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サルベージ作戦

「さぁて、と。アーロの野郎が化石になっちまう前に掘り出してやらないとな」


 地下での再会。アーロとアビゲイルの安否が正式に確認できたボルザはうきうきとして告げた。

 実際、行幸であった。地下からの便りが届いた時にボルザはすぐさま神眼世界へと報告に走ったが、誰もが半信半疑であった。しかしウェインが[小鞄ボックス]へ入れた物品が次々と引き出されていく様を見て、彼らはアーロの生存を確信したのだ。

 野良猫商会と商品のやりとりを行うための呼び鈴を鞄へと加え、鳴らされた反応を感じたトラの呼び掛けに、慌てて皆が集まった。


「うニャ。またしばらく経てば呼び鈴が使えるようになるニャ。発信源の目星をつけて、だいたいの場所を決めて掘り進めるニャよ」


 髭をピンと立てたトラは自慢げに告げる。

 アーロに渡され鳴らされた呼び鈴は異世界調査団のために用意された、営業担当のトラを呼ぶためのものであ。

 トラが地下捜索の際に説明した通り、ことわりの違う異世界では転移紋を使用して向こう側へ転移したり直接品を渡せるわけではなく、通じたのは映像のみであった。だが猫妖であるトラは呼び鈴の発信源をびびびと感じたのだ。

 何度か地点を変えて反応を探れば、地下のどれくらいの深さにいるか、大方の位置を特定できるだろうとトラは胸を張り尻尾を立てた。

 

「そっちは任せたよ! 出来るだけ早く削岩機ドリルを組み上げてみせる。大丈夫大丈夫、すぐに整えるからさ」

「おう……まぁ、その、なんだ。早めに頼むぜ」

「……その自信はどこから湧いてくるニャ?」


 ウェインも自信満々であった。が、現状を知っているボルザとトラは眉をひそめる。

 彼は自前で調達してきた軍用の装甲馬車に巨大な削岩機ドリルを取り付け、地下へと掘り進む心づもりであり、アーロの生存を信じて組み立て作業を進めていのだが、その計画は難航していた。

 いかに岩食族の男衆用の大きな削岩機ドリルといえど、馬車に取り付けて通り道を砕き削れる程に大きなものはなかったのだ。

 

 操縦士に、機械技工士メカニック。最低でも数人が乗り込める環境でなければ機械を操れないため、馬車の筐体を小型化する案は取れなかった。

 そのため機械の構造に造詣が深いマルフェイルという岩食族の女衆に依頼して設計図を引き、大急ぎで削岩機ドリルの大型化を進めていた。しかしいかんせん急堪きゅうごしらえのため故障や動作不良が多く、未だに地上で改良に改良を加えているところであった。

 

 排熱がうまくいかず筐体が蒸し風呂になったり、削岩機ドリルの回転力に負け筐体の方が回りだしたり、負荷をかけすぎた魔晶石機関マナサイトエンジンが火を噴いたり……そのほかの細かい事件を挙げればきりが無い程である。

 そんな物騒な物をいじり倒しているウェインは、問題が山積みであることを一番よく理解しているはずだ。しかし彼の表情は晴れやかだった。

 

「もう坑道掘る必要はねぇな。俺たち男衆も組み立てに加わる」


 涙と鼻水を拭いたゲルナイルも立ち直り、大きな拳を固めて協力を宣言する。

 

「大の男が泣くなんて、恥ずかしいものを見せちまったな」

「……そんなこと無いです。嬉しいのはみんな、一緒ですから」


 赤く腫らした眼を瞬かせながら髭もじゃの頬を掻くゲルナイルだったが、同じく涙を拭いて立ち直ったルナは恥ずかしいことではないと肩を持つ。

 大切な人が、家族が生きていた。それだけで涙を流すに足る理由であった。

 

