黒い火噴き鳥
あらすじ
黒い火噴き鳥 があらわれた!
逡巡は、一瞬であった。
「ウェインッ! マヤさんを頼む!」
「マヤ! 下がっていろ!」
アーロとエリーは叫びながら駆け出していた。
黒い火噴き鳥を視線で捉え、左右から肉薄する。
「はあぁぁっ!」
エリーが気合と共に突き出す樹の槍、頭部を狙ったそれを黒い火噴き鳥は頭を引いて躱す。
続いて攻勢をかけるのはアーロだ。振るう拳はリーチで槍に劣る分、より接近して叩き込まなければいけない。
「[鉛の腕甲]っ!」
装着者の戦闘意思に反応して、腕に纏う人造闘装[鉛の腕甲]は一瞬でその姿を変える。
両腕の手袋と腕覆いが、性質変換を起こし篭手と腕甲へと変ずる。鈍く光を反射するのは、鉛の輝きである。
「お、らぁぁっ!」
腕を振りかぶり、腰の捻りを利用した強烈な拳撃。
右腕から繰り出されたそれは、突如飛び上がった黒い火噴き鳥の脚爪に受け止められていた。
がぎ、と腕と爪とが噛み合う音が響く。力を込めた一撃を受けても、黒い火噴き鳥の脚爪は折れなかった。
お返しとばかりに、アーロに向けて火噴き鳥のもう一方の脚により蹴りが放たれ、硬質な蹴爪によるその一撃をアーロは左腕の[鉛の腕甲]をもって受ける。
ぎゃりぎゃりと歪な音を立てて火花が散り、構えた腕甲に爪痕が残された。
蹴られ、押された勢いに乗って後退するアーロ。
エリーも距離を取り、槍先を突き付けて牽制している。
火噴き鳥は一度飛び上がり、二、三度翼をはためかせて着地した。
そこでアーロは改めて、その黒い火噴き鳥の巨体を観察する。
単純に、大きい。
体長だけならアーロの二倍ほどはあり、胴体は太く手を回しても抱えることは出来ないであろう。
またその巨体を支える脚は太く、黒く硬質そうな爪が揃っている。なかでも先ほど蹴りを叩きつけた蹴爪はひときわ大きく、鋭い。
降り注ぐ木漏れ日を浴びてもなお黒い羽、頭部には天を衝く鶏冠を持ち、首を揺らしながらこちらを興味深げに窺う眼は、紅い。
その佇まいから、間違いなく強敵である、とアーロは断定した。
「エリー、やれるか?」
「難しいだろう。この大きさは抑えるのにも十人がかりだ」
並び立つ戦友へと短く問う声に、短く返される。
「手強いな。逃げられるか?」
「痛手を与えれば、脅威と感じて追ってはこないだろう。奴らは知恵がある」
「よし、それだ。一当てして駆け抜ける。ウェインッ! 走れよ!」
「分かったっ! マヤさんも連れていく!」
作戦はまとまった。
それを待っていたわけではないだろうが、様子を窺っていた黒い火噴き鳥は太い脚で大地を踏みしめ、突っ込んできた。
「来るぞっ!」
「私がやるっ!」
身構えるアーロと、飛び出すエリー。
頭を低く下げ前傾姿勢で突進する黒い火噴き鳥に対して、エリーは周囲の木々を利用して上を取った。
「はあぁっ!」
樹の幹を蹴って勢いを乗せ、槍ごとぶつかるようにしてを突き出すエリーだが、読まれていた。
黒い火噴き鳥はその槍をまたも首を捻って躱し、そのまま掬い上げるように首を振り、エリーを強かに打ち据えた。
「ぐぅっ!」
己の攻撃の勢いに、火噴き鳥の突進の勢いを上乗せされた一撃。
空中にいたエリーは躱すことも踏ん張ることも出来ず、弾き飛ばされて樹の幹へと叩きつけられた。
それだけでは黒い火噴き鳥は止まらず、アーロ、さらに背後に控えるウェインとマヤに向かって猛進する。
アーロは腰を落とし、その突進を迎え撃った。
