力強く!
「黒蛇神の黒皮と黒鱗、鎧に使え」
「ちょうどいい。鎧も服もボロボロだ」
「黒蛇神の剣牙、鍛え手に頼み剣とせよ」
「おう。アビィに任せる」
「黒蛇神の肉、最上の供物として利用せよ」
「旨いもんな。帰ったら皆に振る舞おう」
地下渓谷の地面に脚を投げ出して座り込んだアーロの目の前に、黒蛇神ディグニカの亡骸から採取された部位がごろごろと並べられる。
それらひとつひとつを指し、鍛冶神ガンツ・ガンズ・ガンツが用途を述べる。アーロは頷き、遠慮なく品を背負った[小鞄]へと詰め込んでいく。
山岳世界の三級神。黒蛇神ディグニカ。
その亡骸から採られた品は鱗付きの皮が多数、骨付きの肉塊がいくつも、小剣のような牙が数本……。殺神大剣を用いて切り出されたそれら素材は鍛冶神いわく、どれもが神の躯の一部。多大なる神秘を内包する逸品だという。
「持ってくの? 皮なんて焼き肉の残骸じゃない」
「なんて事を言うんだリリ。昔、よくわからん石とか木の枝とか家に持って帰ったろ? それと似たようなもんだ」
「ちょっと何を言ってるか分かんないわ」
「ボクはちょっとわかる……」
「アビィは男っぽいところあるからなぁ」
わふ!
それぞれが好き勝手に喋る。アーロはリリの苦言には取り合わず、戦利品をせっせと鞄へ詰め込んだ。
己が命を賭け、苦労して打ち倒した相手の遺物だ。アーロとしても何かの役に立つならば利用しない手はない。
強者を打ち倒し、より良い装備を得て高みを目指す。冒険者時代から続く習慣のようなものだ。いわばハンティングトロフィーである。
森林世界の火噴鳥からは爪を獲得し、上質な火打ち石として持ち帰った。今回も持っていけと言われれば遠慮せず受け取った。
そして鍛冶神が最後に取り出したのは、一掴み程の大きさの丸い塊であった。
「黒蛇神の眼。蛇紅眼と呼ボうか」
「濁ってるな」
「既に神秘の力を使い果たし輝きは曇っている。これガふたつ。ひとつは持っておけ」
「もうひとつは?」
「今から使う」
一見すると薄紅色の石のようにも見える円球は、黒蛇神ディグニカの紅色の眼。荒ぶる神の六眼のうち、激戦の果てに残ったふたつである。
かつては獲物を探し、飢餓感と怒りによって爛々と輝いていた紅色の眼。しかし今は曇り、濁り、薄紅色の石と成り果てている。
蛇紅眼のひとつを[小鞄]に詰めたアーロは、残るひとつを厳かに捧げ持つ鍛冶神を見て首を傾げた。
「何をするんだ?」
「頑張ったポイントの付与ダ」
「……あ、そう」
重苦しく告げた鍛冶神。それとは裏腹にアーロは半眼になって気のない返事を返す。
何を仕出かすかと思えば、神の、もはや恒例となった謎ポイントの付与だという。何かを期待していたわけではないが、何故だか肩透かしを食らった妙な気分であった。
「蛇紅眼は神の眼。お前たちの世界と類似する、いわバ架け橋ダ」
「ということは……?」
「山岳世界に、神眼世界の一級神を具現する」
「……あ、そう」
「アーロってさ、どうしてそんな冷めてるの?」
「神様関係はもう……ありがたみが無くてな」
「ちょっと不敬じゃないかな?」
「自覚はある」
ぼそぼそと喋り出したアビゲイルとアーロ。
肩をすくめた鍛冶神は、それでも真剣な顔をして蛇紅眼を掲げた。
「山岳世界の臨時管理者権限発動。神眼世界への接続構築……。世界座標特定……U1F728。山岳世界へ、神眼世界からの出向申請……承認」
来るゾ。と。鍛冶神が静かに告げる。
手にした蛇紅眼にヒビが入り、すぐさま粉々に砕け散る。飛散した欠片ひとつひとつが淡く輝き始め、薄暗い地下を照らしていく。
アーロたちは不意の光源に眼を焼かれないよう慌てて眼を閉じ……。
そして開いた時には……。
「……」
むっすぅー。と顔を盛大にしかめさせた、ちびっ子が立っていた。
「なんじゃ、こんな朝方に呼び出して……」
