもいないのに陳列棚から小瓶に入った錠剤や水薬を取り出しては精神が落ち着く、元気が出る、などと怪しげな説明を始めた矮躯の男を振り払い、アーロは武器を探しに来たんだが、と切り出した。
「えェ! 武器ですか! ありますとも!」
矮躯の男は喜色満面でアーロを店のカウンターへと案内する。そしてなにやら分厚い冊子を取り出してぺらぺらとめくり出した。
「何がご入り用でさァ? うちは武器と言ってもいろいろ取り揃えてますんで!」
商品のカタログであろうその冊子を見れば、男の言う通りその種類は豊富で、細かく分類されていた。
しかも、精巧な鉛筆画付きである。
刀剣、槍、斧、鎚、弓、珍しいところでは銃や杖などのほか、大弩や破砕鎚、投石機などの大型兵器まで。さらに用途や大きさで分けて掲載されており、その分量では冊子の分厚さも頷ける。
「こいつはなかなか。言うだけのことはあるな」
「へェ! ありがとうごぜェます!」
アーロが思わず唸るように褒めれば、矮躯の男はへへぇと媚びるように手を揉んだ。
冒険者にはこういった武器や装備を見たりすることを好む者が多い。もちろん元冒険者のアーロとてそれは例外ではなく、むしろ大好物であった。昔は買えもしない武器を眺め、試着をねだり、よく店員に煙たがられたものである。
なんだ、見た目とは裏腹に良さそうな店ではないか、と評判を上方修正したアーロは、いくつか気になる品があったので見せてくれと男に頼んだ。
「へいッ! こちらへどうぞ!」
威勢のいい返事とともに案内されたのは、店の奥まった一角だ。壁には戦斧や巨大な鎚などの長物が掛けられ、置かれた樽には雑多な刀剣が刺されていた。
すぐに目当ての物を探すと矮躯の男に言われ、待つすがらアーロは何となく樽に刺さった刀剣を手に取り、鞘から抜いて確かめてみる。品はどれもこれもが綺麗に研かれ、その刀身が店のランプの光を鈍く反射していた。
これは掘り出し物がありそうだ、とアーロは楽しくなり、今度はとある短剣を手に取って鉄備えの鞘から抜く。
すると。
「ん?」
「あ!」
ぬるり、と短剣の刀身から毒々しい色の液体が滴る。
それは赤黒く、まるで──。
「だ! 旦那ァ! これは失礼を!」
アーロが抜きかけた短剣を見た矮躯の男は、すぐさまその手の短剣を引ったくり鉄備えの鞘へと戻した。
「おい」
「へ、へへ。これは売り物じゃねェんでさァ。混じってたみたいで……。おいッ! 仕舞っとけ!」
矮躯の男は一方的に告げると、店の裏方へと叫ぶ。
慌てて出てきたみすぼらしい少年に短剣を押し付けると、怒鳴るように言いつけて引っ込ませた。
あぁ。この店はやばいな。アーロはそう感じた。
あの赤黒い液体が何かは分からないが、知りたくもない。社会的に不適切な臭いがぷんぷんする。
見た目だけなら強面のボルザがいてもなんら不思議ではない雰囲気の店だが、怪しい。この件はボルザの上司、司教イグナティに報告しようと心に決める。
「へへ、お騒がせしましたァ。すいませんね、若い者の教育が出来てませんで」
「……帰るわ」
「え、あ、ちょっと、旦那ァ!」
アーロはすぐさま店から退却を図った。
品揃えは豊富で質も良いのかもしれないが、妙な商品を掴まされてはかなわない。
命を預ける武具に最も必要なのは、切れ味でも頑強さでもなく、信頼である。少なくとも今のやりとりではそれを感じられなかったのだ。
「旦那ッ! 何かお気に召さないところがあったんで!?」
「ええぃ離せ! 全部だ! 全部!」
「そんなッ! 待ってくだせェ!」
矮躯の男はアーロの足にすがりつき、引きずられながらも引き留めた。
「ありがとうございましたァ!」
大男の銅鑼声に見送られて店を飛び出しても矮躯の男は足を離す気配がなく、引き剥がそうとしてもひょいひょいと細かく動きその身を掴ませない。
