過去話:冒険の日々 (挿絵あり)
冒険者になってからというもの、アーロとセレーナの二人はがむしゃらに働いた。
「見つけた! そっちに向かったわよ!」
「わかってる! この! 捕まえたぁぁっ!」
あるときは街中で迷子の飼い猫を探しだして捕獲し。
「アーロ。ビビってるんじゃないわよ!」
「そう言うなら服の端を握らないでよ。歩きにくい。怖がってないで進むよ」
「こここ怖くなんてないわ! 暗いから慎重に進みなさい!」
あるときは手に待つ松明の灯りだけを頼りに真っ暗な遺跡を探索し。
「アーロ! 茸があったわ! こんなに!」
「うーん。これは食べると毒、これも毒、これは食べると死ぬ猛毒。薬草採集なんだから真面目にやってよ」
「もう! 草の見分けなんてつかないわよ!」
「セレーナは茸の見分けもついてないじゃないか」
あるときは未開の森へ遠征し珍しい薬草を入手した。
二人の冒険はそれだけではない。
「がははは! 口ほどにもないなヒヨッコども!」
「まだまだぁっ!」
「セレーナ、まっすぐ突っ込み過ぎだ!」
「んなこと言ってないでアーロも攻めなさいよ! 弱虫!」
「そうだぁ! 戦場じゃ脚を止めた奴から死ぬ! 弱虫チビり虫は死ね! それが嫌なら動け! 狙え! 殺せぇ!」
「この筋肉ダルマぶっ殺す!」
初回の依頼からなぜか気にかけてくれる先輩冒険者、ボルザから厳しい戦闘訓練を受け、戦いのいろはを学んだ。
「本当にこれでいいの?」
「あぁ。一番安くて実用的だからな」
「ふぅん。あ、店員さん! この[鉛の腕甲]ってやつください!」
「あと俺は鎧と、外套と、靴かな。セレーナは?」
「私はこの大剣にしたわ!」
「え、高そうな……。他の装備は?」
「お金が足りないから買えなかったわ!」
「全身の装備を揃えるって相談したよな!?」
貯めに貯めた貯金をはたいて冒険者としての装備を整えた。
人造とはいえ闘装と、魔術紋を刻んで性能を上げた大剣だ。その他にも頑丈な鎧や衣服、小盾、夜営の設備なども良いものを揃える。
三流から二流冒険者へ上がるための登竜門、良質な装備に身を固めるということは達成と言えた。
そうした地道な努力を必死に続けた後のことだ。
──セレーナ・アマデウスを二流冒険者として認める。
──アーロ・アマデウスを二流冒険者として認める。
「うぅー! やったわね!」
「あぁ。でもこれからだぜ!」
「もちろんよ! 目指せ一流冒険者よ!」
アーロとセレーナの二人が冒険者になって四年ほど。互いが二十歳になるころには、三流冒険者から二流冒険者へと格を上げていた。
この頃から【夜明けの鐘】の活動区域は都市の周辺から辺境へと移りつつあった。
多くの冒険者が馴染み深い都市部から離れられずそれなりの活動を続けることを選択するなか、二人は迷うことなく都市部から離れることを選んだのだ。
「我らが団長、セレーナ嬢に乾杯!」
「【夜明けの鐘】は今日も響く!」
「麗しき【銀星】に乾杯!」
「やめてよ! 恥ずかしい!」
また、頼もしい仲間、新しい団員も増えた。
セレーナの持ち前の明るさは人を惹き付け、また引っ張っていく力があった。そのひまわりのような笑顔を募り、流浪の騎士が、変わり者の魔術師が、辺境の野伏が団に集った。
また団長であるセレーナは【銀星】とあだ名され、二流冒険者の中では期待の的だった。
「私は【銀星】より、アーロと一緒に【双銀星】とかがいいわ! 髪の色が一緒だし!」
「ひゅー! おあついねぇ!」
「だけど団長さん、残念! アーロさんにはもうあだ名がついてるの!」
「そう、団長がよく言ってる【弱虫】アーロ副団長でさぁ!」
「……お前ら、減給だ。支給の飯も減らす」
「なんてこった! 干上がっちまう」
「あ、アーロさん怒ってる! ごめんなさい!」
「副団長! 減給だけは勘弁を!」
「そうよそうよ! 可哀想じゃない!」
「セレーナはどっちの味方だよ?!」
