黒い火噴き鳥と戦士の戦い
森林世界の片隅で行われる、黒い火噴き鳥との戦いが幕を開けた。
その先手を取ったのは、以外にもララだった。
「『森よ樹よ。我らに力を』」
ララが紡ぐその言葉は力となって、妖精たちを包み込んだ。
加護妖精の力である。
木々はざわめき、森を乱す不届き者を討ち倒せとその力を貸す。
「うひょー! みなぎってきたぁ!」
その加護を受け、羽をはためかせて突っ込むリリの飛行速度がぐんと増した。
あっという間に接近し、振るわれた黒い火噴き鳥のしなる首を躱し、その耳元で大きく息を吸い込んだ。
そして。
「わあぁぁーー!」
絶叫。
ささやき妖精の力を使い増幅された大声量は黒い火噴き鳥の耳を直撃し、その衝撃は脳を揺らした。
くらりと頭を揺らしてたたらを踏んだ黒い火噴き鳥に、ルルが腰元の剣を抜き素早く肉薄する。
「はぁっ!」
気合と共に振り抜かれた《王樹の枝剣》は大人が手のひらを広げた程度の長さの木剣であったが、その刀身に蓄えた呪いの力を遺憾なく発揮し、斬りつけた胴体の一部の生気を奪い、木質化させる。
剣闘妖精たるルルの太刀筋は淀みなく、焼け焦げて羽毛が少ない腹部を正確に狙っていた。
妖精たちによる流れるような連携。支援、攪乱、斬撃。三位一体の連携攻撃であった。
「意外とやるな!」
脳が揺れたことで脚が止まり、斬りつけられた痛みにより身をよじった黒い火噴き鳥の懐に、やや遅れてアーロが潜り込む。
「おらっ!」
黒い火噴き鳥の懐へ入り込んだアーロは、木質化した胴体部分へと右の拳を振り抜いた。
人造闘装[鉛の腕甲]を以って放たれた拳は、木質化した皮膚を突き破って黒い火噴き鳥の腹部へとめり込み、肉を叩き骨を打った。
入ったが、まだ浅い。
《ゴアァァァ!》
黒い火噴き鳥の怒りの鳴き声と共に振るわれる右翼にリリとルルは慌てて飛び退き、アーロも放たれた蹴爪の一撃を警戒して距離を取った。
一撃や二撃程度では黒い火噴き鳥はびくともせず、対する妖精たちは一撃でも当たれば致命傷だ。
リリが攪乱し、隙を見てルルが切りつけ、危険が迫ればララが歌い、羽ばたく速度を上げることで逃れる。
それらをまとわりつく蠅を振り払うかのように黒い火噴き鳥が迎え撃つ。
アーロはその合間を縫って、重い一撃を叩き込むのだった。
「なぁララ! 加護を俺に掛けることはできるか?」
「えぇ……。お兄さん森の守り手じゃないから無理なのっ!」
地力が上がるなら便利だと思い提案するアーロだったが、にべもなく断られる。
おそらくは妖精にだけ作用するこの世界特有の不思議な力なのだろう、と判断し、頭から切り捨てる。
「ちょっとちょっと、喋ってないで戦ってー!」
助けを呼ぶ声の元では、リリが黒い火噴き鳥から執拗に追い回されていた。
鋭いくちばしが啄むように突き出され、宙を飛ぶリリは上下左右に激しく動いて躱している。
「あぁもうっ! 『樹の根よ、彼らを捉えよ』!」
ララが再度歌うように声を発せば、黒い火噴き鳥の踏みしめる地面が不意に盛り上がる。樹の根が急成長し脚を絡めとり、一瞬だが黒い火噴き鳥の動きが止まった。
黒い火噴き鳥が動きを止めたところに、左右からアーロとルルが攻撃を加える。ルルの一閃は躱されたが、アーロの拳はズドンと下腹部へ叩き込まれた。
絶叫し、脚を締め上げていた樹の根を引きちぎって暴れまわる火噴き鳥。
ひとしきり暴れ、やがて黒い火噴き鳥はめったやたらにすえた臭いのする吐瀉物をまき散らす。中でもいっそう強く吐き出された粘性の高い吐瀉物は、やや離れたところにいたララを狙っていた。
「ひゃっ。汚いのっ」
飛来したそれを間一髪で避けるララ。
吐瀉物の一塊はそれぞれ妖精の体長程もあり、それが勢いよくぶつかれば墜落する危険性がある。何より周囲の炎に引火したら小さな妖精は一瞬で火だるまとなるだろう。
事実、撒き散らされた吐瀉物は次々と引火し、辺りに熱気と煙を振り撒いていた。
「よっ。はっ! とーうっ!」
「リリ、危ない、ぞっ!」
