一人目と二人目
決闘の舞台となった【第三十六区教会】はぼろぼろであった。
机や椅子の多くは破壊され薙ぎ倒され、【真実を見通す目】のシンボルはバラバラの金属片へと変わり、主たる司祭トマスは腰を壊し、今は寝込んでいる。この日は教会を臨時で休業とした。
聖堂で夫婦の契りを交わしたアーロとルナは、とりあえずトマスを宿舎のベッドに運び込み、その孤児院の子供たちやシスターと共に日がな一日片付けを行い、なんとか明日には教会を開くことはできるだろう、というところまで収集をつけた。
だが司祭トマスはしばらく使い物にならず、椅子や長机はの多くは粉砕されてしまっている。
アーロは深く反省し、自分の給金から喜捨をして机などを買い直してくれとお願いしておいた。
片付けや謝罪などが長引き、時は既に夕刻である。第三十六区教会を辞して自宅へと帰ってきた二人は、軽い食事を取った後に顔をつきあわせて家族会議を開いていた。
議題はもちろん、今日のことである。
「もう! 信じられない! 司祭様と決闘するなんて!」
「俺もまさか司祭様と戦うとは思わなかったよ。考えてきた説得がパーだ。即殴り合いだぞ。歳を考えろってんだ」
「自分もでしょ! 深く考えないですぐ手を出すんだから! もう大人でしょ! 我慢は!?」
「俺の倍も生きてる司祭様に言えよ。あれは正当防衛だ」
「じゃぁ寸止めとかにしようよ! 司祭様腰壊しちゃったよ!」
「これでちっとは大人しくなるだろ」
「反省してってば!」
ああ言えばこう言うアーロに、ルナはたいそうご立腹の様子だった。
孤児院の宿舎で子供たちの世話をしていたら、シスターに連れられてニーナとフェミが泣きながら駆け込んできたのだという。外で遊んでいた子供たちも一緒だ。
聞けば要領を得ないが、司祭トマスとアーロがなにやら殴り合いの喧嘩を始めており、危ないから宿舎の外に出るなと厳命されたとのことだ。
その時には既に教会から破砕音や怒鳴り声が響いており、泣き出す子供たちをなだめ、面白そうだから見に行こうとする妖精たちを止めていたのだという。
そして、一際大きな破砕音が響き、静かになったところでルナは居ても立ってもいられず教会へと飛び込んだのだ。
「聖堂もめちゃくちゃだし。二度と喧嘩しないでね」
「こっちから願い下げだ。心臓に悪い。司祭様を殺っちまったかと思ったよ」
「もうっ! 野蛮なんだから」
「すまんすまん」
ぷんすかと怒るルナだが、不意にアーロの手を取った。
ぎゅっと握られた手から、不思議な暖かさが伝わる。
「分かってるから……。私の、ためだよね?」
「違う。俺のためだ。俺がしたいようにした。それだけだ」
「……うん」
アーロは断言する。
人の思惑ではない。自分の心に従った結果だ。あくまでその姿勢は崩さなかった。
そしてこれからも、そうだ。やりたいようにやる。
「ルナ。俺たちは今日、夫婦として認められた」
「……うん!」
「それでな。これを、受け取って欲しい」
アーロが差し出すのは、細長い小箱だ。
ぱかりと蓋を開ければ、中には白銀に煌めく、金属板が一つ。
金属板にはこれまた白銀の鎖が通されており、一見すると冒険者の認識証のようだが、違う。
「これ……」
「教会の発行する、人と人との魂の繋がりを記すもの。結魂証だ」
結魂証。
魂の結びの証明。
婚姻の指輪ほど一般的ではないが、夫婦の契りを交わす際に用いられるものだ。
冒険者などは結婚を機に引退するなどもあるため指輪を用いることもあるし、大概は冒険者の認識証と合わせて首にかける。
しかし騎士や兵士など戦いを生業とする者たち、料理人や大工など、衛生面や手先の繊細な技術を要求される職業の者たちは、普段の生活において指輪を着けられない。
その事が分かっている場合は、こうした金属製の結魂証が用いられるのだ。
鎖を通して心臓に近い位置、胸元に提げる。または板を家に飾るのが一般的で、傷つきにくく腐食や熱に強い金属、白銀鋼や聖銀で作られる事が多い高価な証明書である。
