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選択する者と決意する者

「捜索が出せないとは! どういうことだ! 長老!」


 エリーは怒気も露わに声を上げる。

 長老の居住である、《王樹》の部屋の一室でのことである。

 昼過ぎに森で黒い火噴き鳥と出くわして辛くも集落へと逃げ延びたとき、既に日は傾きかけ、赤い夕陽が集落を照らしていた。

 マヤとエリーはすぐさま人を呼び、火噴き鳥と邂逅したこと、丸耳族の者が一人、森に取り残されたことを伝えてまわった。

 そして長耳族の守衛の一族を招集し捜索隊を組織しようとした矢先、集落の長老であるマガから待ったの声がかかったのだ。


「落ち着くのだ。エリー。捜索を出さないとは言っておらん」


 長老は集められた捜索部隊に待ったをかけ、集落から一定以上離れることを禁じ、人員を厚くして集落の周辺の見回りを命じた。

 まるで何かから身を、集落を護るかのような配置であった。

 エリーはそれを見て、なぜ捜索の手を森に広げないのか、と長老に詰問したところ、今すぐ捜索隊は出せないと返されたのだ。


「ならばいつ出せるんだ! 今も我らが友は森を彷徨っている! それも火噴き鳥に追われながらだ!」


 目上の者だろうが、エリーは力強く詰め寄っていた。自らが間違ったことは何一つ言っていないという自負があった。

 友好関係を築こうとしていた丸耳族の者を見捨てたようなことは、この世界の民の沽券に関わる。そしてもちろん、いくばくかの私情もあった。


「エリー、若き戦士よ。激情に駆られてはならん。心を落ち着かせ耳を澄ますのだ」


 烈火の如く怒るエリーとは対極的に、マガ長老は水面のように静かだった。

 冷静にエリーを諭すその姿はまさに、厳格な長老であった。

 マガ長老が指を差し出すと、弱弱しく光る妖精が現れ、その枯れ木のような指先にとまった。

 エリーもまた、その妖精の弱った様子を見て口をつぐむ。しばらくすると、辺りの物音が消えて妖精たちのざわめきが聞こえてきた。


 ――助けて……。助けて!

 ――森が、樹が、家が燃えてるの。

 ――熱いよ……。怖いよ……。

 ――いや……。みんな……。


 助けを呼ぶ声、誰かを探す声、悲しみの声が溢れていた。

 マガ長老は重々しく頷き、指を振ると妖精たちの声はかき消えた。


「森が……燃えている?」

「今朝のことだ。食料採集に赴いていた一団が、火噴き鳥に襲われた」


 火噴き鳥、その単語にエリーの耳がピクリと反応する。


「一団はすぐに隠れて逃げ帰ったが、報告によれば見たこともない大きさだったという。おそらくは……《鳥の王》だろう」


 長老の言葉を静かに聞き入っていたエリーだが、知らず、拳を握り歯を噛みしめていた。


《鳥の王》。巨大な火噴き鳥。

 いずこから飛来し森を焼く鳥たちの親玉。ひとたび現れれば森の生物に甚大な被害を与える凶暴な個体の総称である。

 エリーが幼い頃、母を失う原因にもなった敵ともいうべき存在である。一度は守衛の戦士たちが撃退し、後に成長したエリー自身が打ち取った《鳥の王》だが、火噴き鳥も世代交代を繰り返し、再び強力な個体が現れたのだ。


