表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/104

大聖堂

 娘に元嫁の事を話して聞かせていたら、家族にしてよと求婚された。

 話の内容が死んでしまった娘の事だし、娘自身も多感な年ごろだ。

 自分は世界でひとりぼっちだとか、人に愛されたいとか、なにか心に思うところがあるのかもしれない。これからどうやって接すればいいのだろうか。

 しかも、求婚を受けることも断ることも出来ず、白銀の指輪を受け取ってしまった。指にはめるわけにもいかないためとりあえずは革紐で結んで首から下げているが、どうしたものか。

 娘も娘で、家や教会では何事もなかったかのように過ごし、毎晩、何かを期待するような眼で己を見て、おやすみと言われる。


「……くそ。俺はどうすればいいんだよ」


 時刻は昼過ぎほど。

 異世界調査団の事務所を尋ねたアーロは、中で忙しそうにしていたボルザを相手に最近の出来事を滔々と語っていた。

 書類を書いたり判子を押したりと忙しそうなボルザは、話の途中からうんともすんとも言わない置物と化していたが、話がひと段落したとなると目頭を押さえながら大きく伸びをした。


「ふぁ~あ、っと。いてて。固まった」

「おい、まじめに聞いてたか? 相談してんだぞ」

「……あぁん? まぁいいじゃねぇか。謝罪もできて、お許しも出て、その上でお前の事を好きだとよ。天使かよ。それに前言っただろ? 愛されてるなって」


 とんとん、と己の眼を指す仕草をするボルザ。

 それは自称だが 『女性の好みのタイプを見抜く眼』だ。


「おい、まさか。ボルザ」

「あぁ。お前の帰還祝いの時な。ばっちり見えたぜ。お嬢ちゃんの好みのタイプは『お父さんみたいな人』だ。もうお前の名前書いとけ、って思ったぜ」


 そう。以前の喫茶店で起きた修羅場の際、ボルザは『女性の好みのタイプを見抜く眼』を以ってルナの好みを見抜いていたのだ。

 お父さんみたいな優しいひと。お父さんみたいなほっとけないひと。お父さんみたいな頼り甲斐のあるひと。以下ずっとお父さんみたいな、という言葉が続くが、とにかくボルザはルナの好みを見て、「愛されてるな」と口走ったのだ。


「なんてこった……。嬉しいじゃないか」

「うへ。マジな親馬鹿は気持ち悪いな」

「おい、引くなよ。傷つくだろ」

「知らねぇよ。それより俺様は見ての通り超忙しいんだ。懺悔や人生相談なら手前ぇのところの教会に行けや」

「教会にいたらルナと顔を合わすだろ。気まずいんだよ。この前もな──」

「うおぉい! 俺様は忙しいっつってんだろ!」


 再度相談を始めたアーロに対してボルザは切れた。

 彼は言う通りとても忙しい。なんせつい最近に異世界調査団の功績が認められ、さまざまな分野から来る取材や質問、協賛の申し出などを取りまとめているのだ。

 異世界調査団の活動に対する取材。次の異世界調査への質問や異世界の情報。富裕層向けの新聞記事の作成と校閲。森林世界の長耳族の続報。貴族からの後援会の取りまとめ。大人気ベストセラー「森林世界の歩き方」「世界の紡ぎ手」の続編発刊の打診と舞台化の提案など、その内容は多岐に渡る。


「お前ぇもちっとは手伝えよ。上司である俺様を敬え。ねぎらえ」

「仕方ない。肩でも揉むか? ほれほれ」

「おぉ。上手いな。おほっ」

「だろ。それでな、ルナがな──」

「うおぉぉい! 黙って手ぇだけ動かせや!」

「わざわざ肩揉んでやってるんだから話ぐらい聞けや!」

「うるっせぇい! 惚気のろけに聞こえて全身痒くなるわっ!」

「こちとら真剣に聞いてんだぞ! 部下の相談くらい乗れよ!」


 結局、仕事の邪魔だと言われてアーロは事務所を追い出されてしまう。


「ッチ。役に立たない筋肉ダルマだ」


 悩みが無いのが悩みと本気で言いそうなボルザを頼ろうとした自分が馬鹿だった、とアーロは気を取り直し、しばし目的地もなく地下聖堂をぶらぶらと歩く。

 あるいはボルザの言う通り、教会で相談するのも手かもしれないとも考える。司祭トマスからならば的確な助言がもらえるだろう。ルナに情報が漏れる可能性もあるが。


 時刻は昼過ぎ。どこへ行くかをつらつらと考えつつ地下聖堂から出たアーロは、そこで一人の老人に呼び止められた。


「おぉ、おったおった。探したぞい」

 

 立派な法衣に身を包んだ白髪の老人を見て、アーロは思わず姿勢を正す。

 誰かと思えば、少し前に面識を持った司教。イグナティ・アガレアその人であったのだ。


「これは、司教様。お久しぶりです」

「うむ。アーロ君も息災じゃな。職場での活躍は聞いておるよ」


 二人は軽く祈りを捧げ、再会を喜ぶ。

 アーロとしては一日何十人、何百人と出会うであろう位の高い司教イグナティに顔と名前を覚えられていたことだけでも嬉しく思ったのだ。

 そんな司教イグナティが、なんと言ったのか。聞き間違えでなけれぼ、探したぞ、とそう聞こえた。


「アーロ君。すまんがこれから時間を貰えるかの?」

「もちろん構いませんが。どこかへ行かれるので?」

「ほっほ。君を探しておったのじゃよ」

「俺を……?」

「うむ。まずは移動じゃ。主は拙速を尊ぶと言うからのぉ」


 表に馬車を待たせておる。ほれ早く。と司教イグナティは快活に笑い、悪戯小僧のような笑みを浮かべた。


「頼みたいことがあるのじゃ。皆には秘密じゃぞ?」



  ◆◆◆◆◆



 二頭立ての馬車に乗せられたアーロは、司教イグナティと共に揺られていた。今からどこへ向かうのかは聞かされていない。御者も何も言わず、淡々と馬を操るのみだ。

 いいところ、とはどこだろうか。司教という立場のあるイグナティが皆に秘密にして行く場所など、アーロには想像もつかない。もしや昼間から酒を出す店にお忍びで行く相手を探していたのか、などと邪推するが、首を振って思考を散らす。


