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異世界調査団の誘い


「なぁアーロ。お前さんもそろそろいい歳だろうに、嫁探しでもどうだ?」


 事の始まりは、季節の行事である【時紡ぎの勇者の誕生祭】の最中のことであった。

 街角のとある喫茶店にて、二人の男が午後のティータイムと洒落込んでいた。


 男の一人は三十代中盤を過ぎた頃だろうか。肉ダルマという表現がよく似合うがっしりとした体格に濃い目の顔つき。つるりとそり上げたスキンヘッドが午後の陽光を気持ちよく反射している。

 もう片方の男はまだ若く二十代中盤といったところで、同じく大柄だが肉付きはよく締まっているという表現が合う。短くそろえた銀髪と鍛え上げられた長躯は威圧感がありそうだが、たれ目と緩められた口元がそれを相殺し、温和そうな印象を受ける青年だ。

 お互いに心を許した友であろう二人が世間話に興じるうち、肉ダルマから銀髪の青年へ、嫁探しでもどうだ、と持ち掛けられたのだ。


「唐突だな……。急にどうした?」

「いやまぁ、その、アレだ。いい歳して相手もいないお前さんのことを思ってだな」


 アーロと呼ばれた銀髪の青年は怪訝そうな表情を浮かべるが、同時にこれはあらかじめ用意された話題だという検討をつけた。おそらくだが、この話をするために今回の場は設けられたのだろう。とも。


「昔は【鬼のボルザ】と恐れられた男が、今や嫁探しのおせっかい焼きか。時代は変わるもんだな」

「はん、馬鹿言え」


 冗談めかして茶化す銀髪の青年、アーロに対し、ボルザと呼ばれた肉ダルマの中年は鼻で笑って見せる。


「【弱虫アーロ】坊ちゃんに、戦い方から女の口説き方まで教えたのは、この俺様よ」


 そういってがははと笑い、カップに注がれた紅茶を一口で飲み干すボルザ。

 顔や話し方は場末の酒場と安酒が似合いそうな中年の肉ダルマだが、顔に似合わず甘党な彼は紅茶を嗜むことをアーロは知っていた。それぐらいには長い付き合いなのだ。


「昔の話だろ。それで、俺が嫁探しだって?」

「おうそうだ。お前さんもそろそろ身を固めてもいいって年頃じゃねぇか。ん?」


 給仕の女性に紅茶のお代わりを笑顔で頼みつつ、話を本腰にいれるためずいと机に身を乗り出すボルザ。

 木製の小洒落たテーブルがみしり、と不穏な音を立てる。


「お前さん、冒険者は引退したんだろ?」

「一年前くらいにな。あのまま続けてても、どうせ二流どまりさ」

「懸命だな。腕や足をなくしてからじゃ遅いぜ」

「まぁな……。あれは稼ぎと危険度が比例して上がっていくからな」


 そういってため息をつくアーロ。冒険者というのは夢があるが過酷な仕事だ。

 ボルザもアーロも元は冒険者である。ボルザは数年前の結婚を機に引退し、アーロも一年ほど前に組んでいた団が解散したことにあわせて身を引いた。

 世界には未知が溢れており、それらを解き明かすために前人未踏の秘境や、かつて栄えた古代文明の遺跡などを探索する者たち。それが冒険者だ。 

 中でも一流と呼ばれる者たちは誰も踏み入ったことのない地に赴き、調査を行っている。彼らは本当の意味での【冒険者】だ。

 対して二流三流の冒険者は都市部や近郊に住み着き、市街や村落周辺の怪物や賊の討伐などの治安維持から、薬草の調達、人探しといった雑務まで受け持つ、いわばなんでも屋、便利屋である。若者の多くは英雄譚を夢見て冒険者に憧れ、大多数が経験するその冒険とは名ばかりの生き様に失望し、一流に上がれない者はやがて離れていく。


