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美味しい紅茶と統べる者

 庭園を見渡せるテラスで待っていたのは中肉中背、金髪を撫でつけた清潔感のある髪型の、どこにでもいそうな中年の男性であった。

 貫頭衣のような白いゆったりとした衣装へ身を包み、椅子で膝を組みにこやかに微笑んでいる。

 だが、見た目通りの人物ではないのは確かであった。


 こいつは、普通じゃない。


 アーロは男を一瞥しただけでそう感じていた。

 見た目は優し気な貴族か隠居した詩人かという風貌だが、それだけならばこんな森の中の宮殿にはいないだろうし、そもそもここは異世界だ。


「そう警戒するな。まぁ、座りたまえ。歓迎するよ」


 男は椅子から立ち上がり、歓迎するという言葉の通りに両手を広げた。

 少しだけ距離が近づいた。たったそれだけでアーロは気圧され、地に膝を着き頭を垂れそうになる。


「あ、あなたは……」


 かろうじて誰何すいかの声を絞り出せば、男は興味深そうに首を傾げた。


「ふむ? 自己紹介が必要かね? いや、君にはこうした方が分かりやすいか?」


 顎を撫でさすっていた男はポンと手を打つと、軽く体に力を込めたように見えた。

 青白い光が、その体から溢れ出す。


 教会の司教イグナティ、《古王樹》と大百足、アーロが今まで感じたどの者よりも濃密な、神秘の光であった。

 森林世界エールバニアの森の中に満ちる神秘を凝縮して固めたようなその光の波を受けたアーロの左眼の視界は熱を持ってちかちかと明滅し、その光の波が体に触れた瞬間、アーロは今度こそ地に膝をつき頭を垂れていた。


「……森林世界を統べる者エールバニア・ルーラー

「いかにも。ようこそ。アガレアの民、善良な旅人よ」


 思わず、だが確信をもってアーロが漏らしたつぶやきに、中年の男は鷹揚に頷いて見せた。

 

 森林世界を統べる者、世界の管理者、あるいは、神の一柱。そのことを感じ取り、自然と体は敬意を表していた。

 

 やがて、男の体から発せられる光がおさまる。だがその後も、アーロは跪いたまま動けずにいた。

 その様子を見て、男は困ったようにふむ、とうなった。


「立ち上がりたまえ。話し合いの場を設けるために呼んだのだよ。席に着くのだ」


 その許しがあってはじめて、アーロの体は自由を取り戻した。ぎくしゃくとした動きで机と椅子へと近寄り、促されるままに席に着く。

 椅子の背は辺りに控えるお仕着せを身に着けた妖精たちが静かに引いてくれた。


「そう緊張せずともよい。まずは茶でも飲んで落ち着こう」

「……失礼します」


 中年男がそう言うと妖精たちが給仕を行い、陶磁器らしきカップや湯気を立てるポットが運ばれてくる。

 そしてカップへと注がれた茶の色を見て香りを嗅ぎ、アーロはふと気が付いたことを口にする。


「これは、紅茶ですか」

「そうだ。君が異世界から持ち込んだ物を見て、真似をしてみたのだよ」


 男もカップを持ち上げ、注がれた紅茶の香りを嗅ぎ、満足そうに頷く。


「これは面白いな、葉を乾燥させる時間で味や風味が変わるのだよ。ちょうど最近森が燃えて(・・・・・)しまったので(・・・・・・)、その火で湯を沸かしたのだ」


 アーロは男の言葉を脳内で何度か反芻し、間違っていないことを確認した。しかし意味がよく分からなかった。

 森が燃えたので、その火で湯を沸かす?

 しかしことも無げに話す眼前の男は、嘘や冗談を言っているようには見えなかった。


「やはり、あなたはこの世界の神、なのですか」

「そうだと言ったであろう。正確には、この箱庭世界の管理者だ。まぁ、君の世界ではそれを神と呼称するのだろうね」


 男はカップを掲げ、「飲みたまえ、自信作だ」と薦めた。

 促されてアーロもカップへ口を着ければ、新緑のような瑞々しい香りが鼻をくすぐる。味は微かな苦みがあるが、後に残らずすっと抜けるような後味のよいものだった。


「美味しい、ですね」

「お気に召したようで光栄だ。あぁそれと、敬いはやめて気楽に話したまえ。むずむずする」

「あぁ。それはありがたい」


 男はアーロの敬語のようなものに対してむず痒い思いをしていたようだ。

 今までもそうであるが、元冒険者であるアーロはきちんとした礼儀作法を身に着けていない。育ての孤児院ではそういった教育もされるが、さぼるか真面目にやっていなかったのだ。

 アーロも諦め、許しが出るならばと素で話すことにした。相手は神だが、近所の年配に話しかける程度の気楽さでよいだろう。不敬ではあると思ったが、肩の荷が下りた気分であった。

