お仕事見学と火噴き鳥
それから数日、アーロはエリーと組んでさまざまな場所を案内された。
衣食住と守衛が部族によって分けられている長耳族の文化を体験するため、食料採集の集団に同行したり、新しい樹の住居の中を掘る手伝いをしたり、アーロたちが採集した大蜘蛛の糸を川で洗い、寄り集まった糸をバラして一本ずつ糸を取り出したりだ。
衣の部族の仕事、大蜘蛛の糸についてはアーロが自ら採集したものであるため、特に熱心に手伝った。
一本の太い糸のように見えた大蜘蛛の糸は、実は何百本もの細い糸が寄り集まったものであり、清流の水で洗い流すとほぐれていく。バラされた糸はアーロのよく知る程度の糸の細さになるのだ。きめ細やかな白い繊維はもともと蜘蛛の巣に使われるものというだけはあり、頑丈で汚れにも強いという夢のようなシルクである。
長耳族はこの蜘蛛の糸を紡ぎ、衣服を作るのだという。宴でエリーが身に着けていたような白いゆったりとした服などがそうである。ちなみに他にも巨大芋虫が吐き出す糸が原材料となる場合もある。アーロは自分が知らずに握ったのが蜘蛛の糸であったことを心の底から安堵した。
そのほか興味深い点としては、長耳族は部族社会らしく、食料でも材料でも初めに手に入れた者に一定の所有権がある文化であった。
今回の主目的は森の案内だったので、手に入れた大蜘蛛の糸は副産物と言える。しかし糸をより分けた後、アーロとエリーはあんたらの分、と大量の糸を渡されていた。
大量と言っても、二人で籠いっぱいに詰めて運んできた量からすれば一部である。だがそれでも、二人分合わせればいろいろと用途がありそうではあった。
だが、アーロは使い道が見い出せなかったので自分の取り分はエリーに渡してしまった。彼女は編んだり結ったりという裁縫が得意ということを聞いていたので、さぞ喜ぶだろうと思ってだ。
実際、自分の取り分をやる、と言って押し付けた際にはもじもじしながらも喜んでいた。長耳族の感情は分かりやすい、言葉や表情よりも、その長い耳がよく表すからだ。
衣、食、住と長耳族の生活を順番に体験してきたアーロだったが、ある日は守衛の仕事に同行することとなった。
今回は、集落から派生した《王樹》の種を植えた場所を見に行くのだという。
植えたばかりの《王樹》の種は鳥に狙われやすく、掘り返されて食べられる可能性がある。そのため見つからないよう深く埋めるのだが、経過の観察は必要である。もしも感づかれて掘り返されたような形跡があれば、周囲を散策し鳥をおびき出し、撃退するのだ。
今回もアーロとエリーはペアでの同行となるが、一緒にウェインがついて来ることになった。
「ちょっと前に様子を見に行った時に、鳥用の罠を仕掛けておいたんだ。それの成果も見ないとね」
というのが本人の弁である。
ウェインは技術屋であり、鳥の脅威を少しでも減らすことや、今回のような長耳族の問題をこの世界にはない技術を駆使して解決できないかを模索しているのだ。
そして彼は今回罠を提案した。採集社会である長耳族には狩猟の技術や知恵が全く育っておらず、本格的な罠は存在しなかった。思考錯誤の結果考案した手製の罠を設置し、成果確認と問題点の洗い出しのため、何度も通うつもりらしい。
「ウェイン……。お前、ちゃんと働いてたんだな」
「ひどいよアーロっち! 僕もいろいろと活動してるんだからね」
「うーん、何度か見かけた時は毎回マヤさんと一緒にいるような気がするが」
「や、だってマヤさん博識なんだもん。さすがは長老の娘だね、教養があるっていうか」
「おい、エリー。お前馬鹿にされてるぞ」
「なんだと! ウェイン! 誰が馬鹿だ!」
「そういう短絡的なところ!」
そんな風ににぎやかに喋りながらの移動だったが、少々騒いだところで咎める者はいない。
ともすれば鳥と事を構える可能性がある今回の仕事だが、同行している守衛の一族の戦士たち数人も和やかに談笑しながら歩いている。
そうして移動すること三時間程度。付近に小川のある以外は何の変哲もない場所に一行はやってきていた。
何十年、下手したら何百年先かもしれないが、《王樹》が成長した暁には集落が作られる。そのため《王樹》の種を植える場所は川が近くにある場所が選ばれる。さらに今ある集落とは適度に距離があり、森の恵みを採集しても取りつくさないように注意されている。
一行が件の《王樹》の種を植えた場所に近づくと、何やら甲高い鳴き声が響いていた。それを聞き、守衛の者たちは息を潜めて槍を構える。
エリーも同じく槍を構え油断なく周りや頭上を見ながら進むさまを見て、アーロも拳を握りいつでも動けるよう体に力をみなぎらせる。
