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過去話:解散

 大氾濫は終わった。


 多くの戦士たちの活躍と、勇者たちの犠牲、【閃光の勇者】ギルの活躍により、人の生息圏を脅かす怪物の群れは跳ね返された。

 戦士たちは人の土地、故郷を、街で帰りを待つ大勢の者たちを守ったのだ。


 戦いに散った勇者たちの亡骸は、北方砦を見下ろせる小高い丘へと埋葬された。

 一人一人墓が掘られて丁寧に埋葬され、丘にはそれぞれの馴染みの者たちの嗚咽と、神官の奏でる鐘の音色と安息の鐘の祝詞が響いている。


「じゃあな。セレーナ」

「団長。ゆっくり休んでくだされ」

「お嬢。たまには話をしに来るからな」

「セレーナさん。ありがとうございました」


 【夜明けの鐘】の面々もまた、亡き団長の墓を前にして別れを偲んでいる。

 彼らは重傷を負っていたが、術師の治療の甲斐あってその命を取り止めていた。


「少し前だ。セレーナは、自分の村を作りたいって言ってた。地図や歴史に載る、生きた証を残すんだ、ってな」


 小さな墓石を前にして、アーロは誰ともなくぽつりと言葉をこぼす。

 その寂しげな背中を、グロウズ、ガズー、リズが無言で見つめている。


「セレーナ村だとさ。川や山には皆の名前を着けるらしい」

「それは……なんとも」

「壮大な話だな。お嬢らしい」

「セレーナさん……」

「……それが、こんな何でもないところで終わるなんてな」


 『セレーナ・アマデウス

  戦士たちを守った真の勇者。

  安息の鐘の音とともに、安らかに眠れ』


 皆が見つめる小さな墓石には、素っ気なく名前と賛辞が彫られていた。

 墓石には自由に言葉を彫れると言われたが、誰も何も思いつかなかったためだ。

 セレーナの生き様を語るには、この小さな墓石は狭すぎる。そんなアーロの言葉に【夜明けの鐘】の面々も同意した。


 その後、皆で別れの言葉をそれぞれかければ、葬儀は終了である。

 墓の傍らにはセレーナの愛用した大剣が突き立てられている。そのほかの荷物は、亡骸と一緒に埋めてしまった。装備も荷物も、冒険者の認識証も、二つに割れた白銀鋼ホワイトメタルの指輪も、すべて。

 白銀の指輪の片割れは今もアーロの首元に揺れているが、これもどうするか、いずれ考えなければならないだろう。


 そして葬儀が終わっても、団員の誰一人としてその場から立ち去ることはなかった。


「これから……どうするんでさぁ?」

「さぁて、な」

「そうだな……。どうするかな」

「……また、また冒険しましょうよ!」


 リズが涙を浮かべて鼻声で、しかし気丈にも明るく提案する。


「たくさん冒険して、みんなでもう一回頑張って、一流冒険者を目指しましょう! それで、それで秘境を切り開いて村を作るんです! セレーナ村ですよ!」


 ふん、とやる気を出すリズ。

 それからそれから、と続きを口にしようとする小さな魔術師を、アーロは首を振って止めた。

 セレーナ村を作る。今は亡き団長の遺志を継いで、ということも、考えなかったわけではない。

 だが、アーロとしてはその選択は取るつもりがなかった。


「それはセレーナの夢だ。俺たちが達成しても、そこにあいつはいない。少し違う気がしないか?」

「えぇ。団長がいたから、ここまで来れたんでさぁ」

「みんな、お嬢に惹かれてたんだ」

「そうですけど。セレーナさん……うぅ……」


 別れを再度思い出したのか、ぐずぐずと泣き出してしまったリズを皆が慰める。

 セレーナは彼女なりに、何かを考えて村を作りたいと言っていたのだ。上っ面だけを真似て秘境を切り開いて開村を目指してみても、それはセレーナの思い描いた形とは違ったものになるだろう。

 冒険者旅団【夜明けの鐘】はセレーナの夢と、情熱に惹かれて集まった者たちで構成されていた。本人がいなければ、意味はないのだ。


 アーロは決心すると、セレーナの墓、団員の三人へと視線を巡らせ、宣言した。


「……副団長から提案だ。街へ戻り、【夜明けの鐘】を解散する。異論はあるか?」


 ガズーとグロウズは黙って頷き、リズは涙眼のまま渋々と了承する。

 セレーナの墓石の脇に突き立てていた大剣を引き抜き背負い、アーロは踵を返す。悲しみの声が響く丘を背に、一行は歩き出した。



  ◆◆◆◆◆



 団を解散するためにとりあえずは街へと戻る旨を北方砦の指揮官であるアインズへと伝えに向かえば、アーロは砦の中では上等な部屋に通される。

 そこでしばし待てば、左腕に包帯を巻きだらりと下げたアインズと、今日も全身鎧に身を包んだ【閃光の勇者】ギルが連れ立って現れた。


「待たせてすまない。事後処理が立て込んでいてな」

「よぉ。いつかの」

 