「私たちも、今日の昼頃に黒い火噴き鳥と遭遇しました」

「その報告は聞いている。黒い個体は亜種か、変異個体かも知れぬが……。《鳥の王》が率いてきた子か、つがいと見るべきだろう」

「ならば……なおさら! 丸耳族の者を探しに行かねば! 彼の者が危険です!」


 エリーは長老に食って掛かった。

 黒い火噴き鳥に追われ、《鳥の王》まで現れた。今の森は危険地帯だ。妖精たちの様子から、あちこちで火の手が上がっていると予想できる。

 そんな場所に、アーロが取り残されている。


「捜索隊を出させてください! 集落の周りだけでは見つかりません! もっと奥に行かないと!」


 集落の周りにはいない。それは確信ともいうべきことだった。


 ――丸耳族は、森に迷う。


 森歩きの得意不得意の問題ではない。

 妖精が惑わすのか、何か不可思議な力が作用するのか、森の奥へ奥へと進んでしまうのだ。


「行ってはならん」

「何故ですか!」


 だが、長老の許可がなければ捜索隊は出せない。言いつけを破ることを個人に頼み込んでも、ついて来てくれる者は少数だろう。

 長耳族は部族社会であり、集落の長老や部族長の権限が強い。それは決して長の独断や横暴ではなく、森の中で身を守り種を存続させていくための規則や知恵によるものである。


「エリー。守衛の一族の若き戦士よ。友を、皆を守れ。森の奥地への捜索は火噴き鳥を倒すか、追い払うまで待つのだ」


 長老は言う。外敵から集落を守る、そのための守衛の一族である。と。


「異世界からの者は、友ではないと?」

「そうではない。友好を結ぶべき友じゃ。だが、異世界からの一人と集落の皆ならば、わしは長老として集落の皆を守る選択をしなければならん」


 そこまで聞き、エリーはくらりと眩暈を感じた。立っていられなくなり、その場にぺたりと膝をつく。

 集落を守る。それは理解できる。だがそのためには、異世界からの旅人一人は見捨てると言っていると同義だった。


「私は……置いて逃げたのです」


 エリーは顔を覆い、嗚咽を漏らした。

 あの時、なぜ炎を突っ切り助けに向かわなかったのだろうか、という後悔の念が襲ってきた。マヤに、ウェインに止められたから? 違う。それは責任の転嫁だ。


 勇気がなかったのだ。

 炎が恐ろしかった。


 敵は手ごわいが、手傷も負っていた。もしかしたら皆で力を合わせれば勝てたかもしれない。

 しかし、父が、母が、命を落とした原因。あの物の焼ける臭い、そして煙。土壇場でエリーは恐れてしまった。あの炎に巻かれて死ぬのは、次は自分かもしれない、と。


「お前は最善を尽くしただろう。それに、何もせぬわけではない。道中は危険だが、丸耳族の世界に急ぎ窮地を知らせよう。その護衛としてお前も同行せよ。それが、丸耳族の者を救うことにも繋がる」

