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長耳族と技術屋 (挿絵あり)


「じゃあ、またね! 丸耳のお兄さん!」

「おいしいお茶をありがとうなの」

「今度は迷わないように、送ってもらうんだぞ」


 妖精三人組は長耳族の迎えが来ると同時に、そう言って飛び立っていった。


「お兄さんが助かったってことは、噂で妖精のみんなに伝えておくわ!」

「これにて一件落着なの」

「うむ。さて行くぞ。森には困っている人がたくさんいるからな。それを助けるのが――」


「私たち――妖精旅団!」


 ――というのが彼女らの弁だ。

 アガレアの世界にも弱者や困りごとを無償で助ける教会という団体があるが、エールバニアでは妖精がその役割を担っているのかもしれない、とアーロは推論づけた。


 さて、迎えに来た長耳族の青年数人はアーロが目指していた集落の者であった。

 全体的に細身の体に、植物繊維を織り込んだこざっぱりした服装。手には樹の枝を削ったような人の背丈ほどの槍を持っている。


 そしてなんといっても特徴的なのは、その長い耳だ。

 長耳族という名の通り、その耳の先端は剣先のように長く尖っていた。


 極めて残念なことに迎えに来た者はすべて男性だったためアーロとしてはまぁまぁの喜びであったが、それでも見た目はエルフそっくりである。アガレアへと遊びに来れば多数の女史たちに大人気となるだろう。

 アーロは迎えに来た彼らに礼を言い、集落まで案内してもらうことでようやく森を抜けることができた。そうして日暮れ直前といった時間帯に集落へとたどり着く。

 そして、送り届けてくれた青年たちへの感謝もそこそこに、長老と呼ばれる年老いた長耳族の元へと案内されることとなった。

 

 集落の長老がいるという場所は、驚くことに集落の中心にそびえ立つ巨大な樹木の中であった。長耳族は樹の内部をくりぬき、そこを住処とする樹上生活を送っているのだ。内部へは土足で上がりこみ、一部に敷かれている絨毯のような毛皮の上に座ったり、食事や寝泊まりをするようである。

 樹木の中の壁には植物が這い回っているが、その中でひときわ目を引くのが、風船のように膨らんだ白い実をつけた草である。

 大きさはまちまちだがその丸っこい実は白く発光しており、住居の各所にあるその草のおかげで室内は最低限の明るさが保たれている。樹木の中では火が使えないため、明かりは自然物から得ているのだろう。