「うぉ! なんだこいつ!」
「なにとぞご勘弁をッ! 誠意を見せますんで店ん奥へッ!」
「いらねぇ! 離せぇ!」
昼間から、静かで上品な商店街での騒動である。
周囲にはまばらに通行人がおり、アーロは焦る。こんなところを知り合いにでも見られれば、後ろ指を刺されて噂の的になってしまう。
嫁もいる身だ。ご近所の好奇の目線に晒されるのだけは避けたい。
「は、な、せぃ!」
「うわッと!」
「いらっしゃいませェ!」
なんとか矮躯の男を引き剥がし、店の入口で直立不動の大男へと放り投げる。反射なのかひたすらに叫ぶ大男。
ともかくこれで自由の身だ。顔見知りにでも会う前に逃げなければとアーロは店の前から去ろうとした、その時だ。
「あれぇ? アーロっちじゃん。こんなところで何してるの?」
間の悪いことに、店の前にいるところを中流区の商店街通りを歩いてきた黒髪細目の同僚、ウェインに見られてしまったのだ。
なにやら荷物を運んでいるのか、ウェインの後ろには数名の男がつき従っており、大きな板のような物を担いでいる。
まずい。このままでは怪しい店で買い物をしていたという疑惑が職場でも広がってしまう、とアーロは内心冷や汗を垂らす。
「う、ウェイン。これは違うぞ。俺はこんな怪しげな店で買い物をしようとはしてない」
アーロが思わず言い訳をするように口にすれば、ウェインはやや不機嫌そうに顔をしかめる。
「ちょっとアーロっち。怪しげな店ってどういうこと?」
穏和な彼にしては珍しく、咎めるような口調である。
下手な言い訳は逆効果か。アーロとしては紹介されて店を訪ねただけで、店のことなど知らなかったのだ。身の潔白を証明せねばならない。
「いや、この変な店で変な品を触って、逃げてきたところだ。俺はただの通りすがり、無関係だ」
「変な店に変な品……? ひどいよアーロっち!」
ますますウェインは怒ったような口調になる。
細目が開かれて怒気を露にした黒い眼がアーロを捉えた。
「いやいや! 誤解だ! 俺はこんな変な店じゃなくて、これから真っ当な店に行くからな!」
「なんだって!」
とうとうウェインは顔を赤くして怒鳴る。
「さすがの僕でも怒るよ! 人の実家を変な店だなんて!」
は? と思わぬ言葉に思考が固まるアーロへと近づいてきた矮躯の男はウェインに気がつき、平伏した。
「ぼ、ぼっちゃん! おはやいお帰りで!」
「え? ぼっちゃん?」
「おかえりなさいませェ!」
混乱するアーロをよそに、矮躯の男の声に続いて直立不動の大男の銅鑼声が静かな商店街に響き渡った。
◆◆◆◆◆
『ムラクモ商店』
むくつけき男どもが担いできた新品の看板をかけたこの店は、驚くべきことにウェインの実家が営む商店だという。
あの後すぐさま、ぼっちゃんのお知り合いなら、と応接間へと通され茶を出されたアーロはことのあらましを聞かされていた。
ウェインとしてはほぼ全てが勘違いだと分かり、先ほどとはうってかわって上機嫌の様子だ。
「……つまり、看板がないのは古くなった看板を新調して取りに行く日だった、と」
「そうそう。古くなったからかけ代えようと思って」
「……それで、店員に奇抜なのが多いのは冒険者崩れや貧民街の子供に仕事を与えているからだ、と」
「うん。入口のでかいやつは旅団が解散して、金勘定や交渉ができなくて路頭に迷ったところを用心棒代わりにしたの。ちっちゃい男も元冒険者。罠師だったんだけど、指をかじられて引退したところを雇った。あとは貧民街の子供たちには日替わりで倉庫整理とか雑用を頼んでるんだー」
「……店に怪しい薬が多いのは?」
「うちはお客さまの求める物なら何でも揃える総合商店を目指してるからね。中流階級の人は働き者だから元気が出るような栄養剤を揃えてるし、たまに来るお貴族様相手にいろいろと精神安定薬とかが入り用で、お金持ちの冒険者が求める逸品も仕入れるようにしてる」
