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過去話:旅団【夜明けの鐘】

「ほら、できたぞ」

「やったわ! これで私たちは冒険者よ!」


 銀髪の少年、アーロが掲げて見せたのは細い鎖に繋がれた冒険者の認識証だ。

 それを見た銀髪の少女、セレーナは手を叩いて喜びを表す。

 二人がいるのは、アガラニアのとある冒険者組合の支部である。今しがたなけなしの持ち金を払い冒険者としての登録を行い、アーロは打刻されたばかりの認識証を受け取ってきたのだ。


「団の名前はこれでよかったのか?」


 アーロが掲げる認識証には、それぞれの名前と【夜明けの鐘】という団の名前が記されていた。

 団長はセレーナ。団員はアーロの二人のみ。当然、三流冒険者だ。


「これでいいのよ。私、夜明けの鐘って好きよ。今日も楽しい一日が始まる、って思えるもの。私たちは今日から冒険者旅団【夜明けの鐘】よ!」


 この団の名前だけはセレーナが譲らなかった。

 今朝がたの旅立ちと逃走劇の間も、ずっと街には夜明けの鐘が鳴り響いていた。それを、自らの旅路を祝福する音色と思っているのかもしれない。

 アーロとしても、長年教会と孤児院で過ごし慣れ親しんだ名前と音色だ。否定する要素は無かった。


 こうして、アーロとセレーナ、二人の三流冒険者旅団【夜明けの鐘】は結成されたのである。


 ちなみに、冒険者はその目的により何かしらの団、と自称することが多い。

 遺跡の発掘や迷宮への挑戦といった未知の調査ならば調査団、戦争への荷担や雇用されての都市防衛や治安維持などを行う場合は傭兵団、秘境の冒険ならば旅をするとして、旅団と呼称するなどだ。

 英雄譚のような冒険をするんだ、というセレーナの強い希望もあり、【夜明けの鐘】は旅団と自称することになった。


「どうだ? 良さそうな依頼はあったか?」


 名前の記載と旅団の名称を決めた後、登録に関しての説明が始まるとセレーナは速攻でいびきをかき始めたので、その辺のテーブルで待ってろと言われ、壁かけの掲示板にびっしりと張られた依頼状を眺めていたのだ。


