鳥の王と総力戦
森の中から現れたのは、丸耳族にしてアーロの同僚。ウェインであった。
「ウェイン! どうしてここに!」
火の海となった森で別れてからまだ一日しか経っていないが、ずいぶんと久々に顔を見る気がしたアーロは喜びの声を上げる。
同時に、なぜここにいるのか、という疑問をぶつけた。
「アーロっちこそ! びっくりだね! 僕らはあいつを追ってきたのさ!」
ウェインが指し示し、さらに流れるような動作でレバーを引いて弦を張り、次弾を装填して放つ先にいるのは《鳥の王》だ。
先ほどよりも距離が離れたことと、飛来する矢という物を認識して振り払うように翼を薙ぐ《鳥の王》によって、放たれた矢はことごとく弾き散らされる。
「それに、来たのは僕だけじゃないよっ!」
ウェインが叫ぶのとほぼ同時に、《鳥の王》の背後から多数の石が投擲された。
あちこちでいまだ燻り続ける炎と煙に身を隠し、森の木々の上に陣取った何人もの長耳族が、手にした石くれを一斉に投げつけたのだ。
しかもその石には何か綱のようなものが結わえられていた。
矢を警戒してウェインやアーロの方ばかりを意識を向けていた《鳥の王》は、突如飛来した石への反応が遅れた。石が自らを直接狙うものではなく、周囲を囲むように投げ放たれていたことも要因だろう。
だが、それはウェインと長耳族の狙い通りだった。投げられた石に結わえられていた綱のようなものは引っぱられ、《鳥の王》の巨体へと覆いかぶさったのだ。
縦横に編みこまれた白い綱が組み合わさり構成されるそれは、網であった。 巨大な投網、とも言える。
体を包み込むようにかぶせられた投網は《鳥の王》にとっても未知のものだったのだろう。抜けようと暴れ、引きちぎろうと爪やくちばしを立てるが、そのどれもが失敗に終わった。
抜けようともがけば網が羽毛にくっつき離れなくなる。綱の一部は粘着性の横糸で出来ているようだ。
爪やくちばしを立てることで粘着する部分は断ち切ることが出来たが、もう一方の綱の縦糸は頑丈な素材でてきているのか、鋭い爪やくちばしを見事に受け止めて耐えている。
暴れれば暴れるほど網は絡み、体の自由を奪う。いかに巨体を誇る《鳥の王》といえど、力だけでは抜け出せない。かといって火を吐いて焼き切ろうにも、覆いかぶさった網に火をつければ己も燃えてしまうし、網目に邪魔されて可燃液がうまく飛ばないだろう。
「ははっ! 抜けようったって無駄無駄! 大蜘蛛の粘着糸と耐刃耐燃の天幕の布地を織り込んだ特性の網だよ!」
ウェインはもがく《鳥の王》の様子を見て、満足そうに笑い声を上げた。
大蜘蛛が出す鳥を捉えれば逃がさない蜘蛛の粘着糸と、燃えにくく頑丈な野良猫商会印の天幕を紡いだ特製の網だ。
火噴き鳥や世界の生物の生態を把握し、持てるものすべてを使って作り上げた渾身の織物であり、《鳥の王》はウェインによって幾重にも張り巡らされた罠に絡めとられたのだ。
「ふふ、縦の糸はエールバニア産の糸、横の糸はアガレア産の布。二つの世界が折り重なって、強力な道具となるんだ。夜なべして何とか完成させたけど、ここまで効くと努力が報われたってもんだね! ああ、素晴らしきかな工業制手工業!」
おそらくはアーロに対する説明か、自慢なのだろう。
技術者らしくうんちくを垂れ流しながらも、クロスボウに次弾を装填し絶え間なく射撃を行っていくウェイン。
呆気に取られるアーロと妖精たちを尻目に、《鳥の王》が上げる苦悶と怒りの声が森に響く。
そんななか、同じく森の中から姿を現し、担いでいた《王樹の枝槍》を二本とも外し投げ捨てて、アーロへ体当たりをするかのように迫る影があった。
「アーロォ!」
全速力で駆け、勢いよくぶつかってきたその女性をアーロは抱き留める。
背中までがっしりと回された腕に押し潰され、妖精たちがぐえぇという悲鳴を上げた。
傷を負っているアーロも、抱き留めるために力を込めたためぐえぇと苦悶の声を上げる羽目になった。
傷が開いた痛みに眼を白黒させるアーロの視界には、目の冴えるような新緑色の髪から飛び出た長耳がぶんぶんと元気よく動いていた。
この髪の色には見覚えがあった。そう、たった一日離れただけでは忘れるはずもない。
「エリー!」
「そうだっ!」
がばっと顔を上げたエリーの眼には、涙が浮かんでいた。