「……なにかは分からないが、変な短剣を抜いたら隠されたんだが?」
「あぁ。これね」
ウェインは応接間へ通される前に受け取っていた、件の怪しげな短剣を応接間の机の上に置いた。
先程抜けばどろりとした液体が滴っていたが、鞘が鉄備えの受け皿となっているのか漏れる様子はない。
「これは、魔術具だよ」
ウェインはその短剣を手に取り留め具を外し、そっと引き抜いた。
どろりとした赤黒い液体がわずかに覗いた刀身を滴る。
「[呪毒の短剣]。常に刀身から単純な毒を生産する魔術具さ。致死毒じゃないけど、切りつけられれば三日三晩は四肢の麻痺と高熱に見舞われるだろうね」
「なんでそんな物騒な物が店にある」
「手違いさ。売り物じゃないってのは本当だよ」
ウェインは短剣を鞘へ戻し、繋がる紐で鍔をしっかりと縛った。
「これは遺跡から出土した古王国時代の魔術具だけど、うちはこういった魔術具の解析も行ってる。例えば毒は薄めて効果を調節したら薬になるし、解毒剤の研究にも元の毒は必要だよ。今回はたまたま短剣の形をしてたから、陳列係が間違えたみたい」
「解析するのは何のためだ?」
「例えばこれみたいに毒から薬への転用だったり、対抗策だったりが主目的だけど、技術研究の面もあるかな。既存の魔術具を解明すれば、新たな魔術具の作成の可能性が広がるし。こういった技術はね、危険か便利かは使い手次第なんだよ。だから僕やこの店では安全に、有意義に使う」
「……そうか。いろいろと俺の勘違いみたいだ。ひどいこと言って悪かった」
話の筋は通っているし、眼を見て話していた。ほかならぬウェインの弁でもあり、アーロは信じることにした。
また、技術は使い手次第、という考えは理解ができる。力を持つ者は周りを傷つける乱暴者にも皆を守る守護者にもなり得るのだ。
「いいよ。店員の対応も悪かったみたいだし」
「助かる。しかし、本当に商店を持ってたんだな」
「あれ? アーロっちに言ってたっけ?」
「言ってたろ。長耳族にクロスボウの実演したときに、お求めはムラクモ商店へ、ってな。てっきり冗談かと思ってたよ」
「あはは。癖かなぁ。異世界でも知らずに宣伝してたね」
ウェインは少しだけ恥ずかしげに頭をかき、立ち上がって一礼した。
「いらっしゃいませ、アーロっち。うちはスプーンから投石機まで何でも揃える【ムラクモ商店】。お求めの品は何ですか?」
「武器が必要だ。とびきりいいやつを頼む」
「お任せあれ。竜をも屠る最高の品を身繕いましょう」
「……ふっ」
「あはは」
接客は似合わねぇな。知ってるよ。
そんな軽口を言いつつ、二人は店の倉庫へと入っていく。
これからは楽しい楽しい宝探しの始まりである。
◆◆◆◆◆
「トマホォゥックッ!」
ガッ! と音を立て、木製の木偶人形に飛来した斧が突きたつ。
アーロが少し離れた場所から、トマホークと呼ばれる片手斧を投擲したのだ。
「どう? 使った感じは?」
「なかなかいいな。このトマホォゥックは!」
「本来は手投げ斧じゃないんだけどねー」
「手斧だが、投げても使えるな、このトマホォゥクッ!」
「よかった。あとその言い方うざいからやめて」
「すまん」
しょんぼりと落ち込むアーロが木偶人形から引き抜くのは、鋼鉄製の片手斧である。
刃はもちろん柄まで鉄製の斧は小振りだがなかなかに重量があり、手によく馴染んだ。
「よし、こいつを貰おう」
「まいどありー」
アーロとウェインがいるのは、ムラクモ商店の店中から繋がる庭だ。気になった武器の試し振りや、防具を装着しての動き心地を確かめるための空間である。
ここに備え付けられた木偶人形を相手に、アーロはいくつかの武器の使い心地を試していたのだ。