「よっしゃぁ! 来やがれ!」
衝突の瞬間、力強く地面を蹴って前へ。火噴き鳥の懐に入り込む。
その首元を抑え込み、胴体に強烈な拳撃を見舞い、そしてがっぷりと組み合う。
《クエェェッ!》
邪魔だとばかりに火噴き鳥はくちばしを振り下ろす。
組みつく左肩に突き刺さる鋭利なくちばし。だがそれでもアーロは踏ん張り続けた。
「うぉぉぉっ!」
体の大きさがもとより違うため押され、ずりずりと脚は地面を削る。
だが、首元を抑え込み真正面から力をかけることで、突進の勢いが弱まっていた。
そしてアーロは、合図を出す。
「ウェェインッ!」
「おうとも!」
応えた声と、黒い火噴き鳥が甲高い鳴き声を上げて姿勢を崩すのはほぼ同時だった。
前傾姿勢を取った黒い火噴き鳥、その右眼にクロスボウのボルトが突き立っていたのだ。
動く対象への正確な射撃、ウェインの手によるものである。
突進の勢いを抑え込み動きを鈍らせたところに本命の、眼や頭部を狙った射撃を見舞ったのだ。アーロは囮、ウェインが本命である。
姿勢を崩した黒い火噴き鳥の勢いはほぼ無くなっていた。
アーロは好機とばかりに、その首元や胴体に何度も拳を叩きつける。拳が肉を打つ感触。どれも骨を折ったり砕いたりは出来なかったが、体重を乗せた一撃は黒い火噴き鳥の進行方向をずらし、さらに横殴りの衝撃は脚をもつれさせた。
勢いのまま辺りの木々に突っ込んでいく黒い火噴き鳥を横目に、アーロは素早く離れる。
「走れ!」
「マヤさんっ! 行くよっ!」
「はいっ!」
号令を受けてウェインはマヤを連れて駆け出し、アーロもそれに続く。
これで立ち位置が逆転した。あとは捕まらないように逃げ、黒い火噴き鳥を撒くだけだ。
ウェインに手を引かれて走るマヤは非戦闘員だが、森には慣れている。仮に走ったとしても迷わず、遅れずついて来ることが出来るだろう。
アーロはエリーの姿を探すが、先ほど樹の幹に叩きつけられた場所からは既に移動しており、見当たらない。
「エリー! どこだ! 逃げるぞ!」
思わずそう叫ぶが、返って来たのは、黒い火噴き鳥の絶叫だった。
早々に立ち直ったらしく、木々をなぎ倒しながら怒りを込めた咆哮を上げる。
右眼からはボルトを生やし、赤い血がどくどくと流れ出している。だが残った左眼はぎらつき、怒りが燃えているようだった。
「まだ、やる気か」
黒い火噴き鳥は戦意を失っておらず、それどころか怒りによって凶暴さを増しているらしい。
アーロを睨み付ける眼光は鋭く、突進のためか地面を蹴っている。
そして、黒い火噴き鳥は甲高い雄叫びを上げながら再度アーロ目掛けて突っ込んで来た。
「このやろっ!」
ウェインはマヤを先行させ、クロスボウのボルトを素早く装填、振り向きざまに射撃する。
放たれたボルトは黒い火噴き鳥の胸部へと突き立つが、半ばまで刺さったところで止まってしまった。心臓を狙った正確な射撃も、発達した胸筋に阻まれて貫けないのだ。
小さな矢傷など、怒りに我を失った火噴き鳥は意に介した様子もなく、突進の勢いは増すばかりだ。
アーロは拳を握り締め、再度攻勢の構えを取った。だが先ほどと同様の組み打ちからの射撃の手は読まれているだろう。ぶつかったところで押し潰されればおしまいである。
故に狙うは、頭部への致命傷。
眼に突き立ったボルトを拳で打ち込み、頭部を貫くのだ。相手も頭部への攻撃は避け続けていたので、当てるのは至難の業だろう。