「それで、お前さんは今は何をしてるんだ? 無職か?」

「職を失うなら冒険者辞めねぇよ。昔世話になった教会の手伝いをやってるんだ。孤児院があってな」

「ほう……。まっとうな働きをしてるじゃねぇか。こりゃ、誘いづらくなっちまったな」


 乗り出していた体を戻し、ぽりぽりと頭をかくボルザ。タイミングを合わせてか、そこに給仕が紅茶のお代わりを持ってくる。

 ありがとうお嬢さん。と鬼のような笑顔を浮かべて受け取る肉ダルマに給仕の少女は若干引いていた。


「なぁボルザ、遠回りに話すなんてお前らしくない。誘うってのは何のことだ? 仕事と嫁探しがなぜ繋がる?」

「うむ……。そうだな……」


 ひとしきり紅茶の香りを楽しんだボルザがカップを置き、その懐から何枚か紙が閉じられた小さな冊子を取り出し、アーロに投げてよこす。


「お前さん、異世界に行って嫁探しをせんか?」

「……は?」


 受け取った冊子の表紙には『異世界調査団 特務武官募集要項』という文字と、瞳を模したシンボルマークが描かれていた。【真実を見通す眼】を表すこのマークは、書かれている冊子が神聖国家アガラニアの公的な文書であることを示している。


「覚えてるか? 勇者が転移門を開放した話」


 眼の前の肉ダルマから国に関係する文書が出てきたことに理解が追いつかないアーロをよそに、ボルザは説明を始める。


「あの時は世界中が注目した。新たな世界、異文化との交流。未知が溢れまた冒険が始まる、ってな」

「ああ。あったな……。十年くらい前か。【時紡ぎの勇者】が転移門を発見して起動させたって話」


 アーロ自身もその話題には興奮した覚えがある。なにせ当時は国を挙げてのお祭り騒ぎだったのだ。

 【時紡ぎの勇者】と呼ばれる冒険者だか騎士だかが、どこぞの迷宮奥深くにて、異なる世界同士を結ぶ転移門の守護者を討ち果たし、門を起動させることに成功したのだ。

 やがて転移門は世界にいくつかあることが分かり、その一つは神聖国家アガラニアの地下からも発掘され、国中が動向に注目した。今現在国で行われている【時紡ぎの勇者の誕生祭】は、その記念として毎年行われることになったのだ。


「覚えてるよな、その後話がどう転がっていったか」

「確か……。何も起きなかったんだろ?」


 異世界とは何か、どんな場所なのか、新たな経済活動や冒険の場が広がるのか。大小さまざまな興味と思惑が生まれたが、世間の興味は一瞬で冷めることとなる。

 異なる世界との邂逅。世界はこの急に発生した出来事に対応が出来なかったのだ。それはこの世界、アガレアだけでなく、同じく転移門の起動で繋がった異世界側も同様である。


「そうだ。門の先がどこにつながるかも分からん。相手が意思疎通可能な生物かどうかも分からん。ひょっとしたら侵略戦争になるかもしれん……。そんな疑心暗鬼が生まれ、調査に時間を要するとして転移門の開放は一時保留になった」


 そうして放置されたこの出来事に対し、世間の熱は冷めた。盛り上げるだけ盛り上げておいた挙句、拍子抜けの結末に興味が失せた、とも言える。


「それで、なぜ今になって転移門の話題が出る?」

「今になって、やっと、という感じだな。十年経ち準備が整ったからだ。今日の昼には国から正式発表が出されてるよ」


 発表に関しては当たり前か、とアーロは納得した。未発表ともなれば国家機密に該当する話をこんな開けた喫茶店で話すほど、目の前の肉ダルマは馬鹿ではないはずだ。

 国はこの【時紡ぎの勇者の誕生祭】に合わせ、世間に異世界との外交について準備が整ったことをアピールするのだろう。きっと話は瞬く間に広がり、昔のような熱を孕んだ期待が国中を包むことは想像に難くない。


「相手側の世界との交渉がまとまり、了承が取れた世界同士で調査団を派遣することになってな。調査に向かう先は全く違う歴史と進歩を遂げてきた異世界、どんな事態が起こるか検討もつかん」


 ボルザは真剣な顔をして、再び身を乗り出す。


「危険度も不明だ。ある程度自衛ができて、調査を行えるだけの知識と経験があり、なおかつ国として失っても痛くない人材が必要だ。俺や、お前のような」


 喫茶店の小洒落たテーブルが、再びみしりと軋んだ。


「調査は学者の仕事じゃないのか?」

「はん、学者先生のやれ野宿は嫌だだの、飯が合わず腹を下しただのと、軟弱でいかん」


 俺なんざ泥水すすっても平気だぜ、と笑いながら身を戻し、うまそうに紅茶を飲むボルザ。

 アーロは手元の冊子に目を通していくが、募集要項にはさまざまな条件が書いてあった。もちろん危険手当に関することも、万が一傷害や死亡した場合のことについても言及されている。

