反省会とそれぞれの気持ち
「お前のことは俺が守ってやるからな。ほれ、これを身に着けて恋人がいますって誰にでも分かるようにしとけ?」
「おいやめろ」
「おぅ、似合うじゃねぇか。俺はお前にベタ惚れさ。この情熱的な赤色がその証拠さ!」
「ウェイン、歯ぁ食いしばれ」
「ちょっと待ってアーロっち! これは例えだから! その痛そうな拳骨しまって!」
時は深夜。場所はウェインの張った天幕の中である。
アーロはまず酔っぱらった頭を冷やすために水筒の魔術具である[夢幻の泉]から水を引き出し、ばしゃりと顔にかけた後に大量に飲み干した。そしてしばらく天幕から出て夜風に当たれば、酔いは次第に醒めて思考はうまく回り出す。
贈り物を受け取った後のエリーの様子が変だったので、何事かと天幕のランプの明かりの元でなにやら手記をしたためていたウェインに詰め寄ったところ、先ほどの寸劇のような例え話が返されたのだ。
ウェイン曰く。長耳族にとって贈り物は相手への好意を現す。基本的に親子などの間で行われるほかは、好いていることを相手に告げる求愛の行為である、と。
贈り物をする品によっても意味が変わり、身に着ける物の場合は『守ってやる』、加えて『身に着けて好きだという奴がいると周りに知らしめろ』という意味となる。
さらに色によって何を伝えたいか、を表現するらしい。赤色、特にアーロが渡したような真紅は珍しく『お前に惚れている。赤い血潮が脈打つ胸の高鳴り、あるいは炎のような情熱的な感情』となるらしい。
つまり、アーロは大勢の観衆の前でエリーに対してのかなり強い好意、というよりも求婚を表したことになる。
それを聞いて、狭い天幕の中でアーロは頭を抱えて転げまわった。辺りに乱雑に積まれていた手記がどさどさと崩れる。
「まじかよぉ! やっちまった。ウェイン、なんで止めてくれないんだ」
アーロとしては何の裏もない、純粋に贈り物というお土産を渡しただけだった。
エリーが余暇には布を編んだりしていることと、宴会で見せられた織物への注目度合から、おそらく喜ぶだろうと思ったのだ。
しかも、贈り物自体は事前にマガ長老に渡したことがある。前例もあるので問題ないだろう、とウェインに確認をとることもなかった。
ちなみに、アーロがマガ長老に送った品物としては、政治的な意味もあるのでそのまま友好の証として捉えられる。集落同士が品物や獲物を分け合ったりすることと変わらないのである。
「だから何かするときは聞いてって言ったじゃん。僕のせいにしないでよ」
ウェインの反論ももっともであり、この件に関しては全面的にアーロの過失である。だが、それでは納得いかない部分はあった。
「吐け! ウェイン! マヤさんたちに何を話した?」
「いやぁ……。アーロっちがこの世界に来た経緯とかを包み隠さず――って痛い! 痛いってアーロっち!」
アーロはウェインの両肩を握り締めて詰め寄り、内容を聞いてからは力を込めてぎりぎりと締めあげた。
「お前嫁探しとかなんとかって言っちまったのかよ! 仕事だ……俺は仕事でここに来てるんだ」
「だってしょうがないじゃん! 聞かれたら嘘つけないし!」
「そこは本人に聞いてねとかはぐらかせるだろうが!」
「あ、ほんとだ。次からはそうしようってぐぇぇ!」
「いきなり手とか握られて驚いたわ! そりゃ相手が自分のこと好ましいと思ってたら積極的になるわな!」
「急に手を握るのはアーロっちの方が先にやってるからね――って痛い! やめて! 肩取れちゃう!」
道理で怒りもせず、あまつさえこちらに気がある素振りを見せるわけだ、とアーロは納得した。
相手にしてみれば、異民族の男が遠路はるばる自分を目当てにやって来たという状態だろう。言われる側にすれば悪い気はしないだろうし『美しく愛しい君』と言って手を取るという誤解も与えている。
しかも同族、同僚の者からも裏付けが取れたのだ。ほぼアーロの印象は固まったと言ってもいい。
だが、言われたエリーの方からから手を握ってくるということは、まんざらでもないのだろうか? そんな気持ちが芽生え、アーロの心中はざわついた。
「いだだだ! 僕技術屋だから腕は大切にしてほしいんだけど!」