危険なのはリリもルルも同様で、死角に入り込むようにして飛び回り吐瀉物を避けているほか、振るわれる翼を叩きつけられまいと時に大きく距離を保っている。
小さな妖精と、アーロが見上げるほどの巨大な火噴き鳥だ。振るわれる首や翼にひとたび打ち据えられればひとたまりもない。
故にどんな攻撃も当たるわけにはいかず、回避に気を割かれるため有効打を与えることは稀だった。
「ララッ! まだ歌えるか!」
「うん! でもこのまま長引くと結構しんどいのっ」
ルルの心配する声に、ぜぇぜぇと大きく息を吐いて答えるララ。
もとから体力が無いのか、加護を与えることが体力を消耗するのかは分からないが、当人のいう通り長期戦は望めないだろう。
「避けることに専念しろよっ! 死角をうまく使え!」
かと言って、アーロも大型の相手に致命傷を負わせるような攻撃手段は持っていない。
くちばしも翼も振るわれぬ懐へと一気に入り込み、蹴撃や爪の刃を躱し、胴体や下腹部、鱗に覆われた脚に全力で拳を叩きこむのだ。
自然と打ちつ打たれつの泥仕合を展開するほかなく、その戦い方は黒い火噴き鳥との体力の削り合いの様相を呈していた。
《ゴァァッ!》
吐瀉物を撒き散らしたことで一旦は溜飲が下がったのか、黒い火噴き鳥は威嚇をしつつも無暗に突っ込んではこなかった。
アーロと妖精たちを順に視界へおさめ、誰が脅威であるかを見極めるようにして様子を窺っている。
こいつは冷静にさせてはいけない、怒りで我を忘れているくらいが戦いやすい、とアーロは直感的に悟る。
黒い火噴き鳥は巨体に似合わず俊敏で、全身を筋肉という鎧に包んでいる。
ルルの《王樹の枝剣》で切り付けられようがアーロに殴りつけられようが怯むことは少なく、果敢に反撃を繰り返すのだ。
さらに片翼と右眼が無いことをよく理解しており、常に死角を補うように体全体や首を回し警戒を行っていた。
攻撃手段も多彩で、単純な巨体を利用した体当たり。鋭いくちばしによる刺突。しなる鞭のように打ち付けられる首や翼。巨体を支える頑丈な脚には鋭利な爪が並んでいる。
一対多数で波状攻撃を行うことでやっと渡り合える強敵であり、各個撃破を狙われれば不利だった。
ならば、前に出るしかない。
「どらぁっ!」
攻撃を打たせ、躱し、懐へと入り、一撃。胴体に拳を入れる。腕先に伝わる肉を貫き骨を粉砕する感触。
だが黒い火噴き鳥もやられてばかりではなく、鋭利なくちばしを叩きつけてアーロの左腕や肩を抉った。
さらに振るわれた蹴爪を右手の[鉛の腕甲]を以って防げば、ぶらりと広げられた翼が顔面を強かに打ち付けた。
「がっ! くっそ!」
痛み分けとなり、僅かに鼻血を噴きながらも後ろに下がろうとするアーロ。
しかし逃さんとばかりに火噴き鳥は肉薄し、黒光りする両脚の爪を幾度も振るった。
連続で繰り出されるそれを時に避け、時に防ぐが、一部は革鎧を貫通してアーロの太ももをざっくりと切り裂き、また防具のない左腕に幾筋もの切り傷を残した。
「お兄さん危ないっ!」
形勢を不利と見たのか、アーロと黒い火噴き鳥の間にリリが突っ込んでくる。
「このぉ! わぁぁぁっ!」
高速飛行で接近し、ありったけの空気を音の暴風へと変えて吐き出す絶叫。
ララの加護を受けて強化されたそれは黒い火噴き鳥へと叩きつけられ、狙い通りに怯ませた。
だが、それも一瞬だ。慣れたのか、あまりの声量に鼓膜が破れ振動が伝わらなかったのか。黒い火噴き鳥はすぐさま立ち直ると、小うるさい敵を一つしかない眼でギロリと睨み付けた。
「あ、やばっ」
《グァっ!》
リリは咄嗟に逃れようとするが叶わず、黒い火噴き鳥のくちばしによる鋭い突きがその腹部へと突き立った。
「あぐっ」
腹部を貫かれたリリはその勢いのまま放り投げられ、草むらへと受け身も取れずぼとり、と落ちる。
黒い火噴き鳥はその結果を満足そうに眺めると、不意に大きく後ろへ下がった。《王樹》を背に死角を狭め、迎え撃つつもりだろうか。
一人やられた。逃げるか?