『ルナ・アマデウスならびにアーロ・アマデウス。
二人の魂は結ばれた。白銀の煌めきは永遠也』
そんな文言と年月日と共に、【真実を見通す眼】のマークが刻印されている。
教会が正式に発行する、歴とした結婚証明である。
今回はアーロの希望により、鎖まで白銀鋼製だ。
以前に頼み込んだ司教イグナティの伝を使い、値は張ったが短時間で用意してもらったのだ。
「俺は仕事柄、指輪はつけられないからな。結魂証にしてもらった。それに……」
アーロはもう二箱、小箱を取り出して開ける。
それは自分自身の分と、もう一つ。
「セレーナも一緒だ」
「お姉ちゃんも……」
「仲間外れに出来ないだろ。家族だからな」
箱から金属板を出して手に取る。そこにはそれぞれ、アーロとルナの結び。アーロとセレーナの結びが記されている。
ルナの持つ結魂証とアーロの手にする二つ。合計三つを軽くぶつけ合えば、りぃんと澄んだ音色が鳴り響く。それはさながら祝福の鐘の音のようだった。
「着けてみてくれ」
「うん。……どう? 変じゃないかな?」
ルナはさっそく鎖を首にかけ、胸元に煌めく白銀の板を提げる。
そして、照れたようにはにかむのだ。
「綺麗だよ。似合ってる」
「あは。照れるね……」
「……まぁ、これが普通だよな」
「え?」
「いや、なんでもない」
姉とはいえ、昔の女の事を考えるのも失礼だろう。
苦笑しつつ、アーロも白銀の鎖を首にかける。二枚分なので鎖と板が擦れ合い、幾度も澄んだ音を立てた。
胸元に揺れる結魂証。あるべき所にあるべき物が納められた感覚。アーロは久々に込み上げる不思議な感覚を味わった。
「これで、私たち――」
「あぁ。俺たちは夫婦だ。奥さん」
「えへへ。お父さん……じゃなかった。アーロさん?」
「なんか、変な感じだな。色々と呼んでみてくれ」
「えぇ。恥ずかしいんだけど……。アーロさん、アーロ、あなた、旦那さん? うぅん。難しいよ」
「呼びやすいやつで決めてくれ。アーロっち以外なら何でもいい」
呼び慣れぬ愛称に、ルナは頬を染める。慣れるまでしばらくは色々とお試しが必要だろう。
そうしてアーロは立ち上がり、赤くなるルナの手を取り引き寄せる。
抱き寄せれば、身長差はあるが、二人の顔は驚くほど近い。
「あ、ち、近いよ……」
「誓い? あぁするとも。誓いの口づけだ。ほれ」
「もうっ! わざとでしょ! 分かってるくせに!」
冗談で済まそうとするルナに構わず、アーロは顔を近づけていく。
少しだけ逃げるように力が入るが、ほんの少し引けば抵抗は無くなった。
ルナの瞳は不安げに潤み、しかし期待に揺れているように見えた。
「ルナ」
「ほ、ほんとに?」
「もちろん」
「あ、う……」
「嫌か?」
「いやじゃ、ない」
「じゃあ、な?」
「優しく……してね」
「任せろ。お姫様」
覚悟を決めたのか、拳を握り、眼を瞑って震える唇を突き出すルナ。そのほっそりとした顎に手を当て、くいっと顔を上向ける。もうされるがままだ。
アーロは背中に手を回し、強く抱き締め、顔を寄せ。
そして。
「ルナ。愛してる」
「……嬉しい。わたしも」
そして、二人は一つに重なる。
その胸元の結魂証が、嬉し気にりぃんと鳴った。
ルナと結魂しました。
ルナとの関係が[本当の家族]に変化します。
《繋ぎ手の力》のボーナスがかかります(+1アーロ)。
セレーナと改めて結魂しました。
セレーナとの関係が[本当の家族]に変化します。
《繋ぎ手の力》のボーナスがかかります(+1アーロ)。
登場人物紹介
アーロ・アマデウス 25歳
ルナと魂が結ばれた。
セレーナと魂が結ばれた。
ルナ・アマデウス 16歳
アーロと魂が結ばれた。
セレーナ・アマデウス 享年24歳
アーロと魂が結ばれた。
雑感
ちゅー。
アガレアの世界は重婚可能です。むしろ教会が推奨してます。
つまりハーレム余裕です。
そうしないと、怪物を押し返して発展などできないからです。
産めよ増やせよ大地に満ちよ。そして大いなる進化を遂げるのじゃ!