「連れてきた冒険者さんたちも手伝ってくれると思う。人手は多い方がいいでしょ?」

「ああ。物見遊山で異世界までやってくるアホ連中だ。せいぜいこき使ってやる」

「彼等、危険だって言うと嬉々として参加表明したよね。何考えてるの? 冒険者って馬鹿なの?」

「それをウェインさん達が言うかニャア……?」


 ルナの言葉には、一同さまざまな反応を示した。

 異世界調査団の者ではない彼女だが、遭難者の遺族、家族としてボルザが強引に申請をねじ込み、山岳世界へと連れてきていた。それも危険が待ち受ける異世界への護衛として、多数の冒険者を引き連れて、である。根性のある若者たちは力仕事に大いに役立つだろう。


「アーロと嬢ちゃんの救出だ、しくじるわけにはいかねぇ。気合い入れるぞ!」

 

 ボルザの宣言に、皆は一様に頷いた。

 二人をなんとしてでも助け出す。己の宣言に嘘はなかった。



 ◆◆◆◆◆



 引き上げ(サルベージ)作戦。

 そう銘打たれたアーロとアビゲイルの救出ミッションには、山岳世界ヨームガルドの岩食族と神眼世界アガレアの毛無族、人間が共同で事にあたった。


 つい先日までの、互いに邪魔だと罵り合い、殴り合いの喧嘩にまで発展したようなぎすぎすとした空気はすっかり鳴りを潜めており、今は朗らかに挨拶を交わし互いのためならば労を惜しまないという、非常に良い雰囲気が漂っていた。

 

 遭難した者の家族、岩食族の里での有力者であるゲルナイルとアガレアの異世界調査団の面々が確執を引きずることなく協力を宣言したこともあるのだが、もともと岩食族の面々は素朴で実直であったことも幸いした。

 彼らは近隣の里へ遣いを出して縁者や手の空いている若者を呼び寄せ、必要あらばと多くの技術者が集められた。また食料だけでなく木材や鉄鋼などの資材も近隣の村落から次々と運び込まれ、助けになった。


「忙しい忙しいニャ。本当に眼が回りそうだニャ。自慢のプリティな目元も、毛艶も台無しニャ……。時間外労働手当てを請求してやるニャア……」

「ちゃんと寝てるかトラさん……あークソッ。また数を間違えてやがる」

「お二方。無理をなさらぬように。私も手伝いますから」


 厚意と協力により、嬉しい悲鳴を上げるのは野良猫商会のトラと異世界調査団の現場監督であるボルザ、そしてウェインの叔父のジョンだ。

 書類仕事に明るいトラはもちろんのこと、ムラクモ鉱業の監督者として机仕事をこなせるジョンが見かねて手伝いを申し出たのだ。さらに筋肉ダルマと呼ぶにふさわしい見た目からは想像もつかないほど筆達者のボルザである。三人は怒濤の勢いで溜まった書類の山を崩していった。

 

 日夜を問わず、神眼世界や岩食族の集落から食料や資材が届く。しかし届いただけでは意味がなく、必要な場所へ適切な量を配分しなければならない。そのまま置いておくと、放っておかれたり岩食族によって間違った先へ配られてしまう。書類にサインがなければ動かすことも箱の封を解くこともできないのは異世界調査団のお役所仕事の欠点であったが、三人の仕事の早さがカバーした。

 異世界調査団から差し向けられた追加人員の文官たちが遅まきながら到着するまで、三人は眼をしょぼつかせながら奮闘し、大量の資材管理と数百名に膨れ上がった人員の管理を一切の滞りなくこなしてみせた。


「こんにちは。体調悪くなったりしてないですか? はいこれ、皆さんのお弁当です。あっそうだ、洗い物があれば貰いますね。誰の物か名前が分かるようにしておいてください」


 毎食の時間に朗らかな笑顔を浮かべて弁当を配って回るルナは、あれこれと甲斐甲斐しく皆の世話を焼いた。そのためあっという間に顔と名前を覚えられた。

 可憐な花を思わせる少女の献身的な手伝いと痒いところに手が届く気配りにムラクモ鉱業の鉱夫たちだけでなく、岩食族の若い男衆までもがでれでれと相貌を崩し始めたところ、彼女と一緒についてきた冒険者連中が「あのナリで人妻だぜ」と告げ、血涙を流させるまでがお約束のように繰り返された。