「もちろん! 【夜明けの鐘】の旗揚げにふさわしい依頼があるわ!」


 背伸びをしたセレーナは依頼状を剥ぎ取ると、自信満々に紙をテーブルの上に叩きつけた。


「竜の退治よ!」

「返してこい」


 辺境に生息する亜竜の調査と討伐。

 報酬と名声をどちらとも得られるがその分危険で、腕に覚えのある冒険者でも滅多に受けない依頼である。

 動きやすい平服にたっぷりの荷物、腰に吊るすのは小さなナイフ。間違っても三流冒険者の二人が初回に受ける依頼ではない。


 アーロはすぐさま依頼状を返してこいと突っ返した。

 彼としてはいつ司祭が追いかけてくるか気が気ではなかったので、早めに適当な依頼を受けて冒険者組合を離れたかったのだ。

 しかし、ぶーたれるセレーナを説き伏せ、一緒に依頼を見ようとしていたときのことだ。


「おーいおい! こりゃあたまげたな!」


 登録したばかりの新人が依頼を前に揉めているのが眼に留まったのだろうか、組合の中でくつろいでいた筋骨隆々の大男が近づいてきた。


「その歳で冒険者やるたぁ、見込みのある坊っちゃん嬢ちゃんだな! 腰に下げてるのは竜殺しのナイフかい?」


 でかい。

 街で十五、六歳の同年代と比べても上背はあるアーロが見上げるほどの大男であり、その笑い顔は凶悪で威圧感があった。パンパンに張った二の腕は子供の腰程の太さがある。

 自然、セレーナを後ろに庇い、自らが盾となるアーロ。

 それを見て大男はおや、と面白そうに眼を細めた。


「へぇ……」

「何か用ですか?」

「いや、なに。新人が困っているようだからな。先輩からありがたいアドバイスをやろうと思ったわけだ」


 大男はへらへらと笑いながらテーブルの上に置かれた依頼状を手に取り、ぺらりとひらめかせた。


「亜竜の調査と討伐、ね。お前さんたちにはちょいと早いんじゃないか?」

「知ってます。取り換えますから返してください」

「懸命だな。冒険者は身の丈に合わない依頼を選ぶやつから死んでいく。腕や脚を無くしてからじゃ遅いぜ」

「ありがたいお言葉、参考にします」


 そんなことないわよ! と騒ぐセレーナを無視して、アーロは大男と真っ直ぐ向かい合う。

 この大男は見た目から暴力に慣れており、お近づきになりたくはないタイプである。丁寧だが、語気は強い硬質な話し方になった。


「そう睨むなよ。どれ、駆け出しのお前さんたちにふさわしい依頼を俺様が選んでやろう」

「結構です」

「がはは! そう遠慮するな!」

「あ、ちょっと!」


 大男は何が楽しいのか、大声で笑いながらのしのしと掲示板に張られた依頼状の束へと亜竜の調査と討伐の紙を貼り直し、代わりに別の依頼を剥ぎ取って受付へと持っていく。


「依頼を受けるぜ。お嬢さん。受付を頼む」


 すると受付に座っていた女性は半眼になって大男を睨んだ。

 さきほどアーロたちが冒険者としての登録をした際に応対をしてくれた受付嬢である。

 ほっそりとした顔立ちに、泣きぼくろと眼鏡が似合う。アーロを子供だと軽くあしらわず対応してくれた、若そうだがしっかりとした印象の女性であった。


「……あなたは、謹慎中のはずですが?」

「俺が受けるんじゃねぇ。あのおチビさんどもよ。俺は子守りだ」

「──だ、そうですが。どうしますか?」


 受付嬢はアーロとセレーナへと視線を向ける。

 無理とも断れとも言わないその様子に、騙されるようなことでもないのか? と勘ぐるアーロ。


「うん、いいわよ!」

「っ! おいセレーナ!」


 そんな悩むアーロをよそに、セレーナは二つ返事で了承した。


「もっと考えて返事しろよ! あの筋肉ダルマみたいな男、どう見ても怪しいじゃないか!」

「おーい聞こえてっぞ。小僧」

「……筋肉ダルマ。ぷっ」

「面白そうじゃない! こういうの、お話でよく読んだわ! 冒険者の通過儀礼ってやつよ!」


 だけど、と言いすがるアーロを手で止め、セレーナは大男にびしりと指を突きつける。

 もうこうなったら止まらないのがこの少女だ。アーロは思わず頭を抱えた。


「私は【夜明けの鐘】の団長、セレーナよ! 先輩さん? あなたも冒険者なら、名乗りなさいな」

「はん。【ボルザック突撃傭兵団】団長、ボルザだ。よろしくな新顔ルーキー


 筋骨隆々の大男、ボルザから差し出されたいわおのような手を、セレーナの細い手が握る。

 大人と子供、というより熊と小犬というほどに背丈の違う二人はお互いに笑いあった。


「だっさい団名ね!」 

「うるせぇ。名は体を表すんだよ。お前さんらも変に小洒落た名前を付けると後で苦労するぞ?」

「おあいにくさま。いつか国中に響く団名よ。それで、選んだのは私たちにふさわしい依頼なんでしょうね? 古代の財宝探しとか、迷宮探索とか、そういうのじゃないと却下よ」