しばらくウェインを絞めあげ、心の落ち着かせるアーロ。
どうも宴の最中から、頭の中では仕事と浮ついた気持とが同居しているようであった。
「はぁ。でもこれじゃあ本格的に俺たちが色ぼけ種族だと思われるぞ」
「うーん、もう遅いかも? ていうか僕も一回同じことやってるんだよね」
長耳族に『美しく愛しい君』と何人にも言いまくった前科を持つウェインは肩をさすりながら、さらりと何でもないことのように言ってのけた。
「お前も贈り物を? 誰に渡したんだ?」
「ん、マヤさん。そのあと舞い上がっちゃって大変だったよー」
贈り物の意味とか色とかはその時に聞いたんだよーと、へらへらとのたまうウェイン。
「その贈り物って、ボルザの入れ知恵だな」
「ご名答! まさかアーロっちも持たされてるとはね。ワンパターンだよボルザっち……」
アーロとウェインの脳裏には、女は贈り物しとけば喜ぶだろぉ? というボルザの暑苦しい顔が浮かんでいた。
それはさておき、ウェインが同じような贈り物をした相手はあの長耳族のお姉さん風のマヤである。彼女は自らを長老の娘だと言っていた。
そこでふと、アーロはマガ長老のこぼしたある言葉が思い浮かんだ。
――異世界とはかくも面白きものですな。
このことから、娘にいきなり求愛や求婚の行動を取った異世界からの来訪者がいる、という事の次第は長老に伝わっていた。と考えられる。
そしてそれが文化の違いからくる勘違いによるものだということも。しかしその前例があるにも関わらず、新しくやって来たアーロには何も告げていない。
「ウェイン、そのあとマヤさんとはどう収まったんだ?」
「なんでも、私には立場があるからお返事はできませんってさ。あの時ばかりはちょっと安心しちゃったね」
マヤは族長の娘である。しかも今日の宴会時の様子から、マヤとウェインの仲は悪くない。お互いに友人として接しているような気がしていた。
そんなマヤは自分の立場から、好意に対してはいともいいえとも言えません、と答えたのだ。
では、エリーの場合はどうだろうか?
マガ長老が素質があると言い、やや加減を知らぬところがあるとフォローしつつ罰を与えるようなことは言っていなかった。言っていたらアーロが止めていただろうが。
そんなエリーは外交官、長耳族でいう案内役という役割が与えられているにも関わらず、何も伝えられていない。おそらくはマヤからも。文化の差異による勘違いは止められず、放置されているのである。
アーロの中で様々な情報がつながり、ストーリーが組みあがっていく。
これは、あくまでも仮説だ。
神聖国家アガラニアと森林世界エールバニアの長耳族は国交、交流を結びたい。観光や産業技術の交換、資源の輸出入など様々な利点があるためだ。
そして調査団に先んじて異世界入りした青年が、文化の違いとはいえ長耳族の族長の娘に求婚まがいの行為をしてしまう。しかし長耳族の中でその件については解決され、問題はなかった。
そこで、長耳族の中である思惑が生まれたとする。
今回は当事者が族長の娘であり、立場的に答えることはできなかった。だが普通の者ならどうか? お互いに合意があれば良いのではないか。
二つの世界が手を取り合って発展する。その際に紡がれる二人の男女の恋。大いに夢のある話である。民衆の受けもよいし、交流の後押しにもなるだろう。
好都合なことに、アガラニアの民は贈り物を友好の証とする文化を持っている。前例もあるし、何も注意しなければ次も同じことをする可能性が高い。
そして長耳族の案内役としては、ある程度実力や素質がある者が選ばれている。
つまり、長耳族の有力者やそれに準ずる者を異世界から来る調査団員とくっつけよう。と考えたのではないか、という仮説が立てられる。一族をあげての政略結婚のようなものである。
奇しくも異世界調査を決めたアガラニアの政府と長耳族の思惑が合致することとなった。
このストーリーを仮説としてウェインに話せば、彼も一定の説得力はあるとして否定はしなかった。
「権力者は恐ろしいな。涼しい顔して何てこと考えてるんだ。仮説だけど」
「本人たちがそうなるようにわざと情報与えないってところがやらしいよね。仮説だけど」