「私だ、エリーだ。探したんだぞ……アーロ。もう会えないかと思った……」
鼻声でそれだけ言い切れば、大粒の涙をぼろぼろと零しながらエリーは泣き笑いの顔を向けた。
「よかった、見つけた! 今度は離さない! 何があっても!」
言葉の通り両腕には力が籠められ、さらにぎゅうっと抱きしめられる。
俺怪我人なんだけど、無事だったのか、長耳めっちゃ動いてる、いろいろな言葉も浮かんだが上手く言葉に出来ず、アーロもまた愛しき長耳の娘を力強く抱き締めた。
エリーはその肩口に顔を埋めながら、ぐずぐずと泣きながらそれに応じた。
「うんうん、感動の再開ってやつだね」
ウェインは抱き合う二人を見てしたり顔で頷いていた。
少しだけ恥ずかしくなったアーロがちらりと視線をやれば、ウェインはにんまりと笑い親指を立てた。
――ごゆっくり。
――見せもんじゃねぇぞこら。
――あはは、後は任せて。
そんな意思疎通を視線だけで行う二人。
ウェインは器用にウィンクをかますと、もがき苦しむ《鳥の王》へと走っていった。
そんなやりとりを知らず、エリーはアーロの胸に顔を埋めて鼻をすんすんと鳴らしていた。
「アーロぉ。心配したんだぞ。森では私から離れるなと言ったじゃないか、ばか。どうせ迷っていたんだろ」
「おぉ。お察しの通りだ。でもな、あの黒いやつは倒したぜ。大金星だ」
自慢気に胸を張りアーロは地に倒れ伏した黒い火噴き鳥を顎で指す。
それを聞き、エリーははっとして顔を上げる。
「十人がかりだと教えただろう、無茶をしてっ! ……でも、すまないアーロ。あの時私、勇気が出なくて、炎が怖くて……」
抱き合いつつも、エリーは服の肩口をぎゅっと握りしめた。
「だけどっ! 探してくれってアーロが言ったから! 約束、ちゃんと果たしたからっ! 誰かを守るためなら、私、戦えるから!」
エリーからの激しい感情の発露。支離滅裂な内容だが、重要なのは言葉ではない。その思いは十分にアーロに伝わった。
心根は少し違うかもしれないが、エリーもまた臆病者ではなく、戦士となったのだろう。
「あぁ。ありがとう、エリー」
「アーロォ! よかった! よかったぁ!」
さらに強くぎゅっと抱きしめれば、エリーも手を回し胸に顔を埋めた。
妖精たちは限界を迎えたのか、もう声さえ上げなかった。
再度大声を上げて泣き出したあエリーの頭を撫でつつ、アーロは《鳥の王》の様子を見やる。
網に捉えられ動きが制限された《鳥の王》に対し、若い衆は離れたところから《王樹の枝槍》を投げつけたり、投石を行っている。
「いけー! おおっと残念はずれ! 避けた《鳥の王》には罰ゲームです!」
ウェインは楽しそうに野次を飛ばし、ついでとばかりに《王樹》の枝で作られた矢を何本も打ち込んでいた。
だが《鳥の王》はその巨体に違わぬ生命力を持っており、槍や矢が刺さろうが体の一部が木質化しようがお構いなしに暴れている。
不意に《鳥の王》は首をもたげ、周囲の長耳族やアーロ達をしっかりと視界に捉えた。
復讐の炎がぎらつくようなその眼を見て、アーロは確信した。
あの眼は黒い火噴き鳥と同じ、戦士の眼だ。このまま嬲り殺しにされることは良しとしないだろう、と。
事実、《鳥の王》は暴れると同時に口元からだらりと粘性の液体を垂れ流し続けている。火噴き鳥が火噴き鳥たる所以の、可燃液であろう。
その危険性を分かっているだけに、長耳族の若い衆は早くとどめを刺そうとより一層苛烈に攻撃を加えていた。
だが、無情にもすぐさまその時はやってきた。
《グルォォアァァァアァッ!》
肝が凍るような絶叫を上げ、辺りかまわず《鳥の王》は吐瀉物を吐き散らし、不自由にもめげず脚の爪を打ち合わせ着火したのだ。
「やばい、伏せろ!」
叫び、アーロはぐずっていたエリーの体を庇いつつ、ついでに気を失っている妖精三匹組の体も引き寄せる。
――そして、森に響く轟音。
少し離れていたところでも細かな土砂が降り注ぎ、吹き飛ばされた樹の破片があちこちに散らばった。
おそらくは爆発で吹き飛ばすような吐き方をしたのだろうが、森は再度炎と煙に包まれていた。
「くぅ……。エリー、無事か?」
傷に響く爆風だったが、痛みを堪えてアーロは腕の内に引き込んだエリーの様子を見やる。
「あ、アーロ。近い……ぞ」