 アーロが通された小部屋には、長い白髪を後ろでひとまとめにした枯れ木のような老人が一人、座して待っていた。

 身に纏う衣服は色とりどりに染め上げられた布を何枚も重ねて羽織っているような、ゆったりとした衣である。その恰好からでも身分の高いものであるということが予想できる。

 そしてこの老人もまた、年を経て組の上に立つ者なのだろう。今朝会ったばかりの司教イグナティのように、落ち着いた雰囲気をまとい、親しみやすい笑顔を浮かべていた。

 髪と同じく白い眉もヒゲも長く伸びており、大概の人が想像する『長老』の像とほぼ合致する出で立ちである。

 椅子も机も無い場所に若干戸惑うアーロであったが、文化の差異があろうと相手に合わせるため毛皮に座り、対面の長老へとまずは挨拶を行う。


「アガレアから参りました。アーロ・アマデウスと申します。森では助けを向かわしていただきありがとうございます」


 頭を下げて礼を述べるアーロに対して長老はうむと頷き、枯れ木をこすり合わせたようなしゃがれた声を発した。


「エールバニアへようこそ。長耳族の族長が一人、マガじゃ。こちらの方こそ、転移門へ案内を待たせずに申し訳ない。ちと、手違いがあったようじゃ」


 出発前にボルザから見せられた長耳族の情報では、衣・食・住と守衛を担う部族が分かれているとあった。

 目の前の長老は、その四つのうちどれかの族長ということになる。


「いえ、お気になさらず。森には迷いこみましたが、そのかわりに妖精と触れ合うことが出来ました」

「それは幸いじゃ。彼らと我らは長らく共生関係にある。妖精は珍しいかの?」


 族長のマガが虚空に指を伸ばすと、どこからか光の玉が現れその指に止まった。

 部屋の白い明かりに負けないような光を放つその玉は、アーロが森で見たものよりも大きい。森の中にいたのは指の先ほど、族長の手に止まっているのは握り拳ほどだろうか。


「はい。私どもの世界では空想の産物です」

「なんとまぁ。異世界とは不思議な場所じゃのう。だが馴染みのない丸耳のそなたを妖精が助けたとあらば、我らが助けぬわけにはいかん。我らは既に、友だ」


 マガ長老がふっと指を振ると妖精はまた姿を消し、いくらか周囲が暗くなる。

 森で出会った妖精三人組にはいささか神秘的という表現は当てはまりにくかったが、この長耳族と共生する妖精に関しては素直に神秘的だという感想をアーロは抱いた。

 そして友であるとマガは言うが、その友という言葉が本当の友を指すのか、それとも暗に国交を結ぶという政治的な友なのかは図りかねた。だが、素直に礼を述べておく。


「ありがとうございます。これからも、良き友であるよう尽力させていただきます」


 うむうむと鷹揚に頷く長老に対して、アーロは話の流れから持参した贈り物を渡してしまおうと背負い鞄から織物を取り出し、長老の目の前に並べる。

 緑、青、黄、白色に染め上げられた生地に草花の刺繍が施されている、派手さはないが上品な織物である。


「アガレアからの友好の証と受け取っていただきたい。エールバニアの方々は織物に関心があると聞きましたので」

「見事な品ですな。見ての通り、森に棲む我らは獣の革をなめし、虫の糸を紡いで衣服としておる。この美しい織物は、さぞや皆を喜ばせるでしょうな」


 アーロが広げた織物を見て長老は嬉しそうに微笑んだ。どうやら掴みは上々のようである。ボルザのどや顔が脳裏に浮かぶようだ。


「ありがたくいただいておきましょう。アーロ殿はどの程度の期間、こちらに滞在するおつもりかな?」

「そうですね……。短くとも十日ほど。まずはあなた方長耳族の生活や文化について教えていただきたいと考えております」


 長老は長い顎ヒゲを撫でながら、その長い耳をぴくぴくと動かしていた。何やら考え事をしているようである。


「ふむ……。その口ぶりからすると、アーロ殿はやはり話に聞いている調査員の方ですかな?」


 長老からの問いかけの意図が読めずいぶかしむアーロ。そして正しくは調査団だが、今派遣されているのは自分ひとりだ。

 しかし、間違ってはいないためとりあえず頷いておく。


「実は数日前から、丸耳族の青年が一人やって来ていてな。今もこの集落に滞在しておる。我らに着いて回りいろいろと調べ事をしておるから、そちらが調査員かと思っておったのじゃが……」


 どうやら先に現地を調査に入っている者がいたせいで、後に来たのは何者かと思われていたようである。

 転移門に待機していた案内の者も、調査のために人が来たということで集落へと引き上げてしまったのだという。

 マガ長老の言う手違いというのがそれで、案内の者がおらず、アーロは森に迷う羽目になってしまったのだ。


「私が正式な調査団員ですよ。その者についてはこちらも把握しております。話も聞いただけですが、学者か研究者という扱いで問題ございません」


 学者という単語にやや面白そうな表情を浮かべるマガ長老。


「あの御仁が学者、知恵者ですか。いやいや、あまりに邪気のない方ゆえ、交流を担う者かとばかり思うておりましたわい」


 長老は何か思うところがあるのか、遠くへ思いを馳せるような目をして、異世界とはかくも面白きものですな。と呟いた。

 事前に現地入りしていた、同僚と呼べるような奴がなにか粗相か、あるいは面白いと思わせることを仕出かしたのか。

 事情を知らぬアーロは内心不安になった。自分たちの一挙一動はそのままアガレアの評価に繋がり、問題を起こせばそれこそ国際問題、世界と世界の問題に発展する可能性すらある。