ウェインはというと「おぉー。みんなカッコいい」などと呑気なことを言いながらへらへらしていた。
そんな調子でしばし進むと、ついに鳴き声の主が視界に入った。
赤、黄色などの極彩色の羽が生え揃った翼に、刃物のような鋭い爪と硬質そうな鱗がついた脚。鋭いくちばしが開かれると、クエクエと甲高い鳴き声を発する。
鳥である。しかも二匹。
だが、二匹とも脚には縄のようなものが掛かり、逆さまになって樹に吊るされていた。脚が伸びきっているため体長は推し量れないが、どちらも通常の立ち姿では長身のアーロの腰ほどはあるだろうか。
「あれ、僕が仕掛けた罠だよ。うまくいったみたい」
ウェインがそうぽつりとつぶやくと、とりあえず危険は無いようだ、と守衛の戦士たちは構えを解く。
「あれが、鳥か?」
「アーロっちは見るの初めてだっけ。あれが火噴き鳥だよ。まだ小さいから幼体かな」
対象を観察し、推測し、判断する。これは未知のものと相対する時の基本だ。
アーロも自分の眼で見て、相手の脅威を計る。
今は樹に吊るされているが、その翼の大きさからおそらくは飛ぶのだろう。鱗に包まれた脚は頑丈そうで地面を走る速度もそこそこ出るのかもしれない。体中を覆うのは赤や黄色の極彩色の羽である。外見からは大きな鶏、という感じで、当然だが火を噴くという特徴は見受けられない。
二匹の火吹き鳥は常に鳴き声を上げていたが、長耳族やアーロ達が近づいてくるのを知覚したのだろう、よりいっそうけたたましく鳴き、暴れた。だが二匹を吊った縄のようなものは千切れず、大きく揺れるのみである。
近づいて槍で刺すか、ある程度の距離から槍を投げて仕留めるか、と相談を始めた守衛たちに対し、ウェインは自らの鞄から一丁のクロスボウを取り出して示した。
「はーい。これから狩猟道具の実践説明をしまーす」
怪訝そうな顔をしながらも、ウェインに場を開けろと言われて退く戦士たち。
この場の長耳族の中で唯一弓を見たことがあるエリーが、あれもユミと似たようなものか、とつぶやく。
アーロはまさか技術屋というウェインの持ち物からクロスボウのような物騒なものが出てくるとは思ってもおらず、少々驚いていた。
「これはクロスボウといって、弦の力を利用して矢という殺傷能力のある小さな槍、みたいなものを飛ばす道具でーす」
説明は考えておらず、即興なのだろう。ウェインは適当に話しながらもてきぱきと弦を張り、ボルトと呼ばれる矢を装填する。
このクロスボウは銃身の後部についているレバーを引くことで弦を張る機構式だ。
やがて発射準備の整ったクロスボウを膝立ちで構え、激しく暴れて縄が左右に揺れている鳥へ狙いを定めるウェイン。
「みなさんの持つ槍を投げるのと原理は同じです。離れた相手にも――」
ウェインが引き金を引くと、甲高い鳴き声の量は半分になる。
火噴き鳥の片方は、その頭部をボルトに貫かれ絶命していた。
「このように、強力な刺突攻撃を行うことができます」
カション! と再度レバーを引き、ボルトを装填し、構えるウェイン。
「槍と違う点は、放つものが連発を想定されていることです。槍は投げてしまえば予備が必要ですが――」
ウェインが再度狙いを定め、引き金を引くと、辺りは静けさを取り戻す。
二発目のボルトも寸分たがわず火噴き鳥の頭部を貫いていた。
左右に動く目標を外さず、しかも胴体ではなく頭部に的確に命中させる。ウェインはかなりの腕前である。
「このように、放つ矢が尽きるまで撃ち込むことができます」
膝立ちから立ち上がり、呆気にとられる戦士たちに対して一礼するウェイン。
「自衛のお共にいかがですか? お求めはムラクモ商店まで」
幼体とはいえ、二匹の火噴き鳥を始末するのがあっという間である。しかも罠を活用して安全な距離から一方的に、だ。
エリーも含めて守衛を担う戦士たちはその様子を感心しながら眺めていた。
彼らなりのやり方ならば、数人で一匹の鳥を追い立て、疲れたところを囲み槍で突き殺す。それでも暴れる鳥が反撃し怪我を負うこともるし、より強く大きな個体である成体の火噴き鳥を相手取る場合は危険度も増す。
安全な手法といえるウェインのやり方は、ひとまず好意的に捉えられたようだ。罠と装備の実演。技術屋というウェインの面目躍如といったところであろう。
「ウェイン……。お前、ちゃんと戦えるんだな」
「ひどいよアーロっち。僕でも自衛くらいできるって言ったじゃん?」
ウェインは肩をすくめながらも、得意げに笑った。
◆◆◆◆◆
はーい、今から鳥の解体をしまーす。
それくらい知ってるぜ。
なんて会話をしながら、長耳族の戦士たちは絶命した火噴き鳥を手際よく解体していく。