「それは……。しかし……」

「エリーよ。戦いはまだ終わってはおらん。まずは体を休め傷を癒すのだ。よいな?」


 エリーはすぐさまはいと答えることが出来なかった。

 しかし、長老の断固たる口調で、話は閉じられた。



  ◆◆◆◆◆



「あっそう。いや、期待してなかったからなんでもいいけど」


 エリーが事情を話すと、ウェインはけろりとした顔でそう言ってのけた。


「……怒らないのか?」

「なんで? 怒っても解決しないでしょ」

「それはそうだが……」


 そんな事を言いつつ、ウェインは夕暮れのなか、天幕を解体していた。

 天幕の中に溢れていた荷物はすべて収納鞄の中へ入れられており、天幕の骨組みは分解され頑丈な布地が地面に広げられていた。

 自らの天幕に次いでアーロの立てた天幕の解体にかかる。中の荷物はほとんどないため、解体はすぐに終わるだろう。


「長耳族の上層部っていうか、上に立つものとしては当然だよね。まずは自分の生活とか、守るべきものとかが第一だもん」


 ウェインは手を止め、その細い眼でエリーの眼をまっすぐに見ていた。


「で、君はどうするの?」

「私……?」

「そう。長耳族がどうとか長老が何を言ったとか、そういうのは置いといて。君はどうしたいんだい?」


 自分がどうしたいか。

『己の心に従う』

 アーロの言った言葉が不意に思い出された。


「私は……っ! アーロを助けたい。何が何でも」


 眼をしっかりと見返して、エリーは答えた。

 アーロを助ける。そのためなら何だってするし、今度は逃げない。


「そう。頑張って」


 エリーの出した答えを聞くと、ウェインはそれだけを返し、己の作業に戻った。


「む……。そういうウェインはどうするんだ?」

「僕? 僕もそうさ、アーロっちを助けに行く。まだ出会って数日だけど、アーロっちは友達だ。それに仕事の同僚でもあるからね」


 ウェインは事も無げにそう宣言し、天幕の解体を終える。

 天幕も骨組みと頑丈な布地に分けられ、少ない荷物はひとまず収納鞄に入れられた。


「それに丸耳族の僕なら、森の中でアーロっちを探し出せるかもしれない。迷うつもりで森を歩いた事はないんだけどね。あはっ」

「森で迷って、同じ場所に出くわすのか? そんな……」


 そんな無茶なことが、と言いかけて、エリーは口をつぐんだ。

 何でも試すのだ。それはエリーもウェインも同じ気持ちなのだろう。やってみなければ分からない。


「そうさ。自分に出来ることをやる。僕は一人でも森に行くよ。お互いに頑張ろうね?」

「ああ。だが、火噴き鳥はどうするつもりだ? 手負いの黒い火噴き鳥に加えて、《鳥の王》が森をうろついているんだぞ」


 先ほど事情を話した際に《鳥の王》のことは伝えている。

 それでも森に入るつもりなのだろう。しかも迷うため、アーロを探すために一人でだ。危険極まりない行為だと思われた。


「もちろん、火噴き鳥は殺す」


 細い眼をさらに細め、にこやかに笑うウェイン。

 だがどうやって? とエリーは疑問に思う。黒い火噴き鳥へウェインが放った矢の何本かは手傷を与えはしたが、致命傷には程遠かったのだ。


「普通にやったら敵わないだろうな。《鳥の王》だっけ? そいつは黒いやつよりも大きいんだってね。でも、僕は技術屋だ。技術は使いようによっては彼我の格差を埋めることが出来る。だから僕は技術で火噴き鳥を殺す。あの鳥野郎に技術の力、文明の力を教えてあげるよ」


 ウェインの細眼は、いつしかしっかりと開かれていた。

 話はこれで終わりとばかりによし、と一言つぶやくと、天幕を全て収納鞄へしまい込み、ウェインはよっこらせっと立ち上がる。

 その視線の先から、マヤがこちらに走ってくるのが見えた。


「明日の朝一番に出るよ。今夜は準備があるから、マヤさんとか手の空いている人に手伝ってもらう」

「あぁ。今は集落の外に出ないように言いつけられているからな。守衛の担当以外ならば、手が空いている者がいるだろう」

「ありがとう。じゃあ、僕とアーロっちが野垂れ死にしてなかったら、また会おうね」


 最後に笑えない冗談を口にしてウェインはマヤと合流し、何事かを話しながら歩き去っていった。

 マヤはエリーの方を見て何か言いたげな顔をしていたが、エリーが大きく頷いてやると、安心したのか連れ立って歩いていく。


「私にできること……か」


 エリーは自らの頬をパンと張って、気持ちを切り替えた。

 まずは自らの部屋に戻り、武器を見繕わなければならない。そして少しでも傷を癒すため、隠し持っていた《王樹の実》を食べ、体を休めよう。使える物はなんだって使うのだ。


「アーロ。無事でいてくれ」


 エリーは走り出した。長老の言いつけも、長耳族の事情も知ったことではなかった。

 自分の心に従う。今出来る最善のことを、ただやるだけだ。

《野良猫商会印の天幕》

 いわゆるテント。

 厚手な布地は防風防水。破れや千切れに強く難燃性の素材を織り込んでいるので、中でかまどをひっくり返しても火事になりにくい。

 大きさも多彩で個人用から多人数で使用できる大規模な物まで取り揃えている。

 さすがは野良猫商会。


《王樹の実》

 王樹の神秘的な栄養分がいっぱい詰まった木の実。

 ポーション的な回復効果がある。



雑感

 次回からお気楽回になります。

 お楽しみに。

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200ブックマークや1万アクセスを越えました! ありがとうございます。

これからも更新頑張ります。

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