あくまでも仮説である、という姿勢は崩さない。国は彼ら二人の親分である。表だっての批判や非難は身を滅ぼすことになるのだ。
「でもいいなぁアーロっちは。エルフ耳のお嬢さんと公認でいちゃいちゃできるじゃん」
「ぐぉぉ。宴会の時はこいつらいちゃついてんなーとか思われてたのか。誰か突っ込めよ。空気読みすぎだろ」
盛大に落ち込むアーロ。もともと彼は恋愛事は秘める楽しさを感じるタイプである。年頃のカップルのように周りにいちゃいちゃしている雰囲気を振りまくような真似は避けたいのだった。
そんなアーロの肩を叩き、ぐっと親指を立てて決め顔を作るウェイン。
「明日からはエリーと行動だからね。頑張って! 僕はアーロっちを応援するよ!」
そしてウェインは一枚の紙を差し出す。精巧な鉛筆画だ。
そこには、宴と思わしき会場で寄り添う男女の姿が描かれていた。
男は丸耳で、女の方は当然の如く長耳である。二人は寄り添いながら両手を取り合っており、その手は固く結ばれていた。角度や状況から、長老の演説を聞いているときの構図だろう。
「題して『世界の繋ぎ手』かな。二つの世界、二人の男女。世界と手がつながることに掛けたいい題でしょ」
なるほど良い題である。しかも絵は本の表紙を飾れそうなほどの出来栄えである。
ちょっとした恋愛小話を着ければ本にできそうだ。長耳ということを脚色すれば一部のエルフ耳信奉者などにバカ売れするだろう。
だが、絵の題材にされた本人としては恥ずかしいことこの上ない。しかも誇張されている。本来は握られた手を外す外さないと、お互いの手がグギギと音が鳴りそうなほど激しい攻防を繰り広げていたのだ。
「この絵は捏造だ! 虚偽や偽証は許されない! ウェイン! そいつをよこせ!」
アーロはその絵を取り上げようとウェインと取っ組み合いを始めた。
せっかく描かれた絵を破り捨てるわけにはいかない。ならば取り上げ、誰の目にもつかないところへ封印するしかない。
「やだよ。これを元に色を付けようと思ってるんだから。報告資料にも使うからね!」
「それだけはやめろ! ボルザに十年間は笑い話にされる!」
鉛筆画を巡って格闘戦が繰り広げるが、結局そこら中に散乱する書類の間に紙を隠すというウェインの荒業により、アーロは絵を取り上げることができなかった。
そればかりか、怒ったウェインに天幕を追い出され、夜中に一人で自分用の天幕を張る羽目になってしまう。
宴を行った広場にほど近いところでは、集まってきた妖精たちが瞬くように光っている。
月光のなか明滅するその明かりを頼りに天幕を設営するアーロを見て、妖精たちはくすくすと笑っていた。
◆◆◆◆◆
宴が終わった後も、エリーは上機嫌だった。
自らの住居に戻ってからというもの、真紅のスカーフを飽きもせず眺めては顔を綻ばせている。
その顔が赤いのは、決して酒精が残っているだけではない。
毛皮の絨毯の上でゴロゴロと転がりながらもスカーフを手放さないエリーの様子を、同居人たちはどうしたものかと見つめていた。
ちなみに、同居人のマヤはいない。宴の後に長老に呼び出されてどこかへ行ってしまったので、住居にいるのはエリーと年の近い女性たちばかりである。
「あーあ、完全にお熱だなこりゃ」
「ちょろい。ちょろすぎる」
「恋する乙女だねー」
「まぁまぁ、本人が楽しそうでいいんじゃない?」
小声の相談を聞きとがめたのか、エリーはばっと立ち上がり、同居人たちに向き直る。
そして、どうだとばかりに真紅のスカーフを見せつけた。
「ふふん。どうだ。これで分かっただろう。あ、あ、アーロはやはり私にベタ惚れなのだ!」
肝心なところで赤くなってどもるエリーを見て、同居人たちは気の毒そうな顔をした。
「なかなか素直に名前を呼べないってところがもう……」
「恋愛初心者って感じ」
「エリーちゃん、昔からモテないもんねー」
「こら、そういうこと本人に言わない」
「う、うるさいな! 私の魅力を分かってくれる奴が一人いればいいんだ!」
四人の視線と言葉に耐え切れず、だんだんと床を踏み鳴らしながら抗議の声を発するエリー。
しかし、口の数では四対一で劣勢である。
「なんか聞いた話だと、耳が長けりゃ誰でもよかったんじゃないか?」
