戦士の意地と戦友の誓い
「逃げましょ!」
怒気を露わにして今にも襲い掛かろうとする《鳥の王》を前にして、リリはいち早く提案した。
「賛成なの!」
「異議なし!」
ララもルルも賛成し、傷を負っているリリに両側から肩を貸し、逃走を図った。
だが、アーロだけはその場に踏みとどまり、背を向けることはしなかった。
「ちょ、お兄さん!」
「何やってるの!」
「戦うつもりか? 無茶だ!」
振り返れば腰を落とし身構えているアーロがおり、ぎょっとした妖精たちは口々に声をかけた。
だが、アーロはしっしっと追い払うように手を振るのみだ。
「先に行け。殿は、俺がやる」
「は! 何言ってんのよ!」
まったく聞く耳持たずといった様子を見て、妖精たちはとんぼ返りしてアーロの服の裾や耳をぐいぐいと引っ張り始める。
「お兄さん怪我してるじゃない!」
「リリもだろ。暴れると傷に障るぞ」
アーロは耳元でぎゃんぎゃんと声を出すリリを優しく払いのける。
「あいつ、黒いのよりももっと強いの!」
「それくらい見りゃ分かる。ほれ、さっさと行け」
服の裾を掴んで引っ張るララを摘み上げ、ぽんと後ろに放る。
「武器も無いんだぞ! 逃げよう!」
「いや、俺にはこれがある」
胸元にかぶりつくルルに当たらぬよう注意して、拳をぐっと握り、胸をどんと叩く。
「私たちを逃がすため? 頼んでないわ!」
痺れを切らしたリリが憤慨するように言い放つ。
それも理由としてはあったが、もっと重要なことがあった。
「あいつの仇は、俺だろ」
《鳥の王》は、あの黒い火噴き鳥を見て、一瞬で表情を変えた。
火噴き鳥には知性がある。何らかの関係が二匹の間にはあったのだろうと想像ができた。
また、《古王樹》も言っていた、他の火噴き鳥を率いてきたと。
配下かつがいか、はたまた親子か。とにかく黒い火噴き鳥を殺したアーロは、《鳥の王》にとっては怨敵とも言える。
仇討ち。討つ側が命を懸けて戦う理由には十分だ。そして挑まれる側もまた、戦士ならば応えるのが筋というもの。
故に、アーロは逃げるわけにはいかなかった。
「死ぬわよ!」
ぴしゃりと言い切るリリ。
ララもルルも心配そうに見ているが、それはおそらく負け、命を落とすことを見越した心配だ。
「やってみなけりゃ、分からないだろ」
そう。勝てるかどうかはまだ未知の段階だ。未知ならば、挑むことができる。
アーロ自身も理解はしているが、万が一にも勝てる可能性はあるかもしれないし、黒い火噴き鳥との戦いのように、土壇場で天が味方をするかもしれない。
しかし負けると思って戦っては可能性を掴むことはできるわけがなく、天も見放すだろう。
そしてまた、戦いに死ぬならば戦士の本懐というもの。つい先ほど戦士として戦い、強敵が現れれば尻尾を巻いて逃げ出す臆病者にだけは、なりたくなかった。
「どうしても!?」
「どうしても、だ。だが、これは俺の意地だ。お前たちは関係ない」
きっぱりと言い切るアーロ。事実これは一度心に決めたことは曲げたくないという男の意地のようなものだ。全く関係のない戦いに巻き込むつもりはない。
もともと妖精三匹組は《古王樹》の依頼により戦っていたのだ。依頼を達成したいま、逃げようが何をしようが当然のことである。
むぅとリリは唸り、やがて諦めたようにため息を吐いた。
「はぁ、しょうがないわね。それなら一緒に戦ってあげるわ!」
「リリ、頭は大丈夫か? さっき強く打ったのかもな……」
「きぃっ! 私は本気よっ!」
気の毒そうに頭をなでるアーロの手を払いのけ、きゃいきゃいと怒り出すリリ。
「ララも、ルルも、それでいいわね!?」
「……うん」
「ああ、いいぞ」
リリが勢いのまま怒鳴り散らせば、他の妖精たちも承諾した。
どう聞いても思いつきにしか思えないその言葉への反応に、今度はアーロが目を丸くする。
「無理しなくたっていいんだぞ。というか逃げろよ」
アーロが命を張る理由の半分は妖精たちを逃がすためだ。
だというのに、妖精たちは共に戦うという。
「さっき言ったじゃない! 私たちはもう戦友よ! 仲間よ!」
リリが当然よ! とでも言うように笑い、アーロの背後にぴったりとくっつく。
「恐いけど、痛いのも嫌だけど、仲間を置いて逃げるのはもっと嫌なのっ!」
半泣きになりながら、ララも同じくアーロの背中に捕まった。
