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ルナの誕生日

 今日は、ルナの誕生日だ。


 愛しい娘の記念すべき日。そしていつも生活面で迷惑をかけていたり、しばらく離れて寂しい思いをさせたこともあり、アーロは奮発して誕生日を祝うことにした。

 朝から市場を駆け回り七面鳥の肉と取れ立ての野菜、上等な白パンを手に入れ、前々から菓子屋に頼んであった砂糖をたっぷりと使ったケーキを揃えたのだ。

 

 夕方は二人で仲良く家の厨房に立ち、七面鳥の丸焼きと新鮮な野菜サラダ、たっぷりのスープを用意する。

 晩餐には脂が程よく乗り肉の味が染み出る肉、上品な甘さのある白パン、豪勢な料理の出来映えに舌鼓を打ち、二人きりだが賑やかな宴会を楽しんだのだ。

 そして、贅沢に砂糖を使ったケーキに揺れる蝋燭は十六本。


「ルナ。誕生日おめでとう」

「ありがとう。お父さん!」


 十六歳の誕生日を祝う二人は、歳が近いことを除けば仲の良い親子そのものだろう。お互いのことを信頼し、尊敬し合っている。

 大きなケーキを切り分けるルナ。アーロはコーヒーを淹れ、愛娘にはホットココアを差し出す。

 やがて準備が整った時、ルナはいつになく神妙な顔で切り出した。


「……お父さん、わたし、十六歳になったよ。もう大人だよね」

「あぁ。そうだな」


 アガラニアでは、十六歳を迎えた者は大人と同列に扱われる。

 貴族なら紳士淑女として、商家や大工では下働きから一人前の働き手として、孤児院では庇護を受けずに自立することが求められるのだ。


 そしてルナも早いもので十六歳である。

 もう子供ではない。一般的な職に就くことができ、婚姻も認められている。

 しかしこの十六歳というのは、ルナにとっては別の意味を持つ。


「約束だよ。お姉ちゃんのこと、聞かせて」


 かつて、アーロとルナはある約束を交わした。

 ルナが大人と認められる歳になったら、その姉のことを話す、と。


「あぁ。約束は守る。だが、祝いの席で話すほど楽しい話にはならないぞ」

「それでも聞きたいの、お願い」

「……わかった。辛くなったら止めるから、言ってくれ」


 いつになく真剣な顔でそう頼まれれば、アーロも話さないわけにはいかない。

 これから話すのは、結末の決まっている悲しい話だ。

 ほろ苦いコーヒーに顔をしかめながら、甘いケーキで気持ちを誤魔化しながら話すくらいがちょうど良い。


「そうだな……。まず、始まりから話そう。ちょうど十年前。はじめて開催された【時紡ぎの勇者の誕生祭】が終わったくらいの時だ──」


 そうして、アーロは語り出す。

 これは懐かしく、楽しく、そして悲しい昔話である。



 ◆◆◆◆◆



 アガラニアの街に今日も夜明けの鐘が鳴り響く。

 市街地の三十六区も、それは同様だ。

 夜明けを告げる厳かな鐘の音が響く街で、二人の少年少女が息を潜めていた。


「ねぇ、本当に行くの?」


 小声でそう声をかけるのは、銀髪の少年。

 不安げにあたりを窺うたれ目から、なんとも気弱そうな印象を受ける。


「当たり前よ! びびってんじゃないわよ」


 そんな少年の肩をばんと叩き気合いを入れるのは、同じく銀髪の少女である。

 意志の強そうな整った顔立ちには覚悟と、これからの出来事に対する興奮と、少しだけの不安が見てとれた。


 銀髪の少年少女が隠れ潜むのは、とある教会に併設されている孤児院の軒下だ。

 いつもならば夢の世界に浸り涎を垂らしているところを鐘の音で叩き起こされる頃合いだが、今日は違っていた。

 二人の服装は動きやすい平服であり、腰や背にはパンパンに中身が詰まった革袋。腰には小振りなナイフを下げている。

 間違っても、朝から隠れて遊びにいくという服装ではない。


「でも、司祭様にばれたら怒られるよ」


 銀髪の少年の言葉に、少女はうっと詰まる。