変わり者で構成される冒険者旅団【夜明けの鐘】はいつも賑やかだった。
そしてその中心には、いつもセレーナとアーロがいた。
「セレーナ! 大事ないか?!」
「……なんとかね。いたた」
「ほれ、肩を貸せ」
「ありがと。みんなはどう? 他の怪物は?」
「なんとか撃退した。団員も集落も無事だ」
「そう! よかった! 確かボルザも傭兵団と来てたわね」
「あぁ。怪我ひとつなくピンピンしてたぞ」
「ちっ!」
またあるときは辺境の集落に襲い来る怪物の群れを籠城しつつ撃退した。
籠城戦では多いとは言えない人数で集落を守りきったこと、他のいくつもの冒険者旅団をまとめ上げて指揮を取った手腕が評価され、【夜明けの鐘】の名声は一気に高まった。
またこの頃には、アーロは自身の持つ不思議な力に気が付いていた。
《守りの力》
何かを守るために戦う時、全身から白銀の燐光が零れ落ち、アーロの力を引き上げるのだ。
燐光を鎧や盾に纏えば受ける攻撃の威力を減衰し、剣へと伝わせればその鋭さを上げ、拳に纏えば打撃力を上げ、相手に叩きつければ驚くべき爆発力を生み出す。
守るための力。天からの贈り物としてそれを使いこなすアーロは幾度も力を振るい、セレーナを守ることとなった。
そしてその後もさまざまな場所を冒険し、出逢いと別れを経験し、アーロとセレーナが二流冒険者となって四年目、二十四歳のことだ。
──冒険者旅団【夜明けの鐘】へ特務依頼を任ずる。
──北方砦付近にて怪物の大氾濫の兆候あり。至急調査と警戒任務に就け。
──任務期間満了の暁には、団長セレーナ・アマデウスの一流冒険者への昇格を認める。
【夜明けの鐘】に舞い込んで来たのはアガラニア、国からの特務依頼だ。
そして、これがアーロとセレーナの冒険者稼業、【夜明けの鐘】としての最後の任務となる。
◆◆◆◆◆
「……少し、休憩するか」
「……うん」
そこまで一気に話し終え、アーロは一息ついた。
己の人生を振り返るようなこの話は、長いようであっという間である。
甘いケーキは残り二切れとなり、コーヒーとココアはすっかり冷めてしまっていた。
「お姉ちゃん。楽しそうだね」
「あぁ。あいつはいつも楽しそうに笑っていた。悔しくて泣いたりもしたが、悲しくて涙を流したことはなかったんじゃないか」
ルナの溢した感想に、アーロも同意する。
先ほどまで話していたのは、アマデウス孤児院でのルナの姉、セレーナとの旅の物語だ。
歳も十ほど離れており、髪の色もルナが栗色、セレーナは銀色と全く違う。しかし孤児院には同じ日にやって来た。それだけで院のなかでは姉妹として扱われ、また当人たちも本当の姉妹のように仲が良かった。
しかし、セレーナは孤児院を飛び出してからというもの、一度も孤児院へ帰ることはなかった。
冒険者として軌道に乗りいくらか余裕ができた後、ルナに宛てて手紙は頻繁に送っていたし、手紙を届けた際にアーロが司祭に断ってルナを連れ出し三人で買い物や食事をしたりもしたが、ついぞ孤児院の敷地をまたぐことはなかった。
孤児院を出ていく。帰らない。飛び出した日にそんな啖呵を切ったことをセレーナは意地になって守っていたのだ。
「……ルナ。ここらで止めておこうか。ここまでなら、楽しい思い出話で済む。また、機会を改めて話さないか?」
「お父さん、だめ。約束は守って。最後まで聞きたいの」
ルナは静かな声で、しかし有無を言わせぬ口調で頼み込んだ。
その姿と主張を曲げない頑固さは、姉であるセレーナにそっくりであった。
アーロは降参だ、とでも言うように肩をすくめ、二切れのケーキをそれぞれの皿へ取り分けた。
これからの話は、やはり甘いケーキで思考を騙さねば気分が沈んでしまうだろう。
「そうだな……。まず、楽しかったことから話そうか。特務依頼を受けて、準備のためにこの街で装備を整えた時のことだ……」
そうしてアーロが語り出すのは、【夜明けの鐘】の最後の物語である。




