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森の古き王と取引

 ひどく、喉が渇いていた。

 無理もないか、とアーロは納得した。昼間は炎に焼かれ、夕方まで森を走り回っていたのだ。


「あれぇ、なんかお兄さん苦しそうだよ?」

「まだ飲み足りないのー?」

「体が大きいからな。量が足りないんじゃないか?」


 半ば覚醒した意識に、きゃいきゃいとした少女特有の高い声が聞こえてくる。


「そっかー。次誰行く?」

「わたし、もう出ないのー」

「私もちょっと、今は出ないかも」


 夕方まで森を走り回ってから、どうしたのだったか。

 体はひどくだるく、重い。瞼を開けるのも億劫で、このまま寝ていたかった。


「うーん。しょうがないわね!」


 口元に、何か柔らかいものが当てられる感触がある。そして、ちょろちょろと水のような液体が流れ込んできた。

 渇きを感じていたので、口内に溜まったそれをたまらず飲み干す。

 不思議と甘いそれを喉を鳴らして体へ取り込む度、意識のもやは晴れて体のだるさが抜けていく。

 やがて喉の渇きを潤す水の勢いはおさまる。それと同時に、口元の柔らかい感触は離れていった。


「ふぅ。どう? お兄さん元気になった?」


 己への呼びかけもあってか、思考が回り出す。そしてアーロは、意識を失う前のことを思い出した。

 日暮れに逃げ込んだ樹の洞にいたのは、大百足だ。突然襲われて、逃げられもせず、腕を斬り飛ばされた。


「そうだっ! 腕っ!」


 覚醒は一瞬だった。あれだけ重かった瞼をかっと見開き、アーロは勢いよく上半身を起こした。


「あだーっ!」


 その拍子に、こちらの顔を覗き込んでいた妖精――リリ――と頭をぶつけ、宙に浮く彼女は踏ん張りも効かず飛ばされていった。


「痛っ。うおぉぉ! 俺の腕がねぇ!」


 体の節々は痛むが、アーロはまだ、生きていた。

 しかし腕を見やればそこに己の両腕はなかった。


「そうか、切られた。いや、そもそもなんで生きている?」


 左腕は肩口から綺麗さっぱりとなくなっており、右腕は上腕部から先がなかった。

 だが傷口はそのままというわけではなく、木質化した断面がかさかさに乾いて塞がれている。

 傷口を熱したナイフなどで焼いて塞ぐのと同じだ。乱暴とも言えるが、それがなければアーロは失血死していたことだろう。


「あたた。お兄さん、気が付いた?」

「よかったのー」

「私たちが来なかったら、危ない所だったんだぞ」


 そう声をかけるのは、ささやき妖精(ウィスプルフェアリー)のリリ、加護妖精(ブレスフェアリー)のララ、剣闘妖精(ブレイドフェアリー)のルルの三匹。

 アーロがいつか森で助けられた妖精三人組であった。


「そうそう! でもお礼なんていらないわ!」

「どこからともなく現れて~」

「困っている人を助けるんだ」


 そして三匹は手を取り合って何やらポーズをとると、声をそろえて宣言した。


「それが私たち――妖精旅団!」



  ◆◆◆◆◆



 アーロが意識を取り戻したとき、すでに夜は明けて火が昇っていた。


 妖精旅団、三匹の妖精たちの説明によれば、今は大百足やアーロがいた樹の洞を一時の拠点にしているらしく、日暮れに帰ってきたところで倒れ伏すアーロを発見したらしい。

 そして襲い掛かろうとした大百足を慌てて止め、さらに両腕から血を吹き出すアーロの処置を行ったのだという。

 処置というのも治療というわけではなく、剣闘妖精のルルが持っていた《王樹の枝剣》で傷口を薄く切りつけ、表面を木質化させて塞ぐという応急処置だった。

 そのことについてルルは申し訳なさそうな顔をしていたが、アーロは礼を言った。傷を塞がれなければそのまま失血死していたのだ。応急処置だろうがなんだろうが、命を救われたことは確かだった。