 さておき、ルナは自身には何の力も無く、学もなく、山岳世界へ赴いたところで助力にはならないことをよく理解していた。だからこそ皆に気を遣い、快適な環境を整えるために心を配った。

 場を見て、人を見て、助けとなる。

 彼女はこれまでの短い人生で身につけた力を拙いながらも駆使して、アーロの助けになろうとしていた。


「あれがお嬢の妹か……なんというか、意外だな」

「あの睨みは相当なものでしたがなぁ」

「ふふふ。女は場によって顔を変えるのですよ」

「お前さんはいつも能天気だがな」

「いい歳になるのに嫁の貰い手もないのですなぁ」

「シケたおっさん連中に言われたくないですね。けっ!」


 食事を取りながら談笑するガズー、グロウズ、リズ。彼らの他にも旧知の冒険者たちが山岳世界へと渡っていた。名目上はルナの護衛であったが、彼らにも力仕事が割り当てられることになった。

 もともとアーロの葬儀と聞いて集まった冒険者たちは、いずれも何らかの縁ある人物であった。

 冒険者時代の知己、共に戦った者、命を救われた者、嫁や婿の仲人に立ってもらった者、酒や飯を奢ってもらった者、金を借りたままの者、果てはただの茶飲み友達まで……。義理人情に重きを置く冒険者たちは、腹一杯の飯と寝床以外は無償である護衛任務を快く承諾した。

 危険と未知さえあるならば、冒険者はどんな場所へも行ける。それに友の危機が加われば、奮起するのも無理のない話であった。



「うぅむ。あの馬車とやらに削岩機ドリルを複数取り付けたらどうだ?」

「それもありだね。でも消耗して交換しなきゃいけない数が増える、か。うーん……」

「数ならある。近隣の里からも削岩機ドリルを集めてもらおう」

「規格がバラバラなのが面倒なんだよねぇ」

「わしら個人の体格に合わせて作っとるからなぁ。新しく設計して作るのとどちらが手間か」

「……いいや。人員もお金もあるから二通りで行こう。大きさの似てる既存の削岩機を取り付けるやつと、大型化した馬力のあるやつ。消耗する先端パーツだけ取り外して交換できるようにして。先端は熱と磨耗に強い蒼鉄コバルトを使って作ってもらおう。手配よろしく」

「だ、そうだぞ?」


 地下を掘り進む大型削岩機ドリルの開発志向について頭を悩ませるウェインとゲルナイルだが、二人で話をまとめると傍らに控えて書記を取っていた岩食族の小柄な女性、マルフェイルへ丸投げした。

 急に水を向けられたマルフェイルだったが、おずおずと手を上げて意見を述べる。

 

「えっと、あの、ウェインさんから昨日聞いてた話と違うんですが……」

「うん変えるよ。こっちの方が良いと思う」

「仕様変更だ。マルフィ」

「あの……また明日には意見が変わってたりしませんか? 行き当たりばったりのような……」

「僕らの世界では、これを臨機応変と言う」

「いわゆる現場判断というやつだな」

「あぁぁ、簡単に言わないでください……!」


 もっともらしい理由をつけて正当な意見だと主張する男二人に、マルフェイルは頭痛を感じて頭を抱えた。そもそも最初に出した設計図から、もう三度も改良を加えて書き直している。

 開発が迷走しているのは分かっていたが、ここに来ての方針転換は技術者泣かせである。実際、これからの作業の苦難を想像したマルフェイルは涙眼になった。

 そんなマルフェイルの苦悩を、同じく技術者であるウェインが分かっていないはずもなかった。しかしそれでも彼は非情に徹しなければならなかった。

 友の命が懸かっているのだ。妥協はできない。

 

