騒がしい朝
暖かな日差しが世界に降り注ぐ。
草花の生い茂る平原にも、険しく切り立った岩々がそびえる山脈にも、平等に。
人々が毎日の営みを平和に送れる環境が、昨日と同じように今日もやってくる。
それは広大な農地の手入れをしている一人の男にも同様に訪れる。
逞しい上半身を大自然にさらし、汗を地に滴らせて農具を力強く振る姿は、様になっている。
緩やかな坂に沿って溝を掘り進めていた彼は、作業を終えると農具を片手に歩き出した。せき止めていた水を解放し、しばらくの間作り上げた水路の様子を確認する。
「よし!」
自分が手がけた作品が実用に足るものだとわかり、笑みを浮かべる男。その頬には土がついていた。
満足げに歩く彼のまわりでは小鳥のさえずりが響いている。この静かな日々を謳歌しているのだろう。
男が耕した田畑では作物が太陽の豊かな光を受けてスクスクと背を伸ばしていた。収穫もあと少しだろう。
笑みが顔に張り付いたかのように笑顔を崩さない彼は、自身が建てた物置小屋兼住居の前に着くと大声で叫んだ。
「暇だぁぁぁっ!」
物音に驚いた小鳥の羽音が慌ただしく遠ざかっていく。
怒鳴った男は笑顔から一転、額に青筋を浮かべていた。
「なんて穏やかな日々なんだ! 反乱の一つや二つ、あってもいい頃だろ!」
日頃から積もり積もった鬱積を吐き出すかの如く、がなりたてる男はなにやら、反乱が起きればいいなどと物騒なことを言い募り始めた。
「どいつもこいつも、意気地なしばかりだ! そうだ、反乱を起こさないことを反乱として攻めr……」
「何をバカなことを言われるんですか。寝言は寝てから言ってください」
小屋から出てきた少女が冷めた口調で言う。
茶髪のショートカット。十代後半くらいの背格好。寒色系の服装が静かな雰囲気を出している。
寝足りない様子の少女はどうやら、男の怒鳴り声で起こされたようだ。赤くなった顔には青筋をたてていた。
そんな寝起きの少女を見て男が顔色を変えると同時に、少女は腕で抱えていた木製の丈夫そうな枕を、いとも簡単に木片へと加工した。
「お、おい、落ち着け」
男は暴走する少女を止めようと少女の肩をつかむ。
「さわんな! この情緒不安定野郎!」
「なんだと? この生意気なガキめ!」
少女は寝起きが悪いのだろうか。先程まで使っていた男に対する敬語を忘れている。
しかし二人とも似たもの同士、どっちもどっちだ。
こうしていつもよりも、少しばかりーーではないがーー騒がしい朝が始まっt……
「「黙ってろっ!」」
……怒られてしまった。
だが、ナレーターは黙る訳にはいかない。それに口汚い罵り合いの様子を見てても、ねぇ……
さて、取っ組み合いの喧嘩が始まったところでナレーターの私が、この世界についてざっと説明しよう。
この世界には大まかに二つの世界がある。魔界と人間界だ。魔界には魔物が、人間界には人間が住んでいる。
以上。
次に仲良く喧嘩している二人について話そう。
確か男の方が魔王で……
「違うぞ」
え、じゃあ少女の方が魔王……?
「だから違うぞ、俺は『大』魔王のラグンだ!」
……っ、ぷ、っく。
うわっ『大』魔王に睨まれた。わ、笑ってナイヨ。
えっと、それで、もう一人が……
あれ、メモどこにやったっけ? まあ、いいや。めんどくさい。
それでは、自己紹介をどうぞ!
「……私は土製生命体のロメ」
とまあ、まとめると『大』魔王のラグンという戦闘狂が魔界のみならず、人間界をも征服した後、呑気に土いじりを土製生命体の少女としていた。戦争のないことにキレたラグンが反乱おきろー、とほざいたってとこかな?
「消すぞ」
うわー、怖い、怖い。
「ムカつきますね。ラグン様、やっちゃってください」
「わかった」
何をするのかわからないが、ナレーターは不死身なのだ!
私が負けることはない!
「それは、どうかな?」
その『大』魔王の一言が、ナレーターの私が聞いた最期の言葉だった……
【終】
「って、何勝手に終わらせようとしてんだ!」
俺は虚空に向かって叫ぶ。むなしく山々にこだましていく。
……ッチ。逃がしたか。
仕留め損なったことに歯痒く感じていると、隣で座っていたロメが尊敬の眼差しを俺に向けて言う。
「見事にあの変な声を退治されましたね! 一体、どうやったのですか?」
……俺にもわからないよ、そんなこと。
だがあいつはもういないみたいだし、俺の手柄にしていいかな。
大体、あんな酷い態度や説明が許せない。農民生活をしてるけど一応、真面目な世界の王様なのだ。
まあ、そんなことよりも……
「これをどうにかしないとな」
「うん」
大魔王は喧嘩によって、木くずへと変わり果ててしまった我が家を眺めて言う。
ばつの悪そうにロメが俺に同意する。
さいわい、小屋にある資材は無事だ。
仮小屋くらい、半日でできるだろう。
小さくため息をついて、疲れた朝を迎えた俺は、こののちに重大な行動を取るきっかけを得ることになる日だとは思いもしなかった。