 

 しかし傷を塞いでも大量の血を失ったことは確かで、意識を失っており発作などのショック症状が出てもおかしくはない状態であった。

 そこで、彼女たちはアーロに妖精水を飲ませつつ回復を待っていたのだ。

 妖精水とは、妖精が朝露を飲んでその身に蓄えるもので、滋養強壮や傷の回復に効果を発揮するのだという。妖精たちはそれを弱っている森の植物に分け与えたり、怪我をした獣を癒すために使うのが仕事の一つだ。

 アーロが大した後遺症もなく回復したのも、三匹から妖精水をたっぷりと与えられたからであった。

 ちなみに、好奇心から妖精水をどこから出すのかを尋ねたが、顔を赤らめて話をはぐらかされた。

 そして意識がはっきりしており両腕がない以外は調子が良いというところで、会ってほしい者がいると外に連れ出されたのだ。

 アーロは両腕がない状態で体のバランスを取ることに苦労しながら、リリたちの後を追って樹の洞から外へと出てきた。


「んで、誰に会うんだ?」


 アーロが辺りを見回すが、特に誰かがいるわけではないようだ。

 一瞬、妖精を介して大百足とでも話をさせられるのかと考えたが、そうではなかった。

 その声は、思わぬところから降ってきたのだ。


『お目覚めかな? 異界の旅人よ』


 その声はアーロの背後、今しがた出てきた樹の洞の方から。正確に言えば樹全体から響いていた。


「これは、樹が喋ってるのか?」

「まさか! これもささやき妖精であるわたしの力よ! こちらは《古王樹》様。失礼のないようにね!」


 リリがえっへんと胸を張る。

 ささやき妖精であるリリは、声や音を扱うことが出来る。音を響かせることで、あたかも樹が話しているように思えるが、今は《古王樹》の意思をアーロにも分かるように声に変換しているのだ。


『ほっほ。みなからは古王樹なんぞと呼ばれておるが、ただの枯れかけた老いぼれじゃよ』


 しかも威厳たっぷりの老獪な話し方と低い声に変換する、という気の利かせ方であった。

 妖精は変なところにこだわる傾向があり、芸が細かいのだ。


「はぁ。初めまして、というのも変だな。勝手に入り込んで一晩明かしてしまった」

『よいよい。儂の方こそ、いきなりすまんことをした。守護虫は樹を守ることに躊躇はせんのじゃ』


 守護虫と聞いて、やはり、とアーロは得心がいった。

 あの大百足はやはり、この《王樹》を守る役目を負ったものだったのだろう。

 相対する樹は枯れかけており青々とした枝葉はないが、長耳族の集落の《王樹》よりも太く大きかった。太く大きいということはそれだけ樹齢を重ねているということであり、《古王樹》と称されるのも納得がいった。

 昨晩は怪我のせいか、追われる緊張感からか、夜が近かったためか、樹の洞に逃げ込んだ時はとにかく余裕がなかった。

 巨大な樹は《王樹》であり、それを守る守護虫がいるということに気が付けなかったのは己の失態だ。少しでも警戒や観察ができていれば、守護虫に襲われることもなく、腕を失うこともなかっただろうか。