「資材も人員も必要なだけ出す。お願いだ」

「……わかってます。やってみます」

「ありがとう。ちゃんと休んでね」


 労うようにマルフェイルの小さな肩に手を置いたウェインは、感謝の意を含めて微笑む。

 その眼、その表情を見たマルフェイルはもはや何も言えなかった。皆が希望を無くして自棄に走った救出作戦の中、アーロの生存を信じてほとんど寝ずに捜索を続け、現場で指揮を執ったのは他ならぬウェインだ。

 彼は今も寝食を削って働いているのだろう。昼間の明るい内には削岩機ドリルを組み立て、日が暮れてからは試作として小さな機械の動力部や機構をばらしては唸っていることをマルフェイルはよく知っていた。

 そんな彼の眼には隈が見てとれ、頬も少し痩けている。しかしその眼には決意がみなぎっていた。


「完璧なものじゃなくてもいい。いくら壊れてもいい。生産性も安全性も度外視だ。アーロのところまで辿り着けばいい。多少不便でも危険でも構わない」

「お前……」

「ウェインさん……」

「責任は負う。操縦士は僕がやるから」


 地下に取り残された友が、命を張っている。

 ならば助けるために賭けるのは当然だ。

 思いを込めたウェインの眼はそう物語っていた。


 

 山岳世界で団結した者たちが寝食を削り、技術と知恵を絞り出して作り上げた大型の直下型削岩機ドリル

 『希望号』と願いを込めて名付けられたそれは、計三機が製造された。


「えぇっと……魔晶石機関マナサイトエンジン出力安定……安全制御機リミッター作動……。んーこれ何のスイッチだっけ?」

「おいおいおい! 大丈夫かよ本当によぉ!」

「大丈夫に決まってるじゃん。えーっと説明書説明書……あ、これ起動スイッチね。想定してた場所と違うけど……まいっか!」

「頼むぜ本当に……」

「無事に帰れるかニャア?」

「任せてよ! 行っくぞぉ! ポチっとな!」


 ウェインが魔晶石機関マナサイトエンジンのスイッチを作動させ、機関に火が入れられる。特注の大型削岩機ドリルが活躍を待つかのように身震いし、低い唸りを上げた。

 完成した『希望号』の一号機には、試験的にウェイン、ボルザ、トラが乗り込んでいた。大型の馬車を改造したとはいえほとんどのスペースは用途も定かではない機械類に占領されている。直立したような猫であるトラはさておき、大柄で分厚い胸筋を持つボルザには、ひどく窮屈な車内であった。


「安全運転で頼むぜ。試運転なんだからよぉ」


 備え付けられた椅子に落ち着かない様子で腰を置いたボルザは不安げにそうこぼした。

 異世界の技術を交えて、突貫作業で仕上げた試作機械の試運転。不確定要素が多すぎる『希望号』だ。まずは責任者として確かめる必要があるだろう、とボルザは乗組員に立候補していた。

 安全か。快適か。任務遂行に問題がないか。危険があるなら乗せる人員は吟味し、最悪は計画を白紙に戻して練り直す必要がある。形だけではあるが主任であるボルザは万全を期そうとしていた。


「心配しすぎると悪い結果を引き寄せるニャア。どんと座ってるニャ。あ、ウェインさん向きはちょいと右に修正ニャ」

「了解了解、と」


 共に乗り込んだトラは、細かく削岩機ドリルの進行方向を調整していた。今まで何度か場所を変えて地下のアーロと交信を行っており、地下の大まかな位置を絞り込んでいたのだ。

 『希望号』が目指すは直孔。アーロの居所である地下深くへと縦穴を開けるのである。


「よぉし、行ってくるよ!」


 『希望号』の上部ハッチを開け、ウェインが大きく手を振る。周囲に集まった者たちは神眼世界の人族も山岳世界の岩食族も一切の区別なく手を振り返し、また固唾を呑んで見守った。

 やがて……。


「下ろせ! ゆっくりとだ!」

「手を離すなよ! 踏ん張れぇい!」

「行きますぞ!」


 『希望号』の周りへ集まった男たちが野太い銅鑼声を上げた。

 櫓を組み、吊り鐘楼のように吊られていた『希望号』の縄が緩められ、大きな筐体はゆっくりと地面へ降りていく。縄を掴んだ、百人をゆうに越える男たちが顔が歪むほど歯を食い縛り力を込め、複数の縄を緩めて少しずつ下ろしていく。

