三人目
ある日、アーロは久しぶりに森林世界を訪れていた。
森林世界エールバニアと神眼世界アガレアの間には交流が結ばれつつあり、最近になって双方向で人の行き来が少なからず発生している。
森林世界では現地で腰を据えて調査を行う学者や研究者、外交官などが移動し生活を始めているため、物資の流入などがあるのだ。
アーロは物資搬入の手伝いを申し出るついでに、数日程度森林世界に滞在する許可を取った。
丸耳族と呼ばれるアガレアの世界の民が迷わなくなったとはいえ、転移門から一時間ほど離れた位置にある長耳族の集落へと大量の物資を搬入することは労力が必要である。
森歩きに慣れており、さらに現地での生活経験もあるアーロは歓迎され、早々に許可を得る事ができた。
今しがた数人の荷駄隊と共に、大量の物資を調査団所有の収納鞄に詰め込んで運び入れたばかりだ。
食料、書類、生活用品、雑貨、手紙など、様々な物を丸耳族が間借りしている施設に運び込めば、あとは自由時間だ。各々長耳族の生活を体験したり、実地調査を行うための時間である。
アーロが向かったのは、もちろんウェインと共に手掛けた養蜂場。
ではなく、長耳族の戦士の娘、エリーのもとだ。
養蜂についてはちらりと横目に様子を眺めるだけに留めた。
「アーロぉ!」
「久しぶりだなぁ! 元気だったか?」
アーロの服装は異世界調査団支給品の革鎧だが、その首もとの真っ赤なスカーフは遠くからでも目立つ。
その姿を見つけたエリーは主を見つけた子犬のように駆け寄ってきて、そのまま抱き止められて胸に顔を埋めた。
エリーもまた首に巻くのは深紅のスカーフだ。今日も二人はお揃いである。
「本物か? 本物のアーロか? くんくん」
「嗅ぐな。同じやつが二人もいてたまるか」
「そ、そうだな! すまない! 久しぶりに会うせいか、取り乱してしまって」
しばらくぶりに見るエリーは、変わらず元気そうであった。今日も彼女の長耳はぶんぶん動いて喜びを露わにしている。
ただ久しぶり、といっても一ヶ月も経たない程度だが、少しだけスキンシップが激しいような気もした。今も抱かれたまま鼻をすんすんと鳴らし、ぐりぐりと体を擦り付ける程だ。
あの奥手で恥ずかしがりだったエリーがここまで変わるとは。とアーロはなんだか嬉しくなる。久しぶりに会った飼い犬が喜んでなついてくれた気分だ。
「最近、なんだか変でな。ふとした拍子にアーロから呼ばれた気がしたり、なんだか胸が熱くなるんだ」
「大丈夫か? 情緒不安定か?」
「いや。体調はいつも通り万全。むしろ調子が良いくらいだ。ただ、ふとたまに声が聞こえたりな。ちょっと前はアーロが傍にいたような……」
「どれどれ。……熱はないが、無理はするなよ」
「お前はそうやってすぐ自然な流れで触れるな……。いけないんだぞ」
「体調確認だ。何もおかしくないだろ」
体調は心配だが、本人が言うには大事ないようなのでとりあえず保留だ。
こうして交流を深めるのもいいが、アーロが森林世界に赴いたのは二つの目的がある。
まずは一つめ。確かめなければいけないことがあるのだ。
「エリー、俺に言うべきことはないか?」
「ん? うぅーん。ん!」
エリーはしばし悩み、やがてぴこんと長耳を立てた。
そして赤くなりながら、もにょもにょと告げる。
「あ、愛してるぞ……」
「ありがとう」
でもそれじゃねぇよ。と突っ込みたくなるが、アーロは堪えた。
長耳を真っ赤に染めながら自ら愛を告白するエリーは、なかなか乙なものだったからだ。
「エリー。【願いの樹】へ案内してくれ。確かめたいことがある」
「あ、そ、そうだ! 樹が大変なんだ! アーロにも見て欲しい!」
「大変?」
とにかく行こう! とぐいぐいと腕を引くエリー。
要領を得ないが、大変と言うには何か起きているのだろう。
まさかよからぬことだろうか。心がざわめき、急ぎ森へと連れられて向かうアーロであった。
「これは……どうなってるんだ」
「うむ。大変だろう」