 司教イグナティから異世界の事について聞かれ、あれこれと答える内に、地下聖堂がある国営の自然公園を出発した馬車は平民が暮らす【三十区画】を抜け、中流階級が住む住宅街【二十区画】を抜け、行政や司法を司る施設が密集する【十区画】にある荘厳な建物へと辿り着いた。


 天を貫く尖塔に巨大な鐘楼。

 アーロの知る【第三十六区教会】が小屋に思えるほど巨大な聖堂。そしてその手前にある広さの想像もつかない程の庭園。 


大聖堂カテドラル……」

「左様。わしの治める【第十三区大聖堂】じゃ。ここらへは来たことはあるかの?」

「いえ、私などが尋ねるべき場所ではありませんので……」

「そうかの? 聖堂はいつなんどき、どのような者にも門は開かれておる。気軽に尋ねるがよい」


 馬車から降り立つことに躊躇しつつ、アーロは司教イグナティに連れられて大聖堂の敷地内へと足を踏み入れる。

 大聖堂カテドラルとは司教座聖堂とも呼ばれ、その名の通り司教が座する席が置かれた場所である。

 教区を治める司教たちの仕事場であり、司祭や助祭の叙階(任命)や典礼を執り行う場所である。市井の者がおいそれと気軽に立ち入る訳にもいかないだろう。


 ましてや教会関係者であるアーロにとっては仕事場の本部、本社のような場所である。

 何の連絡もなく中に入ってもいいのだろうか、と自らの格好を見下ろす。

 普段着である平服に履き馴れたブーツ。特徴と言えば長耳族のエリーから贈られた真っ赤なスカーフと、その首もとにかけた白銀の指輪くらいだろうか。決して変な服装ではないが、さりとて格式のある服とは言い難い。 

 

「司教様。こんな服でよかったので? それに用事というのは?」

「うむ。服については問題ない。きっと汚れるからのぉ」

「はぁ……」


 司教イグナティは大聖堂カテドラルの前で立ち止まると、振り返り横手を腕で指す。


「アーロ君。これは非公式なお願いじゃ。君は森林世界へ赴き、様々な植物を眼にしたのだろう?」

「まぁ、数は見ましたよ。詳しくなったかというと別ですが」

「うむうむ。よい。実は、わしの大事にしておるオレンジの樹が庭園にあっての。様子を見て欲しいのじゃ」

「……オレンジ。ですか」

「そうじゃ。ちょうど今が旬でのぉ。大きな実が生っておるのじゃよ。食べ頃か見てくれんか。いくつか口にしても構わん」

「それは構いませんが、そのために私を?」

「……そうではない。他にもあるが。もしも樹に元気が無ければ、あの妖精が作るという水を分けて欲しいのじゃ」


 森林世界の報告書を見たぞい。と司教イグナティは片眼を瞑り、器用にウィンクをして見せた。

 アーロは長耳族のほか、妖精の生態についても同僚であるウェインと情報を合わせて事細かに報告書へ記載していた。それを読んだのだろう。


「……そういう事ならば、分かりました。お力になりましょう」

「うむ。では任せたぞい。わしは聖堂内におるから、終わったら誰かに取り次いで声をかけてくれい」


 頼りになるのう! と快活に笑い、司教イグナティは大聖堂カテドラルへと入っていった。これからも仕事を行うのだろう。

 アーロも植物の世話などは詳しくはないが、頼まれれば断る理由もない。いくつか食して味を見てみればいいだろうと考えた。

 冒険者時代はいろいろな場所へ行き、様々な物を食べた。美味いか不味いかと、毒の有無を食べ分けるのは得意であった。

 

 どうやら大聖堂へは入らずに済みそうだ。と胸を撫で下ろしたアーロは、横道を入り広い庭園へと歩き出す。

 白いアネモネの花が咲き誇る花壇を抜け、月桂樹の花の甘い香りを嗅ぎ、庭園を進む。

 そして、中庭のような開けた場所にあるオレンジの樹を見つけた。

 樹は一本や二本ではない。中庭の広場を囲うようにして何本も植えられており、たわわに実る、という表現がぴったりな程に大きな実が枝を垂れさせている。

 さらに中庭には樹だけではなく、それを見渡せるベンチと日除け、小さなテーブルが設営されていた。


「遅い! 待ちくたびれたのじゃ」


 そして中庭には、先客がいた。

アネモネ(白)

 花言葉【真実】


月桂樹

 花言葉【栄光】


オレンジ

 ネーブルオレンジ。そのまま食べたりジュースにしても美味しい。

 旬は3月~5月。


登場人物紹介

 イグナティ・アガレア 63歳

 司教。アーロの上司の上司。

 園芸が趣味のおじいちゃん。

 

雑感

 嘘を言わないのがアガレアの民ですが。秘密はOKです。口にしていないので。

 それでもサプライズなどを行うのは難しそうですね。


 そしてイグナティおじいちゃんは会わせたい人がいたようです。

 樹の世話をさせるため? というアーロに対し、他にもある、と言ったうえで別の話題で話を逸らしていますね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

200ブックマークや1万アクセスを越えました! ありがとうございます。

これからも更新頑張ります。

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