ウェインが仕留めた火噴き鳥は新鮮なうちに捌き、持ち帰ろうという話になったのだ。幸いにして近くに小川もある。
近づいて確認をすると、罠によって吊るされた火噴き鳥はやはり二匹とも幼体であった。
だがアーロの目測通り、幼体と言っても腰ほどの体長がある。翼を広げれば大人が両手を広げたよりも横幅は大きいだろう。
そんな火噴き鳥を、しかも二匹だ。大変な労働である。アーロも手伝いを申し出て、羽をむしり取っていく。
驚くことに長耳族は石のナイフを使うとのことなので、そちらも借りて肉を捌き血抜きを行う。石とはいえ鋭く割れた面を研いで整えたものだ。さくさくと筋を切り肉を割いていく。
ウェインはというと、解体された素材を一つ一つ観察しては、気になったものはエリーに説明をして貰っていた。
「うわぁえぐい内臓きもい。火を噴くのに使うのはどれ?」
「これだ、胃と繋がっている大きな袋のようなもの。火噴き鳥は胃の中の物の一部を溜めこんで腐敗させ、それを吐きだして火をつけるのだ」
「なんだ。ほんとに火を噴くのかと思ったけど違うんだ。うーん、腐敗した内容物から出るガスを使ってるのかな?」
「がす、というのは分からんが、その袋を破らない方がいい。臭いで肉が食えなくなるぞ」
エリーは意外にも、というと失礼だが、肉を捌き内臓を取り出すさまを見ても眉一つひそめなかった。
むしろ火噴き鳥の体の構造に詳しく、聞かれたことにはすぐ返答ができる。さすがは守衛の一族の期待の星である。
「火をつけるのはどうするの?」
「脚の爪が黒いだろう。これは硬く、激しくぶつけると火が出る。火噴き鳥は胃の中の物を吐き出したあと、飛び上がりながら爪を打ち付け着火するのだ」
「爪が火花散るってどんだけ硬いのさ……。幼体でもそれはできるの?」
「いや、この大きさならまだできないだろう。年を経た個体ほど爪は硬く、鋭いぞ。私たち長耳族は遥か昔から、この爪を加工して火打石にしていたらしい」
「年を経てできるようになるって事は、もともと備わっているものじゃなくて外部からの摂取物が作用するのかな。火噴き鳥の生態は分かってるの?」
「凶暴で、気性が荒い以外は全く不明だ。遠くから飛来し、餌を探しては帰っていくからな。長耳族の古い言い伝えでは、遠く離れた土地には体が石よりも硬い生き物がいるらしいが、長老ですら伝え聞いているだけだ。関係があるかは分からん」
「食性は雑食だから、可能性は水か、もしくは鉱物かな? 鳥って石を胃に入れて食べ物を砕く種類がいるから、鉄鉱石でも食べてるとか。その硬い生き物ってなんだろうなー」
ウェインは一つ聞いては推論し、手にしている紙束へと書き留めていく。
やがて満足したのか、火吐き鳥の検分を終えて今度は自らが仕掛けた罠の様子を見に行った。
火噴き鳥を吊し上げた罠は、跳ね上げ式のスネアトラップだ。地面に垂らした縄を踏むと脚をくくり、宙吊りにしてしまう、大型動物向けの罠である。
縄は大蜘蛛の糸を何束も編んだものをさらに寄り、丈夫な縄にしたものを使用している。実はアーロとエリーが大蜘蛛の糸を取りに行くことになったのは、少し前にウェインが罠に使うため強度の高い大蜘蛛の糸を大量消費してしまったためである。
そんなスネアトラップをいくつか《王樹》の種を植えた付近に仕掛けていた。そして《王樹》の種の匂いにつられてやって来た火噴き鳥がかかったのだ。
本日仕留めた幼体はたまたま近いうちに罠にかかり、弱りながらも吊るされたままだった。だがもっと力の強い個体は縄を切るかもしれないし、火を吐いて縄を焼くという知恵が回るものがいるかもしれない。
「うーん。まぁ成功だけど、大きい個体に通用するかなぁ」
「吊り下げるのは難しいかもしれんな。火噴き鳥の成体は人よりも巨大だぞ」
それなら連動して振り子みたいな丸太で強打するようにしようかな、などと罠の改良案を口に出しながら考えるウェイン。
より確実に、より安全に鳥を狩るため、罠の有効活用は必要だと彼は考えていた。それに、罠を警戒して《王樹》の種を植えた付近に鳥が寄ってこないだけでも効果はあるのだ。やらない理由はない。
結局、アーロと戦士たちにより二体の火噴き鳥が解体されるまで、ウェインの検察とエリーの説明は続いた。
エリーへ大蜘蛛の糸をプレゼントしました。
好感度が1上がりました。
〈エリーとドキドキ守衛のお仕事〉イベントをこなしました。
好感度が1上がりました。
《火噴き鳥》
可燃性の吐瀉物を吐きつけて火を放つ。
ということはそんなに頻繁には吐けない。
幼体の鳴き声はクェクェ。
登場人物紹介
ウェイン・ムラクモ
そこそこ戦える。
射撃がうまい。