もしも外せば、巨体に曳かれて鋭い脚爪に八つ裂きにされる。避けても、火噴き鳥は脚が速く、空も飛ぶ。
だが、やるしかない、とアーロは覚悟を決めた。
「受けて立つぜ。来い!」
迫る黒い火噴き鳥。
アーロは間合いを計り、飛び出すべく力をこめ、そして――。
――そして、影が舞い降りる。
樹の枝を巧みに使い、黒い火噴き鳥の頭上から襲い掛かったのは、姿を消していたエリーだ。
相手の頭上からの強襲攻撃。【貫く者】の異名を持つエリーの最も得意とする戦法である。
怒りに捉われて目の前の獲物に意識を向けていた黒い火噴き鳥は、この強襲に対しての反応が遅れた。そして気が付いたときには、胴体目掛けて槍が突き出されている。
避けられぬと悟ったのか、火噴き鳥はその大きな翼をもって槍を受けた。広げた翼に突き刺さる槍。翼が振るわれまたもエリーは弾き飛ばされる。
だが、エリーは地面に叩きつけられながらも、笑った。
「かかったな!」
突如、黒い火噴き鳥に突き刺さった槍から樹の枝が生え、その翼に絡みつく。
枝が絡みついた部分は奇妙なことに、木質化して生気を失っていった。
《王樹の枝槍》。
突き立てた相手の肉を樹へと変ずる呪いが込められた、長耳族の武器である。
すぐに木質化は翼全体に広がり、黒い火噴き鳥が体を動かした瞬間、その左翼は付け根からへし折れた。
ごとん、と重量物が地面に落ちる音が響き、黒い火噴き鳥は転げ回って苦悶の絶叫を上げる。
アーロは地面へ叩きつけられたエリーに駆け寄り助け起こしながら、のたうち回る黒い火噴き鳥を見て戦慄した。
「なんだ、あの物騒なもん。人に刺さったら危ないだろ」
「ふっ。見たか。私の手製の槍の威力を。げほっ」
エリーは誇らしげに言いながらも、小さく咳き込み吐血した。
二度も強かに叩きつけられたことで、どこか骨が折れて内臓を傷つけているのかも知れない。
しかしその顔は、やってやったぞ、という誇らしさに満ちており、長耳も元気に揺れ動いている。
「けほっ。翼は壊したがすぐ立ち直るだろう。今のうちに離れるぞ」
「賛成だ。ほら、掴まれ」
アーロ自身も左肩を負傷しているため、右肩をエリーに貸す。火噴き鳥の苦悶の鳴き声が響く森のなか、二人は連れ立って歩き出す。
少し離れたところでは、ウェインとマヤがもどかしそうに二人を眺めながら待っていた。
「すまないな、皆を囮にするようなことをしてしまって」
「いや。おかげで助かっ──」
助かった、気にするな。そんなことを返そうとしたアーロ。
だが、それは叶わず、負傷しているエリーを突き飛ばさなければいけなかった。
「なっ! なんで──」
組んでいた肩を振りほどかれ、勢いよく前へと投げ出されるエリー。
その顔はなぜ? という疑問に満ちていた。
「すまん! エリー!」
だが、説明している暇はなかった。
その場に残されたアーロは、自分目掛けて飛んできた粘性の高い液体を左手の[鉛の腕甲]を振るい弾き落とす。
左手や辺りに広がる液体から立ち昇る、すえた臭い。
「伏せろっ!」
アーロ自身も地面に倒れ込むようにして身を投げ出し、右手で顔と口元を覆った。
予想通りであれば、この後――。
けたたましい鳴き声と、がちがちと何かを打ち鳴らすような音が聞こえた一瞬の後、辺りは爆炎に包まれた。
《王樹の枝槍》
敵意を持って傷つけた相手の肉を木質化させる呪いが込められた長耳族の標準装備。
森歩きの際の杖になるほか、蜘蛛の巣をくるくると巻き取って遊ぶこともできる優れた槍。




