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ごん狐、その後

作者: 上地貴文

「結局、一番かわいそうなのは兵十じゃないのかなあ?」

 たぬきのさぶが言いました。


「違うよ。撃ち殺されたごんに決まっているじゃないか」

 うさぎのこうたが口をとがらせて反対します。


 さぶは首を横に振りました。

「考えてごらんよ。病気のお母さんにうなぎを食べさせようとしたら、いたずらで逃がされて、できないままお母さんが亡くなっちゃった。その後はごんに家へいわしを投げこまれ、いわし屋にどろぼうとまちがわれてぶん殴られた。それで、ようやく悪いきつねをやっつけたと思ったら、栗やまつたけを持ってきてくれた、本当はいいやつだとわかったって。あんまりだよね?」


「ごんは悪いと思って、兵十につぐないをしていたんだよ。その気持ちが伝わらない方が、よっぽど気の毒じゃないか」


 それを聞くと、さぶは突然こうたに飛びかかり、こうたの体中をくすぐり始めました。こちょこちょ。こちょこちょ。


「きゃははは。何をするんだ。おい、やめろよ」

 ところが、さぶはやめません。ますます激しくくすぐります。

「ぼくはマッサージが得意なんだ。どうです、こうたさん。気持ちいいでしょう?」

「こんなのマッサージじゃないよ。やめろ。苦しい!」


 やっと、さぶはくすぐるのをやめました。あやうく笑い死にさせられるところだったこうたは、本気で怒りました。


「やい、さぶ!何をするんだ。人のいやがることをするな。こんなことをするから、たぬきはかちかち山で悪い生き物にされるんだ」


「ごめん。ぼくは、きみが喜んでくれると思ったんだ」

「冗談じゃない。たのみもしないことをするなよ」


「そういうことだ」

 さぶは、にやりと笑いました。


「えっ、どういうこと?」

 こうたにはわかりません。


「きみは、ごんがつぐないをしたって言ったけど、それは兵十に伝わらなかったよね?」

「そうだね」

「いくら自分がいいことをしたと思っても、

相手もそう思ってくれないとだめだよ。ぼくはこうたのためにマッサージしたけれど、きみは全然うれしくなかっただろ?」

「うん」

「ごんが兵十の家にまつたけや栗を持って行ったのも、それと同じだよ。ごんのおわびだって兵十が気がつかなければ、おわびにならないじゃないか」

「なるほど」

「むしろ、こそこそ栗なんかを持って行くより、兵十さん、いたずらしてごめんなさいって、ごんがちゃんとあやまるのが先だと思うけど」

「そうか。じゃあ、やっぱり、この話で一番かわいそうなのは兵十なのかな」


さぶが何かを言おうとした時です。


「うえーん」

 近くで子供たちが泣き出す声が聞こえました。さぶとこうたは、何ごとだろうと駆けつけます。


 すると、野原で何人かの子供たちが泣きじゃくっていました。そのそばで、本を持った青年が困っています。


「新美南吉先生!」

 さぶが叫びました。


「えっ、あのごん狐の作者のかい?」

 こうたは、びっくりしました。


「先生、どうしたんですか?」

 さぶが新美先生に尋ねました。


「今日はぼくが書いた童話を子供たちに読んであげる会なんだ。それで、『ごん狐』を読んだら、こんなことになっちゃった。ああ、やっぱり『手袋を買いに』にしておけばよかった」


「どうして泣いているんだい?」

 こうたが足をばたばたさせて泣いている男の子に声をかけました。


「だって、ごんがかわいそうだよ。兵十の馬鹿。なんて悪いやつなんだ。いきなり鉄砲で撃つなんて」


 すると、その隣で泣いている女の子も言いました。

「ごんは兵十のために栗やまつたけを持って行ったのに何でわかってあげないの?ひどい。ひどすぎる」


 他の子供たちも泣きながら口々にひどい、かわいそうと言いはじめ、野原は大騒ぎになりました。新美先生はおろおろと歩きまわるばかりです。


「えへん、きみたち。実はこのお話でいちばんかわいそうなのは兵十で」

 さぶが演説しようとすると、いっせいに子供たちが嘘だ、違うと大反対しました。


「さぶ、さっきの話はまだ子供たちには無理だよ。ああいうのは大人にならないとわからない」

 こうたがさぶを止めました。


「そうかな」

「子供たちにとっては、自分が相手のために何かをしてあげたら、それは絶対にいいことなんだ。気づかないのは相手が悪い。ぼくたちだって、そう思っていただろう?」

「たしかに。それにしても、ごん狐というお話は子供にとってショックだよね」

「実は一番かわいそうなのは、兵十でもごんでもなくて、このお話を読んだ子供たちじゃないの?だって、こんなに泣いているんだから」

 こうたがしみじみと言うと、新美先生が顔色を変えました。


「とんでもない。ぼくは子供たちをいじめるためにこのお話を書いたわけじゃない。楽しい話、笑える話があるなら、ごん狐みたいに悲しい話があってもいいじゃないか。こういうのも本を読む楽しみのひとつだ」


 すると、子供たちが次々と新美先生にむらがってきました。

「先生、本当はごんは死んでいないよね?」

「ごんを生き返らせてよ」

「作者なんだから、ごんを助けて」

 もはや手をつけられません。困りはてた新美先生は、ついにさけびました。

「みんな、これはお話だ。ぼくが作ったお話だ。だから、本当は兵十なんていないし、ごんも死んでいない!」

 言い終わってから、新美先生はしまったという顔をしました。


 それは、童話の作者が絶対に言ってはいけないことだったのです。

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