「いや、それについては何も……とは言えないが、問題はない。俺の不注意だった」

『ほう? 己の失敗を認めることができるとは、なかなかできん事じゃな』

「普通だろ。それで、《古王樹》様はこの間抜けな男と話してどうするんだ? 周りの草抜きとかの力仕事なら、ご期待に沿えないぜ」


 アーロは肩をすくめようとしたが、動いたのは右腕の上腕部のみだ。それでも自嘲気味に笑ってみせる。

 だがそんな姿のアーロを見ても、《古王樹》は何かしら頼みたいことがあるようだった。


『おぬしと、取引がしたいのじゃよ。お互いにとって悪い話ではない。じゃが、まずはこれをやろう』


《古王樹》がそう言うと、枯れかけた枝の一つが芽吹き、あっという間に小さな実をつけた。

 ララが飛んでいき、その実をもぎ取って戻ってくる。


『それは、話を聞いてもらう報酬のようなものじゃ。我らとは違い、若者の短い生の時間を使うのじゃからな。遠慮せず口にするがよい』

「はい、お兄さん。あ~んしてなの」

「む……」


 大きさで言うとチェリーや野苺程度のその実を、ララが手ずから食べさせようとしてきた。

 本人(樹だが)のいる前でその実を口にすることに若干の抵抗を覚えたアーロだったが、ぐいぐいと押し付けてくるララに根負けして口へ含んだ。遠慮するなと言われているからよいのだろう。

 小さな実だが噛んだ果肉はみずみずしく、じゅわりと果汁が溢れる。中に種はなく、そのまま噛んで飲み込むことができた。


「うむ。甘い――ぐぅっ!」


 ほんのりと甘いそれらを飲み込むと、不意に体が熱を発した。

 胃の中から丹田と呼ばれるへその下付近までが煮えるように熱く、アーロは思わず呻り、身を折って熱に耐えた。

 しばらくして腹の中に生まれた熱が収まったかと思えば、今度は両腕の傷口が熱を持ち、信じられないことが起きる。

 《王樹の枝剣》の効果によって木質化していた傷の断面が、乾いた表皮が剥がれるようにその木質部分が崩れ落ち、中から新しい肉が覗いていたのだ。


「がぁぁぁっ!」

「ひぅっ!」

「だ、大丈夫かっ?」


 両腕の傷口に感じる耐え難い熱と痛みにアーロは膝をつき、痛みを少しでも散らすために吠えた。

 その声量は実を食べさせたララを怯えさせ、見守っていたルルが心配して背中を撫でさする。

 やがて痛みと熱が過ぎ去ると、アーロの傷口は塞がり、骨が形成され肉が盛り上がっていた。


「げほっ、まじかよ」


 アーロは痛みから軽くえずきながらも、己の両腕を観察し目を向いた。

 肩口から断ち切られた左腕は上腕部まで、右腕に至っては肘元までが再生されていた。


『すごいでしょ? ……じゃなかった、すごいじゃろ? それが《古王樹の実》。そこらの《王樹の実》よりも格段に効き目があるぞい』


 我がことのように胸を張り、リリが通訳をする。

 誇らしさのあまり、話し方が素に戻っていたが、それはともかく。


「腕が再生するだと?」


 《王樹の実》は病を治し傷を癒すとは話に聞いていたが、無くなった四肢を再生するほどの効果とは聞いていなかった。おそらくはこの《古王樹》が特別なのだろう。

 傷口から新しく生えた、と表現する方がよい両腕を動かしてみるが、痛みもない。

 あちこちを眺めるが、昨日己と泣き別れた腕となんら遜色なく動かすことができた。再生によって原初の状態が形作られたのだろうか、日焼けや傷跡もない綺麗な腕だった。


「すげぇな異世界。今までで一番驚いてるわ」


 これほどの効き目であれば、不慮の事故により四肢を失った者や、病により眼や臓器を悪くした者も回復させることが可能かもしれない。

 そして、アーロももう一つ口にすれば。両腕は指の先まで元通りになるかもしれない。そんな期待を抱いた。


『では、本題に入ろうかの。先も言ったがこれは取引じゃ。報酬は《古王樹の実》。さらに大きなものを食べれば、おぬしの腕も完全に再生するじゃろう。どうじゃ? 聞く気になるじゃろう?』


