勝利の宴と宿無したちの夜
森の片隅で行われた戦いの夜には、盛大な宴が催された。
《鳥の王》の部位の一部は痛手を与えた大百足に引き渡してその場で食されたが、それでも肉は大量にあった。
さすがに《王樹》の根が張り巡らされた集落の内では火が焚けなかったため、やや離れた場所に薪が組まれ、火噴き鳥は木質化した部分は削がれ、丸焼きにされて皆にふるまわれた。
戦果は巨大な火噴き鳥が二頭、しかも片方は《鳥の王》だ。
長耳族たちは大いに高ぶり、戦いに参加した者は酒を片手に己の武勇伝を声高に叫び、またお互いを称え合った。
そのなかでもアーロは黒い火噴き鳥を少数で仕留めたとあり、集落の者たちが代わる代わる話を聞きに来た。
異世界から来た者が、長耳族の敵を打ち倒す。しかも《鳥の王》までもだ。
火噴き鳥との一戦以来、アーロとウェインは長耳族にさらに受け入れられていた。
村の女子供からは羨望の眼で見られ、若い男衆とは共に戦ったことで互いに認め合い、敬意を持って接されていた。
今までも交流を行い撒いてきた友好の種が芽吹き、大きく育ったのだ。
なんとも感慨深い気持ちになりながら、アーロは焼いた肉を喰らう。
黒い火噴き鳥か《鳥の王》かどちらの肉かはわからないが、少し前に食べた火噴き鳥の幼体の肉とは違い、野生を生き抜いた身は引き締まっている。しかし決して硬いわけではなく、噛めば噛むほど肉の旨味が染み出てくるような肉質だ。脂肪の入りかたも申し分のない塩梅で、肉の味に深みを与えており、かすかな甘みもある。
この肉は辛い酒に合うだろう。手元には果実の甘い酒しかないことが大変に悔やまれた。
「アーロっちぃ、飲んでるぅ?」
「これからだ! お前は結構飲んでるな。羨ましいぜ」
乞われた武勇伝や異世界の話もひと段落して一人鳥肉を焼いていたアーロの元に、顔を真っ赤にして足取りが怪しいウェインがやってきた。
火の世話をするアーロの横にどっかりと腰を下ろせば、肩を組んでくどくどと絡みだす。
「まぁまぁ? じゃあもっと飲まなきゃ! お祝いだよ!」
そこらの木の杯を引き寄せ、なみなみと酒を注いでからアーロの前へと差し出すウェイン。
同僚で、戦友で、友人でもある、断る理由はなく受け取り、ぐいっと一気に酒精を胃へと叩き込む。
ぶはぁと生臭い息を吐けば、ウェインは手を叩いてはやし立てた。
「いよっ! いい飲みっぷりだね! 今日はあんたが大将だ!」
「おう! 技術者ウェイン殿。このたびはどうもどうも。これはほんの気持ちです」
「あららこれはご丁寧にどうも」
喉と胃がかっと熱くなり、ほろ酔いから醒めつつあったアーロは再度の酒精に気分を良くした。
ウェインに返杯しすかさず酒を注いでやると、こちらも一瞬の躊躇もなくぐいと飲み干す。
「ぷっはー! 効くぅ! 生きてるー!」
「うめぇよなぁ! 昨日と今日で二回くらい死んだと思ったからな!」
「分かるぅ! なんか爆発するし意識は飛ぶし! でかい百足と火噴き鳥の戦いなんて生きた心地がしなかったよ。天国に行っちゃうかと思ったー!」
「いやいやここは天国だ! 長耳天国!」
「あーそうだったぁ! 長耳ピコピコー!」
「それそれ! そうやって動く!」
「ピコピコー!」
「ハーッハハッハ! ハッハゲフォ!」
「むせたぁあはは!」
二人は酒を交わし、肉を食い、意味もないことを喋り倒し、また大声で笑った。
アーロは先ほどまで酒をちびりとやりながら、話をせがむ血気盛んな長耳族の少年たちへ大いに脚色した冒険譚を聞かせていたのだ。話すことが主となり自然、酒は少なくなる。
ウェインはといえば、縄を使った網の技術を絶賛した守衛の若い戦士たちに褒め称えられたり、網を作る際に夜を徹して作業した衣服の生産を担う一族の者たちと酒を酌み交わしていた。節度を持って接しなければならず、お互いに好き勝手やれる場面を待っていたのだ。
時刻は既に夜半を回っており、夜は早めに寝てしまう生活を送っている長耳族の大半は撤収を始めているため、宴は終わりかけている。丸耳族の二人が騒いだところで問題はないだろう。
そんな二人のもとへ、マガ長老がマヤを引き連れてやってきた。
「やぁ。儂もご一緒してもよろしいですかな」