 ゆっくりと降ろされた削岩機ドリルの先端が地に刺さる。次いで自重によって大地を割り、沈んでいく。


「ボルザっち。メーター読んで」

「ああ? これか、えーと、内燃機関温度安定、巡航出力だ」

「よし、出力を上げるよ! 離れてね、っと!」


 ボルザがたどたどしく機械の表示を読み上げ、動作の安定が確認された。

 それを聞いたウェインはペロリと唇を舐め、手元の操縦桿を握り、押し込む。魔晶石機関マナサイトエンジンが唸りを上げ、先端の削岩機ドリルの回転が早まっていく。蒼く輝く蒼鉄コバルトの錘が勢いよく回転し、大地を削らんと突き進む。まずはギュインと甲高い音が響き、やがてそれはガリガリと岩を削る削岩音へ変わった。

 『希望号』は大地を削り砕き、破砕した岩石は筐体の溝を通って外側に取り付けられた[小鞄ボックス]に辿り着く。[小鞄ボックス]をボルザやトラが操作し、砕かれた岩を次々と吸い込んでいく。

 『希望号』は無事に作動し、見事に地中を掘り進んでみせた。[小鞄ボックス]も砕かれた岩を吸い込み、今ごろは地上に置かれた片割れの口から吸い込んだ岩石を外に吐き出していることだろう。魔道具を使用した岩石排出装置も、動作は思惑通りであった。成功だ。

 

「いいじゃんいいじゃん! ご機嫌だね!」

「おいおい。調子に乗るなよ。安全運転な、安全運転」


 ひとまずの作動と削岩の成功に、ウェインが興奮して声を上げる。新しい玩具を買ってもらった子供のように輝く瞳に、嫌な予感を感じたボルザが苦言を呈するが……。


「何言ってるのさ、大成功だよ。機関出力安定、筐体に異常なし! この調子でいこう!」

「ニャ? 今日は動作試験じゃなかったかニャ?」

「動作試験は終わり! 今から耐久実験だよ!」

「耐久って……どれだけ機関が保つかだろ? 危ねぇだろ!」

「知ってる! 技術の進歩に犠牲はつきものさ!」


 ウェインが嬉しそうに操縦桿を握り、押し込む。

 たちまち削岩機ドリルが唸りを上げ、岩が砕かれる破砕音が甲高く響き渡る。さらには『希望号』の筐体がガタガタと揺れ、震え出す。

 不穏な振動と破砕音にボルザは青ざめ、トラは何かを悟ったように猫目を細めた。

 

「チッ。非常停止ボタンはどこだ! 予備の操縦桿は?」

「そんな余分なもの、最初っから取り付けてないに決まってるじゃん!」

「なっ……!」

「ほらほら手が止まってる! [小鞄ボックス]を操作して!」

「この……変態技術者マッドサイエンティストがぁ!」

「ニャ。どうせこうなると思ったニャア……」

 



 結局その日の『希望号』の耐久実験は、数時間掘り進んだ上で蛇神の内腑にまで到達。

 硬い地盤を砕かんと奮闘した『希望号』だが、ウェインが出力を上げ過ぎたため、熱で削岩機ドリルが歪み、気が付かないまま運転したことから機関部が破損。地上への引き上げを余儀なくされた。


 

 

 