 エルフ似の種族の女性見たさにやってきた異世界だが、この仕事の責任は重大である。

 異世界に来る前は嫁探しだの冒険だのと浮かれていたことは自覚があるアーロだが、いざ現場に立ってみると、そういった浮ついた気持ちは吹き飛んでしまっていた。


「同郷の者とは後ほど引き合わせましょう。積もる話もあるでしょうしな」


 深刻そうな顔をするアーロをよそに、長老はそう切り出した。まだ会談と呼べるほどのことはしていないが、到着後のとりあえずの顔見せは終了のようだ。


「我らが友アーロ殿の到着を祝い、明日には歓迎の宴を開きましょう。森を歩いて疲れたでしょう。今夜はゆっくりと休んでくだされ」


 ありがとうございます。と返礼し、アーロは座を辞した。

 まだ異世界に来て半日しか経っていない。彼の調査団の一員としての仕事はまだ始まったばかりである。



  ◆◆◆◆◆


「なるほどなるほどー。アーロっちは異世界に着いて早々大冒険だったわけだね」


 長老の住居を退出したアーロは、その後同じくアガレアからやってきた青年がいるという天幕へ案内された。

 ちなみに案内してくれたのは、森で迷子のアーロを迎えに来てくれた長耳族の青年らの一人である。線の細い美青年といった顔だちの彼は何か困ったことがあれば言ってくれよ、と気さくに声をかけて去っていった。

 案内されたのは外の広場である。そこに張られた一人用の天幕には、野良猫商会の品を示す猫のマークが描かれている。

 入ってみるとその広いとは言えない天幕の中、ランプの明かりで何やら手記をしたためていたのは、二十歳前後の青年であった。

 

挿絵(By みてみん)


 黒髪黒目で柔和な顔つきに細目が特徴的なその青年はウェインと名乗り、同郷で同僚とも呼べるアーロの来訪を歓迎した。

 歳が近いと言えなくもない二人は、かたや冒険心に駆られて異世界に来た男、かたや知的好奇心に駆られて異世界に来た男であり、お互いに通じるものを感じ取ったのか、すぐに打ち解けた。

 変わり者と聞いていただけにどんな相手か心配していたアーロだったが、実際に会ってみて確信した。少なくとも悪いやつではないと。

 ウェインとアーロはお互いの自己紹介から始まり、これまでの出来事を語り合っていたのだ。先ほどようやくアーロが雇われた経緯から今までの自身の体験を話し終えたところ、ウェインは感想を漏らしたのである。


「なんだ、そのアーロっちってのは」

「あだ名。アーロっちかアロやんか、どっちがいい?」

「……今のままでいい」


 にこにこと邪気のない顔つきで独自の思考を行う姿は、悪いやつではないが、やはり変人かもしれない。とアーロは認識を改めた。ついでに呼び名も改めたかったが、今は情報交換が先と甘んじて受け入れる。


「ありがと。それにしても言語を解する妖精ちゃんかー。ぜひ会って話してみたいな」

「森で困っていると助けてくれるらしいぞ」

「ほんと? じゃあわざと迷ってみようかな」


 実は森に入ったときにはぐれちゃって、今は一人では出かけさせてくれないんだけどねー。となんでもないことのように話すウェインだが、前に森に迷ったってのはこいつらしい。とアーロは呆れた。


「そりゃ異世界からのお客さんが遭難して怪我したり死んだら大問題だろ。ウェインは野営とかできるのか?」

「野営とか自衛とかの基本は一通りはできるよ。なめんなよ、って感じ。でも僕の力はこれさ」


 これ、と言ってウェインが指すのは自らの頭である。どうやら自分は知識人であるとか頭脳労働担当だと言いたいらしい。

 だがアーロが観察したところ、ウェインの体は動けるように鍛えられていると判断していた。じっとして机に向かうようなたまではなさそうだし、案外、野外活動もいけるタイプなのかもしれない。