長耳族の集落からしばらく歩いた後、かつて火噴き鳥との戦いを繰り広げて焼け落ちた森は、一ヶ月もしない内にすっかり緑を取り戻していた。
元通りどころではない。むしろ以前よりも生い茂り緑が濃い樹がしている。
原因は、一眼で知れた。
【願いの樹】だ。
周辺一帯には長耳族たちやアーロ、ウェインによって植樹がされていたが、そのことごとくが大きく育ち、枝葉を好き勝手に伸ばしているのだ。
「まだ植えて一ヶ月くらいだろ。こんなに育つのが早いのか?」
「まさか。この大きさになるまでには数年かかるはずだ。それに成長が止まった訳でもない。まだ大きくなるぞ」
「これ以上か? 《王樹》並じゃないか」
そう。【願いの樹】は今やアーロの背丈をゆうに越えている。さらに大きく太くなるとすれば、《王樹》のような大きく育つ樹に匹敵する大きさとなるだろう。しかも驚異的な成長の早さだ。
「原因は分かってるのか?」
「確かな事は不明だが、アーロたちが教えてくれた堆肥のせいかもしれんと皆が言っている」
「堆肥で大きくなるにしては、でかすぎだろ。どんだけ栄養に飢えてたらこうなる?」
「まぁ、おそらくは違うだろうな……。あとは、アレか」
エリーの指すアレとは、妖精だ。
成長した樹のあちこちに妖精たちが飛び回り、如雨露で水をやったり、枝に腰かけて賑やかにはしゃいでいる。どれもが大きさや持つ知性からして、森で生きる力を持つ妖精であった。
その中に一匹、目立つ服装の妖精がいる。お仕着せを着た世話妖精だ。アーロたちを眼にしてペコリとお辞儀をすると、また元の水やり作業に戻り、水の補充のためか飛び立っていった。
「あの妖精……」
「あの子はいつもいるんだ。変わった服装で気になるんだが、話せる程には力がないらしい」
「ふむ……」
世話妖精がいるということは、森林世界を統べる者、エールバニアの何らかの息がかかっているのだろう。であるならば、とりあえず危惧することはないのかもしれない。
彼の神は慈悲深く、長耳族や妖精を我が子のように思っているはずだ。それに対して進んで危害を加えるとは考えにくかったためである。
「まぁ、考えても仕方ないな。ところで……どれだ?」
「う、やはり知っているのか」
「あのな、何かするときは説明してくれるって約束したろ?」
「す、すまない。でも、隠す気はなかったんだ。嬉しくて、恥ずかしくて、言えなくて……」
少しだけきつめに詰問すると、しょげかえり小さくなってしまうエリー。
聞けば、反省はしているらしい。
次期族長であり親友でもあるマヤと色々と話をする内に、長耳族と丸耳族の子孫を設ける機構の違いや思いの違いを聞き、たいそう驚いたそうだ。
長耳族では、子供は宝だ。
集落の未来を担う者として、親の所属する集落全体で育てられる。多少生まれる時期が前後しても、大抵はひとまとめにして同期のように扱われるのだ。エリーやマヤもそうであり、彼女らが一緒の家で生活している年頃の娘たちも同様である。
そんなわけで、個人同士の結びつきという観点は薄い。むしろ、願いの樹が二人の願いを聞き入れるという状態そのものを重視する傾向があった。
対して、丸耳族にとっても子は宝だが、より個人同士、家や血の結びつきに関わるものだ。
俗に愛の結晶。とも呼ばれる。愛する者たちの行為の結果授かる大切なものである。
そうした認識の違いから、アーロは知らず、長耳族との間に子供をもうけたのだ。
「伝えていなくてすまない。私たち、子供ができてるかも」
「おう……」
頬を染めながら、しっかりと眼を見つめて宣言するエリー。
覚悟はしていたが、言われてみるとかなりの破壊力であった。しかしアーロは嬉しく思う。
そしてまだ子が出来たと確定してはいないことには少しの不安を覚える。樹が異常に成長していることも気になるのだ。
「嫌だったか……?」
「まさか。嬉しいよ。ただ少し、事情が複雑でな。まずは案内してくれ」
「こっち……。この樹だ」