「いいよー!」
「ゲホッ。ウェイン!」
「いやいや、宴の席ですので、どうぞごゆるりと」
集落の長を全く敬わないウェインの発言にアーロは吹き出すが、長老の方は公式な話をしに来たというわけでもないのか、気楽な様子だ。
「まぁ、まずは一杯」
「あぁ、どうも」
「はい。ウェインさんも」
「ありがとーう」
マガ長老と、その娘であるマヤからそれぞれ酒を注いでもらう二人。
さらに注ぎ返し、四人は揃って杯を掲げた。
「では、丸耳族の勇猛さに」
「長耳族の平和と繁栄に」
「うーん、おいしいお酒に」
「ふふ、新たな世界との出会いに」
乾杯。と杯が打ち鳴らされる。
「この度は、大変な目に合われたようですな。集落の者から聞いたでしょうが、すぐに捜索隊を出さなかったこと、恨んでおられるかの?」
酒を一息で飲み干したマガ長老は、揺れる炎を眺めながら言う。
おそらくは二人に対する問いかけだろう。ちびりちびりと酒を舐めつつ、アーロは首を横に振った。
「いえ。集落を守ることも妥当な判断かと思いますよ。それに、すぐにアガレアに知らせを出そうとしたとか」
「同感。でもまぁ、僕なら探しに行くけどね」
「あなた方が返ってきたので、アガレアへの知らせは取りやめましたがな。ウェイン殿は、長耳族がアガレアの世界で同じような状況になったなら、助けに行くと?」
問うマガ長老は、責めているわけでも責められているわけでもない、何とも言えない表情をしていた。
対するウェインはあっけらかんとした表情で杯を傾けている。
「そうさ。長耳族との国交、国交でいいのかな? まぁとにかく交流が始まれば、相互援助の条約や保安の取り決めがされるだろうね。アガラニアの民は約束は違えない。迷子だろうがなんだろうが、困っていたら全力で助けようとするはずさ」
まじめぶって言うウェインは、顔は赤いが内実それほど酔ってはいなかったのだろう、冷静な顔ですらすらと言葉を紡いだ。
その様子をマガ長老は興味深そうに見つめた。
「それは、交流の暁の話ではないのですかな?」
「長老の言う通りだ。今二つの世界は何ともなっていない。だけど、今回、長耳族は助けに来てくれたろ?」
アーロの言葉に、マガ長老は言葉に詰まった。
「確かに長老は、集落を守る道を取った。だが若いやつらの中には、言いつけを破ってまで助けに来てくれるような馬鹿がいるってことだ。それが答えじゃないか?」
「ふぅむ……」
「そうそう。僕たちの国だって同じような状況になれば、偉い人たちは危険だなんだって止めるかもしれない。でも、僕らは助けに行くよ」
友達だからね、とウェインは笑う。
その手に持つ空いた杯にはマヤからそっと酒が注がれた。
「長老さん、若いやつらを叱らないでやってよ。彼らが手伝ってくれたおかげで、僕はアーロっちを助けられた」
「あぁ。俺からもお願いします。正直なところ、守衛の戦士たちが来なかったら俺は死んでいた」
はぐれたアーロを探すため、邪魔な《鳥の王》を狩る。
一念発起したエリーは集落のなかでも話を通しやすい守衛の一族の若い衆に助力を頼み、ウェインが衣服の生産を担う部族と協力して作り上げた特性の網を持って森へ分け入ったのだ。
一人でも森に迷いながらアーロを探すと考えていたウェインも、守衛の戦士たち多人数が討伐に参加すると聞き、その考えに乗った。
エリーも守衛の戦士たちもの行動は、どれもが集落を守る、周辺を見回り迎撃をするという長老の言いつけに背くものだった。
助けられた当人が言える義理ではないが、それを咎めないでくれとアーロとウェインは頼んだのだ。
「……良いでしょう。若者を抑えることは、どうやら老人には難しいようですな」
そういってため息をつくマガ長老は焚火に照らされた陰影から、まるで枯れ木のような印象を受けた。
やがてマガ長老は思い切ったように顔を上げ、自分の娘であるマヤを手で指し示す。
「わしは、族長の座をマヤに譲ろうかと思います。未知の世界との出会い、繋がり、そういった新しいことに挑むのは、これからの時代を担う若者ですからな」
「お父さん……」
「よい。もとから考えていたことでもある。老木がいつまでも立っていたら、若木は大きく育つことの邪魔になる。これからの集落は、お前が守るのだ」
