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家族になろうよ

 長い、長い昔話は終わった。


 既に甘いケーキは無く、苦いコーヒーが残るばかりである。

 アーロはコップを傾け、その苦い味を舌に感じて顔をしかめる。


 ルナはといえば、ただ黙って俯いているのみだ。

 だが静かに洩らす嗚咽と震える肩が、悲しんでいるということを伝えていた。


「これで、話は終わりだ。セレーナのこと、黙っていてすまなかった」


 アーロは深く息を吐きながら、一年越しの謝罪をした。

 賢い愛娘のルナはとっくに気がついているとしても、己の口から伝え、また謝ることがけじめだと考えていたからだ。


「……ううん。話してくれてありがと」


 しばらく静かに泣いたルナは、眼尻を拭うと気丈にも礼を言った。

 彼女としては姉の死に様よりも、生き様を聞きたかったのだろうか。話を聞き終えた顔は涙に濡れていたが、悲観に暮れてはいなかった。


「お姉ちゃん、冒険者になってからはたまにしか会わなかったからかな。死んじゃったって言われても現実感ないんだ……」

「初めは俺もそうだったよ。不意に呼ばれた気がしたり、街で後ろ姿を見かけるような気もしていた。だがそれも、いつからか無くなった」

「……どうして?」

「さて。あいつが死んだって事に納得したのかもな」


 アーロ自身、当初は信じられなかった。

 己の半生を共に過ごした友。想い人。それがいないということを理解してはいたが、納得はできなかった。

 だが、セレーナは辺境の丘に埋葬された。

 アーロは自ら土を被せたし、一人で眠る夜を幾度も越えて、彼女はもういないということを理解し、いつしか納得したのだ。


 ルナにはまだ、納得するまで時間がかかるかもしれない。今はまだセレーナは見知らぬ土地を冒険している気がしているのかもしれない。

 それでも良い。いつか、向き合える時が来る。そうアーロは考えていた。


「……お父さんは、お姉ちゃんのこと、もう何も思ってないの?」

「まさか。セレーナの事は愛していたよ。いつだって近くに感じている。あいつがいたから、今の俺がいる」

「……愛していた、って。好きじゃ、なくなっちゃった?」

「そうじゃない。セレーナとは好きとか、嫌いになるとか、そういう話じゃないんだ。家族だからな」

「家族……」


 ルナはつぶやき、視線を落とす。

 この話も、ルナにはまだ理解が難しいだろうか。アーロは一人思いを巡らす。


 セレーナとアーロはお互いに信頼し、支え合い、好き合い、気持ちが通じ合っていた。時期が許せば、子を成し家庭を持つこともあっただろう。

 それほどまでに固く結び付いた関係や想いは、そうそう無くなるものではない。

 好きや嫌いで別れる恋人ではない。気持ちの奥底で繋がった家族なのだ。


「死が二人を別つまで。セレーナとはそう約束した。あんなに早く来るとは思ってなかったが、それでも約束は約束だ」


 死は別れであり、愛するものとの別れは辛い。想いは通じることは無く、その時から残された者の気持ちはどこへ行けばいいのか。という見方がある。


 しかし、別の捉え方もある。

 死して、別れても、変わらぬものもあるのだ。

 今まで相手から受け取ったもの、与えられたもの。そして自らが与えたことは、死しても消えることはない。

 十年前のあの日。セレーナが孤児院からの脱走に誘わなかったら。それ以前に、出会わなかったら。

 アーロは今とは全く別の人生を歩んでいただろう。


 縁とも言うべき繋がり、変化。

 セレーナによって得たもの。また与えたもの。

 それらはアーロの中に今でもしっかりと残っている。

 もう想いは通ずることはなく、また声は届かない。しかし、確かに残ったものがある(・・)

 それが愛か、情か、感謝か、寂寥か、どんな感情なのか分からないが、アーロは感じていた。


「セレーナは、もういない。だけどいつも見守ってくれていると思ってるよ」


 夜空の銀星(セレーナ)