「おぉ、でかいな」
迷いなく進むエリーに案内されたのは、辺りに茂る樹のなかでも、一際大きな樹だ。
一ヶ月ほど前は苗木だったものが、今や見上げるほどに成長している。葉は元気に艶があり、幹は太くアーロが手を回してやっと届くか、といったほどだ。
「これが、俺たちの子供……」
改めて眼にしても、アーロに実感はない。
それもそうだろう。今はまだ、ただの樹である。実をつけ、さらに大きく成長するまで、本当に子が出来たとは言えないのだ。
「元気に育っているだろう? ……アーロが来てくれて嬉しいと言っている」
「分かるのか?」
「妖精を介してな。樹自身の状態は問題ないらしい」
エリーは指に小さな妖精を留め、さらに樹の幹に手を当てて意思疏通を行っているらしい。
その姿が胎児を慈しみ撫でる母のように思え、アーロは頬を緩めた。
同様に、幹を撫でてみる。胎動が感じられる訳でもなく、意思が伝わる訳でもないが、何となく感慨深い気持ちになるアーロであった。
「しっかり育てよ。名前はどうするんだ?」
「アーロ。まだ気が早いぞ。実が生るか分からないし、成っても大きくならないときもある。それに時間もかかるんだ。そういうものは、もっとあとだ」
「そ、そうか」
エリーには気が早いと笑われてしまう。
案外、落ち着いているのは母となる女の方なのかもしれない。
とにかく、アーロが森林世界へとやって来た目的。子の確認という一つは達成した。
現状では、樹は元気に育っている。本当に子供ができるか判明するまでは、まだまだ時間がかかるようだ。
「任せっきりでごめんな。世話も大変だろうに」
「ん、いや。もう根ついたからな。手がかかるのは最初だけだ」
「そうなのか?」
「うむ。親は無くとも樹は育つ。自然の摂理だ」
てっきり世話もせず顔も出さないアーロは文句を言われるかと戦々恐々としていたが、エリーは以外にもあっさりとした対応である。
面倒を見るのは根が伸びていない苗木の状態だけで、ある程度成長すれば時々様子を見に来る程度らしい。今回は成長が早く世話をする期間も驚くほど短く済んだのだという。
それならそれでいいのだが、少しだけ釈然としない気分であった。
「ま、いいか。元気なら」
ぽんと幹を一撫でし、アーロはエリーへと向き直り、その手を取る。指にいた小さな妖精は迫る手に驚いて飛び立ってしまうが、お構いなしだ。
「あっ」
「エリー。俺たちは、長耳族の言葉だと何て関係だ?」
引き寄せれば、エリーは抵抗しなかった。
森の中で、二人は軽く抱き合う。
「私たちは、番だ。アーロは少し離れているが、私たちは二人で一つだ」
「なるほど、番か。分かりやすくていい」
「急にどうしたんだ……?」
「なに。エリーには、丸耳族流の関係も教えてやろうと思ってな」
抱かれながら、少しだけ不安そうに見上げるエリー。その耳は揺れ、微かに垂れている。
今から不安そうな顔を笑顔に変えてやらねばならない。アーロは懐から小箱を取り出した。
「俺たちは、夫婦になるべきだ」
「ふうふ」
「そうだ。意味は番とそう変わらない。ただ、証があるんだ」
小箱の蓋を開け、中身を手渡す。
また贈り物か、とエリーは嬉しそうに受け取ってくれた。
「これが、証?」
「あぁ。エリーと俺の心が繋がっていることの証。魂の繋がりの証明だ」
小箱の中身は当然、白銀の板。結魂証だ。エリーとアーロの魂の結びがそこには刻まれている。
金属自体が珍しいのだろう。指でつついたり撫でたりと不思議そうに触れるエリーはなんとも微笑ましい。
「首に提げてくれ」
「うむ。……どうだ?」
首に巻かれた真紅のスカーフの上に、白銀の結魂証が掛けられる。
エリーの新緑のような緑髪、可愛らしい長耳、真紅のスカーフ、白銀の結魂証。そのどれもが相反することなく調和し、互いを引き立てあっていた。
「素敵だよ。何を着けても様になるな」
「んんっ! お前はまたそんな言葉を……」
誉め言葉に耳まで真っ赤に染めて照れるエリー。
