勝利の合図と本気の謝罪
戦いは終わった。
ふっと短く息を吐き、アーロは構えを解く。
その右腕の闘装[鉛の腕甲]が、かかる負荷に耐え切れなかったのかぼろりと崩れ落ち、ただの布へと戻る。
アーロは崩れた闘装を目にして一瞬だけ悲しそうな顔をするが、まだ終わっていないと頭を切り替える。
構えは解いたが、警戒を解きはしなかった。倒れ伏した黒い火噴き鳥へ歩み寄る。途中で地面に転がっていた手頃な大きさの石を拾い上げ、ゆっくりと近づく。
そしてある程度の距離から一気に駆け寄ると、黒い火噴き鳥の頭部へと手に持った石を思い切り叩きつけた。
生物の頭蓋骨は骨の中でも特に硬い。しかし何度も何度も石を打ち付けることで頭部は形を失っていく。
とどめとばかりに黒い火噴き鳥の右眼に突き立ったボルトを打ち据えれば、短い矢の先は頭蓋を貫通し地面へ突き刺さった。
そこまでやって初めて、体の力を抜き、脱力する。
何もアーロとて、死体をいたぶるつもりでやっているわけではない。相手は戦士だ。完全に絶命させたと確信するまで手を緩めるわけにはいかなかった。
これまでの傷をものともせず何度も立ち上がった黒い火噴き鳥の姿を見ているため、なおさらである。
戦士ならば、最後の余力を残して敵の油断を誘い、相打ち覚悟の騙し打ちを食らわせることくらいは平気で考えるからだ。
故に、胸部に風穴を開けただけでは殺し切ったと確信が持てなかった。相手は異世界の動物。心臓が胸にあるかさえ分からないのだ。
右腕の闘装[鉛の腕甲]は力を失いただの布へと戻ったので、そこらの石を拾い上げて即席の武器とした。いかな硬い頭蓋や筋肉とて、硬度は石に劣る。何度も打ち付ければ砕くことができた。
それにアーロ自身、格闘家というわけではない。
戦士だ。戦う者であり、剣があれば斬り槍があれば突き、弓と矢があれば射って殺す。武器が無ければ腕甲で殴り、それさえなければ石で打ち据え、何もなければ素手で戦う。
剣士や術士とは違い、戦う手段の形に囚われないのが戦士だ。
アーロは偽証や欺きをしない誓いを立てたため絶対にやらないが、勝つためならば、死んだふりや騙し討ちも選択肢に入るだろう。何としてでも勝つ。それが出来ねば死ぬ。それが戦士である。
そんなことを知っているからこそ、アーロは一切の油断なく黒い火噴き鳥にとどめを刺した。
アーロは血と脳漿にまみれた石を放りだし、その場に跪いて息を整える。
間違いなく強敵であった。勝てたのは、土壇場で力を手繰り寄せた自らの強運のおかげだろう。あるいは、天が味方をしたことに感謝すべきだろうか。
ふと思い立ち己の拳を握るが、そこには何の変哲もない手のひらがあるだけで、気合を入れても意識を込めても燐光は一かけらも零れ落ちることはなかった。
まぁいいかと問題は棚上げし、立ち上がると急に傷の痛みが思い出され、ふらふらと覚束ない足取りでアーロは歩きだす。
妖精たちの様子を見るためだった。
ルルは救い出したが、他の二匹の様子を確認しておきたかった。もし命を落としていれば、戦友として手厚く葬らなければならない。
幸いにも、泣きじゃくるルルの声から居場所はすぐに知れた。
近づくと、草むらの中には黒い火噴き鳥に放り投げられた守護虫の死骸がでんと横倒しになっており、その傍にルルが座り込んで大声で泣いていた。
「ルル。だめだったか?」
「……お兄さん、無事でよかったっ」
その様子から望みは薄いだろうと声をかけたアーロだったが、振り返ったルルは意外にも泣き笑いの表情だった。
そして、不意に明るい声が守護虫の死骸の下から響く。
「お兄さん! 疲れてるとこ悪いけど手ぇ貸してくれると嬉しいなっ」
「はやく退けてなの。これ重いしくっさいの」
どうやらリリ、ララの二匹ともは無事のようだ。
てっきり潰されて死んだかと思っていたが、彼女らはしぶとく生き残ったようだった。
アーロが傷を負った体に鞭打ち、苦労して守護虫の死骸を引き上げると、死骸の下から二匹の妖精が飛び出してきた。
リリは胴体に大穴が空いていたが血は一滴も出てはおらず、傷口は何やら粘性の液体に覆われている。
神秘の生き物、妖精は体の作りから人とは違うのだろうとアーロは勝手に納得をした。
「ふぃー。ありがと。いたた」
「助かった……。お兄さん、勝ったの?」
「当たり前だろ。楽勝だ」
こうしてアーロが助けに来ているということからララは既に予想がついているのだろうが、尋ねられたアーロは胸を張って答えた。
「うっそ、すごいわね! なんでララ分かったの?」
「えぇ……。お兄さんが助けに来てくれたから推測で……まぁいいの」
「うぅ。皆生きててよかった。とにかく勝ったんだ!」
先ほどまで泣きべそをかいていたルルの弾けるような宣言に、妖精たちはわぁっと盛り上がり歓声を上げた。