眼をつけていたトマホークの購入を決め、さらにアーロは多くの種類の武器を握り、振るい、突き出す。
刀剣や斧などの刃物類から、鎚やメイスといった鈍器、短槍や斧槍、弓まで扱って見せる姿にウェインは舌を巻いた。
「すごい。アーロっちはなんでも扱えるんだねー」
「器用貧乏ってやつだ。二流三流の冒険者時代には武器なんて選んでられなかったからな。いろいろと覚えたんだよ」
冒険者は基本的に、常に高みを目指してより良い武器や装備へと更新を行っていく。その際の選択肢には必ずしも己の得意とする得物があるとは限らないため、いろいろな武器を扱えるように訓練するのだ。
武器は命に関わる。苦手だからと質の良い武器を使わずに死ぬよりは、苦手を克服してより良い武器を振るうのが冒険者にとっての常識なのである。
通常はそのなかでもいくつかの得意な得物に絞るのだが、アーロは特にこだわりがなく、どんな武器でもそれなりに扱って見せた。
かつての仲間には節操がないとよく笑われたことだが、それも一つの才能だとアーロは思っている。
「そうなんだ。僕、てっきり格闘家かと思ってた」
「拳や蹴りは使い勝手がいいんだ。取り上げられないだろ?」
「うーん。確かに……?」
アーロはこれもしっくりこない、と鎖鉄球を放り出し、拳をぐっと握る。
「辺境の宿ではよくあるんだよ。武器を預かるとか持ち込み禁止とか言って、自分たちは武器持って寝込みを襲ってきたりな」
「うげ、最悪じゃんそれ」
「だろ? だけど拳は取り上げられない。ぶちのめして身ぐるみ剥いで、臨時収入だぜ」
「どっちも野蛮……」
辺境と呼ばれる危険地帯に生きる民は、そんな土地でも生き残れるほどに頑強で、強かだ。冒険者といえど弱いと見れば襲いかかるくらいは普通にやる。
そのため一流を目指す冒険者たるもの、格闘術は必須とも言えるのだ。
「生きるためには仕方ない。お互いな。しかし格闘は人には通用しても、でかい怪物相手には分が悪い。やっぱ金属製の武器が欲しいな」
格闘では怪物の頑丈な外皮を貫くことは難しく、リーチも短いため危険度も増す。それは森林世界での火噴き鳥との戦いで、アーロ自身が身をもって再確認した。
彼は拳、蹴りなどを利用した徒手空拳が使え、むしろ好むのだが、それも森林世界で失った人造闘装[鉛の腕甲]などの格闘用の装備があればこそだ。
より容易に、相手により深い傷を与えるためには、人が己の生存圏を拡大するために手にした牙、金属製の武器が最適である。
堅牢な甲殻を砕く鈍器。分厚い皮膚や脂肪を切り裂く刃。体の内部へと強力な刺突を行える槍。牙や爪を受け止める盾も便利だろう。武器の種類とは、戦闘においての選択肢だ。あればあるほどよかった。
英雄譚の主役が持つような、折れず曲がらず壊れず無くならない伝説の剣など、存在はしないのだ。
「ふーん。冒険者って、もっとこだわりがあるのかと思ってた」
「こだわりで飯が食えたり生き残れたら楽なんだけどな。お、これはなかなか」
話すうちにアーロが手に馴染むと感じたのは、片手用の戦鎚だ。
こちらも鉄製の柄に先端は片方が鎚、もう片方は相手に引っ掛けて引き倒すための突起がついている凶悪な代物である。
何度か振り重心を確かめる。片手でも扱え、力を込めるときは両手でも使えそうで、先程のトマホークと合わせて刃物と鈍器、双方の手に持てば攻撃の手数も稼げる、なかなかよさそうな組み合わせであった。
「よし、これもくれ」
「はーい。まいどー。まだ何かいる?」
「できれば懐刀か短剣が欲しいが、おすすめは?」
「あ、さっきの呪毒の──」
「そんな物騒な物はいらん。売り物じゃないんだろ」
「あははっ。冗談冗談」
「……まぁ、こんなもんか」
また良い品が入れば見せてもらうか、【野良猫商会】で見てみるのもいいだろうと機会を改めることにする。
