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異世界と転移門

異世界について、ボルザ先生からのありがたい説明がありますが、長ったらしいです。

なんとなく異世界があるんだなー、それぞれに人に近い者がいるんだなー、たくさんの異世界に行って交流するんだなー、くらいの認識で読み飛ばしてくださっても結構です。



 それでは後は頼むわいとボルザに告げ、司教イグナティは部屋を去っていった。彼は多忙で、この後も仕事が山積みらしい。


「どうだ? 主の奇跡の欠片に触れた感想は? なかなか響くだろ」

「あぁ……。なんとも的確には言い表せないが、腹に響くな」

「そうそう。俺も誓約をしたときは腹にきたなぁ。なんか、しこたま糞が詰まってるような感じだよな」

「そこまで下じゃねぇよ。たらふく食って満腹って感じだ」


 そう感想を言い合っていたアーロとボルザだが、決して教養が高いとは言いがたい二人の感想は品がよろしくなかった。


「これで正式に国の特務武官になったのか?」

「誓約を行った時点でな。辞令的なものは書類に国の印鑑が押されたら出るんだが、それは後で家に届けとくぜ」

「ありがとう。娘によろしく言っておいてくれ。しかし、意外とすんなりと終わったな」

「ま、この仕事は通常の応募だと何重もの審査があるんだが、俺様の推薦ともなれば顔パスみたいなもんよ」


 主任権限だろうか、がははと自慢をするボルザ。

 ちなみにこの仕事の門戸は広く開かれており、生まれや育ちに関わらず誰でも応募の資格を持つ、とされている。

 だが応募の受付場所が教会の聖堂ということで、やましい思いを持っている者などは恐れ多くて近づかないため、結果的にそこそこの人入りとなっているのだという。


「それと、お前さんが手伝いをしてた教会を教えてくれ。教会と孤児院の手伝いをしていたところを引き抜いた体だからな」

「あぁ、【第三十六区教会】だ。なにからなにまでありがとうな」

「感謝はこれからの働きに変えてくれればいい。さぁて、まずは転移門を見せてやろう。説明は道すがら、な」


 ついて来い、と先導して歩き出すボルザ。

 アーロもまた、その背を追って歩き出した。



 かつての冒険者仲間、今では上司にあたるボルザに連れられて、アーロは地下聖堂のさらに地下道を進む。

 地下道には随所に蛍石が埋め込まれ、仄かな光を放っている。そんな転移門へ向かう道すがら、ボルザからの講義めいた説明が行われているのだ。


「改めて説明するぜ。俺たちが向かっているのは異世界と繋がる転移門の一つ、アガラニアの首都の真下にあるものだ」


 この世界、アガレアを治める神聖国家アガラニア。

 その首都であるこの地の下から発見された転移門のほかに、現在判明しているだけで世界には二か所の転移門が存在する。


「十年間に渡る転移門の調査の末、異世界について多くのことが明らかになった。今俺たちが生活しているこの世界のほかにも数多の世界が存在し、それらはお互いに繋がって、一つの円のようになっているらしい」

「何とも想像がつきにくいのだが、円?」

「んー、円というのは概念的な話だな。俺も習ったときは相当に噛み砕いて説明されてたからな」


 円の始まりは無、そして無から生命は進化を遂げ、異なる発展を遂げて数多の世界に広がっていく。そして円の終わりもまた無であり、生命はいつか全てが無に帰る。

 その無からまた生命が生まれ、幾多の世界に分かたれて発展を行う、というサイクルを繰り返している。

 円で繋がっている世界の成り立ち方から、この存在の仕組みは【円環世界】と呼ばれているのだ。


「壮大すぎて理解が及ばないかもしれんが、そういうものだと納得しとけ。俺も全てを理解しているわけじゃねぇ。神の描いた世界の設計図を人が読み解こうってのは、どだい無理な話さ。異世界があるってことは確かで、そこでも俺たちと同じように生活している命があると思えばいいさ」

