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4 いなじゅま☆

 光に包まれ、私はベッドのうえで目を覚ました。


 カーテンの隙間から陽光が差し込み、朝であることを教えてくれる。ぼんやりとした思考で時刻を確認したあと、起き上がり、カーテンを開けて部屋のなかを見まわした。女子の要素が欠片もない、殺風景な男の部屋である。頭を振って気怠さを追い払い、クローゼットの扉をワイルドに開け放った。


 どうやら、私は夢をみていたらしい。


 それは素晴らしい夢であった。

 あまりにもリアルな日常の夢は、正夢となるに相違ない。

 つまり私は予知夢をみたのだ。部屋のなかに異空間の入り口が発生することはあるまいが、そう遠くない将来、私は彼女と出会うのであろう。私にとっては再会となり、彼女にとっては……いや、彼女もまた夢の中で、私との同居生活を楽しんでいたのかもしれない。



 幾日分もの予知夢をみたせいか、曜日や日にちの感覚があいまいになっていた。

 どうやら休日ではないらしい。


 静かな感動に浸りたい気分であり、出社時間もぎりぎりであるため、私は会社を休むことにした。優秀かつ真面目な社会人である私にはきちんと有給休暇が残っている。友人が自殺未遂をおこして病院に搬送されたらしい、という理由で連絡をいれた。私のように有能であると、「あなたに休まれると困ります」、などと泣きつかれる懸念もあったが、忙しい時期でもないので申請は速やかに了承された。


 私はソファーにゆったりと腰を落ち着ける。


 呪いの返信メールが存在しない。それを確認することにより私は確信にいたった。友人からのメールを消去した覚えはなく、あの夜の出来事が夢であったことは歴然たる事実であると……真実を証明してみせた私が、いかに聡明であるのかを。


 テレビをつけてニュース番組にチャンネルを合わせた。未来をみたであろう証として、既視感をおぼえる事件はないだろうか。期待もしたが、いまは天気情報の時間であるらしい。眼鏡にエロスを感じさせる教師風の淑女が、落ち着いた態度で全国の空模様を伝えていた。


「いやまて。あの愚かで惨めな男は、まだ別れを経験していないのではないだろうか?」


 あれもきっと予知夢であろう。本当に自殺未遂などをされてはかなわん。ここは友人として、女に捨てられることを事前に教えてやるべきかもしれない。



「◯△地方は午後から荒れる模様。いなじゅま☆の発生が予想されますので、十分警戒してください」



 思考を遮断され、私はテレビ画面を凝視していた。

 おもいっきり噛んだに違いない教師風の淑女が、平然とした態度で情報を伝えている。


 まさか気づいていないのか? 視聴者を騙しとおせると考えているのか? いや、見た目から察するに完璧主義者。自分の過ちを断固として認めないタイプなのだろう。たとえ自分が悪くとも責任を他者に転嫁するような、あまり可愛くない淑女なのだ。おそらく敵も多いだろう。視聴者から文句が殺到しているに違いない。


 私は瞑目し、心静かに考えを深めた。


 紳士としてはどう対応するべきか? 「落雷に警戒してください、と表現すればよかったかもしれませんね」、などとアドバイスするのは紳士的行為だろうか? 励ましの言葉だけで十分であり、アドバイスはむしろ害毒……いやいや、聡明なる紳士はひとりを除くすべての女性に等しく対応するものではないだろうか? 「そこが可愛い」と評することが、私に課せられた使命ではないだろうか?



「現在、ごらんの各地域において、大雨・洪水、いなじゅま☆注意報が出ております」



 注意報は雷のはずだ。どうしてそれを稲妻と言い張るのか。素直に雷注意報といっておけば、そんなに恥ずかしい噛み方はしないというに……可愛さレベルが変動するではないか、と、私は紳士らしく苦笑していた。テレビ画面にはっきりと表示されている、いなじゅま☆という文字を目にするまでは。




 私はパソコンと向かい合い、インターネット検索を試みた。


 いなづまで検索すると、いなじゅま☆ではありませんか? 

 いなずまで検索しても、いなじゅま☆ではありませんか?


 私は少しばかり考えたあと、稲妻という漢字で検索した。どうやら稲妻と書いて「いなじゅま☆」と読むらしい。発音しない☆の意味がよくわからんが、天気情報を伝えていた淑女は、若干アニメ声になっていた気がしないでもない。



「……いつからだ。稲妻(いなづま)はいつから、いなじゅま☆になった?」



 私は己が常識人であることに誇りを抱いている。敗戦後、GHQ占領下にあった我が国が、稲妻の読み方を「いなじゅま☆」に変更させられた、などというネット情報を信じるわけにはいかない。


 そう、ネット情報など信ずるに足らず。

 紙媒体こそ今日の文明を築き上げてきた力そのものであり、こういうときは辞書である。

 途方もない労力の果てに生まれた辞書こそ頼るべきである。


「やれやれ、部屋に辞書を完備していないとは……私もまだまだ成長の余地がある」


 私は完璧なる紳士に近づくため、芽生えた違和感を払しょくするために、本屋へ出向くことにした。

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