 そしてこの青年は技術屋だと聞かされたが、具体的に何を目的として動いているのかをアーロは知らない。


「ウェインは技術屋と聞いているが、何しに来たんだ?」


 自分が異世界に来た理由は先ほど話し終えた。次は相手の番であるとアーロは疑問を投げかけた。


「僕? 僕はね、異世界の見物が半分……ともう少し、残りは世界の生態調査や文化の記録のためだよ」


 これこれ、とウェインはアーロが天幕を訪問する際に書いていた手記を見せてきた。

 革の手帳にまとめらているのは、びっしりと丁寧な文字で埋め尽くされたページだ。さらにぱらぱらとめくっていくと簡単な図や絵も所々に見受けられる。

 記述の内容は様々で、動物や植物の生態から地理、天候などの自然環境から、長耳族の文化風習と多岐にわたっていた。

 そんな手帳のページが、天幕のそこら中に散乱していた。内容の量から考察するに、まとめれば本や図鑑になりそうなほどの情報量がある。


「ウェインは技術屋だと聞いているが? 学者じゃなくてか?」

「ふふん、学者なんてなまっちょろい連中と一緒にしてもらっちゃ困るね!」


 ウェインはそう叫ぶと持っていた手記をその辺に放り投げた。そして細目をかすかに見開きながら熱く語りだす。黒い瞳がランプのともし火を受けてゆらりと光る。


「僕は技術屋さ。でも部屋にこもって細かいことをうだうだと研究するのは退屈だし、新しいものを生み出すには新しいものに触れていないといけないんだよ。だから僕は新しいことに挑戦するんだ」


 落ち着いているようで、自分の興味があることには強い関心を示す。典型的な学者肌だが、熱く語る点には十分に納得できた。挑戦や発見、それを得るためにこの青年はわざわざ危険を冒して異世界に飛び込んでいる。

 元冒険者であるアーロ自身は技術や知識といった学問的なことには関心が疎かったし、実際に知識人と触れ合うそれほど機会もなかったが、知らないゆえに感覚的に理解ができた。こいつは自分と同類だ、と。


「僕らの世界では誰も見たことが無い動物、植物。そして想像もつかない異文化。この異世界にはそんなのばっかりだ。それを知り、読み解いて、新しい技術の礎にするのさ!」


 そこまで宣言したウェインは一息ついて、アーロに右手を差し出した。


「僕は実践主義の技術屋。何でも作るし何でも知ってる。やってできないことはない。困ったら頼ってくれていいよ」


 細目のウェインの瞳からは表情が読み取り難かったが、それでもアーロはその熱意をしっかりと感じ取っていた。


「俺も未知や冒険が好きさ。お前とは気が合いそうだ。仲良くやろうぜ」


 そう言って差し出された手をがっちりと握る。握り返すウェインの思いのほか力強いその手にアーロは頼もしさを感じた。


「うん。よろしくねアーロっち」


 こうして出会ったアーロとウェイン。

 世間では乱暴者や夢見がちな馬鹿と思われることが多い冒険者と、変人奇人が多いと言われる技術屋。まったく出自の違うその二人は、なぜだかとても気が合うようであった。


「ところで、アーロっちはエルフっぽい耳についてどう思う? 実は僕、長耳族を一目見たくてこの世界に来たんだ」

「やはりエルフっぽいよな! お前もか!」

「分かってくれるかい同士! あぁ、あの長耳ぺろぺろしたい!」

「その嗜好は分からんでもない!」


 結局、アーロの異世界での初めての夜は、新しく出来た友人とエルフ耳の魅力について飽きるまで語り合うのであった。


長耳ぺろぺろ。


登場人物紹介


マガ 年齢不詳

 白髪。長耳族のとある集落の長老。

 長耳族の食料調達を担う部族を治める長。


ウェイン・ムラクモ 21歳

 黒髪。細目。技術屋。

 知的好奇心と行動力が強いオタク肌。

 文才があり絵も描ける。

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200ブックマークや1万アクセスを越えました! ありがとうございます。

これからも更新頑張ります。

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