 死傷、欠損、病気……。紙面に踊るそのような物騒な言葉に、アーロは思わず顔をしかめた。


「そう怖い顔をすんない。確かに危ない場所もあるが、なにも戦場に放り込まれるわけじゃねぇ。ちょっとばかし自然環境が過酷だったり、異文化の誤解や軋轢ってやつから生まれるいざこざがせいぜいさ」

「……納得できる。悪くない話だ、とは思う。それに夢があるな」

「だろぉ? しかも特務武官、国の公務官だぜ。いい話を持ってきたろ」


 難しい話はこれで終わり、とばかりに破顔するボルザ。強面で周りから恐れられることが多いが、昔から何かと世話をやく性分であったな、とアーロも頬を緩める。

 だがしかし、と笑顔のままボルザに切り出す。


「重要なことが残ってるぞ。嫁探しってなんだ?」


 先ほどまでの笑顔が引きつり、一転してぎこちない笑みに変わるボルザ。


「嫁ってのは、その……。お互いの世界の融和の懸け橋となるような? カップルの誕生があればいいなっていう? これもお国のためっていう感じのアレだな?」

「思いっきり政治的な話じゃねぇか!」


 がははと笑いながら嫁探しやお見合いどころか政略結婚的な話を持ち掛けてきた肉ダルマに対し、アーロは冊子を突き返した。


「いやいや悪い話じゃねぇから! これ人集めないと俺が異世界行かなきゃいけないやつだから! 俺所帯持ってるからそういうの無理なんだよ! だって嫁ちゃんのこと愛してるし!」

「やめろぉ! お前ののろけ話を混ぜるな!」


 ちなみにアーロは冒険者時代から顔なじみだったボルザの嫁のことをもちろん知っている。

 アガラニアの冒険者達の中でマドンナ的存在であった可憐な美少女で、実力も一流に届こうかという高さだったが、結婚を機に主婦となるため引退している。

 アーロは結婚式にも招待されており、三十代の肉ダルマの横ではにかみながら嬉し泣きをする十代後半の可憐な美少女という奇妙な絵面に、かつての冒険者仲間たちは何とも言えない表情で祝福をしていた。


「こういうことお前にしか頼めないんだって! 異世界の冒険! 異文化との交流! 危機を乗り越えて生まれるラブロマンス……ッ! いいだろ? どうだぁ?」


 先ほどの兄貴分然とした余裕の表情から一転、真剣に身代わりを頼みこむボルザに対し、アーロは尊敬しかけていた評価を大幅に下方修正していた。


「そういうことなら普通に頼めよ……! 少しだけ期待した気持ちを返せよこの肉ダルマ!」


 少しだけ、そうほんの少しだけ期待していた気持ちがあったため、裏切られたような気持になるアーロだが、ボルザはほうほうとニヤニヤした笑みを浮かべる。


「ほお~ん? 期待しちゃった? ん? 嫁探しってところに? ぷぷっ。だってアーロちゃん奥手だもんねぇ! 俺様にお膳立てされないと女の子にも声かけられないもんねぇ!」

「ぶん殴るぞテメェ!」


 凄んでみせるアーロだが、ボルザは気にした風もない。


「まぁ熱くなるなって。さっきはああ言ったが、嫁や結婚なんてのは完全に自由意志だぜ。確かに世界同士を結び付けるに人の縁、血の繋がりってのも手っ取り早くはあるが、無理に繋ぐものじゃねぇ」


 ちょいとばかし、国として期待しているみたいだけどな? と続けるボルザ。


「それに、なにも特務武官はお前さんだけじゃねぇ。異世界の調査ができて、国交が結べれば仕事としてはまず問題ねぇ」

「まぁそうだろ。ハニートラップを仕掛けるわけでもないし。国の外交官みたいなもんだよな」


 うむうむと頷くボルザ。


「それにな? 俺様の眼には分かるのさ。女の好みのタイプがな!」

「お前、それ昔からずっと言ってるよな。『好みが見抜ける』とか『俺には見える』とか」


 自信満々に己の眼を指さす肉ダルマを前に、アーロは胡乱気な視線をやる。冒険者時代からボルザはことある毎にこの『女性の好みのタイプを見抜く眼』の話をするのだ。

 女性限定の効果だが、その人が好む男性の特徴を言い当てるというもので、今の嫁を捕まえたのも相手のタイプが『ちょっと悪い系のダメ男で筋肉質な年上男性』だという直感に従い押しに押した結果である。