 教会を任される司祭にして孤児院の父である男に見つかれば、きついお仕置きが待っているだろう。


「だ、大丈夫よ! この時間は夜明けの鐘を鳴らしてて、シスターと一緒に聖堂にいるはず! 見つからないように行くわよ」


 少年少女が隠れ潜むのには訳がある。

 二人は今日、育ちの孤児院を脱走する計画を企てているのだ。

 計画を立案し準備までほとんどを少女が行い、少年は引きずられる形で今も従っているのだが、いつものことだ。

 少年はこの無鉄砲で、考えなしで、行動力だけはある銀髪の少女を放ってはおけないのである。

 それに、少年はもうすぐ、少女は既に十六歳だ。そろそろ自立して生きていかなければいけない。孤児院を抜けるには良い頃合いだろうと考えていた。


「いい? 見つかったら私が囮になるから、あんただけでも走りなさい」


 軒先から顔を出して周囲を窺いながら、少女は覚悟を込めた眼で少年に言う。

 いやお前が出て行きたいって言ったんじゃないか、と少年は額を押さえるが、当の本人は気にした風もない。

 そのまま二人はそろそろと拙く隠れながらも進み、教会の門の手前にいる生け垣へと身を潜めた。


「いる?」

「……誰もいない。門も開いてる」

「よし、行くわよ」


 教会は夜明けの鐘を鳴らすと同時に信徒を迎え入れる決まりである。本来は客など来もしない明け方の時間帯であるが、シスターは今日も律儀に門を開けていたのだろう。

 人もいない、好機である。


「セレーナ」


 少年は飛び出す機会を窺う少女へ、静かに呼び掛ける。


「ルナを残して行くけど、本当にいいの?」


 銀髪の少女、セレーナには、ルナという妹がいる。

 歳が離れている幼い妹のルナはセレーナを姉と慕い、なにかと付いて回っていた。

 それを何も話さず、残して孤児院を飛び出すことになるが、いいのか、と少年は聞いたのだ。

 銀髪の少女は振り返る。その顔は何を言ってるの? と言わんばかりだ。


「いいのよ。私たちが抜ければ、その分ご飯がたくさん食べられるし。なにより、このまま孤児院にいたら司祭様に仕事を押し付けられるわ。私、その辺の商家に入っての机仕事なんて嫌よ」


 絶対に嫌、体がかゆくなっちゃう。と銀髪の少女は顔をしかめる。

 確かに行動力が服を着て歩いているようなこの少女に、日がな一日座っての事務作業は向いていないかもしれないな、と少年は思う。


「あんたもこのまま行くと衛士の下っ端か農民よ。その辺の土地に縛り付けられて、そこそこの人生よ。それでいいの?」

「うーん。僕は食べていけるなら何でもいいけど」


 衛士、衛兵や農民にもそれなりの楽しみがあり、生活の幸せがあるのだと思っている少年は、職へのこだわりは特になかった。

 貧乏でないだけの暮らしがしていければ十分だと考えていたが、どうやら少女はそうではないらしい。


「あんた、夢が無いわね。もっと野望を持ちなさいよ」


 口をへの字にして呆れたように少女は少年を睨む。

 だが、すぐに相貌を崩し、にやりと楽しげな笑みを浮かべた。


「ふふん。でも安心なさい。超平凡なあんたでも、私についてくれば、とびっきり楽しい人生を送らせてあげるわ。約束する」

「いや、頼んではないんだけど」

「もっと野望を、夢を持ちなさいよ。いつも本気で思い続けていれば、夢は叶うのよ」

「夢かぁ。うーん」

「無いんでしょ。知ってるわ。でもそれなら、夢と野望に溢れる私を見て勉強なさい。ついてこれば、心踊る冒険と絵本みたいな英雄譚が経験できるわよ!」


 興が乗ったのか、少女は隠れていた生け垣から飛び出すと門のど真ん中に立ち、聖堂に向かって声を張り上げた。

 少年が止める暇もなかった。思わず飛び出し並び立ったが、それまでだ。


「私たちは──冒険者になる! 孤児院なんて出て行って、一流の冒険者になるまで戻らない! どこまでも旅をして、誰も見たことがない場所を、私たちが一番に見るんだー!」