 賑やかな日中は姿を見せず、しかし静かな夜には姿を現し、ただ語らず、優しく旅人を照らし癒しを運ぶ。

 あれだけ喧しく、気性の激しく、元気な彼女を夜空の大星に例えるとは笑いそうになるアーロだが、その銀色の輝きは不思議とセレーナに似合っているような気もした。

 声も届かず想いは通じないが、いつもどこかにあるもの。優しく見守り夜道を照らしてくれる。好きや嫌いを超越した、そんな存在だ。


「……ほんとに、お姉ちゃんは心の別の所にいるんだね」

「心の多くは占めているけどな。しかしセレーナは想いの邪魔をしたくないと言っていた。それに家庭を作れとも」

「……暖かい家庭、だったね」

「ああ。あいつの願いだ。頼まれたからやることじゃないが、努力はする」


 努力する。アーロは頑張ると約束したのだ。

 約束したならば、やらなければいけない。


「証明する。生まれの分からない俺でも、ちゃんと家族を、家庭を作れるとな。今日、話して再確認したよ。これが俺の生きた証。存在証明だ」


 アーロはぐっと拳を握る。

 家庭を持ち、家族を作り、次の世代である子を残す。この世界に己が生きた証を刻む。セレーナが目指したものとは、そういった存在証明なのではないか。それが村であり、土地であり、家族なのだ。

 昔話をして、アーロはそう感じた。

 そしてセレーナの遺志を継いだ形となるが、それを己も目指そうと決意をした。

 いつか自分が死んだ時、もしも会えたなら胸を張って言うのだ。どうだ、頑張っただろ、と。


「……」

「無理して理解しようとしなくてもいい。俺の考えだ。不貞だ冷血漢だと嫌ってくれてもいい」

「……うぅーん」


 ルナは唸るように腕を組み、考え込んでしまう。

 最愛の姉はもうこの世にいないということを知らされ、しかしその想いは好きや嫌いではなく家族という域まで昇華されており、色恋とは一線を画すという。

 さらには異世界の長耳族、エリーと既に交際まがいの関係を結んでいるということも知れ渡っている。

 彼女の心中は知る由もないが、混乱の極みであろうことは予想できる。


 しばらく考え込んで唸っていたルナは、やがて今までの重い雰囲気をかき消すようにばんと机を叩き、立ち上がった。

 まだ眼は涙のせいで腫れているが、その顔はいつも通りの活発そうな表情を取り戻していた。


「もう、分かんない! 考えるのやめ!」

「お、おう」

「結局! お父さんにとってお姉ちゃんは今でも大切な人なんだよね?」

「その通りだ」


 嘘偽り無く、アーロは胸を張り答える。

 ただただ大切な人。その表現はしっくりと来た。


「じゃあ、私は?」

「ルナか? もちろん、お前も大切な人だ」

「ふぅん。お姉ちゃんとどっちが?」

「……比べられるものじゃない。どっちもだ」

「順番はつけないで同列ってこと?」

「同列と言うともう順序があるな。同じだよ」

「同じね」


 ルナはふむと頷き、立ち上がったまましばし考えを巡らしていた。

 やがて何かを決意したのか、懐から小さな袋を取りだし、テーブルに置いた。


「それなら私も、お父さんのお嫁さんにして」


「……え?」


 小さな袋から取りだされ、アーロの目の前に差し出されるのは、白銀の指輪。傷も少なく錆びもない白銀鋼ホワイトメタルの輝きが煌めく。

 アーロには当然、見覚えのあるものだ。セレーナとの結婚指輪、その片割れである。しかしそれは冒険者時代の装備と共にしまっていたはずだ。


「どうして指輪これをルナが持ってる?」

「お父さんが冒険者だった時の荷物の中にあったの。きっと大切な物なんだろうって。お父さんが出張に行ってた時は、これを持って毎日家でお祈りしてたよ。やっぱり、お姉ちゃんとの指輪だったんだね……」