貴族向けの上品な、しかし動きやすそうな服に膝丈のスカート、背は低く金糸のような輝く金髪という出で立ち。地下の岩肌に降り立った少女は裸足であった。
「あー。アガレアじゃ。苦しゅうない」
気の無い様子で軽く手を上げたのは、神眼世界の一級神アガレア。
その表情から年頃の快活さは全く感じられず、輝く金髪には盛大に寝癖がついていた。あくびをかまし、がしがしと頭を掻く。寝起きの中年を彷彿とさせる、見た目だけは麗しい少女。
珍妙な姿での登場にアビゲイルは固まり、リリは静かに頭を垂れ、ケルクはいつも通り楽しそうに尻尾を振っていた。
鍛冶神ガンツ・ガンズ・ガンツはというと、少女の足元で膝を着き、最大限の礼を払って頭を垂れた。
「ゴ足労いたダき、誠にありガとうゴザいます」
「あー。なんじゃっけ。我に何か用かの?」
「は……。彼の者にポイントの付与をお願いしたく……」
三級神、鍛冶神ガンツ・ガンズ・ガンツはうやうやしく述べる。一級神であるアガレアは鷹揚に頷き……。
「うむ。よかろう」
がっす、と鍛冶神の頭を椅子代わりにし、腰かけた。
「ぬ……」
「おお、これは良い。上質な毛皮のソファよ。ひじ掛けが無いのが残念じゃ」
「は……。ありガたく」
「よいよい。して、頑張ったポイントの付与じゃな。蛇の眼ん玉貰ったからには、働かねばの」
無邪気に、そこだけは外見相応の喜色を浮かべながら、一級神アガレアはからからと快活に笑う。
「んで。アーロ・アマデウスよ。お主の頑張ったポイントは前回、16ポイントじゃった。覚えておるかの?」
「いや、昔過ぎて全く記憶にない」
「正直でよいの。我は悲しいのじゃ。これは世界の発展に貢献した者に与えられるポイントじゃ。集めるとよいことがあるのじゃよー」
「あぁ……うん。なんかそんな事は聞いた覚えがある。宣誓の時だな」
「うむ。宣誓は忘れてないようで安心じゃ。さて、今回もお主の功績を称えよう」
多少の不敬は気にしていないのか、アガレアはからからと笑い、虚空に視線をさ迷わせた。
「……んー。新たな異世界との関係構築、3ポイント。三級神からの依頼達成、5ポイント。二級神の骸を摂取、10ポイント。悪神の打倒、10ポイント。ほぉーすごい実績じゃのう。英雄と呼んでも差し支えない程じゃ」
何かを読み取っているのか、アガレアは感心したように何度も頷き、やがてアーロへと向き直る。
「アーロ・アマデウスよ。お主に頑張ったポイントを付与しよう。これでお主は44ポイントを保持しておる」
「あー、その、ありがとうございます?」
「もっと喜ばぬとやる気が出ないのぅ……ふぁ……」
謎ポイントを貰い、アーロは微妙な返事を述べる。
冷めた反応にアガレアは気分を害した様子ではなかったが、呆れたように眼を細め、あくびをかました。
「さて、褒美じゃ。何がいいかのう」
「神眼世界の一級神アガレア。可能ならバ、彼の者に脚を授けていたダきたく……」
「脚ぃ。失った脚の再生かぁ。なるほどのう」
「は。悪神より厄介な呪いをかけられておりまして」
「左様か。見せてみい」
「ん。ほれ」
あぐらを解いたアーロは脚を投げ出して座り直す。
石のように硬質化し砕けた二肢を見たアガレアは、すっと眼を細めた。
「面倒くさそうな呪いじゃのう」
「酷いのか?」
「わりとな。自身の事なぞ省みず、ただただ純粋に他者を貶めるためだけに悪意を傾けておる。こういう類いの呪いは根が深い。お主、相当な恨みを買ったな?」
「そこまで悪い奴じゃなさそうだったけどな」
「ひひひ。我の力を持っておるのに、見る眼が無い奴よ。恨み、妬み、嫉妬、羨望、飢餓。悪意という感情は底無しよ。大冒険の敵役には適任じゃがのう。ま、我に任せておけ」
そう言ってからからと笑うアガレアは、片眼を閉じてウィンクしてみせた。
すると……。
「ん……っく……」
失った両の脚。その断面にまずはじわじわと痒みが生まれ、アーロは呻いた。痒みはやがてすぐに熱へと変わる。
