幕間:神と神
ぴゃっほー!
みんな元気? わたし、アガレア!
神立聖フラクタル学院に通う、ピチピチの乙女にして女神!
この学院では次代の神となる者たちが学び、より良い世界を作るために日夜研鑽を重ねているの!
あぁ、こんなこと説明してる時間はないんだった!
そろそろ行かないと授業に遅刻しちゃう!
焦ったわたしが走ってると、曲がり角でドン!
な、なんと、憧れのアディンクラ先輩とぶつかっちゃった!
これって運命? それとも必然?
これをきっかけに急接近? きゃーどうしよう!?
さらには幼馴染みの弟分、ハウスドルフ(生意気にもイケメン!)がなにやら嫉妬に狂いわたしに迫ってきて……。
もうどうなっちゃうのー?!
「……という夢を見たのじゃ! おい! 聞いとるか!」
「……ん。あぁ。あまり興味がなくて聞いてなかった」
「なら仕方ない! もう一度はじめから話すでの! 古き昔、懐かしの学院の話じゃ!」
「うわ、話は全部妄想だろうに。面倒臭いな君は」
森林世界。その白亜の宮殿にて。
庭園を見渡せるテラス席で少女と男、一級神アガレアと一級神エールバニアがお茶会を催していた。
しばらく前に世界同士が繋がり、統べる者たちはこうして何度か顔を合わせて友好を図っていたのだ。
といっても、大概はアガレアが至極どうでもいいことを語り、エールバニアがたまに反応する程度のゆるい会合だ。
「人の話を面倒臭いとは何事じゃ。傷つくではないか!」
「本当のことを言っただけだ。嘘はいけないんだろう?」
「うむ。そうじゃが……」
「それに何か言っても傷つくし、無視しても傷つくだろう。君は」
「当たり前じゃろ! 言葉のキャッチボールはコミュニケーションの基本じゃぞ!」
「ふむ。そういうことは配下の二級神や三級神にすることだ」
「あいつらほとんど寝とって相手してくれんのじゃ!」
「だからといって他の一級神のところに来るか? 私は読書で忙しいんだ」
エールバニアは手元の書籍へ眼を落とし、ページをぺらりとめくる。
その本の背表紙には『はじめての家庭菜園』とある。野菜の絵が描かれたカラフルな書籍である。
「我があげた本ではないか。まだ読んどったのか?」
「大変に興味深い。十回は読破した。今は一字一句暗記しているところだ」
「何が面白いんじゃそれ……」
活字中毒なのか融通が効かないのか、堅物のエールバニアに対してアガレアは呆れ顔である。
「というかおぬし、肥料も詳しく知らんかったんじゃろ。自然が一番という世界を作るくせに、自然に関して無知すぎるのじゃ」
「……植物とかは、ただ植えれば育つと思っていた」
「お馬鹿さんじゃのう。植物だろうが人だろうが同じじゃ。適度な養分と刺激、お互いに競い合う環境があればこそ、より強く育つのじゃ」
「うむ。進化か。花がより虫を引き寄せるため甘い密を蓄える形に変化するように、だな」
「いちいちロマンチストじゃのう……」
「ほっといてくれ。しかし肥料な。いま試しているところだ」
エールバニアが手元の書籍から眼を離すと、ちょうど庭園を抜けてお仕着せを着た世話妖精が一匹飛んでくるところであった。
身振り手振りで何事かを伝えられると、エールバニアは大きく頷き、書籍を閉じて伸びをする。
「うむ。よく育っているようでなにより。さぁアガレア。君の世界の旅人が来たようだ。見に行こう」
「なんじゃ。おぬしも案外暇なんじゃのう。さぁどこじゃ! 案内せい!」
少女体のアガレアと男性体のエールバニアはうきうきと連れたって庭園を歩き、そのうちの一つの壇を覗き込んだ。
壇の中では周囲よりも大きな木と、周囲の人目も気にせず何やら口論を続ける男女がいた。人はみな、指の先程のミニチュアである。
「ほほう。おぬしの世界はこうやって見るのか。古風じゃの」
「特別製だよ。ふむ、何やら喧嘩のようだ」
「どうせ痴話喧嘩じゃろ。おぬしの世界の生き物は創造主に似て堅物じゃからなぁ」
「君のように自由奔放ではないんだ」
「柔軟と言って欲しいのじゃ」
面白そうに見物し話に耳を傾けると、どうやら予想通り世界間の価値観の相違によるものであった。
アガレアは楽しそうにきゃらきゃらと腹を抱えて笑う。
「はっはっは。迷え戦え。乗り越えて人は強くなるのじゃ」
「……いいのか? この者は君のお気に入りだろう」
「確かにあやつは見てて飽きないがの。何にでも手を貸していたら贔屓になる。それに成長もせん。これも愛の鞭じゃ」
「ふむ……」
しばし考え込んだエールバニアだが、軽く指を振る。すると指先から微かな神秘が漏れ、口論を続ける男女に降りかかった。
それを見たアガレアは呆れた顔をする。
「お優しいことじゃのぅ」
「なに。この程度、助力のうちにも入らん」
「ぐぬぬ。さすが、神秘の溢れる世界を統べる者は違うのう」
「君の世界にも少しだが分け与えているだろう?」
「足りん! もっと寄越すのじゃ!」
「欲望に忠実過ぎるな君は……」
エールバニアのささやかな助力によるものか、どうやら男女の話は無事にまとまり、大きな樹の周辺からはわっと歓声が上がった。
男女は仲良く連れ立ち、口論を繰り広げていた家とは別の家へと引っ込んでいく。その手は固く結ばれていた。