奥手で穏やかな長耳族にはない感性による誉め言葉は効果覿面であった。
「ありがとう。大事にする……。これで私たちは、夫婦とやらになったのか?」
「そうだ。夫婦、番だよ。想いは同じだ」
軽く抱き寄せた形から、顔を、唇を寄せる。
エリーは少しだけ恥ずかしがりながら、それに応えた。
新緑の森で、二人はしばし、一つに繋がる。
願いの樹の前で、二人の魂は結ばれたのだ。
「ん……。嬉しいぞ。アーロの分は着けてるそれか?」
「いや、こっちだ」
アーロもまた自らの分の白銀の結魂証を取りだし、追加する。彼の胸元に提げられる白銀の板はこれで、三つ。
「……三つある」
「そうだな」
「アーロと私と、アーロと私と、アーロと私の分か?」
「違う。それだとエリーに渡すのが一枚じゃ足らんだろ」
「あ、分かったぞ! 二枚は子供とアーロの分だな。まったく、お前は気が早いな。仕方のないやつだ」
「……エリー、よく聞いてくれ」
「な、なんだ?」
なにやら真剣な雰囲気を醸し出すアーロに不穏な空気を感じたのだろうか。エリーの顔は強ばり、軽く抱き合っている体が緊張するのを感じた。
はたして許されるのだろうか、という不安を断ち切り、愛しき長耳族の娘、エリーの手を握りアーロは告げる。
さぁ正念場だ。ここで逃げては男が廃る。
「実はな……元の世界に、嫁がいるんだ」
しばし、沈黙があった。
「……は? え?」
エリーはかけられた言葉の意図が理解できていないのか、口をパクパクと開くが声にならない声を発する。
「さっきも言ったが、事情が複雑でな。だけどエリーを想う気持ちは本物だ。これは真実だと誓うよ」
「うぅ、う」
「俺自身も驚いてる。いろいろあったんだ。あとで話すよ。今日はな、エリーとも契りを結びたいと思って来たんだ」
「ううぅぅ!」
「エリー? おい、大丈夫か?」
唸り声を発し、俯いてぶるぶると震えるエリーを心配して、アーロは顔を覗き込む。
だが眼が合うと、エリーはキッとアーロを睨み付け、その胸をどんと押し退けた。
ちゃり、と鎖と擦れ合い、三枚の白銀の結魂証が鳴った。
「う、浮気ものぉぉっ!」
エリーは握りしめられていた手を振りほどき、その勢いのまま雄叫びを上げてアーロの顔面を強かにビンタする。
ぱーんと良い音が森に響き、思わず後退したアーロの側頭部へと、弧を描く華麗なハイキックが炸裂した。
◆◆◆◆◆
エリーの強烈なハイキックにも、アーロは気絶することはなかった。
神格とやらが上がったおかげか、体が丈夫になっているようだ。
しかしいかに強くなろうとも、男には勝てないものもある。
「アーロの浮気者! 私のことは遊びだったんだろっ!」
それは、女の怒りである。
「見損なったぞっ! 私なんて、仕事のついでに手を出しただけだろっ!」
「おいっ! 違うって!」
「何が違うんだ! 重婚だと? 聞いてないぞ!」
「文化の差異だ! それに、最初に会ったときは独り身だ!」
「でも娘がいたんだろ! わけがわからん!」
「落ち着けって! 事情があるんだ!」
「聞きたくない! 長耳なら誰でもよかったんだぁー!」
「エリー! 話を聞いてくれ!」
「ついてくるな! もう知らない!」
取りつく島もないとはこのことだ。
落ち着け話を聞いてくれと言うアーロに対して、エリーはぎゃんぎゃんと泣き喚きながら距離を取る。
その長耳はぴんと天を突き怒りを露にしていた。
【願いの樹】から帰るまでずっと、二人はこんな調子で口論を続けているのだ。
森林世界の長耳族は、一夫一妻制の文化である。
神眼世界の丸耳族の自由恋愛を推奨し、しばしば一夫多妻制の重婚を取る文化とは、全く異なる考え方を持っているのだ。
アーロはその事を口論の中から感じ取っていた。
主に男。力を持つ強き者が守り大切な存在を囲う風潮が強い丸耳族。
男女平等にそれぞれの役割で以って働き、互いに助け合い、共生関係を広めて足りない部分を補い合う長耳族。