 古き森の王は、そういって取引を持ち掛けた。

 何とも魅力的な話だった。とんでもなく痛いことさえ我慢すれば、腕が元通りなのだ。

 残る問題は、対価として何をさせられるかだった。


「話を聞こう。何をするんだ?」

『おぬしには、火噴き鳥を討ってほしいのじゃ。もちろん、報酬は先に渡そう』


《古王樹》から持ち掛けられた取引は、自らや森を害する可能性のある火噴き鳥を退治してほしい。というものだ。

 相手は、アーロ達が相対し手傷を負わせたあの黒い火噴き鳥だ。


「あの守護虫、大百足なら火噴き鳥くらい楽勝なんじゃないのか?」


 アーロは当然の疑問を口にした。《古王樹》の加護か、大百足は僅かながら神秘を纏い、その力は強大であった。

 負傷していたにせよ、アーロが足も出ないほどだ。黒い火噴き鳥などものの数ではないように思えた。


『敵は一体ではない。しかも《鳥の王》が現れておる』

「《鳥の王》?」

『ああ。森を焼き、我らを食らう鳥どもの親玉よ。それにあの不可思議な黒い火噴き鳥……。つがいか親子かは分からんが、各地の若い《王樹》が襲われて焼かれておるのだ。同胞達の助けを呼ぶ声、怨嗟の声が森に満ち、耳をすませば聞こえてきよる』