助けられた形になるアーロは、負傷したリリを回収しこの場から逃走することが脳裏によぎる。
可能か? 危険だ。今のままでは追いつかれる。痛手を与えなければ。奴は火の海の中でも執念深く追ってきた。だがどうやって?
迷いは一瞬。だがその一瞬で流れは変わった。
「ララッ! リリを頼む!」
「わかったのっ!」
ルルは後方に控えていたララに負傷者を任せ、果敢にも羽を羽ばたかせて黒い火噴き鳥へ襲い掛かった。
「よせっ! 突っ込むな!」
「はあぁぁっ!」
アーロが声を上げるが、頭に血が昇っているのかルルは減速もせず、恐るべき速さでジグザグに飛びながら接近した。
向かい来る妖精を見て、黒い火噴き鳥が笑った、ような気配が感じられた。
黒い火噴き鳥は不意に姿勢を低くして、その足元にあった甲虫――焼け焦げた守護虫――をくちばしで持ち上げ、ぶん投げた。
首のしなりを利用して放り投げられた甲虫の死骸は、森の中を弧を描いて飛ぶ。
そして。
「リリッ! 無事?!」
「んなわけ、ないでしょっ!」
草むらの中に落ちたリリの元へ、ララが飛び寄る。
「ッ! ララ! 避けて!」
「え?」
二人が重なるタイミングをちょうど捉え、飛来物が襲った。
身を幾分か啄まれていたとはいえ、もともとが巨大な昆虫の体である。
さらに守護虫は甲虫であり、硬く大きな甲殻を持つため、その重量は体の小さな妖精からすれば到底支え切れるものではなかった。
「ぐぇ」
「あ――」
リリの蛙が潰されたような声と、ララの呆けたような声が重なり――。
ぐちゃり、と肉が潰れる音が森に響いた。
同時に、今まさに黒い火噴き鳥へ斬りかかろうとしていたルルの飛行速度が目に見えて落ちる。
「え? あれ?」
ララの加護によって与えられていた力が消えたのだ。
しかし既に勢いは止まらない。攻撃の直前、失速は最悪のタイミングであった。
リリがくちばしにより捉えられたことを警戒していたのか、ルルは黒い火噴き鳥の脚の下から潜り込むように接近していた。
力を失ったことで破れかぶれに振るわれた下から掬い上げるような斬撃は、黒い火噴き鳥の爪によりいとも簡単に止められてしまった。
それだけではなく、羽ばたきでの踏ん張りがきかず、ルルは《王樹の枝剣》ごと地面へ叩きつけられる。
「ぐぁっ!」
衝撃により木剣を手放し、打ち付けた全身の痛みに喘ぐルル。
続いて放たれた黒い火噴き鳥からの踏みつけるような蹴りを受け、地に転がった《王樹の枝剣》は粉々に砕け散った。
そして、踏みつけるような攻撃は止まらない。
怯えたように身を縮めたルル目掛け、今度は逆の脚が振り上げられる。
「い、いやっ!」
妖精からすれば黒い火噴き鳥は見上げるような巨躯だ。その大きな脚が容易に己の体を裂き、潰すことを理解したのだろうか。
逃げもせず頭を抱えて蹲ってしまったルルが爪により切り裂かれる寸前。
遅れて駆け出してきたアーロの左手により引き寄せられ、その身は宙へと放り投げられた。
「お兄さん――っ!」
放り投げられて空中で回転し、半べそをかきながら自分を見やるルルを見て、アーロはふっと笑った。
「逃げろよ」
アーロは駆け出してルルを救い出し、勢いを利用して背後へと放り投げた。
自然と、反動により自らの体は前に、火噴き鳥の脚が振り下ろされる位置へと飛び出した。
突然の乱入者にも黒い火噴き鳥は驚きもせずその足を振り下ろし、その爪はアーロの肩から胸を深く裂いた。
血しぶきが、舞う。
「お兄さん! いやぁ!」
普段の冷静さが剥がれて取り乱すルルの声を聞きながら、アーロは勢いのままに地面を転がり、すぐさま態勢を立て直す。
そして、脚を踏みきり逃げようがないタイミングで、黒い火噴き鳥の胸部へと右の拳を放った。
「おぉぉっ!」