「分かる。今回はたまたま」
「そ、そんなことはない、はずだ……」
そうだ、そんなことはない。だってあの丸耳族の男は他の女には『美しく愛しい君』なんていわなかったじゃないか。と自分を納得させるエリー。
「体もおっきくてごつくてさー。迫られたら怖くない?」
「見た目はともかく。仕事のついでに粉掛けられてんじゃないか、と思うわね」
「何を言う! 私が見る限りあいつの体は戦うために鍛え上げられているぞ! それに、眼を見れば分かる。あいつは真剣だ」
エリーは自らが守衛の一族ということもあり、長耳族の女性の中でも背丈もあるし体格も良い。長耳族はその食性から男性、女性ともに細身の傾向が強いなか、戦う者としては恵まれていると言える。
あのウェインという丸耳族もどちらかと言えば細身の部類だが、アーロは違った。長身ということもあるが、全身まんべんなく鍛え上げられたがっしりとした体格だ。
頼りがいがありそうで、端的に言ってしまえばエリーの好みであった。
そして極め付けは、あの不思議な眼だ。とエリーは顔を思い浮かべて赤くなる。
色や形は特別変わっているものではないが、眼を合わせると離せなくなる不思議な魅力がある。見ていると吸い込まれそうな、あるいはこちらの心の中を見透かされるような、うまく表現が出来ないが、変わっているものだ。
そしてなにより。
「こんな贈り物を貰ったんだぞ!」
そう言ってエリーは真紅のスカーフを掲げる。これは物証である、と。
そこを突かれては、同居人たちもむぅと呻るしかない。真紅の布地に草花の刺繍が映える見事な一品であり、軽々しく贈るようなものではない、と長耳族の常識的には感じたからだ。
「ふふ。『美しく愛しい君』に贈り物。これが事実だ。もう覆せまい」
スカーフを首にあて、どうだ、似合うだろう? と勝ち誇った笑みを浮かべるエリー。
「けっ。舞い上がりやがって」
「本当にそうだといいけど」
「はっ。でかい妖精がなにやらとわめいているな」
からかい返してやると、同居人の二人は呆れたような顔をして自らの部屋に引き上げていった。
怒ったわけでは無いようだが、数少ない同年代の友人である。後で謝っておこうとエリーは思った。
そもそも恋愛初心者だなんだと言われているが、同じ住居に住んでいるうち、年長者であるマヤを除いたエリーと四人の経験値は似たようなものだ。
異性から言い寄られた経験は少ないし、今現在これという想い人もいない。そんななかで、誰かひとりが宴の最中に贈り物という熱烈な好意、というより求婚の意を示されたのを見て、やいのやいのと騒ぎ立てたい気持ちは分かる。エリー自身が見る立場であったら迷わずそうしていただろう。
だが、言われる側も思いのほか愉快だった。
これがもしも同じ集落の者であったのならば、よく知った間柄となり気恥ずかしさもあるだろう。しかし今回に限っては相手が異世界からやってきた男である。そんなものはなく、気楽だ。
加えて、なにか新しいことが始まっている、という言い知れぬ期待感があった。
「行っちゃったねー」
「みんなで恋話しようと思ってたのに」
「いいな恋話! 一度やってみたかったんだ」
そうしていそいそと残った二人と顔を突き合わせて座り込む。
なんでも話すぞという余裕たっぷりのエリーに対して質問するのは、同居人ののほほんとした雰囲気の女性である。
「はーい。あの丸耳族の男の人が言い寄ってきてるって事は分かったけどー」
「うむ。なんだ?」
「エリーはあの人のどこが好きなのー?」
一呼吸置き発せられたのは、今までの上機嫌を吹き飛ばす核心的な一言である。
笑みを浮かべていたエリーの顔が、固まる。すぐには答えられず、腕を組んで考え込み、それでもこれだという答えは出なかったので首を傾げながら思考を巡らした。
答えを用意するのにしばしの時間を要し、やっとエリーが口にしたのは、彼女らしいまっすぐで素直な言葉だ。
「わからん。私は、アーロのどこが好きなんだ? そもそも、好きなのか?」
至極まじめな顔でそう問い返すエリーに対して、同居人二人は顔を見合わせて、思った。
知らねーよ。と。
雑感
好きって、愛って、なんでしょうね?