「まぁ、そんなもんだ。任せとけ」


 ボルザは受付嬢を見やり、首もとから自らの認識証を取り出して見せつけた。


「了承は取れたぞ。【夜明けの鐘】と【ボルザック突撃傭兵団】の提携パーティーを申請する。指揮権は【夜明けの鐘】、依頼達成の報酬と実績もそっち持ちだ」

「承知しました」


 とんとん拍子に進む会話に口の出せないアーロ。

 その肩を軽く叩き、セレーナはにんまりと口角を吊り上げた。


「さぁ。冒険の始まりよ」



 ◆◆◆◆◆



 炎天下の街中で、アーロは泥にまみれてショベルを振っていた。

 水を多分に含んで半液状になった泥は、重い。それを掬っては網目の荒い籠へ入れていくのだ。単純作業だが、重労働だった。


「これの、どこが、古代の財宝探しよっ! 嘘つき!」


 セレーナの役目は籠に入れられた泥を、近くの井戸から汲んできた水で洗い流しながらふるい、中にあるゴミや何だか分からない物を選り分ける作業である。

 革手袋をしているとはいえ、泥にまみれた落ち葉などのゴミを掻き分けるのは嫌になるのだろう。


「みたいなもん、って言ったろ。きりきり働け。若いんだからな」


 ボルザと名乗る大男は建物の影になっている場所で壁によりかかり、二人が汗を流す様子を愉快そうに眺めているだけだ。

 子守と言っていた通り、アドバイザーという立ち位置は崩さず、手伝う気は全くないらしい。


「このっ、筋肉ダルマ! あんたも手伝えば早く終わるんじゃないの?」

「セレーナ。シャベルも手袋も貸してもらってるんだから、あんまり言うなよ」

「おぉ、アーロとか言ったな。お前はきっと現実を見れるいい男になるぞぉ。冒険者なんてのは夢見がちな馬鹿が多いからな」

「それじゃああんたは馬鹿の親玉ね!」

「そうとも! そしてお前さんらも今日から馬鹿の仲間入りだ! ようこそ馬鹿の世界へ! さぁ喋ってても仕事は進まんぞ。きりきり働けぇい!」


 皮肉をあっさりと返して、がっはっは! と豪快に笑うボルザ。

 口を動かしても作業は進まず、余計に疲れるだけだと悟ったのか、セレーナは口をつぐみ黙々と泥をかき分ける作業に戻った。

 アーロもまた、泥を掬って籠へと入れる作業を繰り返す。



 紛失してしまった結婚指輪を探して欲しい。


 それが、【夜明けの鐘】が始めて受ける依頼だった。

 依頼人は歳の頃三十歳ほどの夫婦だ。なんでも街中での夫婦喧嘩が本気の喧嘩に発展し、ついには旦那が怒りだして結婚指輪を側溝へと投げ捨てたらしい。負けじと妻も指輪を外して明後日の方向へ放り投げ、さらに殴り合いの喧嘩にまで展開したのだという。

 あらためて冷静になった時には二人ともが己のしたことを後悔し、指輪を探して欲しいという失せ物探しの人を募った、かなり掲載の新しい依頼である。


 ボルザの言う宝探しというのもあながち間違いではない。夫婦にとっては価千金の品を探す仕事であった。

 投げ捨てた側溝の泥の中の捜索は若い冒険者たちに任せ、夫婦は今ごろ血眼になって記憶を便りに街を探しているところだ。


「安くない金を払ってでも結婚指輪を探したい。いい話じゃねぇか……。見つかればな」

「じゃあ、喧嘩しなきゃいいのに。ねぇ、これって達成できないとどうなるの?」

「安心しな。拘束期間は一日。途中で夫婦が諦めればそれで終了。失敗ってのはない仕事だぜ」

「……意外と中身を見てたんですね」

「あったりめぇよ。冒険者の基本は観察だ。覚えとけよ」


 ボルザはその他に暇潰しなのか、仲間は大切にしろ、仕事には真摯に向き合え、いい話には裏がある、など冒険者の心構えを話して聞かせる。

 彼は見かけによらず面倒見がいいようであった。どぶさらいには一回も加勢しなかったが。


「投げ入れたのはほんとにこの側溝なんでしょうね!」

「間違いないらしいけど」

「らしい、けど、ってはっきりしなさいよ!」

「人に当たるなよお嬢ちゃん。周りの住民には確認済みだ。殴り合いの喧嘩をした夫婦はたしかにこの場所で言い争ってたってよ」

「むぅー! でも見つからないじゃない!」

「セレーナ。唸ってないで探して」

「アーロこそ! さっさと掬って見つけなさいよ!」


 そうして側溝に溜まった泥は根こそぎ掬われ、陽は傾き街が赤く染まる頃まで二人は捜索を続けた。


 結局、指輪は見つからなかった。





 日中に街を走り回った夫婦はどうやら片方の指輪を見つけたようだ。一つだけでも見つかってよかった、と悲しげに労ってくれたが、アーロもセレーナも申し訳ない気持ちでいっぱいであった。