石のように固くなった太ももが赤みを取り戻し、小石がぱらぱらと剥がれるようにして肉の柔らかさを備えていく。がさついた石の破片が見えていた断面の肉は盛り上がり、みちみちと音を立てて膨れていった。
「ぬ……ぐ、うぅ……」
いつかに腕を生やした時よりも格段に早く、静かな再生。身体の中に籠る熱を逃がさんと荒い息を吐き、体内に生まれた痛みとも痒みともつかない感覚に身をよじりながら、アーロは少しの間身を折り、地面に蹲っていた。
「が……あぁぁ……」
「アーロ……」
「お兄さん……!」
「良い」
「安心せい。そのままじゃ」
熱か、痛みか、歓喜か。体を折って呻くアーロの様子を鍛冶神ガンツ・ガンズ・ガンツと一級神アガレアは静かに、アビゲイルとリリは傍らで固唾を呑んで見守っていた。
アーロの脚はみしみしと軋むような音を立てて骨を伸ばし、もこもこと奇怪な勢いで肉が盛り上がっていく。
神の御業とも呼ぶべき、失った四肢の再生……。しばしの時を経て、アーロは両脚を取り戻した。
「アーロ、その脚……大丈夫なの……?」
しかしアビゲイルが指す通り、完全に元通りとはいかなかった。
再生した両脚は確かに人の脚の形をしていた。五指もあり、アーロの体格としても遜色のない普通の脚のように見える。
しかしその皮膚はアーロの肌より少しだけ黒ずんでおり、さらに刺青のように黒い、蛇が無数に這ったような痕が残されていた。
「ふむ……」
アーロは色の違う脚を、太ももの境目をしげしげと眺める。脚指の感触を確かめるように動かし、そしてのたうつ蛇のような黒い刺青を眺め、手指でなぞり、恐る恐る立ち上がる。
「ふんふん……」
伸びをして、脚を屈伸し、腰を回し、脚部の稼働を確かめる。そして問題なく動くことを確信した後、しばらく考え込み……。
「色が変なこと以外は問題なし!」
そう大きく頷いた。
「いいの!?」
「厳密に言うと良くはないが、生えたのがこれだからな……。もう一回千切って生やすか? 俺は嫌だな」
「そうだけどさ……そうなんだけどさぁ……」
恐る恐る、アビゲイルはアーロの脚の黒い筋痕を見やる。蛇。それも黒蛇。黒蛇神ディグニカを連想させる、不吉な紋様だ。
彼が受けたとされる黒蛇神の命を贄にした呪いの事を考えると、脚を取り戻したとはいえ素直には喜べそうになかった。何らかの後遺症や、後々から良からぬ事が起こるのではないか。そんな嫌な気配を感じていたのだ。
「何を心配しとるか。こんな雑魚の最後っ屁など、もはや恐るるに足らんわ」
「まズは回復を喜ボう。黒蛇神を異世界の戦士ガ破り、その代償として失った傷も癒された。そうダろう?」
「そりゃあ、その通りだけどさ……」
「アビィ、気にするなよ。俺は奴に勝った。刺青がどんな企みかは見当も付かんが、次も負けない」
「うん……。けど、警戒はしよう」
「わかってる」
黒蛇神の、最期の悪足掻き。
しかしそれも、アーロを取り巻く者達の絆が守った。神の呪いに人の心が勝利したのだ。
ならば再びどんな事が起きようとも、彼が負ける道理はない。少なくともアーロはそう自信を持っていた。
「悩んでも分からん。考えるだけ無駄だ。臨機応変にいこうぜ」
「また? ボクはそれ、行き当たりばったりだと思うけどな」
「はいはい、お喋りはそれくらいにせい。アーロ・アマデウス。おぬしの呪いの除去に特典ひとつ。脚の再生に特典ひとつじゃ。20ポイントと30ポイントの特典はこれで使い切ってチャラだからのう」
「一気にまとめてくれないところがケチ臭いな」
「まとめて値切ろうなどと貧乏くさい事を言う輩もおるのう」
「……いや、言い方が悪かった。とにかく助かったぜ。これで五体満足だ。帰ってからみんなに怒られなくて済むぜ」
「おぬしはいちいち心配事のスケールがよく分からん奴じゃのう。ま、いいが」
さて、と一息つき、一級神アガレアはパンと手を叩いた。