 樹には耳などないだろうに、リリの通訳によりアーロに分かりやすく表現がされていた。

 やはり知的生命体である《王樹》同士、何らかの手段によって情報をやり取りしているのだろう。


『確かにおぬしの言う通り、大百足ならば火噴き鳥を倒せるじゃろう。だがいかに強くとも一度に守れるのは一か所だけじゃ。それに、二対一ともなればその勝敗は分からぬ』


 つまり、あの黒い火噴き鳥とは別に《鳥の王》と呼ばれる強力な個体が現れており、大百足はそちらの相手をするのだ。


「なるほどな。俺は先陣、または片方の引きつけ役か」

『そう卑下するでない。分担というやつじゃ。おぬしには黒い火噴き鳥の相手をしてもらいたい。どうじゃ?』


 黒い火噴き鳥と決着をつける。アーロとしては頼まれるまでもないことだった。

 いつ長耳族の集落を襲うかも知れぬ手負いの獣を野放しにしてはおけない。そのうえで、両腕を治してもらえるというのならばまさに渡りに船であった。


「いいぜ。受けよう」

『取引成立、じゃな。持っていけ』


 先ほどと同じように枯れかけた枝に《古王樹の実》が生み出される。

 今度はルルが取りに飛び、大人の拳程の大きさの実をもぎ取ってアーロの元へと抱えて運んできた。


「いいのか?」

「ああ、どうってことないさ」


 あ、と大きく開けられたアーロの口に、ルルはそっと《古王樹の実》を差し出す。

 一口二口と齧りつき、半分ほどになればそのまま口に含んで噛み砕く。先ほどの実と同じように種はなく、そのみずみずしい果肉を存分に味わい、胃に落とした。

 そして、襲い来る臓腑が焼けるような熱と痛み。


「ぐぅぅぉおおぉあぁぁっ!」


 意味を成さない言葉が叫びとなって口から吐き出され、アーロは地面に倒れ伏し、激痛に身をよじった。

 そしてその叫びは留まることがなく続く。


 リリは「大丈夫? ねぇ大丈夫?」とおろおろとわめき、ララは身を縮めて眼を閉じ耳を塞いでしまう。

 ルルはその小さな拳をぎゅっと握り、のたうち回るアーロを静かに見守っていた。


「がぁぁぁっっ! づっ! あぁぁぁ!」


 己の舌を噛み千切り、それさえも再生させながら、アーロはただ吠えた。

 力が込められたその両腕は、もこもこと肉が盛り上がり形が形成されていく。やがて指先まで新たな肉と骨が形成された後、しばらくしてアーロは正気を取り戻した。


「げほっ……かはっ。きくなぁ、これ」


 口の中に溜まった血をぺっと吐き出し、うめきながら立ち上がるアーロ。

 その両腕はしっかりと地面を掴んでおり、自らの意思の通りに動いた。


「お、お兄さん、もういいのか?」

「あぁ。なんとかな、飲み物あるか?」

「はいっ! 持ってくるっ!」


 少しの間だが全力で叫んだおかげで喉はからからに乾いていた。

 噛みちぎった舌も生えて来てはいたが、口の中は地の味しかせず、何かで洗い流したかった。

 心配そうに問いかけたルルに飲み物を頼めば、慌てて樹の洞の中へと飛び立っていく。

 その間、アーロは新たに生えた自分の腕を眺め、手のひらを握ったり開いたりして調子を確かめていた。


『腕の調子はどうじゃ?』

「……なんか違和感があるな。自分の腕じゃない感じというか、調子はむしろ良いんだが。まぁ、いい感じだ」


 アーロを心配そうに見ながらも通訳を行うリリと、青ざめた顔で地に吐かれた血とアーロを交互に見やるララ。

 二人を安心させるように親指を立ててやると、どこかほっとしたように顔が緩んだ。

 そこに、ルルが水筒の魔術具を抱えて戻ってくる。どうやらアーロの少ない荷物は外されて樹の洞の中に置いたままになっているらしい。


「ど、どうぞっ。中身は私の妖精水です」


 ルルは顔を赤く染めながら、水筒をうやうやしく差し出した。

 すごい言い方だなと思いながらアーロは水筒を受け取って蓋を開け、口をつける。

 片手しか動かず難儀していた時を思えば、さらに両腕がなくなったことを思えば、手を使える今のなんと貴きことか。

 喉が渇いていたのでごくごくと飲み干す。今朝の起き掛けに飲まされた妖精水とは違い、檸檬水のような爽やかさが微かに感じられた。

 ただ一杯では足りず、水筒の魔術具[夢幻の泉]を作動させて水を生み出し飲み込む。さらに顔にもかけて滲んでいた脂汗などを洗い落とした。


「ふぅ、染み渡るぜ。ありがとうな」

「い、いやっ。これくらい当然だ!」


 妖精水をごきゅごきゅと飲み干したアーロを見て顔を赤くしていたルルに礼を言うと、弾かれたように返事をした。

 からかうと面白そうな様子からか、普段のルルの凛とした雰囲気からか、アーロはふと、エリーのことを思い出していた。


 エリー。愛しき長耳の女戦士。

 火の海で別れてから、既に丸一日は経過している。無事に集落へ逃げ帰れただろうか。そして、今はどうしているだろうか。


《古王樹》の弁によれば、火噴き鳥の親玉が森をうろついているらしい。

 もしも己を探すために森へ入っているとしたら、危険だ。

 どうにかして無事であることや場所を伝えることが出来ればいいのだが。とアーロは考え、ふとリリを見た。


「どうかした?」

「なぁリリ、お前の力で森の妖精と連絡が取れないのか?」


 一瞬きょとんとした後、喜色満面の笑みを浮かべるリリ。頼りにされることがそんなに嬉しいのだろうか。


「え、えへ。私の力で? ま、まぁどうしてもってお願いするなら、力を貸してあげるわ!」


 偉そうに腕を組んでふんぞり返り、勢い余ってその場で宙返りをしてしまうリリ。

 そんな様子を見ながら、アーロはあぁ前にもこういうやり取りがあったような、と微笑ましい気持ちになっていた。


「え? なに? それは無理って? なんで? えぇ、そう……」


 だが、リリは《古王樹》から何かを伝えられたのか、途端に渋面を作った。

 そしてコホン、と咳払いをして、重々しく口を開く。


『異界からの旅人よ。それは無理なのじゃ』

「いやそれは分かったから。普通に喋れよ」

「むむ! いいじゃない! 雰囲気出るでしょ! 無理なのは、お兄さんも聞いてみればわかるわ!」


 ぷんすかと怒るリリだが、怒っている場合ではないと自覚しているのか、気を取り直して大きく息を吸い、透き通るような声色で話し始めた。


 ――森のみんなで遊びましょ。今日はこんなにいい天気。

 ――森のみんなはどこにいる? 何をしてるの? 私に教えて。


 リリが静かに歌のように話し終えると、周囲に光の玉――妖精が集まり、ささやき声のようなものが響き始める。


 ――無理無理無理のかたつむり。

 ――森ちょー炎上。炎上ちゅー。

 ――炎上発生! 炎上発生!