「ふはは。どうじゃ! 我の世界の者は。思慮深く、強く、なかなか説得も上手いじゃろうに」
「ほほぅ……。アガレア。君の世界の者は口は上手いが手も早いようだな」
「なぬっ! あ、まじか。あやつ、無害そうな見かけに反してなかなかやるのぅ」
神にとってはたとえ室内だろうが、下々の者の生活は丸見えである。
空き家に潜り込んだ二人の男女はしばらく抱き合い話し合い、やがて仲睦まじく口づけを交わし……。
その後のことはさすがに両名とも眼を逸らした。エールバニアがすっと指を振れば、音声もシャットアウトだ。
「仲が良いことは良きことだ」
「ふふふ。しかし、この世界の長耳じゃったか? やつらは不思議な生態をしとるのぅ。どうして植物から生まれるようにしたんじゃ」
「決まっているだろう。男性体である私に産みの苦しみが分かると思うか?」
「思わん。が、だからって体外で子を成さんでもいいじゃろうに……」
「いらぬ苦しみは必要ない。ただ、育て慈しむ気持ちは味わって欲しい。親のわがままだよ」
「ほんとに、お優しいのぅ」
可笑しそうに、からかうように笑うアガレアだが、そこに蔑むような響きは全くない。
創造主によって全く異なる世界が作られる。だが正解というものはなく、すべての試行錯誤と工夫は推奨されるべきものなのだ。
「君の世界は胎生か。やはり女性体だけのことはあるな」
「そうじゃ。産みの苦しみを味わってから胸に抱いてこそ、その命の尊さを実感するのじゃよ」
「……ふむ。単純に生命受胎のために付属する快楽的行為が目的ではないのか」
「物凄い遠まわしな言い方じゃのう。でもまぁ、それはご褒美じゃ。愛し愛される男女の秘め事とはいえ、楽しくないと命は続かないからのぅ!」
そう言って、アガレアはそっと流し目で壇を見やる。
少女体に貴族風の服装、とふつうの出で立ちではあるが、その所作には不思議な艶やかさがあった。
「ふふふ。愛の力に後押しされた我の世界の者は強いのじゃ。初心な長耳に耐えられるかの?」
「もちろん。実直で堅実に耐え忍び、最後に勝つのさ」
「まぁ、女の方がそのへんは強いかもの。だが、胎生ではない割に穴や竿はあるのじゃな。おぬしもなかなか、好き者よのぅ」
「仕方ないだろう。構造なんて詳しくは知らないのだから」
「学院でまじめに授業を受けないからそうなるのじゃ……。しかし昼間からギッタンバッタンとようやるわ」
「そんな擬音は久々に聞いたな……」
「そうかえ? 最近はズッコンバッコンが主流かの?」
「アガレア。君はもう少し気品という物を身に着けた方がいい」
「ほっとけい。これからズッコンバッ婚した者同士が世界を引っ張っていって、民が行き来するのじゃ。我の言葉遣い程度気にしてたらハゲるのじゃよ」
「君との同盟、もう少し考えた方がよかったかもしれんな……」
「ふはは! もう遅い! 我と結ぶ約束は絶対じゃ! よろしく頼むのじゃよ!」
はっはー! と上機嫌に笑うアガレアに対して、エールバニアはややげんなりとした様子で肩を落とした。
というのも世界同士が繋がった際、森林世界と神眼世界は来たるべき終末戦争の際に協力関係を結ぶという同盟を結成していたのだ。今回の会合や情報交換もその一環である。
お互いに敵対せず、強力な敵に対しては助け合う。共生関係を好むエールバニアからの提案に一も二もなくアガレアは同意した。
全てが競争相手、敵というよりも、背中だけでも気にしなくて良いという状況は貴重であった。最悪、当て馬や盾にも出来るとどちらもが考えている。
最後に残ったらお互いに正々堂々潰し合うとも決めているが、果たしてどうなるかは誰にも分からない。
「さぁ。愛しき子らの愛の営みを邪魔するほど無粋なことはない。話したら喉が渇いたのじゃ。飲み物をくれ」
「そうだな……。テラスに戻ろう。とっておきの午後の紅茶をご馳走しよう」
「ほほぅ! 楽しみじゃな! 《王樹の実》のジュースも旨いが、やはり紅茶は良い。おぬしのお手並み拝見といこうではないか」
「ふふ。君から紅茶の淹れ方の本を貰ったからな。基本はばっちりだ。だが……」
「なんじゃ?」
「乳を入れるとよいとあったが、はたして先か、後か、それの答えが書いていなくてな」
「そんなこと簡単じゃ! 両方試して、美味しいと思う方が正解じゃ!」
「──! 君は天才か!」
「ふぁーはっは! これだから頭でっかちな者はダメじゃな! 実践してみればいいのじゃ!」
どこか間の抜けた会話を続けながら、アガレアとエールバニアは庭園を抜け、テラスへ向けて歩き出す。
自由奔放で慈悲深い女神アガレア。
堅実かつ実直で思慮深い神エールバニア。
全く異なる異世界同士。
神と神が、とある男の活躍によって繋がったのだった。
神眼世界アガレアと森林世界エールバニアの間に同盟が結ばれました。
雑感
紅茶に入れるミルクは果たして後か先か。永遠の課題ですね。
日本だとミルクは別添えでついて出たりしますが、紅茶の国イギリスでは先にカップにミルクを注ぎ、そのあと紅茶を注ぐ方式が正式であるという考えが広まっているようです。
この「ミルクが後か先か」は130年くらい議論されてる案件だったりします。
面白いですね。面白くないですか?
ちなみに私はコーヒー派です。