それよりも、アーロには気になることがあった。
「ウェイン。この店、闘装は扱ってないのか?」
今までの品揃えから、闘装があればさぞや良い品があるかと考えたのだ。
それを聞いたウェインの眼が、うっすらと開く。
「人造闘装ならあるけど、アーロっちが欲しがるような効果が高い天然の闘装はないね。一つもない」
「一つも?」
「うん。今この店はうちの両親が仕切ってるんだけど、考えがちょっと古いんだよね。技術じゃないものは扱わないんだって、聞かないんだ」
よくわからん。と首を傾げるアーロに対し、ウェインはやや呆れたように説明を始める。
この話は自分の本意ではない、彼の態度からはそんな空気が感じられた。
「天然の闘装ってのは、技術じゃないんだ。なんだかよく分からないけど武具に宿った不思議な力。素晴らしき神の御技、神秘の装備、とんでもない代物さ」
「まぁ、そうだな。だからこそ貴重で、強力だ」
「そうなんだけどさ。うちの家系は代々商店をやってるけど、遥か昔は鍛冶屋だったみたい。そのころからの名残か家訓かで、長年技術を培ってきたって自負があるんだ」
やれやれとウェインは肩をすくめる。
先祖代々鍛冶屋として技術を培ってきた。商店を始めてからもその自負は変わらず、よく分からない神秘の武具である天然の闘装は頑として取り扱わない。
天然の闘装を模倣し技術的に再現した人造闘装は、いわば神秘と技術の合いの子として受け入れてはいるようだが、それでもなお鍛造の武具が重視される傾向があるのだという。
「分からなくはない話だけどさ。僕ら人が古代から編み出して培ってきた工夫の塊。どんなことにでも応用が効く無限の可能性、それが技術さ。僕らの一族は代々その技術を守り育て、磨いてきた。だからこれからもそうなんだって」
「ふむ。先祖代々続く矜持、みたいなもんか」
孤児であるアーロにとって先祖代々続く思いということはいまいち理解が及ばないが、人の命の紡ぎに対しての何らかのしがらみなのだろうと想像はできた。
「矜持、か。たしかにそうかもね。古臭いけど。んで、店の次代を担うであろう僕は僕で新しい可能性を模索してるってわけ」
ウェインによれば、先ほどの[呪毒の短剣]のような魔術具を解析して別の魔術具に転用するのは彼の発案なのだという。
魔術具とは、紋として刻み込む術式によって物体が持つ力を引き出したり、より強く作用させる道具である。
剣ならば殺傷する、水筒ならば飲み水を出す、という物体に込められた概念を増幅したり拡張することが可能な、立派な技術である。
研究者によれば物体に宿る感じ取れないほど微細な神秘の力、マナや氣などとも呼ばれる力に作用すると言われているが、詳細な原理はいまだに解明されていない。
というのも、神の加護を宿す闘装が強力で便利すぎるため、いまいち本腰を入れた研究や理論構築がされていないのだ。
古代の王国時代に最盛期を迎えた魔術研究もいつしか忘れ去られ技術は散逸してしまっており、古代の遺跡などで出土する副葬品などから解析をして少しずつ技術を復元、積み上げていっている最中なのだという。
【ムラクモ商店】の副事業として行うその研究は、国から新しい技術の発現や生活を便利にする可能性があるとして積極的な補助を受ける予定とのことだ。
「ウェイン、いろいろと手を出してるなぁ」
「今はまだ趣味の領域だけどね。研究も人任せだし。だけど、商店を僕が継いだら本格的に研究を進めるつもりだよ!」
「へぇ。頑張れよ」
「まっかせてよ! なんか物になったらアーロっちに実験台、もとい人身提供してもらうからよろしくね!」
「お前そういうことはもう少し申し訳なさそうに言えよ」
「あはは、正直者だからさ」
ウェインは楽しそうに笑い、そういえば、と話を変える。