 ――逃げろー! 乗り込めー!


 なにやら残念な話し方のささやきが繰り返された。


「……なんか、前に聞いたのと雰囲気が違わないか?」


 妖精ってもっとこう、儚気で神秘的な感じではなかっただろうか。とアーロは首を捻った。

 だがその違和感も、妖精三人組からすれば一大事に焦っているという感じに受け取ったらしい。


「うぅん、みんな大混乱してるよ! これはやばいよ!」

「いつもはもうちょっとおとなしい感じなの~」

「森の妖精は私たちと違って、神秘的でか弱い設定で通そうとしてるからな。それを投げ捨てる程の緊急事態だ」

「あぁ、そうなの。妖精ってそういう設定だったのか」


 図らずもアーロは妖精に関する情報を仕入れてしまった。心底どうでもいいので報告書には書かないでおくことにする。


『ん、ゴホン。分かっただろうう? 火噴き鳥により森が燃やされ、妖精たちも住処を捨てて逃げまどっているのだ。今のまま噂話を森に流したとしても、かき消えてしまうだろう』

「なるほどな。とりあえずは火噴き鳥を倒すことが先決か」


 ひとまずは連絡を取ることは諦め、アーロは目の前の脅威を排除することに意識を向けることにした。

 長耳族と連絡は取れないが、彼らも森や火噴き鳥に関しての玄人である。今の森が危険という情報も仕入れているだろうし、そうなった場合に身を護る対処法も確立されているだろうと考えたからだ。


『頼んだぞ。火噴き鳥へは、妖精たちの声を辿れば行きつくじゃろう。そのために妖精旅団にも同行してもらう』

「ふむ、確かに燃えている箇所を聞き出して辿れば火噴き鳥に行きつく、か。しかしお前ら、戦いに巻き込まれるがいいのか?」


 妖精旅団と呼ばれたことで三匹揃って背筋を伸ばしている妖精たちに尋ねた。

 アーロの頭と同じ程度である三匹の体格的に、火噴き鳥のような大型の敵との戦闘に向いているようには見えなかった。

 加えて三匹の中で武装しているのは剣闘妖精のリリが《王樹の枝剣》を腰に吊っているのみだ。


「ふっふっふ! 愚問ね!」

「もともと私たちは、火噴き鳥と戦う手助けをしようとしてたの~」

「困っている《古王樹》様を助けるのも、人助けだからな」

「ふぅむ。まぁ、問題ないか」


 三匹ともそろって、やる気のようだった。

 戦うにせよ何かしらの策があるのだろうと推測し、ひとまずは良いかとアーロは納得した。索敵のために同行するのが主で、矢面に立つのは自分で良いと考えたからだ。


『話はまとまったかの? 準備が整ったらさっそく出発してくれい。焼かれる若い《王樹》を助けなければならん』

「分かった。すぐに出よう。俺の武具はどこにある?」

「それなら樹の洞に置いたままなの~」

「取ってこよう」


 ララとルルが飛び立って行き、戻ってきたその手にはそれぞれ片腕ずつの[鉛の腕甲]が抱えられていた。


「あったの~」

「ほら、片方は壊れちゃってるけど……」


 ルルのいう通り、左腕の[鉛の腕甲]は鉛が溶けた形のまま固まっており、もはや使える状態ではなかった。

 だが右腕の[鉛の腕甲]は無事であり、アーロが意識を失ったことで布製の腕覆いへと姿を戻していた。

 通用、脚や腕に装着する闘装は二個一対で揃えられているだけで、別個のものだ。片腕のみに装着しても問題なく使用可能であった。


「左腕のものは使えないか……『解装』」


 寂しげに闘装に込められた力を解除する言葉を呟けば、左腕用の[鉛の腕甲]は溶けた鉛の防具からただの布へと姿を変えた。

 その布に込められた神秘は使い果たされており、二度と闘装として使えることはない。かつてアーロが冒険者だった時、駆け出しの頃から愛用しており、生活のために持っていた闘装のほとんどを質に入れながらも、最後までなんやかんやと理由をつけて手元に置こうとし、結局引き渡してしまった思い出の品、その片割れが無くなってしまった。