 泥の中から指輪は見つからなかったが、夫婦は依頼状に達成のサインをしてくれた。あとはこれを冒険者組合へと提出すれば報酬が支払われるという。


「ま、そんなこともあるわな。今回は運が無かっただけだ、気にすんな。宝探しにはつきものだぜ」


 依頼の完了を見届けた後、ボルザはうな垂れる二人を軽く労い、籠やショベルを担ぎながら去って行った。

 その背に、三人で探せば違った結果になったのではないか、と思わず声をかけそうになり、アーロは堪える。

 責任転嫁だと感覚的には分かっていたからだ。彼はあくまで見守り人だった。


 【夜明けの鐘】の初仕事は失敗こそしなかったが、成功とはとても言えなかった。


「残念だったね」

「……なんで、ないのよ」


 アーロが声をかけるが、夕陽のなか、セレーナは立ち尽くしたまま拳を震わせていた。

 悔しさ、申し訳無さ、やり場のない怒り、そんな感情が渦を巻いているようであった。


「泥は全部掬ったよ。見つからないなら、無いんだ」

「……探すわよ! もう一度! 全部!」


 くっと顔を上げたセレーナは叫び、地面に山となって積まれた泥を手でほじり始めた。

 籠もショベルも手袋も回収されてしまったため、手が汚れるのも構わない様子であった。


「アーロも手伝って!」


 怒鳴るようにそう叫ぶセレーナの瞳には、涙が浮かんでいた。

 依頼は完了にしてくれたから、もういいじゃないか。そんな言葉を思わず飲み込むアーロ。

 これは無駄とか労力とかの話ではない、意地だろう。少女が意地を張ったら、納得するまで考えを曲げないことを少年はよく知っていた。

 いつもアーロはこの銀髪の少女の意地に振り回されている。いや、付き合っていると言える。放っておけないのだ。


「分かった。暗くなるまで続けよう」

「見つかるまでよ! この、泥が固まってる! もう!」


 昼間の炎天下に晒された泥はすっかりと水気が飛び、泥から砂の塊へと姿を変えていた。

 それを手で叩き足で踏みつけながら苛々とした声を上げるセレーナ。

 その様子を見て、アーロの頭にとある案が閃いた。


「セレーナ! ちょっとどいて!」

「なによっ!」


 いきなりなんだと訝しむセレーナを前に、アーロは水気が抜けて砂の塊になった物を堀りだし持ち上げ、地面へと叩きつけた。

 泥はもともときめの細かい砂なのだろう。塊は粉々に砕け、周囲に小さな破片を撒き散らした。

 それらを踏みつけて砕いて回り、さらにアーロは次の砂の塊を叩きつける。


「アーロ、あったまいい!」


 ここまですれば、セレーナにも意図は伝わったのだろう。同じく乾いた泥の成れの果てを地面へ叩きつけ、中身を探す。

 そして──。


「見つけた! あったわよ!」


 セレーナが砂塊の中から掘り出したのは、夕日を受けて煌めく宝物であった。



 ◆◆◆◆◆



 宵の街に安息の鐘の音色が響き渡るなか、アーロとセレーナはくたくたになった身体を休めていた。

 しかし疲れてはいたが、二人の顔は晴れやかだ。


 指輪を探し出した後、依頼主である夫婦を探すためにアーロとセレーナは冒険者組合へとすぐさま駆け込んだ。

 街は既に暗くなりかけていたが、冒険者組合は四六時中いつでも開いているのだ。

 たまたま受付をしていた、依頼を受けるとき手続きをした女性職員が取り次いでくれ、指輪は無事夫婦の元に届けられたのだ。


「ありがとう! 君たちは恩人だよ!」

「感謝します!」

「初の依頼達成ですね。おめでとうございます」


 依頼主と受付嬢からそれぞれ言葉をかけられたときの嬉しさは言葉では表せないものであった。

 少しばかり色を付けてもらった報酬を受け取り、二人は満足気に冒険者組合を後にした。

 そして、組合員ならば格安で使用できる宿に転がり込んだのが、つい先ほどである。


 一日中働いていたので汗だらけの泥まみれ、さらに肉体的な疲労もあるが、辛くはなかった。むしろ不思議な充実感と達成感を感じていた。

 水と布巾を借りて汚れを落とし、安くて量だけはある晩飯をかき込み、粗末なベッドと毛布のある狭い部屋で身体を休める。当然、相部屋である。

 もともと孤児院の上等とはいえない生活に慣れている二人だ。全体的なボロさに文句も言わず順応している。

 軋みを上げるどころか二人の体重で壊れそうな木製のベッドに並び、一枚しかない薄い毛布を被る。荷物としてランプを持ち込んでいるが油の節約のため、今はつっかえ棒をする簡易の窓からの月明かりが部屋を照らしているのみだ。