「……はい。拝命いたします」
寄り添い、思いを交わす親子の姿をアーロもウェインも黙って見ていた。
もちろん公式な話ではないのですぐに取って代わることはないが、マガ長老が次代の長耳族のために席を譲る決意をしたのだ。
やがてマガ長老はアーロとウェインに向き合い、決意を込めた目をして宣言した。
「アーロ殿、ウェイン殿、アガレア、いやアガラニアの国との交流の話、必ずや良い返事をすると約束しましょう」
「はい。わたくしからも、約束させていただきます。この交流はきっとよい変化を生むでしょう」
「やたっ。ラッキーだよアーロっち」
「そういうことは口に出さない方がいいぞ」
「ほっほ。マヤの族長としての初の功績は、異世界との交流を結ぶこととしましょう。末永く、よろしくお願いいたします」
長老とマヤの申し出に二人は頷き、丸耳と長耳は互いに酒を注ぎ合う。
そして、再度杯を高く掲げ、笑った。
「エールバニアの長耳族に」
「アガレアの丸耳族に」
「新たな時代の始まりに」
「良き友との交流に」
「乾杯」
夜の森に、思いが重なる音が響く。
◆◆◆◆◆
その後もしばらく歓談したのち、マガ長老はマヤを伴って帰っていった。
そして、特にやることもないアーロとウェインは火へと薪を放り込みながら、どうでもいいことを話し続けていた。
かというのも。
「俺たち寝るところ、ないんだよなぁ」
「あはは、天幕崩して布使っちゃったからねぇ」
そう、二人は宿無しなのだ。
《鳥の王》を捕らえるための網の材料として頑丈で難燃性の布を取り出すため、ウェインは自分とアーロの天幕を解体してしまっていたのだった。
「あの網のおかげで助かったようなもんだから、文句は言わんが……」
「火も焚いてていいみたいだから、野宿だねぇ」
取れる手段としては、ウェインの言う通り衣服にくるまっての野宿か、酒で体を温めつつ朝まで起きているかだろう。
冒険者時代はさらに寒かったり暑かったり、水が無かったり食料が無い状態で寝ずの番を続けたこともあるためこなせないこともなかったが、応急治療がされているとはいえ怪我人であるアーロとしてはどちらも遠慮したかった。
「エリーとかマヤさんの家でも行くか?」
「えぇー。アーロっちってばやらしいー。お供します!」
「お前は話が分かるな!」
がっちりと握手を交わすアーロとウェイン。いま、二人の心は一つになった。
だが、何もやましい心はない。寝るところのない哀れな男二人に寝床を恵んでもらうのだ。
マヤとはさっきまじめな話をしたばかりなので、その落差に幻滅されるかもしれないが、それでも二人はよかった。
「へーい! お兄さんたちぃ、飲んでるぅ?」
善は急げと立ち上がりかけたそこに、折り悪く酔っ払いの間の抜けた声がかけられた。
アーロが振り返れば、酒入りであろう木のコップを小さな体で抱いた妖精三匹組がふらふらと飛んでいた。
不思議生物である妖精も酒に酔うのか、三匹とも顔を真っ赤にして眠そうにしている。
ちなみに、リリの腹部に開いた大穴は肉や果物を食っているうちに塞がった。さすがは妖精である。
「出たな妖精トリオ。僕たちを阻止するつもりか」
「はぁ? 何言ってんの? リリちゃんよく分かんないんですけどー」
「分かんないなのー! あはは!」
「ふぁ……ねむ……」
普段より面倒くさい感じになるリリ、ひたすらに笑うララ、今にも寝そうな顔でふらふらと下降するルル。
この酔っ払い妖精どもを置いて去るわけにもいかないだろう。どうやら今日は野宿か徹夜になりそうだ、とアーロはげんなりした。
気にも留めていなかったが、この三匹も自分達と同じく宿無しなのだ。さらに妖精の生態はよくわからないが、風邪を引いたり野生動物にエサと間違われて襲われたり、翌朝にゴミに交じって捨てられてしまう恐れもあった。
「はぁ。お前ら、どれくらい飲んでるんだ?」
「んー? これにいっぱいよ! てゆーかお酒全然減らないんですけど!」
リリが無意味に叫び、抱いていたコップを揺らした。
妖精の体からすれば抱えるほどのそれは、確かに酒が入っていればかなりの容量になるだろう。途中でおかわりをしていたとすれば、自分の体より大量の酒を飲んでいるのかもしれない。