「何か魔術具を持ってたら僕に見せてほしいな。壊さず返すからさ」
「いいぞ。って言っても水筒の魔術具しかないが」
「あ、それはいいや。それ【野良猫商会】と共同開発した試作品なんだよね。異世界調査団の人に実験的に使ってもらおうと思って配ってるやつ」
「いやいや試作品ってそういうものかよ!?」
もともとが猫妖のトラから試作品だと聞かされてはいたが、世間は狭いなと驚きを隠せないアーロ。
仕事を始める際に培った人脈が、思わぬところ、というほど離れてはいないが繋がっていたのだ。
「はぁ。他にはなにも無いな。壊れた闘装ならあるが」
気を取り直してたアーロが懐から取り出すのは、森林世界での戦闘で破損しただの布と革へと変わった人造闘装[鉛の腕甲]の成れの果てである。
火噴き鳥との激闘の末、込められた神秘を使い果たして布と革に戻ったそれを、彼は捨てることもせずなんとなく持っていたのだ。
かといって特に思惑があるわけでもなく、ポケットにお守り代わりに仕込んでいただけである。
「ほれ、ただの残骸だけどな」
「ふぅーん。壊れた闘装か、珍しくはないんだろうけど、持ってる人を初めて見たよ」
「闘装使ってるやつなんかは粗野な冒険者が多いからな。壊れたらだいたいは捨てる。あとは愛着があれば普段着に使うかだな」
アーロから手渡された闘装の残骸、布と革をまじまじと眺めるウェイン。
「これ、借りてもいい? 人造闘装だから天然闘装を模した形跡がある。解析すれば何かに使えるかも」
「いいぜ。というか、何かに使えるならばらして素材にしてくれてもいい。なんとなく持ってただけだからな」
「ほんと? うん、何かに使うにしても絶対役に立つものにするね!」
[鉛の腕甲]自体はアーロの冒険者時代の愛用品で、さらに当時娘だったルナから手渡された物品だが、壊れた今はただの武具の残骸である。
無事を祈るルナの願い通りに帰ってくることが出来たし、武具としての務めは火噴き鳥との戦いで存分に全うした。
彼としては何かに使えて別の役割を与えられるならば、感傷に浸って置いておくよりもずっと良いと考えたのだ。
受け取った布と革からさっそく何かの発想を得たのか、うきうきと嬉しそうにするウェイン。
何か役立つものができれば良いし、同僚にして親友の事業の助けになるならば大金星である、とアーロも顔を綻ばせる。
「ありがとう! 武器の代金をおまけしておくね!」
「助かるが、いいのか?」
「もちろんだよ! 友情価格ってやつ!」
結局、購入した物品を半額ほど値引いてもらい、また来てね、とウェインに見送られてアーロは店を退出した。
「ありがとうございましたァ!」
凶悪な面構えの男から威勢のいい声を聞きながら、アーロは街を歩く。
なかなか良い品を手に入れることが出来た。
これで次の仕事にも安心して取り組めそうである。
良品の片手斧を手に入れました。
良品の戦鎚を手に入れました。
天然の闘装:
神の加護により不思議パワーを宿した装備品。
衣服や道具が武具として扱える。
人造の闘装:
天然の闘争を模倣して、通常の衣服に同じような不思議パワーを持たせた劣化版。
魔術具:
術式を組み込むことで物体が持つ力を増幅し、何らかの作用を起こすもの。
いろいろな物品に応用が効く。
雑感
水筒の魔術具[夢幻の泉]は飲み水を生み出す、という水筒の概念を増幅し、転移技術も応用して決められた場所から水を引き出す物です。
引き出す飲料水は野良猫商会の貯水タンクにあるもので、水筒で水を飲めば飲むほど野良猫商会の水道代がかさみます。哀れ。
ちなみに、異世界との転移門も大きなくくりで言うと魔術具です。
こちらは門を通して違う場所同士をつなぐ、という門という建築物の持つ役割、概念を増幅したものですね。