「毛むくじゃらよ。あの蛇は処理するが、いいかの?」
「は。よろしくお願いいたします」
「うむ」
大きく頷いた一級神アガレアが再度手を打ち鳴らす。
すると、地下渓谷の奥。灯りの届かぬ薄暗闇にて。ぞわり、と闇が蠢く。
「……地精霊、か」
否。蠢いたのは闇ではない。
いつ現れたのか、アーロたちを遠巻きに眺めていた毛玉、地精霊。その大群がうぞうぞとひしめき合いながら歩み寄って来たのだ。
「どうするつもりだ?」
「奴らはただの荷運びよ。見ておれ」
如何なる手段で意思疏通を図っているのか。一級神アガレアの合図で姿を現した地精霊の群れは三級神ディグニカの亡骸へと近づき、取り囲んだ。地精霊は次々と数を増し、小さな毛玉たちがディグニカの亡骸の下へと潜り込んでいく。
やがて地下渓谷の底に倒れ伏した巨体が、断裂して弾け飛んでいた頭部が、ずずずと地を擦り動き出した。多数の地精霊が集まり、ディグニカの亡骸を引きずり、持ち上げ、運び出したのだ。
その向かう先には地下渓谷の端。赤々と煮詰まる溶岩溜まりがあった。
「蛇の丸焼きか?」
「そんな訳があるか、たわけ。溶岩にぽいっと沈めるんじゃよ」
「奴はあのままで燃えるのか」
「燃えるぞよ。のう?」
「あぁ。山岳世界の大地は全て二級神ワールグランズの躯。溶岩は大蛇神の胃液の成れの果てダ。あらゆるものを溶かし、跡形も残さない」
「溶岩が胃液、か。冗談みたいな話だ」
「神話とは得てして、おぬしたち人にとっては荒唐無稽なものじゃ。ほれ、放るぞよ」
アガレアが笑い、手を振る。
運び屋の地精霊たちによって、断裂した首先と頭部、そして長い胴体が、神の亡骸が放り投げられる。ディグニカの大きな亡骸は、どぷんっ!と粘ついた音を立てながら赤熱する溶岩溜まりへと投棄された。
ディグニカの巨体は切り取られた牙や皮、肉や骨の断面からみるみるうちに焦げ付き、煙と小さな炎に包まれ、沈んでいく。落ち窪んだ眼孔には何の光も宿らず、ただ暗い闇がひろがっていた。それもすぐに炎に包まれ、真っ赤な溶岩に呑み込まれていった。
アーロは妙な侘しさを覚えながら、炎の海へと沈んでいくディグニカを見つめていた。そしてしばしの時を経て、かの悪神の最期を見届けた。
「……あばよ」
強者は生き残り、弱者は滅ぶ。
禍々しき蛇毒の箱となった地下。その戦いの真の終焉であった。
「ま、こんなもんじゃのう。勝負の世界は非情よ。敗者は燃えるゴミの日に出され、ただ消え去るのみじゃ」
「それでも、散り際は潔かったぜ」
「ならば善し。精一杯、勝者として誇ることじゃな」
「あぁ」
それで、とアガレアは一区切り。
ちんまりとした指を一本立てた。
「アーロ・アマデウスよ。おぬしの功績の残り、40ポイント分の特典を授けよう。望みの物を言うてみい」
問われ、アーロはしばし考え込んだ。
頼むことは決まっていたが、言い回しを考えていたのだ。このひねくれた、悪戯好きの神に誤解を生まないような、よい言葉を探していた。
「……リリ、アビゲイル、ケルク。俺たち全員を、無事に地上へ戻してくれ」
「うむ、よかろう。と言いたいところだが……」
「む……?」
気軽に頷いたアガレアの様子に、アーロは違和感を覚えた。この自由奔放で不敵な一級神は、どこか残念そうな、イタズラの暴露を邪魔されたかのような、そんな表情をしていたのだ。
「ふん。どうやら、特典はお預けのようじゃな」
「は。そろそろ来る頃デはないかと」
一級神アガレアはつまらなそうに。三級神ガンツ・ガンズ・ガンツは朗らかに述べた。二柱の神は揃って上を見上げていた。地下渓谷の闇を。正確には、地下渓谷の蓋ともいえる岩塊を。
「……なんだ?」
アーロも同様に見上げ、足の裏に微かな揺れを感じ取った。そして聴覚にも。ぎゅいんぎゅいんと硬質な何かを削り取るような甲高い音と、ゴロゴロという破砕音。
「お兄さん! これっ!」
「アーロ……まさか……」
わふわふ!