 しかし以外にも以前に彼が狙いにいった相手への成功率は高く、冒険者仲間の間では一定の評価を得ていた。その効果を発揮する度にボルザは決め顔で言うのだ。

『これはきっと神様が与えてくださった加護(ギフト)だぜ。世のため人のために活用しなきゃな』と。


「任せておけって。なにを隠そう俺様はその異世界調査団の主任様だぜ。特別に、俺様の直感でお前さんが好みにドンピシャな娘っ子が外交官として出てる異世界をまわすからよぉ。うひひっ」

「職権乱用じゃねぇか。大丈夫かよその組織」

「違ぇよ。相性を見て仕事振ってんだよ」


 ものは言いようであるが、そういう見方もできるかと納得してしまうアーロ。

 昔から付き合いがあるボルザには屁理屈も理屈と通されてきたので、反論も無意味だと分かっているのである。


「まぁ、いいか。それより、もう異世界と行き来はできるんだな。どんな所だ?」

「おぉ、そこは興味あるわな。まだ候補の一部しか回れてねぇが、顔見せ程度はしてきたぜ。意思疎通が可能な生命体、無理なく生きていける環境が整った異世界ってのは、結構数があるもんだ」


 当初の方針としては、あまりにも環境が違う異世界との交流は難しいため、まずは似た環境の異世界から始め、徐々に範囲を広げていくのだという。


「異世界ってのはおとぎ話の宝庫かもな。世界中が大海原、どこまでも続く砂漠なんて世界も珍しくねぇ。それに、妖精、精霊なんて不思議生物の類も多くいるみてぇだ」

「異世界。それに冒険。ついでに嫁探しかぁ……いいな」

「がはは。行きたくなってきたろ?」


 ほれ、冊子。と先ほど突き返された文書を再度アーロに手渡そうとするボルザ。

 アーロはその冊子を受け取ろうとして手を伸ばし、そして冊子を掴まずに引っ込めた。


「お? どうした?」

「すまん。いい話だとは思うが、すぐには返答できない」


 当初は胡散臭い話だと思ったアーロだが、話を聞くうちに気持ちは行きたい方に天秤が傾いている。

 冒険と報酬、どちらも男の心を熱くさせるものだ。

 だがしかし。


「娘がいるんだ。俺一人では決められない」

「……嬢ちゃんか」


 アーロの娘の話題になると、とたんに神妙な顔をするボルザ。いつも豪快な彼にしては珍しく、迷うような、出方をうかがうような話し方になる。


「あぁ。調査ってのは長い間かかるんだろ? その間、娘を家に残すことになる」

「短くても十日ほど。長ければ何十日もかかる想定だ。相手の世界に馴染んでやっていけるかの確認は、一朝一夕じゃできねぇよ」


 全く未知の相手との信頼関係の構築には、かくも時間がかかるものである。

 お互い手探りの状態で、この相手と仲良くやっていけるのか、危険はないのか、妥協できない点はどこかを調べ上げなければいけない。その上でお互いに利点があるように国交をまとめなければいけないのだ。


「何十日もか……。いったん相談させてくれ。娘が嫌だと言えば、この話は受けない」

「……人様の家庭にあまり口は出したくはねぇが、そろそろ一人立ちってもんをする時期じゃねぇか?」

「おいおい、あいつには早いだろ。俺がまだ面倒見てやらなくちゃ」


親馬鹿、もしくは過保護っぷりを発揮し始めたアーロに対して、ボルザは呆れたように告げた。


「一人立ちはお前さんがするんだよ。この親馬鹿が。嬢ちゃんもう十五歳だろ」


登場人物紹介


アーロ・アマデウス 25歳

 元二流冒険者。

 銀髪。長躯。


ボルザ・ボルザック 37歳

 元二流冒険者。

 スキンヘッド。筋肉ダルマ。



雑感など

 娘がいるのに嫁探しを勧められるアーロ。

 そんな彼の複雑な事情はまた後程。

 まずは異世界への冒険準備です。

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これからも更新頑張ります。

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