「ふむ……。分かったような分からんような」


 円環世界で繋がっている世界同士は、転移門を通じて行き来が出来るようになったのだという。

 しかし注意しなければいけないのは、繋ぐ先の世界はそれこそ天の星の数よりもあり、世界ごとに生命や文明の発展度合が全く異なっているという点だ。


「生命や文明の発展の度合?」

「学者連中はひっくるめて世界の進化の度合などと呼んでいるがな。例えるならば、生命は人と微生物、文明はこの首都と辺境の村のようなもんだ。微生物みたいな原始的な生物が生まれたばかりの世界もあれば、人のようなちょいと知能を持った生物がいる世界もある。文明も、首都みてぇに人造の建物が立ち並んだり、辺境の村のように木をくり抜いたり洞窟を利用したりと全く違うだろ? ここで困るのは、生命や文明の発展の度合が違いすぎるとまともに意思疎通も行えないってところだ。俺たちには想像もつかないような進化を遂げた生物がいる世界もあるらしいぜ」


 確認されているだけでも、アメーバ状の原始的な生物が強者として君臨している不定形生物ばかりの世界。高度に進化し生物全てが思念のようなもので会話を行っている世界。石のような生物がただ”在る”世界などがあるという。


「確かに、俺たちは石や微生物と会話は出来ないな。せめて意思疎通が出来ないと交流も何もないわけだ」

「その通りだ。はなまるをやろう」

「いらん」


 つまり転移門で国交を結ぶことに意味のある世界はある程度限定されていくことになる。

 もちろん、自分たちの世界よりも圧倒的に文明や技術力、生物としての力が未熟な世界もあるため、侵略することは容易だろう。だがそれは同時に自分たちよりも遥かに発展した世界から侵略され、一方的に蹂躙される、という可能性も孕んでいる。

 当初はそのようなことを警戒し、転移門については調査を行うことで様子見をしていたのだという。


「だが十年様子を見てもそんな兆候は全くなく、それどころか国交交渉のため訪問した異世界はことごとくが友好的だ。俺たちは考え方が卑しいのかもしれんな。そうこうしているうちに友好的でお互いに利になりそうな世界にも目星がついたんで、疑心暗鬼で閉じこもっててもしょうがねぇと重い腰を上げたのが、ここ最近ってわけさ」


 最近になって国交を結ぶ候補として挙げられたのは、人またはそれに類する生命体がおり、十分に意思疎通が可能である、生命や文明の発展度が近い異世界である。


「この世界や国では当然と考えていたことも、異世界では馴染まないことも多いぞ。驚いたことに他の世界では、平気で嘘をつく輩もいやがる」


 アガレアはその昔、創造神の体の一部、その眼より作られた世界だと言い伝えられており、神聖国家アガラニアではそれにちなんで【真実を見通す眼】をシンボルマークとしている。

 神の眼は真実を見通すとして、アガラニアの民はいかなる理由があろうとも嘘、偽証の類を行わない。嘘をついた瞬間に、その者は神の庇護を失う。神より授かった奇跡や加護は失われ、死後、その者の魂は終末戦争に馳せ参じることはできない。嘘を口にする戦士は信用に値しないのだ。


 アーロも教会の運営する孤児院で育ったため嘘をつかないことは徹底的に教育されていたし、己の人生でもできる限り守ってきた。できる限りは。

 しかし、これからはさらに厳しくなるだろう。嘘を口にすることは先ほど行った誓約を反故にすることにもなるのだ。


「そういった文化の違いはどこにでもある。何が良いとか優れているとかじゃねぇ。衝突もあるだろうが、相手も譲れねぇ部分があるってことは覚えておけよ。交流の基本は相手の尊重、ということだな。それにな、不思議なことにどの異世界にも神の一部から作られたという逸話が残っているんだ」