 渾身の気迫と声量を込めた宣言。

 少年が思わずあんぐりと口を開けて棒立ちになれば、少女はにっこりと、ひまわりのような笑みを向けた。


「これであんたも、逃げられないでしょ?」


 やってやったわ。そんな顔をする少女に少年が言いたいことは山ほどあった。

 せっかく隠れてたのに。ばらしてどうする。たち、って言うな。


 少年がそんなことを咎める前に、聖堂の扉がバァン! と勢いよく開かれる。

 そこにいたのは、憤怒の形相で門にいる二人を睨み付ける男だ。


「セレェーナァァ! アァーロォォ! どこへ行くつもりだぁぁぁ!」


 朝の街の静かな空気をかき消す怒声をあげるのは、この教会の司祭であり、孤児院の父である男だ。

 憤怒の形相で睨み付ける様子を見て、少年はたらりと冷や汗を流した。


「ほらっ! ばれたぞ!」

「ばらしたの! お別れの挨拶! さぁ、出発よ!」


 少女は楽しそうに笑いながら少年の手を引き、走り出す。

 少女は逃げるとも、行こうとも言わなかった。

 出発。祝うべき門出だと言ったのだ。


 まさに文字通り、二人は手を繋いで教会の門を出て街を駆けた。


「待ておらぁぁぁ!」


 司祭は怒鳴り声を上げながら追いすがるが、齢五十を越えて衰えが見える足腰では、若き二人の体力には敵わない。

 教会の門を飛び出して朝焼けの街を走るうち、距離は縮まるどころが徐々に開いていく。


「ふ、二人とも! ま、待ちなさい! 今なら怒らない! 今ならなぁ!」

「嘘つきー! 絶対に怒るもん!」

「もう怒った! 止まれやぁぁぁ!」

「あぁもう! 怒らすこと言うなよ!」


 少女は少年の手を引いたまま、朝焼けの街を走る走る。その門出を激励するように、街には鐘の音が成り響く。

 体つきは少年の方がよいため二人の歩幅は連なり、いつしか手を繋いだまま並んで走り出した。


 人のいない通りを走り、開店準備を始める商店の前を駆け抜け、角で出くわした人は全速力で走る二人を見て慌てて道を開ける。道の端で毛繕いをしていた虎猫が驚いて飛び上がっても二人はお構い無しだ。

 そうして、急な曲がり角を曲がったときのことである。


「うわっ! と!」

「セレーナ! 掴まれ!」


 少女が足を滑らせつんのめりかけるが、少年が腕を引っ張り上げて体勢を立て直し、なんとかまた走り出す。

 だが追いかけてきた司祭は、裾の長い服装故か、早朝からの全速力が足腰に来たのか、曲がり角で同じように滑り、盛大に転んだ。

 がしゃぁん! と道の脇に積んであった木箱を巻き込み地面を転がる司祭。


「セレーナ、アーロ……」


 立ち上がり追いすがることもできず、男が思わずそう呟く。

 それを聞き、少年が隣を走る少女を見やれば、軽く頷かれる。

 二人は揃って振り返り、司祭の男に向けて深くお辞儀をした。


「司祭さま! 今までありがとー! 私たち、冒険者になります!」

「トマス司祭! お世話になりました! セレーナの面倒は僕がみますので!」


 ありがとうございました! と揃って感謝の言葉を述べ、アーロとセレーナ、二人の少年少女は走り出した。


 ここから、二人の冒険は始まったのだ。

登場人物紹介


アーロ・アマデウス 15歳

 銀髪蒼眼の少年。体つきはそこそこ良い。

 夢も野望も特になく、静かに暮らしていければいいと考えている。


セレーナ・アマデウス 16歳

 銀髪翠眼の少女。態度はでかいが体格は普通。

 周りを引っ張る行動力を持ち、アーロ少年をいつも連れまわしている。


トマス・アマデウス 52歳

 第三十六区教会を任される司祭にして、アマデウス救済院の父。

 最近白髪が増えたのと、足腰の弱りが気になるパワフルおっさん。

 昔はブイブイいわしていたらしい。


雑感

 ここから過去編。

 少年アーロとその親分、セレーナ嬢の物語です。


 私たち、幸せになります。なんて。

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200ブックマークや1万アクセスを越えました! ありがとうございます。

これからも更新頑張ります。

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