「希望は潰えない……! まさに不死鳥の如く甦るのさ! 何度でもね! そう! これはただの希望じゃない。新たに名付けるなら、『真・希望号』!」

「あー……。異世界調査団ってのは大丈夫かね?」

「徹夜でハイになって頭イッてるんじゃないですかね?」

「ニャア……。気にしない方がいいニャア」


 テンション高めに宣言するウェインと、それを眺めて胡散臭そうに眼を細める冒険者のガズーとリズ・ラン。

 いたたまれなくなった猫妖のトラは、ついと眼を反らしてつぶやいた。気にしないでくれと。


 ウェインが声高らかに述べたのは『希望号』2号機の車内である。先日に試験運転を行った希望号の1号機は、現在地上で分解されて全般点検オーバーホールの真っ最中だ。


 今回はボルザの代わりとして、ルナの護衛の名目で集った冒険者たちの中からガズーとリズが乗り込んでいる。

 冒険者たちの中で抜群に耳の良いガズーは、異音を聞き付けて機関の停止を伝えるため。焔術師であるリズ・ランは削岩機ドリル先端の熱を感知し異常がないかを測定するため。また周囲の熱を探ることで地下の溶岩や地下水溜まりを避ける役に立つという。

 ちなみにいつも一緒の三人組のうち、力自慢のグロウズ・グリズリーは今日も地上で引き上げ用の命綱を握っている。

 

 地上にいる鉱夫たち、冒険者たち、岩食族、異世界調査団の面々。筋力自慢の彼らの血を吐くような成果により、ウェインらが乗り込んだ『真・希望号』は先日に掘った縦穴の行き詰まりに着底した。

 

「さぁてさて。副団長をぶん殴りに行くか」

「ですねぇ。やったりますかー」

「いざ! 危険と冒険の地下へ!」

「おう!」

「おー!」

「ニャアー!」


 一応はトラもノリを合わせ、『真・希望号』は駆動音を響かせて地下へと進む。これは削岩機ドリルを複数取り付けた試作型である。


「ふんふふんふんふ~ん」

「テンションがおかしいウェインさんはあまり役に立たないから、危機察知はよろしく頼んだニャア」

「わっかりましたよう」

「あぁ。鷹の眼と耳に任せろ」


 鼻歌混じりに削岩機ドリルを操縦するウェインを、トラはもはや一欠片も信用していなかった。必ず、すぐにまた調子に乗って何かやらかすと信じて疑わなかった。

 同乗したガズーとリズ・ランには憐れみの視線を向けたが、胸を張って応えた冒険者二人に、トラは少しだけ希望を見いだした。


「しかし、本物の猫妖ケット・シーが見られるとは。すごいぜ異世界調査団」

「初めて見ました。拝んでおきましょうねぇ」

「ニャハハ。あっちはまだまだ商売で稼いだ徳が少ないからニャ。商売繁盛のご利益は薄いニャよ?」

「それでもだ。俺は猫派なんでな」

「え、ガズーさんって鷹派じゃないんですか?」

「いやいやおかしいだろその分類」

「熊さんは熊さんが好きって言ってたので。田舎で食べた熊鍋美味しいって」

「共食いだな」

「美味しいじゃないですか、熊さんのお肉」

「根本は味の話じゃねぇよ、この天然ボケ」

「ガズーさんは眼付きも悪ければ口も悪いですねぇ」

「すまん。本当の事しか言えないんだ。すまん」

「二度謝られるとなんとなくムカつきますよぉ」

「あの……もう少し真面目にやって欲しいニャア。できるかニャア……?」


 無理そうだなぁと思いつつ、トラは一応苦言を呈した。無理そうだなぁと思いつつ……。


「あ? 真面目にやってるよ。リズが」

「へ? 私はガズーさんの漏れを察知するつもりでしたが?」

「あぁ? 俺が異常を見逃すって言いたいのか?」

「はぁ? そのお言葉はそっくりそのままお返ししますよぅ」

「いい度胸だなぁおい。人生の先輩に対する敬意ってもんが欠けてやがるぜ」

「先輩には口先じゃくて行動で示してもらいたいですねぇ」


 どうやら、無理そうであった。

 

「け、喧嘩はしないで欲しいニャ?」

「いいんじゃないかなぁ。僕こういう賑やかなの好きだよ」

「あぁー思い出したニャ、異世界来る奴にまともな人っていないんだニャ……」

  

 所狭しと計器が並べられて狭い『真・希望号』の車内。駆動音がうるさく響くにも関わらず、四人の会話によって常に車内は賑やかであった。

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これからも更新頑張ります。

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