 外に持ち出したりはしてないよ、とルナはそっと指輪を渡そうとする。

 荷物を触ったことは何も咎めるつもりはないが、それよりも先の言葉が理解できず額に手を当てて考えるアーロ。


「ルナ、順番に教えてくれ……。さっきは何て言った?」

「お父さんのお嫁さんにしてください、って」

「……理由を聞こう」

「私も、家族にして欲しいの」

「もう家族じゃないか。父娘おやこだぞ」


 ルナは首を振り、寂しげに笑う。


父娘おやこだけど、違うよ。お父さんは最初、義務みたいにして私を養子にしたでしょ」

「……そうだな」

「やっぱり」


 アーロは否定はしない。

 ルナが十六歳になったらセレーナの事を話すという約束のため、預かるという気持ちが無かったわけではないためだ。

 孤児院では十六歳になる頃には自立が求められ、ほとんどの者は職を持ち独立していく。そうなってしまうと時間が取れなくなることを考え、アーロから提案したのだ。


父娘おやこは嫌じゃないけど、理由がそんな冷たいのは嫌。ちゃんと、私を見て」


 ルナの眼は真っ直ぐにアーロを見据えていた。

 これは嘘偽りのない、彼女の心からの想いなのだろう。

 白銀の指輪を差し出したまま、ルナはぽろぽろと大粒の涙をこぼした。


「お父さんの言ってる、死んじゃったから心の別の所にいるっていうのは、分からないよ。でも家族っていう考えは分かる。私と、お父さんと、お姉ちゃん。三人とも一緒の家族にしてよ」

「ルナ……」

「私もお父さんのこと、大好き。お嫁さんにして……。お姉ちゃんと一緒の、本当の家族にしてよ……」


 ルナは涙を流しながら、手にした白銀鋼ホワイトメタルの指輪を再度差し出す。

 アーロは迷い、考え、頭のなかで議論を交わし、そして。


「俺にとってルナは大切な、可愛い娘だ。少しだけ考えさせてくれ……」

「うん……」


 そして。

 白銀の指輪を受け取った。


ルナから婚約指輪(仮)を受けとりました。

 ルナとの関係が[本当の家族](仮)に変化します。

 


登場人物紹介

アーロ・アマデウス 25歳

 元嫁の話を聞かせていたら義娘(元義妹)に求婚された。

 得意の問題先送りで難を逃れる。


ルナ・アマデウス 16歳

 16歳になったので婚姻が可能。

 父であるアーロを慕う気持ちは愛だった。

 アーロを通じて、セレーナと三人で本当の家族になりたいと願う。

 かつては義妹。今は娘。そして嫁という三大属性を併せ持つ強キャラと化す。

 異世界の長耳女にお父さんを取られるもんか!



雑感

 さて『元嫁の話をしたら義娘に求婚された件』いかがでしょうか。


 嫁、とは娯楽界隈だとただの可愛さだったり、愛玩の対象として見られることが多いですね。


 私の思う嫁というのは、可愛さだけでは成り立ちません。空想なら別ですが。

 相手を想い、信頼し、100歳まで共に過ごす。酸いも甘いも共に味わい、苦難を乗り越え、さらにどちらかが最後を看取る。

 相手はこちらの家族に入ります。嫁入りです。

 あなたという船に乗り、舵を任せ、苦難の大海原をあと70年60年航海するのです。

 そんなとんでもない事が可能な関係を、嫁と言います。


 嫁とはただの情欲の対象ではありません。

 心の繋がり、互いに想い合う人ですね。

  

 そんな人、いるのでしょうか……(汗)。

 


 また、別離についても少し。

 親しい者を亡くした時には、まさに悲しみのドン底です。己の半身を失ったような感じになりますね。

 しかし人はそれを乗り越えます。

 なぜなら、亡くした者が残した物、思い出があるからです。

 想いは通じないですが、残る物はあるのです。

 

 楽しかったこと。嬉しかったこと。

 与えられたもの。与えたもの。

 そういったあれこれを胸に秘め、人は立ち上がります。

 忘れるとか、比べることはしないでしょう。

 心のどこか別の部分、大切なものの置き場所に仕舞われると思います。

 名前をつけて保存、です。だって家族ですから。上書き保存なんてできません。

 

 一人を幸せにできた人は、二人、三人を幸せにできるかもしれません。もちろん真摯に、心の繋がりを構築できた人とですね。

 好きや嫌いで分け隔てず世界中の人を愛することができれば、世界は幸せになります。きっと。

 


 つらつらと書きましたが、理解できないという方もいるかもしれません。

 不貞だ。気持ち悪い。最低。甘んじて受け入れます。

 でもこれからもアーロ君はいろんな人と心の繋がりを構築していきます。

 世界の繋ぎ手、愛の伝道師ですからー!


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200ブックマークや1万アクセスを越えました! ありがとうございます。

これからも更新頑張ります。

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