世界が違えば文化も違う。育った環境の違い、価値観の違いというものがここでもアーロとエリーの間に立ちはだかったのだ。
二人は口論を続けつつ、ついには集落まで戻ってきてしまった。
そしてエリーが同じ歳頃の長耳族の女性たちと住む家の前で、さらに舌戦を繰り広げる。
何事かと周囲の長耳族、数は少ないが丸耳族の者たちが注目するなか、二人の言い合いはますます激しくなった。
「どこまでついてくるつもりだ!」
「エリーが話を聞いてくれるまでだ!」
「聞かない! 浮気者の話なんて聞きたくない!」
「浮気じゃないと、どうしたら分かってくれる!」
「じゃあなんだと言うんだ! 私の眼を見て言ってみろ!」
「エリーも他のやつもみんな、大切な人だ! 悪いか!」
「っ! 悪い! 悪い悪い! そんな器用にできるか!」
みんな同じだ。大切な人だ。そこに順序もなく、浮気も本命もない。
そんなことは理解できない、気持ちを器用に切り分けられないと激昂したエリーは、だんと地面を踏みつけ、決定的な一言を口走る。
「アーロのことなんて、だいっ嫌いだ!」
「っ!」
その言葉はアーロの胸に刺さり、左眼がじんわりと熱を持つ。
エリーは自分の口にした言葉に一瞬、はっとしたような顔をするが、言い放った手前引っ込みがつかなくなったのだろうか。涙を流しながら罵倒を口にする。
「きらいきらいっ! 二度と顔も見たくないっ! 帰れ! それにこんなっ! こんなものっ!」
さらにエリーは首元の真紅のスカーフを手に取り、鎖に繋がれた白銀の板を首から抜き、振りかぶり──。
「う、うぅぅぅっ!」
──地面に叩きつけることができず、そのまま泣き崩れた。
スカーフと結魂証を抱き抱え、えぐえぐと泣き出すエリーへ向かい、アーロは一歩前へ。
「エリー……」
「うぅ。ほっといてくれっ」
「なぁ、話をしようぜ」
「来るなっ! 言ったろ、顔も見たくないっ」
いやいやと首を振ってぐずるエリーに近づき、アーロは肩を抱く。真紅のスカーフと結魂証も一緒だ。
「そんなこと、言うなよ」
「うるさい!」
「本当のことを言ってくれ。嘘はなしだ」
「うぅぅぅ!」
エリーの振り上げた拳がアーロの頬を打った。
アーロは頬を打つ弱々しいその拳を取り、強く握る。
そのまま引き寄せ、自らの胸に手を当てた。
「俺のこと、本当に嫌いか?」
「さっきも言っただろ!」
「そうか……。でも俺はエリーのこと、好きだよ」
「そんなこと……」
「大切なんだ。心が繋がってるんだ。分かるだろ?」
肩を寄せ、強く抱く。
その手から白銀の板を取りエリーの首に掛け、真紅のスカーフを首に巻いてやる。
「もっと簡単に考えよう。俺とエリー。二人の問題だ。他のことは置いといて、エリーの気持ちが聞きたい」
「私の……」
「そうだ。俺のこと、どう思ってる?」
本音が聞きたい。アーロはそう諭す。
文化の差異も、今の状況も、一旦は他所へ置き、個人の感情のみで答えて欲しい。付属する情報は削ぎ落とし、その心の根っこの部分で判断しよう。そんな論調である。
もちろん、エリーの気持ちは決まっているだろう。
彼女とは想いを繋げ、お互いに離れて一ヶ月、さらにはもっと長く待つ事を了承した関係である。
「……私だって、私だって好きだ! 好意には好意で返すのが長耳族だ! 悪いか!」
「悪くないよ。ありがとう」
公衆の面前で、エリーは好きだと叫んだ。
純情な長耳族は発される言葉だけで頬を染め、丸耳族は固唾を呑んで見守る。
「俺たち、気持ちは繋がってるんだな。じゃあ何が問題だ? 二人で解決していこう」
「うぅっ! アーロがいけないんだろ! 私を置いていくし! その間に他の女を作ってる!」
周知される情報に長耳族は眉をひそめる。なんてひどい。などとつぶやかれた。長耳族の慣習としては、不埒な行いなのだろう。
反対に丸耳族は穏やかだ。この場にいるのはほとんどが男であるが、当然と頷き、またなかなかやるなと羨望の眼差しを向けているようだった。