 からからと笑うアインズは、鼠色の髪色を持つ三十代付近の男だ。若くして北方砦の指揮官を務めるほど指揮能力は高く、さらに殿部隊として戦い抜き生還する実力者である。

 アーロはあまり覚えていないが、名乗りを上げた際の家名から、騎士や貴族出身の類だろうと推論づけていた。


 また【閃光の勇者】ギルは、今日もくすんだ灰色の全身鎧を外すことはなく、顔全体を覆う兜(フルフェイス)を被っている。

 誰も素顔を見たこともなく、あまり話さず声はくぐもっており歳のほども不明。だが粗野とも取れるその話し方から、おそらく男だろうと噂されていた。

 勇者ギルが同席することに少しだけ訝しみながらも、アーロは指揮官アインズに街へと戻ることを伝える。

 アインズは大きく頷くと、特務依頼の依頼状に任務完了のサインを記入し、手渡してきた。

 

「御苦労だった。しかし、【夜明けの鐘】はこの特務依頼を終えれば、団長が一流冒険者として認められるはずだった、か」

「そうだ。セレーナは、いないが」

「【銀星】。死ぬには惜しい人物だった。残念だな……」

「あぁ……」


 その後簡単な別れの挨拶を行い、依頼完了と記載された依頼状を手に、アーロは部屋を辞した。

 北方砦の指揮官であるアインズはもとより、【閃光の勇者】ギルもしばらくは北方砦に滞在し、辺境の警戒に当たるとのことだ。

 一応、アインズからは社交辞令のように軍に入らないかと誘われたが、今は答えられないとして丁重に断った。


 こうして【夜明けの鐘】は最後の冒険の舞台、北方砦を後にすることとなる。



  ◆◆◆◆◆



 一週間ほどかけて、辺境の北方砦からアガラニアへと戻ってきた【夜明けの鐘】の四人は、朝方に到着したその足で冒険者組合へと向かい、団の解散申請をした。

 いつしか顔馴染みになっていた受付嬢は、解散申請とセレーナの弔報を聞き「そうですか……。残念です」と短く返し、粛々と手続きを進めてくれた。

 さらに、今回の特務依頼も達成となり、先だって多額の報酬も支払われた。


 それをきっちり皆で五等分して分け、セレーナの取り分はアーロが受けとる。

 人の少ない明け方の時間帯とあってか、手続きは想定よりも速く終わる。一辺を大きく傷つけ、さらに失効という文字を加えて彫られた冒険者の認識証が返却され、所属の団が空白の新しい認識証が発行される。

 返却される四つの認識証と、ぴかぴかの新しい四つの認識証。セレーナの認識証は、ない。亡骸と一緒に墓に埋めてしまった。

 それでも書面上では失効となり、【夜明けの鐘】は正式に解散となった。


「案外、あっさり終わったな」

「それだけよくあるってことでさぁ」

「だろうな。冒険者ってのは危険な仕事さ」

「これで……終わっちゃったんですね」


 しんみりとリズがつぶやけば、四人の間になんとも言えない寂しい空気が満ちる。いつも明るく皆を励まし、率いたセレーナの明るい声は無い。

 【夜明けの鐘】をセレーナとアーロが旗揚げしてから八年。グロウズやガズー、リズが加わってからは数年ほどだろうか。

 様々な場所を冒険し、多くの未知を眼にして、幾多の謎を解き明かした。そんな冒険も、今日ここで終わってしまった。


「みんなは、これから行く先の宛はあるのか?」


 自らも目標や夢もないアーロだが、団員の身の振り方を心配した。

 団は解散したとしても、彼はいつまでも面倒見のいい副団長なのだ。


「あっしは、また放浪の旅に出ますよ」


 グロウズは穴の空いた盾を掲げ、まずは武具の調達ですがな、と小さく笑う。

 流浪の大熊、大盾の騎士グロウズ・グリズリーはもともと仕官先を探していた流れの騎士だ。セレーナの輝きに惹かれて冒険者をやっていたが、元の身分に戻り、またどこかで仕えるべき主を探すのだろう。