 意思疎通が可能な異世界ではそういった伝承や世界の成り立ちについての調査も行われている。必ずしも神という言葉で表されるわけではないが、大いなる存在が世界を作った、ということが共通しているのだという。


「そういう意味では、どの世界も同じ親から生まれた、兄弟や姉妹のようなもんだな。皆、友好的というのはそういった理由があるからかもしれん」


 ボルザがそう評し、そろそろ世界史の授業は終わりだぜ、と締めくくるころに、二人は目的地である転移門へ到着した。

 地下道を抜けた先は地下とは思えないほどに広けた空間で、大部屋と言ってもよいその天井にはひと抱えほどもある大きな蛍石が何個もはめられており、空間全体を明るく照らしている。

 照らされた空間、大部屋の真ん中には、今は閉ざされた大きな門があった。


「これが……転移門か」


 思わず見入ってしまうほどには異様な光景であったため、アーロが思わずといった感じで呟く。

 それに対して、ボルザはいたずらが成功したような無邪気な笑みを浮かべる。


「そうだぜ。異世界との玄関口へようこそ、だ」



  ◆◆◆◆◆



「よぉし、さっそくお前さんの行く世界について説明するか」

「おう、よろしく頼む。あーっと、上司殿?」


 つい昨日まではただの昔なじみであったボルザだが、異世界調査団の主任だと言っていた。正式に仕事を請け負った今や、アーロの上司である。


「よせやい。俺とお前さんの仲じゃねぇか」


 だが役職を得ても、関係が変わっても、それは彼の性根を変えるものではないらしい、とアーロは安堵した。


「それに、引き受けてくれて感謝してるんだぜ。俺の身代わり……もとい、代理みたいなやつをよ」

「隠すつもりも無いところが良いところだな」

「俺たちは嘘をつけねぇだろうが。さて、仲良く悪巧みといこうぜ」


 ボルザは笑いながら、転移門のある大部屋の隅に建てられたこじんまりとした小屋へアーロを案内した。

 大部屋に入ったときには転移門に目を奪われて気にも留めなかったその小屋はどうやら事務所のようにして使われているらしい。中にはそこかしこに書類が積まれ、雑多な道具が袋にまとめられて転がっていた。

 小屋の中で書類に埋もれかけた机と椅子を顎で指し、まぁ適当に座れ、と言うボルザ。

 アーロは山のような書類を崩さぬように苦労してどかし、自分の座る椅子を確保した。


「ちょっと待ってろよ。いいもん見せてやる。どっかに書類があったはずだ。あ、茶でも飲むか?」

「いらん。茶を入れてる待ち時間に掃除をしろ。書類なんてそこらじゅうにあるだろうが」


 どこに何があるかは大体把握してるからいいんだよ。と反論しているうちに、ボルザは目当ての書類を見つけたのか、道具の詰まった袋を蹴飛ばしながらやってきた。

 そして机の上に乗っていた書類の山を強引に横へ押しのけ、机に一冊の書類の束を広げた。


「これは……?」

「調査に行く候補の異世界と、その外交官のリストさ。お前さんのお見合い相手リストとも言えるな」


 アーロの問いに、ボルザはにやりと口角を上げながら答えた。


「まぁ、見てみろよ。ほれ、この子なんて可愛らしいんじゃないか?」


 ボルザが指し示すリストの先には、「五十三番」という数字が書かれ、女性の似顔絵が載っていた。鉛筆画だが色付きで、恐ろしく精巧だ。

「調査候補五十三番。森緑の世界ネルグの外交官、シンシアちゃんだ。可愛いだろう? この頭に生えた花が最高に可憐だと思わんか?」


 写真に映っているのはまだあどけなさを残す少女で、その顔だちは素直に可愛らしいと言える。そしてその頭部には髪のように見えるがおそらくはツタがあり、真っ赤な花が咲き誇っていた。


