表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/104

戦い終わって

 地下渓谷の底。奥深く。

 アーロが黒蛇神ディグニカを打倒した決戦場であったそこは、地面が隆起し、瓦礫や大岩が散乱する酷い有り様であった。

 今は黒蛇神の骸が転がっている脇では、犬精霊コボルドのケルクがふんふんと鼻を鳴らしながら、あちらこちらを歩き回っていた。

 

 ケルクが嗅ぎ回っている岩のほとんどはアーロと黒蛇神ディグニカの激闘によって揺れ、崩れ、あるいは砕かれた天井や岩肌から剥がれ落ちてきたものだ。

 大小様々な岩にケルクは鼻を近づけて嗅ぎ、その背に跨がったリリがあーでもないこーでもないと指示を出す。


 やがて……。


 わふ!

「あ!」


 ケルクが前肢でどけた瓦礫の下から、目当ての物が顔を出した。



◆◆◆◆◆



「まダか?」

「まだだ」


 じゅうじゅうという油の弾ける、肉の焼ける音と、香ばしい匂いが地下に充満している。

 

「……そろそろデはないダろうか?」

「駄目だ。焦るな」


 場所は地下渓谷。その奥地。黒蛇神とアーロの激闘が繰り広げられた場所の傍。

 待ちきれないとばかりに何度も尋ねるのは、鍛冶神ガンツ・ガンズ・ガンツ。

 堪え性のない奴だな、と顔をしかめるのは、ももまでしかない脚で座り込むアーロ・アマデウス。

 傍らにはアビゲイルの姿もある。しかし彼女は呆れ顔で、我関せずといった様子であった。


「おい、何度もひっくり返すな」

「これは焼き加減を見ているのダ」

「そんなすぐに焦げねぇよ」


 鍛冶神は細く形作った石の杭を串のようにして、巨大な肉塊を溶岩の近くまで差しのべる。肉は煮えたぎる溶岩の上にさらされ、熱で焼かれ、香ばしい匂いを発しながら徐々に赤黒い色から狐色へと変わっていく。

 くるくると串を回して様子を見たがる鍛冶神と、後ろで見ながら焼き加減に指示を出すアーロ。

 一人と一柱は改めて祝勝会を……つまるところ、焼肉大会を催していた。

 

「……もういいダろう?」

「ん……まぁ、良しとするか」


 表面だけでなくしっかりと芯まで熱が通るよう、時間をかけてゆっくりと焼き上げた肉塊は、ちょうど食べ頃の焼き加減のように思われた。

 わずかに煙を上げ、脂をしたたらせる焼肉を手元へ引き戻した鍛冶神は嬉々として串を抜き、アーロへと手渡す。

 アーロは一抱え程もある肉塊の熱さに耐えながら、手が汚れることなど構わずに、地面に突き立てた殺神大剣グランスレイヤーへと塊を押し付け、慎重に切り割け、平らな石の皿に盛っていく。肉の断面は驚くほど綺麗な切り口であり、外面はカリカリのキツネ色に焼かれ、芯は火は通っているが柔らかそうな赤黒い身が残っている。

 そうして適度な大きさに切り揃えられた肉を持った一人と一柱は、うやうやしくも真剣に、頭より高く焼肉を掲げた。

 

「黒蛇神ディグニカへの哀悼を表して」

「異世界の戦士の健闘を讃えて」


 互いにつぶやき、手にした肉塊に大口を開けてかぶりつく。

 彼らが口にしているのは黒蛇神ディグニカの肉。ハツ。いわゆる、心臓であった。

 筋肉質なハツにはこりこりとした程よい弾力があり、歯を立てれば肉質が負けじと跳ね返す。さらに顎に力を込めれば、ぶちりと噛み千切られた肉質からは焼かれた香ばしい肉汁と僅かな脂、そして旨味がじゅわりと溢れ出す。

 噛めば噛むほど肉の中から旨味が染み出す、それでいて味の癖が強いわけでもなく、臭くもない。口当たりは淡泊で、噛む程に味の深さを増していく濃厚さを持つという相反する肉質。

 黒蛇神の新鮮な内臓。侮れぬ旨さである。

 やや肉が赤黒いことが気になるが、腹を空かせた彼らにとっては見た目よりも味が重要であった。


「……うむ」

「……美味」


 もっちゃもっちゃと何度も何度も噛み、味わう。やがて名残惜し気に肉を呑み込んだ一人と一柱は顔を見合せ、深く頷き合った。


「……で、どうだ?」

「ドうダ……と言われてもな」


 肉を呑み込んだアーロは尋ね、鍛冶神はしばし考え込む。


「駄目ダ。何の力も湧かん」


 そして、気落ちした様子で首を横に振った。


「味は分かる。旨いゾ。繊細かつ濃厚な味わいダ。しかし力を得ることは出来ぬ。上位者の力を得られたのは、やはり黒蛇神の異質な現象ダろう」

「でもあんた、肉を喰えてるぞ?」

「ふむ……何故なにゆえデあろうな? 本来の定めデあれバ、上位者か自身ガ認めた相手にしか傷つけられなくなる筈ダガ。奴がオレを認めるとは思えん」

「いや、なくはないだろう?」

「黒蛇神に限って。いや……」


 話の合間にも一人と一柱は肉を摘まむ手を止めない。多少行儀が悪いが、この地下で作法を気にする者はいなかった。

 

「あんただけじゃない。俺たち、さ。黒蛇神ディグニカの性質は蛇毒だ。強き者が喰らい、生きる。俺たちは全員、勝者だ。そういうことだろ」

「……」

「まぁ、食えても力を与えんというところは、ひねくれてるとは思うな」

「確かに。奴らしい」

 