草むらから飛び上がり、息絶えた黒い火噴き鳥の死骸を見てくるくると周りを飛ぶ。
「うひょー! やったーっ!」
「すんごいの! 私たちやったの!」
「ふふふ! そう、どんな強敵でも打ち倒す!」
「それが私たち―-妖精旅団!」
空中で手を取り合い、びしっと勝利のポーズを決める三匹。
その喜びようを見ながら、アーロはやれやれと苦笑した。
とどめを刺したのは自分だが、共に戦う妖精たち三匹がいなければ勝敗は分からなかった。
これは全員の手で掴んだ勝利だ。などと感慨深さに浸るアーロであった。
そんな彼にリリからオファーがかかる。
「ほら! お兄さんも一緒に!」
「え、俺もか……?」
たしかにアーロは三匹を見てはいたが、別に混ぜてほしくて見ていたわけではなかった。
それに、見た目が可愛らしい少女である妖精がやるならまだしも、いい歳をした大人がポーズを取るのはなんだか気恥ずかしかった。
「あったりまえじゃない!」
「そうなの! 皆で勝利のポーズなの!」
「やろうやろう!」
しかしのりに乗った妖精たちは期待の眼でアーロを見上げていた。
断られるなどとは露ほども思っていない、純粋できらきらとした眼だ。遠慮するなどと言っても伝わらないだろう。きっぱりと断れば泣くかもしれない。
「……仕方ないな」
アーロは覚悟を決めた。どうせ森にはほかの者はいないので、旅の恥はかき捨てと割り切った。
「よっしゃー! せーのでいくわよっ」
喜び、元気よくリリが音頭を取る。
喜色満面でせーの、と声を上げる。
「困っている人のもとに颯爽と現れる!」
「可憐で強い正義の味方!」
「森の敵は私たちが討つ!」
「……あー。その、なんだ。めちゃ強い!」
「ちょっ、ちょっと待ったー!」
リリから待ったが入る。どうやらアーロのセリフがお気に召さなかったらしい。
「お兄さん、ノリが悪いわ! もっと真面目にやって!」
「お、おぉ。すまん」
リリはアーロの顔の前を滞空し、ぷんすかと怒りを露わにした。
その胴体に開いた大穴から地面に倒れ伏した黒い火噴き鳥の死骸が目に入り、お前の前でふざけてすまんな、とアーロは心の中で謝った。
いくら負けたとはいえ、遺骸の前で喜びのダンスを踊られたらいい気分ではないだろう。やられたのがアーロだったら間違いなくキレる。
そんな複雑な心境を知らず、リリがもう一度、せーの、と音頭を取った。
「お悩み事はすばやく解決!」
「任せて安心正義の妖精!」
「森を乱す者は……」
「……俺たちが討つ!」
「それが――妖精旅団!!」
ばばーんと盛大な効果音がリリから奏でられ、アーロと妖精三人組は勝利のポーズを決める。
ルルのナイスなアシストにより、何とか事なきを得たアーロだった。
何か大人として大切なものを犠牲にした気がしてならず、アーロは心の中で、本当にすまん、と黒い火噴き鳥に謝罪した。
そして――。
バキィッ! という破砕音と共に、一行の背後に何かが着地した。
「ん? なに?」
今日一番のいい気分に浸っていたリリが訝し気に振り返り、あんぐりと口を開けた。
続けて振り返れば、ララも、ルルも、アーロでさえも言葉を失った。
《グロロ……》
炎によって燃え尽きかけた《王樹》をへし折りながら着地したのは、赤、黄色などの極彩色の羽が生え揃う、ごく普通の色合いの火噴き鳥だ。
だがその大きさは、巨大という黒い火噴き鳥より一回りも二回りも大きい。
そしてその巨体をひと際目立たせているのは、天を衝くが如き鶏冠だ。
これまた巨大な翼を畳みゆっくりと首を持ち上げるその姿を見て、ララがぽつりと言葉を零す。
「《鳥の王》……そんな」
言われなくても、アーロにはなんとなく検討がついていた。
見上げるような巨体、周囲を睥睨する強者の物腰、頭に抱く鶏冠は王たる者の証だろう。
《鳥の王》は、ゆっくりとあたりを見回す。
やがて地に倒れ伏した黒い火噴き鳥の姿を視界に収めると、その両眼がきゅうと絞られ、剣呑な光を宿した。
その視線が向けられるのは当然の如く、死骸の前に立つアーロと妖精たち三匹である。
《ガアァァァァアッ!》
鳥類とは思えない声量と気迫を持った咆哮を発する《鳥の王》。
アーロは歯を食いしばり耳を塞いで踏ん張り耐えるが、宙に浮く妖精たちは吹き飛ばされてしまう程の衝撃であった。
ひとしきり吠え終えた後は、脚で地面を蹴りつけ、姿勢を低くする《鳥の王》。
攻撃の意図がある。間違いなく、敵と見なされていた。
「いや、すまんな。本当に」
アーロは今度こそ口に出して、黒い火噴き鳥に対してふざけたことを謝った。
黒い火噴き鳥を倒しました。
アーロの神格が1上がります。
雑感
まだ終わってませんよ。
《鳥の王》覚えてましたか?