「さっきは逃げてごめんなさい。でも今度は、逃げない! あんな奴怖くない!」
ルルも度胸が据わったようで、リリとララをさらに後ろから抱き留めるように背中にへばりつく。
そして三匹はやけくそ気味に、しかし声高らかに宣言した。
『私たち! 妖精旅団!』
「正々堂々、逃げはしないわ!」
「挑んだことを後悔させてやるのっ!」
「さぁ、かかって来るがいい!」
アーロの背中でぷるぷると震えながら、口々に叫ぶ妖精たち。
口先と、その心意気は立派だ。
ふっと笑い、アーロは拳を握り締める。その拳からは微かに燐光が零れ出した。
どうやらまだ天は見放さず、力を貸してくれているらしい。アーロはより一層笑みを深くした。
「よぉし。それじゃ、決戦といくか」
ぱんと拳を打ち鳴らし、腰を落として構えを取るアーロ。
《鳥の王》はといえば、堅牢な爪と脚で地面を踏み慣らしながら、終わったのか? とでも言いたげに首を傾げた。
どうやら、話がまとまるまで見て見ぬ振りをしてくれていたらしい。
さすがは王、納得の貫禄である。
「待たせたな。来いよ、相手になるぜ」
アーロが左手でちょいちょいと手招きをすれば、仕切り直しとばかりに再度咆哮を上げる《鳥の王》。
襲い来る衝撃に身を持っていかれないように踏ん張るアーロの背中からリリが声をかける。
「むぅぅぅっ! お兄さん! 勝つ見込みとかってあるの!?」
「いや! 思いつかないな!」
「うっそぉ! なんか策とかあるんじゃないの?!」
策、と言われてアーロは踏ん張り堪えつつ頭を回転させた。
確かに必要だ。逆境を跳ね返し敵の首領を倒す一発逆転の策が。
「……よしっ! 思いついたぜ!」
咆哮の衝撃が過ぎ去れば、アーロの頭脳に妙案が閃いた。
「ほんとっ! どんなの!?」
ララが待ってましたとばかりに聞き返す。
襟首は後ろからルルにがっちりと抑えられているので叶わなかったが。正直、策がないと言われるとブルッて逃げ出しそうだったのだ。
「いいか、合体攻撃だ。俺が気合を入れたらお前らが羽ばたいて、俺を浮かす。そのまま飛んで、いっけぇー! って敵に体当たりだ。相手は死ぬ」
「わけわかんないのっ!」
「ぜんっぜんよくない! お兄さんは何を言ってるんだっ!」
アーロが非常に頭の悪い案を冗談のつもりで口にすれば、生真面目なララとルルがぐりぐりと頭を背中に押し付けて抗議した。
つまり、策などないのだ。怯えぬようにときの声を上げて突貫し、相打ち覚悟で拳をぶち込むしかない。
《鳥の王》が一歩、脚を踏み出す。
その巨体によって踏みつけられた若い《王樹》の残骸が踏み潰される。
負ければああなるのは自分達だ。
それでもアーロはにぃっと顔を歪めた。上手く笑えているかは分からなかったが。
「はっはぁ! 行くぜお前ら! 笑え!」
止まりそうになる脚を一歩前に出す。己を鼓舞し、怖気を殺す。
背中を押す小さな温もりがありがたかった。
「え! うん! あーはっはっは!」
「あははは! うぅ、うぇぇーん!」
「泣くなララッ! ぐすっ」
《ゴォァァッ!》
死地へと向かうアーロと妖精たち。しかし受けて立つとばかりにさらに一歩踏み出そうとした《鳥の王》は、不意に胴体を守るように両の翼を広げた。
「ーーむ?」
対峙する巨大な火噴き鳥のその翼へ、短い矢のようなものが突き立つ。さらに続けざまに次々と放たれては突き刺さった。矢が刺さった部分は急速に渇き、生気を失って木質化していく。
木質化した部分は矢が突き立った部分の周囲のみで、《鳥の王》からすればかすり傷だ。だが新たな敵の襲来を警戒し、《鳥の王》は飛び退り距離を取る。
慎重で賢い。体も大きければ頭も大きいので知恵が回るのだろう。
「なに、なんなのっ?」
突然の出来事にララがアーロの肩口から顔を出して驚いていると、藪をがさがさとかき分けて一人の男が姿を現す。
足元は泥まみれで、腕や頬は擦り傷だらけ。だが、それでもその男は自慢気に己の武器を指した。
「すごいでしょ。《王樹》の枝を矢に加工したんだ。急造品だから呪いの効果は薄いけど、まぁ及第点だね」
男は、クロスボウを肩に担ぎながらただでさえ細い眼をさらに細くして、にっと人懐っこい笑みを浮かべた。
「アーロっち、久しぶりぃ。元気してた?」
相棒、登場。