狙ったのは、傷跡。
ウェインによって突き立てられたクロスボウのボルトが刺さったままの胸部へ、腰の捻りを乗せた拳を叩きつけたのだ。
発達した胸筋により止められていたボルトはその半ばまでが埋まっていた。それがアーロの拳によって打ち付けられ、黒い火噴き鳥の体内へと潜り込む。
《グエェェッ!》
心臓や肺などの重要臓器に突き刺さることを目論んで放った捨て身の一撃だったが、それは叶わなかった。
しかし体内をボルトがめちゃくちゃにかき回したことは確かなようで、黒い火噴き鳥は血を吐きながらのたうち回った。
その隙にアーロは飛び退り距離を取る。そしてなおも後ずさりながら己の傷の具合を確かめた。
胸部は革鎧で厚く保護されているものの鋭利な爪はその守りを突き抜けており、左の肩口から胸の中心程度までに深い切傷を負ってしまった。
ルルは間一髪助けられた。だが、いい一撃をもらってしまった。
「ルル! 二人を連れて逃げろっ! 生きてるかもしれねぇからっ!」
アーロが視線もやらずに怒鳴りつけると、ルルはうぅと唸り声のようなものを発し、しかし動かなかった。
自分を助けた怪我人を置いて逃げることに迷っているのだろう。
「邪魔だ! 行けよ!」
「う、うぁぁん!」
再度怒鳴りつけられ、ルルは本泣きをしながらも飛び立ち、草むらへと分け入って行った。
それでいい、とアーロは笑う。
事実、武器もない、攪乱も援護も出来ない妖精たちをかばいつつの戦いは無理だった。
やがて、十数秒もしないうちに黒い火噴き鳥は立ち上がる。
くちばしの端からは血が零れており、立ち上がった際に一度脚が滑り崩れ落ちかけたが、それでも立った。
「そうだよな。やるよな。お前は」
傷があるのはアーロも同様だ。胸の切傷の血は止まらず、痛みで頭がうまく回らなくなっている。
だが、痛みに立ち止まり、蹲るわけにはいかなかった。相手はとことんやる気なのだ。
黒い火噴き鳥はどれほど傷を負っても戦うことを止めない。初めて遭遇した際にも、その後火の海で相対した時にも。そして、今も同じだろう。
これは本能的に死を避けようとする野生動物としては異常であった。
命の危険や死の恐怖を感じた時、生物は自身を守ることを最も優先する。どれだけ血気盛んに戦うことができても、生物であればそれは同じだ。先ほどのルルのように、意識が防衛を選択するのだ。
だがそれに当てはまらない生物が一つだけいる。
命の危険を顧みず、どれだけ傷ついても目の前の敵に立ち向かう生き物。
相手の喉笛を噛み千切るか、己の心臓が止まるまで戦うことを止めない猛々しい生き物が、いるのだ。
「認めよう――お前は戦士だ」
戦士。戦いに生き、戦いに死ぬ者。
人ではないが、目の前の黒い火噴き鳥は確かに戦士であった。
誰が相手だろうが、何が相手だろうが、戦う以外の選択肢はないのだろう。
そして戦士と命を懸けて戦えるのは、同じ戦士だけだ。
戦いに死ぬ覚悟が無ければ、逃げ出す。生物としては正しい選択だが、戦士から見れば臆病者だ。
自分はどちらだろうか。アーロはふと思い返した。
かつてはアーロも戦士であった。己の心のままに生きたかった。しかし世界は思い通りにならないことの方が多く、そのため多くの敵と戦わなければならなかった。
いつからそうではなくなってしまったのか、自分では分からなかった。
守るものが出来たからだろうか、失いたくないものが増えたからだろうか。どんな理由があるにせよ、今の己は臆病者だった。
今回の戦いも、勝てそうならば勝ち、危険を感じれば逃げ出す算段をしていた。
そんな心根で、戦士に勝てるだろうか? よしんば勝ったとしても、その勝利に何の意味があるのだろうか?自分は今、本気で生きていると胸を張って言えるだろうか?