「俺は……。辺境に戻る。もう街にいる意味もないからな」


 辺境出身の野伏、ガズーは腕組みをして答える。

 彼もまた、セレーナの輝きに魅せられて辺境からついてきた者だ。

 彼は、もとの辺境の案内人に戻るか、狩りでもしながらゆったり暮らすさ、と何でもないように笑った。


「私は……。私は、少し考えます」


 灼炎の魔術師リズ・ランは迷いながら答える。彼女は普段の能天気さの通り感情が豊かで、また様子からは考えられないほど思慮深い。

 懐いていたセレーナとの別れの傷を癒すには、いましばらくの時間がかかるだろう。

 リズは、この街に知り合いがいるので、その人のところに転がり込んでゆっくりしますよ。と寂しそうに頬をかいた。 


「アーロさんは、どうするんですか?」


 リズが反対に問う。いや、ガズーもグロウズも心配そうにアーロを見ていた。

 自分たちよりも長く、深い部分で繋がっていたであろうセレーナを亡くし、アーロの心中も穏やかではないだろうと想像してのことだ。

 最悪、副団長が後追い自殺をしかねないと危惧していた。


「俺も、やることがある。教会にしばらくはいるつもりだ」

「教会ですか……。安心しました」

「本当でさぁ。一人になりたいとか言い出したらどうしようかと」

「後追い自殺か、怪物の虐殺者になるかと思ったぜ」

「お前ら俺をなんだと思ってるんだ……」


 アーロの返答に、皆はほっと息を吐く。

 教会といえば、故人を偲ぶ場所でもあるし、迷える子羊を導く場所だ。神父は説法により悲しみを和らげてくれるし、自らも祈ることで神の慰めもあるだろう。

 仲間たちからの心配されように肩を落とすアーロだが、いくらかはからかいが含まれているのだろうと苦笑した。

 ともかく、これからは各々別の道を歩むことになる。


「グロウズ。ガズー。リズ。今までありがとう。お前たちと組めて楽しかった」


 アーロは皆の眼を順に見ながら、今までの思い出を噛み締めるように話す。苦しいこともあったが、比べ物にならないくらい楽しいことの方が多かった。

 見つめ返す三人の眼も真剣だ。ここに、セレーナがいないことだけが悔やまれた。


「これからは別の道を歩むことになるが、俺たちは仲間だ。なにか困ったことがあったらいつでも話をくれ。冒険者組合か教会経由なら時間はかかるが、どうにか連絡がつくはずだ」


 冒険者としての登録が生きている限り、引退したとしても一定期間は冒険者認識証の所在がわかる仕組みになっている。また、本人がいると思わしき街などで人探しの依頼を出せばいいのだ。専門に担う者がいるほどその手の調査依頼は多い。

 そして教会はどこにでも、それこそ辺境の村や集落にさえある。多額の喜捨を渡せば街の教会まで手紙程度は届けてもらえるだろう。


「えぇ。どこかで会うことがあれば、また組んで仕事をしましょうぞ」

「いつでも辺境に来いよ。副団長の腕ならいい怪物狩人ハンターになれるぜ」

「アーロさん。みなさん。お元気で」

「おう。……また、な」


 しばし歩いた後、街の大きな道の交差で皆が別れる。

 グロウズとガズーが向かうのは冒険者御用達の商店街か、乗り合い馬車だろうか。リズは市街地へ足を向け、何度も何度も振り返りながら名残惜しそうに去っていった。

 アーロもまた、荷物を背負い直して歩き出す。


 まだ、彼にはやることが残っている。

 セレーナのことを伝えるべき相手が、街にいるのだ。


冒険者旅団【夜明けの鐘】が解散しました。

それぞれのメンバーは無所属となります。


登場人物紹介


グロウズ・グリズリー 28歳

 【流浪の大熊】

 大盾と戦鎚を軽々と取り回す重装騎士。

 セレーナを仕えるべき主と考え、ついて回っていた。


ガズー 22歳

 【戦場の鷹】

 野伏にして元は辺境の案内人。時々怪物狩人(ハンター)をやっていた。

 【夜明けの鐘】と一時的に行動を共にしたが、無理やりついてきた。


リズ・ラン 18歳

 【灼炎の美少女魔術師】

 炎を扱う魔術師。

 セレーナとアーロの様子を見て、面白そうだからとついてきた。

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200ブックマークや1万アクセスを越えました! ありがとうございます。

これからも更新頑張ります。

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