 異世界調査に関係し始めてからというもの偉い方と話す機会が多くあったが、慣れない敬語のせいで辺に肩に力が入るのだ。今回の相手は神だが、もともと神経が図太いアーロは順応し始めていた。


「ほら、味を変えるには果実があるぞ。遠慮なく言ってくれ」

「どうも、では試してみます」


 男が口にすれば、お仕着せを着た物静かな妖精たちがさっと果物を乗せた盆を運び、さらに小さな手に小さなナイフを持って果物を切り始めた。

 スライスされた果物はアーロも見たことがあるような実だったが、すぐに絞られて汁がカップへと注がれる。

 とりあえず飲むか、と紅茶を口に含めば、果物の味なのか少しの甘みが加わりまろやかな味わいとなった。


「これはこれで良いものですね。あとは牛乳なんかを入れるとまた味が変わりますよ」

「ほう。乳か。今度試してみよう」


 さらなる味の変化を助言すれば、男は嬉しそうに試すと決めたようだ。

 牛や羊はこの世界にいるのだろうか? とアーロはどうでもいいことをふと疑問に思った。


「ふむ。やはり《古王樹》の葉には《王樹の実》が合うな。互いの味の調和が取れている」


 だが男の言葉を聞き、牛や羊だのというどうでもいい疑問は吹き飛ぶ。

 アーロは思わず飲みかけた紅茶を吹き出しそうになった。


《古王樹》の葉を茶葉に、しかも《王樹の実》を味の変化のために入れるだと。まったくもって、スケールの大きな話だ。

 さらに乾燥させようが《古王樹》の葉、そして《王樹の実》なのか、飲むことで体が軽くなり気分がよくなるような気がした。

 神はやることが違うな。と軽く考えながら、アーロは紅茶をお代わりまでして飲み干した。男が嬉しそうに何度も薦めるので、つい馳走になってしまったのだ。

 まずは挨拶がてら茶を飲み合うつもりだったのだろう、本題に入るため、茶の後はアーロの方から話を切り出した。


「美味い茶をありがとうございます。それで、今回はどんな用で?」

「うむ。改めて森林世界エールバニアへようこそ、アガレアの民。私はずっと、君たちを見ていた。そうしているうちに興味が沸いてね、少しだけ話をしたいと思ったのだ」


 ずっと見ていた、と言われても、アーロはさして驚きはしなかった。

 相手は神、もしくは管理者だと言っていた。自らの領域に踏み込んで来る異世界の住人の監視程度、苦もなくやってのけるだろうと考えたからだ。


「興味がわいた、とは?」

「そうだな、一つは君たちの力だ。体質、とも言えるか。アガレアの民が持つその眼だよ」


 男はアーロの眼、それも左眼を見ながら笑う。


「アガレアの民が持つ[真実を見通す眼]。興味深い力だ。この宮殿は普段は入り込めないように隠されているのだがね。君たちは苦も無く発見し、自然と近づいてくるのだ。おかげで妖精たちが慌てていたよ」


 今回はわざと見つけやすくしたので、容易にたどり着けただろうと男は言う。

 なんとなく、身に覚えのある話だ。

 長耳族やウェインは、丸耳族は森に迷うと言っていた。だが妖精たちの話によれば、追い返そうとしても隠したい場所へ自然と踏み込んでいってしまうのだという。森に隠されているのがこの宮殿だとすれば、それに引き寄せられるかのようにたどり着いてしまうのか。


「[真実を見通す眼]。おそらくは嘘や欺瞞を暴く君たちの世界に住む者固有の力だろう。君は使いこなせてはいないようだが、自然と力を発揮することもあるのだよ」

「眼にそんな力があるとも思ったことはないですが、俺たちの力ではどうしようもないことですよ」

「あぁ、その点については心配いらない。いままで君の眼を見ていて、なんとなく構造は分かった。なかなかに手強いが、眼の感知からこの宮殿を外すことは可能だろう。そうすれば君たちも森に迷うことは無くなるはずだ」

「はぁ。よくわかりませんが、役に立てたようで……?」

「もっと喜びたまえ。森に迷わない方が君たちにとっても助かるのではないかな? あ、方向音痴の迷いは別だぞ。正しい道筋の目的地に向かうならば、迷わずに着くはずだ」


 原理や力などには理解が及ばないが、今後は森に迷わずに通ることが出来るようだ。これから世界間の交流が始まるにあたり、この件は朗報である。

 この神との邂逅も含め、アーロは報告書へとしっかりと記載することにした。


「なるほど。他に要件はあるのでしょうか」

「ある。というより、こちらが本題だ。歩きながら話そう。ついてきたまえ」


 そう言って席を立ち歩き出す男。

 どうやらテラスを降り、庭園へと向かうようだ。アーロはその背を追って歩き出した。

《王樹の紅茶》を口にしました。

 アーロの神格が1上がります。


雑感

 長いので分割します。

 本日昼頃に続きを投稿しますね。

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200ブックマークや1万アクセスを越えました! ありがとうございます。

これからも更新頑張ります。

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