「言えないな。誓っただろう。約束しただろう。心のままに生きるって」
眼前の戦士は、黒い火噴き鳥は迷わないだろう。
傷を負っても怯むことはなく、己を痛めつけた相手にも臆することはない。今この瞬間にも相手の隙を窺い、息の根を止めようと画策しているのだ。
黒い火噴き鳥が、脚を一歩踏み出す。アーロに向けてだ。その赤い眼には尽きぬ闘志が滾っている。
それに応えるようにアーロもまた、拳を握り、覚悟を決めた。
「ありがとよ。お前を見て、迷いが晴れた」
今までは臆病者だったが、今この時から、己は戦士だ。
己の仕事も、世界の事情も、エリーのことも、草むらの中でいっそう大きくなったルルの鳴き声も、今だけは頭から切り捨てた。
その眼でまっすぐに捉えるのは、黒い火噴き鳥。
「礼として――お前を殺す」
口に出して宣言する。それは自らと結ぶ約束だ。果たすために戦い、果たせねば死ぬ。痛みが遠ざかり、代わりに体に闘志がみなぎる。
握りしめた拳からは淡い青色の燐光が零れだし、その幻想的な光景にアーロは一瞬目を奪われた。
それはかつて全盛期に己が手にした力。冒険者を引退し、もう二度と振るうことはできないだろうと諦めていた力。
この森に溢れる微かな神秘に感化されたか、《古王樹の実》により体に取り入れた神秘のおかげか、再びその力は発現した。
「土壇場で力を貸すってか。ありがてぇ」
ぐ、と拳を握る。脚を一歩踏み出す。
黒い火噴き鳥とアーロはお互いに一歩ずつ踏み出し、すぐさまそれは全速力の疾走へと変わった。
「うおぉぉぉぉっ!」
《グァァァァァッ!》
傷をおして、両者は叫んだ。
アーロは右腕の[鉛の腕甲]を包み込むように燐光を纏わせ、限界まで引き絞ったのちに拳を放った。
黒い火噴き鳥は疾走の速度を乗せ、驚くべきことに片翼を羽ばたかせ地を踏みしめて飛び上がり、蹴爪による横蹴りを放った。
お互いの持てる力を全て乗せた一撃。拳と蹴爪ががっちりと噛み合う。
以前同じように打ち合った時はアーロが押し負けたが、今回は違った。
「がぁぁぁぁっ!」
もはや意味を成さない叫び声しか発していないアーロは、己のありったけの力を拳へと注ぎ込んだ。
溢れ出る燐光により強化された[鉛の腕甲]は、ぎりぎりと軋みを上げながらも黒い火噴き鳥の蹴爪に打ち勝つ。
そして――アーロの拳は黒い火噴き鳥の巨体を貫き、その胸部に風穴を開けた。
アーロは拳を振り抜き、黒い火噴き鳥は着地をし、勢いのままに距離を開ける。そして、しばらくお互いに見合った態勢のまま、微動だにしなかった。
黒い火噴き鳥が息絶える瞬間まで、アーロはその紅い眼を見つめていた。
やがて黒い火噴き鳥の巨体は、静かに地に倒れ伏す。
森林世界の森の片隅で行われた戦士の戦いが一つ、終わった。