「お兄さんたちも飲んでる? 飲んでないの? え? リリちゃんのお酒が飲めないっての?」
「飲めないってのなのー! きゃはは!」
「んん。ねむ……」
「ぐぁぁ! 頭に響く……」
早口でまくしたてるリリの声、ララの笑い声にウェインは頭を押さえて転がり、やがて大の字になってため息をついた。
「はぁ。アーロっち、僕たちの楽園は遠いね……」
「お前だけでも寝に行っていいぞ。こいつらの面倒は俺がみる」
「僕一人だと本当にやらしーい感じになる自信があるからやらない。マヤさんとか真面目にいけそう」
「いや自信満々に言うってのもすごいな……」
「でしょ。あーあ、今日は酔っ払い妖精と同衾だね。朝になったら起こして」
ウェインはそのままごろりと体を丸め、寝入る態勢へと入った。
「おう。おやすみ」
「うん、また明日ね」
アーロもまた、うとうとし始めたルルを引き寄せて胡坐をかいた脚に乗せ、薪を火にくべた。
「あぁ? 細眼のお兄さん寝ちゃったの? まじで? まだ私と乾杯すらしてないんだけどっ」
「振られた―! 残念なのー!」
「くぅ……くぅ……」
「あんまり叫ぶなよ。ほれ、肉食うか?」
「食う!」
「食うのー!」
「むにゃ。もう食べられない……」
とりあえず肉を口に入れて妖精たちを黙らせ、アーロはぱちぱちと燃える火をぼんやりと眺めた。
そうしてふと思い浮かぶのは、愛しき長耳の女のことだ。
「エリー、あんまり話しに来なかったなぁ」
そう。エリーは《鳥の王》との戦いの後にはアーロにべったりとくっつき甲斐甲斐しく治療や世話をしていたが、集落へと戻り宴の準備が始まると、どこかへ引っ込んでしまったのだ。
宴が始まり火噴き鳥の肉を焼く間もやはり匂いが苦手なのか寄って来なかったし、酒を片手に二、三言話をしたのみでいつの間にか姿が見えなくなっていた。
てっきり酒を飲みつつ、健闘を称え合い、甘酸っぱい出来事でも起こるのかと予想していたアーロとしては、やや寂しいものがあった。
「あー! お兄さん、別の女のこと考えてる!」
「浮気なのー! 私たちというものがありながら浮気なのー!」
ぽつりと口にした言葉を聞きとがめて、酔っ払い妖精たちが騒ぎ出す。
「なに言ってるんだ。このちんちくりんどもが」
膝へ体を預けて寝息を立てるルルの頭をなでながら、アーロは首を傾げた。
この妖精たちには懐かれているという意識はあったが、そんな関係になった覚えは毛頭なかった。
アーロがやったことと言えば、迷ったところを助けてもらい、紅茶でお礼をして、さらに再度迷ったところを助けてもらい、ともに戦ったのみだ。
一緒に死線をくぐり抜けたことで吊り橋効果でも働いたのか、単に餌をくれる相手として引っ付いてきているのだろう。
もしくは、妖精は皆ちょろいのかもしれない。
ともかく、少なくともアーロは妖精たちのことは戦友か、よく喋る愛玩動物くらいにしか思っていない。
そのようなことを伝えてやると、リリは血涙を流して悔しがり、ララは現実逃避をするようにアーロの膝で寝に入り、寝ているはずのルルはアーロのズボンをガジガジと噛みだした。
「ちくしょぉぉ! 異種間の恋はまだ早かったかー! お兄さんのばか!」
「うそなの……これは夢なの……」
「むぅぅ!」
しまいにはリリまでもが「もう寝るわ!」と叫びアーロの膝で丸まってしまった。
アーロはやれやれとため息をつき、火が小さくなった焚火へと木切れを放り込んだ。
近くに火もあり。膝の上に抱える妖精たちは暖かい。このまま起きていても体が冷えることはないだろう。
妖精たちが持ってきたコップに残った酒をちびりと舐めつつ、アーロはその甘い味にほうと息を漏らした。たまには一人でやるのも悪くない。
そうして、森林世界の夜は更けていく。
《黒い火噴き鳥の肉》を食べました。
食べた者の神格が1ずつ上がります。
《鳥の王の肉》を食べました。
食べた者の神格が2ずつ上がります。
雑感
強敵との戦いの後は、宴ですね。
「異世界出張で嫁探し!」は異世界できゃっきゃうふふして熱いバトルをして宴会して強くなる恋愛バトル小説です。