「だめか?」
「……いやだ。いやだ! 私が一番だ! 私にとってはアーロが一番なのにっ! アーロが他のやつを見るなんて嫌だ!」
「エリー。比べてない。みんな同じ、大切な人だ」
「そんなこと! 分からない!」
「きっと分かるさ。みんな家族なんだ。一番なんてのは、ないんだよ」
「……家族」
大切な家族。互いを想い合うまとまり。
父親も母親も、いるとすれば兄妹も、等しく大切な存在だ。そこに優劣は無く、順序はつけられない。その事はエリーにも伝わったようだった。
「そうだ。エリーとも、家族になろうと思って来たんだ」
微笑むアーロの体が燐光を薄く纏う。
その胸元からは白銀の光、そして緋色の光がこぼれ、光は小さな人型を形作った。小さな妖精のような光だが、羽や実体は無い。
「これは……!」
白銀の光と緋色の光はしばらくの間、驚くエリーとアーロの周りを飛び回り、やがて光が崩れるようにして消えていった。
その燐光を、そっと指で触れるエリー。
「暖かい光。私の胸が熱くなるのと、同じだ……」
「……しばらく前、俺もエリーを傍に感じたことがある」
アーロは自らの首元の真っ赤なスカーフに触れる。
エリーからの贈り物。無事の願いが籠められた神秘の品だ。
「その時だけじゃない。ずっと一緒にいてくれたんだろ。これからも、一緒だよ」
「アーロは、離れてなかった……。一緒にいたんだな……」
己の胸に触れ、慈しむように真紅のスカーフを握りしめるエリー。
それは、互いに気持ちを伝えあった際の物証である。
「そうだ。子供が生まれたらアガレアに来いよ。みんなで暮らそう。家族になろうぜ」
「……なれるかな。アーロの他の嫁とは……その」
見たことも話したこともない相手とすぐに打ち解けられるかと言われると、自信を持って頷く者は少数である。
さらには元々が保守的で慎重な長耳族だ。エリーの不安は最もであろう。
「なれるさ。番も友達もみんな、元は他人だ。縁があって知り合い繋がったんだ。俺を通じての縁だが、きっと上手く行く。信じてついてきてくれ」
「……うん。分かった。頑張る」
しかし、アーロはなれると断言した。
友達も夫婦も、元々は他人である。それが何かしらの縁に引き合わされ、繋がり、やがて失いがたい大切な関係へと変わるのだ。
それに応えるエリーは覚悟を滲ませた瞳でアーロを見返し、しっかりと頷いた。
了承が得られれば、軽く抱いていた形を変えて正面から向き合う二人。
アーロは涙の流れた跡を指で拭い、エリーの眼をまっすぐ見据えて誓う。
「エリー。愛してる。これからもずっと一緒だ」
「うぅ……。アーロっ! 愛してる!」
そうして二人は、唇を重ねる。
固唾を呑んで手に汗握りながら二人の口論の行く末を見守っていた観衆から、喜びの声が上がった。
後日。
森林世界にいた調査団や研究員たちからの聞き取り調査により話を聞いた某作家により、大人気ベストセラー娯楽小説『世界の紡ぎ手』の番外編が発刊された。
エリーと結魂しました。
エリーとの関係が[ずっと一緒な家族]に変化します。
《繋ぎ手の力》のボーナスがかかります(+1アーロ)。
登場人物紹介
アーロ・アマデウス 25歳
重婚可能、むしろ推奨なアガレア育ち。
子供の様子を見つつ、エリーと契るために森林世界にやって来た。
自分の心のままに生きると決めた時から、ハーレムルートを突き進む肉食系になったようだ。
エリー 18歳
暴力系ヒロイン? いやいやアーロが悪い。
番、パートナーとは添い遂げる文化の長耳族育ちだが、アーロの紳士的な説得の末、納得する。
子供が生まれたらアガレアに移住予定。
今も族長になろうと奮闘中のマヤを補佐している。
雑感
むちゅー。っとな。
一夫多妻制の長耳族の考え方ですと、好き合っていたのに嫁を作ったアーロは「浮気者」ですね。
ですがアーロの価値観としては浮気じゃありません。みんな大切な人です。
エルフの嫁さん、ゲットだぜ。