「私たちって、宝探しの才能があるのかもね!」


 寝転びながら、もう本日何度目の話かは分からないが、セレーナはうきうきと依頼のことを口にしていた。

 その様子は冒険者としての初の依頼が達成できたことよりも、指輪が見つかったこと、夫婦が喜んだことがなによりも嬉しいという雰囲気であった。

 そしてそれは、アーロも同様である。


「ないね。セレーナが見落としてたけど、僕の機転で見つかったんだ」

「私が投げた塊から出たのよ! それなら功績は半々よ!」

「あーはいはい。それでいいよ」

「分かればいいのよ!」


 冒険者組合を出てからずっとこんな調子である。

 二人は冒険者仲間というよりも、仲の良い兄妹のようであった。

 もともとが孤児院で歳が近いこともあり、不思議と気が合ったのだ。これからの冒険者業も楽しくやって行けるだろう。

 ひとしきり話し終えれば、セレーナはふと思い出したかのように問うた。


「……ねぇ、アーロ。後悔してない?」

「後悔? なんで?」

「あんたさ、私が連れ出したようなもんじゃない。朝から走って、昼からは泥まみれで、それでいいの?」

「うーん。僕は生きてるだけで幸せだからなぁ」

「それだって分からないわよ。冒険者なんて不安定な職業、アーロは嫌いそうじゃない」

「そのときはまた考えるさ。今はご飯が食べれて、寝るところがあって、人に喜んでもらえる仕事ができた。それでいいじゃないか」

「はぁ。あんたって、ほんと、欲が無いのね」

「足るを知ってるんだよ。それに……」

「……それに?」

「セレーナについていけば、とびっきり楽しい人生にしてくれるんだってね?」


 今朝の孤児院からの出立の際に聞いた台詞だ。

 アーロが悪戯のように言えば、セレーナは呆気に取られたように呆けた後、自信満々に頷いた。


「もちろん! 誰も見たことがない場所に行って、誰も経験したことのない冒険をさせてあげるわ。あんたが普通に一生働いたって手に入れられないお宝も、吟遊詩人に歌われるような名声も、望むままよ」


 彼女のその自信はどこから来るのかは、アーロにとって永遠の謎であった。

 その謎を解き明かすことができるだけでも、一緒にいる価値があると思えるほどだ。


「期待はしないけど、楽しみにしとくよ」

「あ! 信じてないわね。約束してもいいわよ」


 セレーナはそう言って自信満々に己の小指を立てた。

 やれやれと苦笑し、アーロもその細指に自らの小指を絡める。


「私たちは一流冒険者になる。絶対に、なにがなんでも。それで、英雄譚みたいな冒険をするわ。秘境を探索して、竜を倒して、迷宮に潜るの。国中の人たちが【夜明けの鐘】の功績を讃えて、子供たちの憧れの的よ。きっと絵本や小説、舞台にもなるわ! それから──」


 語るうちに先程よりも野望がどんどんと加えられていく。少女の膨らむ野望は尽きぬようで、アーロは長い間にこにこしながら耳を傾けていた。

 その小指は固く結ばれており、解けることはないように思われた。


「──そしていつか、勇者ギルみたいになるわ! 聴いてる? アーロ」

「聴いてる聴いてる」

「なら相槌くらい打ちなさいよね! そうだ! アーロも約束しなさいよ」

「僕も?」

「そう! 私にこれだけ約束させたんだから、あんたも何か誓わないと不公平よ。そうね、今まで言ったこと全部達成するまで、見届けるとかはどうかしら?」

「うん。いいよ。約束する」


 見届ける。つまり、少女の語った夢物語を達成するまで、一緒にいるということだ。

 はて、先ほどのついていくとかいう話と何が違うのか、とアーロは内心首を傾げたが、まぁ同じことだろうと二つ返事で了承した。


「絶対よ! あんた弱虫だからって、途中で逃げたり冒険者やめたりしちゃダメよ!」

「分かってるよ。昔から、セレーナが何か悪さして怒られる時は一緒にいたじゃないか。逃げないよ」

「……ふんっ! ならいいわ!」


 お互いの約束が済んだためだろう。セレーナは絡めていた小指を離し、今度は手をしっかりと握りしめた。握手の形だ。


「約束したわよ。明日からもばりばり依頼をこなすわ。覚悟しなさい」

「うん。よろしく。セレーナ、団長」

「……よろしくね。アーロ」


 おやすみ。


 二人はどちらともなくそう言って、眠りについた。

 その手は、繋がれたまま。



 冒険者旅団【夜明けの鐘】の活躍は、この時から始まったのだ。


登場人物紹介


アーロ・アマデウス 15歳

 【夜明けの鐘】の団員。

 あったまいい。


セレーナ・アマデウス 16歳

 【夜明けの鐘】の団長。

 負けず嫌い。 

 

ボルザ・ボルザック 27歳

 【ボルザック突撃傭兵団】の団長。

 【ボルザック突撃】傭兵団ではない。

 ネーミングセンスがダサい。


雑感

 ちなみに【夜明けの鐘】はどぶさらいの依頼は受けていないので、散らかした泥や砂は放置です。

 依頼達成を一番に考える冒険者の鑑ですね。

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これからも更新頑張ります。

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