「自然や花が大好きで優しい子だぞ。俺の予想では引っ張っていってくれる頼もしい男が好みだな」

「……これはなかなか、難易度が高いんじゃないか?」


 自然や花が好きというよりも、もはや己が自然や花の領域に突っ込んでいると言える。


「ん? そうか。じゃあこの子はどうだ?」


 次にボルザが指示したのは「四十八番」。巨人の世界イァケドのクリミナだ。見た目に関しては普通の女性と変わりはない。似顔絵ははやや下からのアングルで描かれているが、弾けるような笑顔を向けている。


「この子は料理が得意な家庭的な子でな。きっといい嫁さんになるぞぉ。俺の勘では包容力のある男に弱いと見たぜ。巨人族にしては小柄で、お前さんの二倍くらいの身長だ。ちっとでかいが、許容範囲内だろ?」

「うん、可愛らしいんだが、うーん……」


 己の二倍ほどの相手を包み込む包容力を自分が備えているかは、自信を持って断言できないアーロであった。


「なんだよ? お前さん結構注文が多いな、選り好みする男はモテんぞ?」


 ボルザがやれやれ、と呆れたように方をすくめるが、さも自分が注文を付けているような言われ方にはアーロはいまいち納得がいかなかった。


「まぁいいか、ゆっくり見て選べよ。基本的には先着順だが、お前さんの後続組はきっとまだ書類選考や面接中だろうさ」


 席を立ち自分用の紅茶を入れる準備を始めるボルザに礼を言い、アーロはぱらぱらと書類をめくっていく。


「ちなみにその調査番号はそこそこ規則性があってな。生命や文明の発展度合が近いところから交渉していったから、数字が離れるほど異世界っぽくなるぜ。百番台なんて、まるっきりおとぎ話の世界さ」


 言われてみれば調査する世界の番号が一桁は特に見た目に関して変わった特徴は少なく、数字を重ねるごとに顔の一部に植物や動物のような特徴が目立つようになる。

 試しに百番台を見てみると、風景の絵とともに『高度に発達した思念生命体につき交流不可能』だの、『地底に住まう正体不明の種族。声はすれど姿なし』だのといった不穏な書き込みがなされていた。

 百番台は見なかったことにして、再度アーロはぱらぱらと冊子をめくる。


「二十三番天空世界のフィオナちゃん。翼が生えててキュートだ。三十九番海洋世界のグラスちゃん。耳の後ろあたりにエラがあって、そこが性感帯だと俺の直感が告げているぜ。あぁ、九番の砂塵世界のカーマインって奴はやばいぜ。そいつは体は男だが心は乙女だとかで、見えちまった。線の細い美青年が好みらしいが、お前さんもぎりぎり守備範囲内かもしれん。その世界はダメだぞ」

「頼まれてもその世界だけにはいかねぇよ。異文化交流するにしても刺激が強すぎる」


 さて、選ぶと言われても、アーロとしては特に外見にこれといった好みがあるわけではない。そもそも嫁探しはついでであって、国交を結ぶための試金石として異世界で生活や交流を行うだけならば、頭に花が咲いていようが、体がちょっと巨大だろうが問題はないのだ。

 そう思いながらもリストの番号が若い方に戻ると、やはり慣れ親しんだような顔ぶれであり、交流をするにしてもここら辺から始めてみようかと考えるアーロであった。

 しかし、その眼に飛び込んできたとある女性の鉛筆画を見て、手を止める。


調査候補十一番。森林世界エールバニア。

外交官 【エリー】


「ボルザ! この世界に俺を行かせてくれ!」


 エールバニアの外交官、エリーは端正な顔立ちに目の冴えるような緑色の髪と、とんがった長耳が特徴的な、まさにエルフと表現できる女性であった。


【蛍石】

 暗闇で仄かに光を発する鉱石。

 大気中のマナ(自然エネルギー)に反応して光る。

 加工されたものが古代の遺跡や迷宮の壁部などに配置されていることが多い。

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200ブックマークや1万アクセスを越えました! ありがとうございます。

これからも更新頑張ります。

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