唇が触れ合いそうな程の近さからか、真っ赤になった長耳をぶんぶんと振りながらエリーはそっぽを向いていた。
とりあえずは無事かと安堵すれば、同じように引き込んだ妖精たちも衝撃が気付けになったのか、意識を取り戻していた。
「へぇー。お兄さんそうなんだぁ。へぇーえ」
「起きたか。何か言いたそうだな」
「べぇっつにぃー」
妖精たちは「ま、関係ないの」だの「そんな……」だの言いながら飛び立つ。
面倒になりそうだったのでアーロはとりあえず無視しようと決めた。それに、今は楽しくお喋りができる状況ではない。
「エリーも立てるか? まだ、終わってないぜ」
声をかけつつ手を貸せば、赤い顔をキリリと引き締めてエリーは手を取り立ち上がった。
「あぁ。《鳥の王》がこの程度で倒れるわけがない。私たちでやるぞ、アーロ」
「おう。槍を借りるぜ」
駆け寄る際に投げ捨てられた《王樹の枝槍》の一本を拾い上げ、びゅんと振るうアーロ。
同じくエリーも槍を構え、二人は並び立つ。
「そら、王様のお出ましだ」
煙が少し流れれば、周囲には爆風に吹き飛ばされたのか気を失っているウェインの姿や、何とか態勢を立て直した長耳族の守衛の戦士たちがいることが見て取れた。
そして、燃え盛る炎に照らされ、煙を振り払い姿を現した《鳥の王》は体中に傷を負っているものの、その威風はいかほども衰えてはいなかった。
熱と爆風で体中に火傷を負いながらも己が脚でしっかりと立ち、周囲を囲む敵を睥睨している。
「やれるか? あいつは何人がかりだ?」
アーロが問えば、エリーもふふんと鼻を鳴らして笑う。
「そうだな……確かに大きいが、奴は怪我もしている。私とアーロ、二人だけいれば十分だ。晩飯は二人で焼肉だな?」
「ん? おぉ、そう来たか。ははっ」
まさか堅物だったエリーが冗談を言うとは思いもしなかったので、アーロは一瞬きょとんとしたが、いい兆候だと破顔した。
「へぇー、ふぅーん」
「私たちも忘れちゃ困るのっ」
「いいところを見せるぞ!」
リリは不機嫌そうに腕を組み、ララは仲間外れにするなと憤慨し、ルルは転がっていたウェインのクロスボウから矢を抜き取り槍のように構えた。
さらに、皆がじりじりと相手の隙を伺うなか、森の中から突如として大きな影が姿を現し《鳥の王》へ襲い掛かった。
誰かが気が付き、あ、と声を上げた時にはもう遅い。
森の木々をへし折って飛び出した大百足は、《鳥の王》の脚に齧りつき、さらに長い体を使って絡めとるように締め上げた。
黒光りする甲殻に、不気味に蠢く脚、頑丈な顎と剣のような尻尾の棘、《古王樹》に遣わされた大百足であった。
「あ、忘れてたわ。大百足」
リリがぽかんと口を開けて言えば。アーロも妖精たちもその存在をすっかり忘れていたことを思い出した。
しかし、このまま見ているだけというのも引っ込みがつかない。
アーロは《王樹の枝槍》をしっかりと握りしめ、《鳥の王》へ向かって走り出す。
「後から来ていいところだけ持ってかれてたまるか! 俺たちで《鳥の王》をやるぞっ!」
「まったく。気をつけろよっ!」
アーロもエリーも、手柄を競い合うように駆け出す。
気を失っていたウェインも起き上がり、クロスボウが手元に無いと分かると収納鞄から一本の小太刀を取りだし、ずんばらりと抜き放つ。
また妖精たちも、他の長耳族たちも攻勢に続いた。
「ちくしょぉぉー!」
「『樹よ。守り人に力を』」
「ありがたいっ! 行けるぞっ!」
リリが力の限り叫んで《鳥の王》を攪乱し、ララの加護は妖精だけでなく長耳族にも力を与える。ルルは慣れない槍だが巧みに振るい隙を狙った。
先ほどまでは絶望的な状況だと感じていたが、今は違う。皆が力を合わせて戦い、負ける気など一遍たりともなかった。
アーロが隣を駆けるエリーを見やれば、どうした? という顔をして長耳がぴこりと動く。
その顔を見るだけで、腹の底から力が沸いて来るようだった。不思議な高揚のせいか痛みも感じず、傷を負った体は羽のように軽く、よく動く。
「覚悟しろよっ! 今夜は焼き鳥だぜ!」
アーロは絡みつく大百足の甲殻を瞬く間に駆け上がると、《鳥の王》の胴体に《王樹の枝槍》を叩き込んだ。
《鳥の王》を倒しました。
アーロの神格が2上がります。
雑感
大百足もちゃっかり登場です。
覚えてましたか?
次回、勝利の宴です。