神を前にして静かに成り行きを見守っていたリリ、アビゲイル、ケルクまでもが揺れを感じたのか、にわかに騒ぎだす。
微かな揺れは確かな振動に変わり、岩肌から剥がれたのか、地下渓谷にはいる者たちの頭上からパラパラと小石が落下してくる。
なにか大きな物が頭上から接近している。おそらくは、自分達がいるこの地下渓谷を目指して。
次第に強くなる揺れと地響きを感じとり、アーロは不思議な安堵を覚えた。
如何なる手段を用いているかは不明だが、このような地下へ、わざわざやってくる輩などそう多くはいない。
「時間切れのようじゃの。なんじゃつまらん」
やれやれ、と心底残念そうにため息を吐いたアガレアは、ペチペチと小さく手を叩く。
すると、ディグニカを運んだ地精霊たちとは別の一団が、わらわらと群れながら洞窟の奥からやってきた。彼らが重そうに担いでいたのは殺神大剣だ。
「なんちゃらすれいやぁ……このおもしろそうなオモチャは預かっておくぞ。よかろう?毛むくじゃら」
「神眼世界の女神よ……デきればその大剣は異世界の戦士に与えてもらいたい。山岳世界を救った勇者に相応しい武具ダ」
「ふはは。新しいオモチャをすぐに取り上げるほど神としての器は狭くないつもりじゃ。心配するな、後で渡すと約束しよう。こんなデカブツを地上へ持っていくのは一苦労じゃろうからなぁ」
アガレアが殺神大剣を見つめ、すぅっと眼を閉じる。
すると大剣は端からホロホロと光の粒子に変わり、淡く輝きながら宙に散って消えていく。
わらわらと群れた地精霊たちが舞い上がる粒子を楽しそうに見つめているうちに、神の骸で作られた大剣は消え去った。
「女神の寛大なお心に感謝する……」
「苦しゅうない。では行くか。おい毛むくじゃら、奥へと案内せい。ついでにこの世界を観光してから帰る」
「承知」
会話を交わした神々。三級神ガンツ・ガンズ・ガンツは一級神アガレアを乗せたまま立ち上がり、軽々と持ち上げて肩へと乗せた。
「さて、アーロ・アマデウス。この度は見事な働きであった。神眼世界の神として誇らしいぞ」
「異世界の戦士とその従者。そして山岳世界の子らよ。この度の出会いに、協力に、勝利に感謝する。お前たちの旅路に幸ガあらんことを」
二柱の神は厳かに告げる。
そして返事も待たずに背を向け、地下渓谷の奥、闇の中へと歩み出した。
「おう。ありがとな!」
そう一言のみを返し、アーロもまた背を向けた。
もはや語るべきことはない。約束は果たし、事態は終息した。
ならば後に残るは、家へと帰ることだけである。
──やがて。
「ひゃっほぉぉぉぉう!」
「ニャァァァァー! もうダメニャァァ!」
「止めろこら! 一旦止めろォォ!」
「落ちる落ちる落ちますってぇぇ!」
硬い岩盤、地下渓谷の天井部分を割り砕いて、いくつものトゲのような削岩機を備えた巨大な機械がその姿を現した。いきなりの空洞の出現に、足場を無くした巨大機械は自然、自重によって落下を始める。
「あっはははは! ここどこ? 空洞? 予想外!」
「もう駄目ニャアおしまいニャア」
「クソッ! グズなリズに任せるんじゃなかった!」
「愚図はガズーさんですよぅ! ちゃんと音聞いてたんですかぁ?」
ぐんぐんと速度を増して降下していく巨大機械。その尻の部分のハッチが開き、楽しげに笑う黒髪の青年が、涙と悲鳴を垂れ流す猫が、暴言を吐く目付きの悪い男が、その腰にしがみつきわめき散らす女が顔を出す。
暗い地下洞窟が明るくなるような、どこまでも賑やかな、そして楽しげな珍客たちの様子を眼にしたアーロもまた、にんまりと頬を吊り上げてしまった。
「はははっ!」
「きゃっ!」
「あ、アーロ!」
わふっ!
アーロは笑い、リリを引っ付かんで首もとへ押し込んで走り出した。急に駆け出したことにアビゲイルは面喰らい、ケルクは楽しそうに尻尾を振って追従する。
地下渓谷の奥。遥か大地の底。
人の手の及ばぬ神の領域。蛇神の神髄。
秘境とも呼べる奥地までやって来た愛すべき馬鹿者達。彼らを出迎えなければいけない。
「待ってたぜっ! 相棒!」
来るのが遅いんだよ!と口では毒づきつつアーロは満足そうな笑みを浮かべ、走り出した。
自らの両脚で大地を踏みしめ……力強く!
山岳世界ヨームガルド編 完