 アーロは少しだけ寂寥感を覚えるが、頭を振って気持ちを切り替えた。

 そしてただの布となったものを懐へ仕舞い、右腕に[鉛の腕甲]を装着する。そして水筒の魔術具を腰に吊るせば準備は整った。

 左腕の服と革鎧は肩口から切り裂かれたため無くなっており、腕が丸見えである。右腕も[鉛の腕甲]こそあるが、同じく服や鎧は上腕部から切り取られている。

 なんともボロボロな風体だったが、その体は気力がみなぎっていた。


 普段よりも調子が良いように感じるのは、万病に効き傷を癒すという《古王樹の実》を食べたからだろうか。それとも大量に摂取した妖精水のおかげだろうか。

 アーロは伸びや屈伸運動をして体を解す。新たに生えた両腕は良い意味で、僅かだが感覚が違う。戦う前に馴らしが必要そうであった。


『頼んだぞい。《鳥の王》と出くわしたら、構わず逃げるがよい、あれの相手は大百足じゃ』

「分かった。……出る前に一つ、尋ねたいことがある」

『なんじゃ?』

「……あんたはこの世界の、神か?」

『ほっほっほ。残念ながら、違うぞい』

「そうか」


 それだけ言って、アーロは歩き出した。

 通訳をしていたリリが不思議そうにアーロと《古王樹》を見やっていた。ララやルルも同様だ。


「何してんだ、行くぞ。道案内してくれ」


 だが、アーロの呼びかけにはっとしたように応え、意気揚々と羽ばたいてその背を追った。


「うん! 分かったわ、行くわよ!」

「はいなの~」

「《古王樹》様、行ってまいります」


 連れ立って歩き出す一人と三匹。

 その背を見送る《古王樹》の枯れかけた枝が、手を振るように風に揺れていた。



「そういえば、切られた俺の両腕ってどうなったんだ?」

「あー、その、とっても言いにくいんだけど……食べられちゃったの」

「食べられた?」

「そう、大百足に……」

「そうか、いや、うん。別にいいんだ今は生えてるし」

「止めたんだけど……ごめんね」

「いいよ、別に」

「おなか、壊さないといいね……」

「片腕はローストだから、まぁ。あの巨体からしたら少しだし、大丈夫なんじゃないか……」

「……うん」


古王樹(エルダートレント)

 《王樹(トレント)》の中でも樹齢の高い者の事を指す。

 森の守り手であり、脅威となる鳥に対しては強き獣や虫と取引を行い排除しようとする。

 取引や交渉が大好き。


《古王樹の実》

 おじいちゃんの知恵と栄養がいっぱい詰まった美味しい実。

 エリクサー的な立ち位置。

 

《妖精水》

 妖精たちが朝露を飲んで身に蓄える水。

 滋養強壮、体力回復から美肌効果まであるスーパー飲料。

 天然成分由来で子供から大人まで安心して飲める。


《古王樹の実》を食べました。

 アーロの神格が2上がります。


《妖精水》を口にしました。

 アーロの神格が1上がります。


雑感

 神格は「レベル」と読み替えてください。

 そしてここらに書いてあるのは、本編にはあまり関係がないようなフレーバーテキストです。お楽しみください。

 

 妖精水。皆さんはどこから出ると思いますか?

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200ブックマークや1万アクセスを越えました! ありがとうございます。

これからも更新頑張ります。

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