 鍛冶神ガンツ・ガンズ・ガンツは黒蛇神ディグニカを、三級神の肉を喰らった。しかし、鍛冶神には何の力も湧かなかった。 

 死体であろうが、神が定めたルールとやらは厳格に適応されるらしい。下位神格者である鍛冶神では黒蛇神の身をいくら取り入れたところで力を得ることは無かった。

 ただ肉がジューシーで旨いだけだ。


 アーロの方はというと、静かに煮える溶岩のように身体の底から力が湧く感覚を得ていた。とはいえ、ワールグラン鉱を口にした時と比べれば微々たるものだ。肉を食べたとしても脚が生えるわけでもない。

 

「……うぅむ」


 しばし物思いに耽っていた鍛冶神は、やがて顔を上げた。相変わらず表情の読み取り難い毛むくじゃらの顔だが、少なくとも何かに悩んではいなかった。

 

「よし。岩塩ガある。次はそれデやるか」

「お、いいな。あるならさっさと出せよ」

「躊躇がないなぁ……」


 さほど気落ちせず、悩みもせず、黒蛇神の焼き肉を楽しむための味付けを模索し始めたアーロと鍛冶神を、アビゲイルはやや引いた眼で見つめていた。


「なんだアビィ。欲しいのならそう言えよ……」

「山岳世界の我らデは力は得られぬガ、味は別ダ。量はあるのダ。遠慮なく喰らうガいい」

「そうじゃなくってさ、黒蛇神の肉だよそれ! 黒いし! 呪いの源なんでしょ。平気なの?」


 アーロと鍛冶神は後の祭りであるが、アビゲイルは当初から黒蛇神ディグニカの肉を喰らうことに拒否を示した。そして身を案じた。焼く前にはもうやめておけとも止めた。止めたのだが、聞き入れなかった当人たちはというと。

 

「黒蛇神は死んダ。もはやこれは只の素材ダ。すなわち只の肉、故に喰える。問題ない」

「そんなに心配するな。二級神の骨を喰った後だぜ? 三級神の肉くらい喰える喰える。旨いし」

「アーロまで話が通じなくなってる。そんな……」


 そんな些細なことは問題にならない、という理由で肉を食む一人と一柱に、アビゲイルはめまいを感じて頭を押さえた。会話の片手間にも彼らは肉を串に指し、溶岩の熱へかざしてじりじりと焼いていく。

 アーロもまた神の骨を喰らい、死闘を繰り広げたことで何かネジが飛んでしまったのだろうか……。そう悩むアビゲイルの前にも、一欠片の肉が差し出される。


「ほら、アビィも喰えよ」

「え、ちょっ、待って……」

「旨いゾ。神の肉なド、そうそう口にする機会はあるまい」

「や、えっと、心の準備が……」


 指で摘ままれて差し出される焼肉。

 座り込んだアーロは、無理に勧めようという声色ではなかった。アビゲイルが身を引けば逃れられるだろう。

 しかし味や、神の肉という物に興味はある。この機会を逃せば今後一生口にする機会は無いだろう。

 鍛冶神はもはやただの肉だと言っていた。色はやや黒くはあるが、しっかりと焼かれた肉は艶やかな照りを見せている。旨いらしい。現に今、地下渓谷に充満する、鼻孔を刺激して止まない焼肉の香りは凄まじい破壊力を持っていた。

 彼女は悩み、やがて意を決して口を開き……。


「あったわよー!」

 

 わふ! という鳴き声と共に犬精霊コボルドのケルクと、その背に捕まったささやき妖精のリリが駆け込んで来た。

 誉めて! とばかりに尻尾を振るケルクが口に咥えていた物を離せば、地面に転がるのは小さな革製の鞄だ。咥えて走ってきたのか、鞄には少しだけよだれが付いている。


「あーっ! なにか食べてる! あたしたちに内緒で!」

 わふ!


 自分たちが働いている間に何を食べているのか。けしからん。とケルクとリリは抗議の声を上げる。

 アビゲイルへ差し出されていた焼肉は、彼女が迷っている様子を見たアーロの手により、働き者のケルクへと与えられた。


「あっ、ボクの……」

「うぉー肉よ! 焼肉よ! 私も私も!」

 

 わふわふ! と機嫌よく焼肉にかぶり付いたケルク。口を目前にしてお預けを食らったアビゲイルはやや残念そうに目尻を下げ、食べ物の正体が焼肉だと気がついたリリは手を上げてくれくれとアピールを始める。

 待て待てと制したアーロは肉塊を手にして切り分け、鍛冶神に細い串を作って焼くように頼んだ。


「承知した」

 

 鍛冶神は何本もの石の串を作り出し、アーロと手分けして肉を刺していく。

 ぐつぐつと煮えるような音を立てる溶岩溜まりまで近づいた鍛冶神は、熱さをものともせずに肉をかざし、焼いていく。

 ケルクとリリはお座りをして、アビゲイルも覚悟を決めたのかそわそわとしながら焼き加減を見守る。

 微笑ましい光景に眼を細めたアーロはケルクを一撫で。地に転がされた鞄を拾い上げ確認し、大きく頷いた。

 

[小鞄ボックス]……頼むぜウェイン」


 アーロは事前にアビゲイルから受け取っていた薄紫色の小石、魔晶石マナサイトを四つ懐から取り出し、[小鞄ボックス]に手を突っ込んだ。


6年ぶりの投稿です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

200ブックマークや1万アクセスを越えました! ありがとうございます。

これからも更新頑張ります。

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[一言] ほとんど忘れてたので読み返した。 6年かぁ…。感慨深いものがあるわぁ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