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2 エア彼女

 まさか彼女に腹話術の才があろうとは……。


 驚かされた。くまのぬいぐるみを巧みに操る可愛らしい女子が、いきなりオッサンの声を出すものではない。そこだけはマイナスをつけてしまうわけだが、芸達者な女子というものには、なかなかの高ポイントをつけざるをえまい。


 朝の通勤時間を存分に活用して、私は考える。


 可愛らしい音を奏でた犯人は、やはり彼女とみるべきであろう。上手いこと誤魔化された……いや、もちろん私はすべてわかっていた。すべてを理解したうえで騙されてみせるのが男の器量というものだ。


 電車に揺られながら、私はつらつらと考える。


 もしも私が油断をして罪を犯したとき、彼女はどんな対応をとるだろうか……おそらく、睨みつけたりはしないだろう。確たる証拠もなく睨みつけてくる女子高生たちとは違った対応をとるに違いない。

 

 



 仕事が終わり、恋人と別れたらしい友人と会うことになった。

 本音を言えば早々に帰宅し、彼女の無聊を慰めたいところではあるのだが、事情が事情である。

 恋人と別れたらしい友人の誘いを断るほど、私は薄情な人間にはなれないのだ。


 恋人と別れた友人は、私の到着を待つことなく酒を飲んでいた。すっかりできあがった状態であり、捨てられた悲しみを振り払うかのように、「今日は俺のおごりだ!」と叫んでもいた。


 私は遠慮なく酒を飲み、恋人がいない友人の、悲惨な別れ話に耳を傾ける。


 ひとりぼっちの友人は、酒の力を借りながら「女なんていくらでもいる」と強がっていた。適当に肯いてやると気をよくしたらしく、別れた女がどれだけ身勝手であったかを語りはじめた。惨めな男が愚痴るのか。愚痴る男が惨めなのか。これまた適当に肯いてやり、「可愛くない女だな」と賛同してやると、「お前にあいつの何がわかるんだ!!」と真っ向から否定してくる。


「……あんないい女、どこを探したってほかにはいやしねぇんだよ」


 女に捨てられた男というのは、じつに面倒な存在である。

 が、いい女のなんたるかを理解していない友人には語ってきかせる義務がある。


 私は彼女のことを話しはじめた。


 女に捨てられて泣いていた友人は、徐々に関心をもちはじめたらしい。

 当然である。

 私が語る彼女のエピソードは、どれもこれも可愛らしさ全開なのだから。


 やがて、友人は真剣な面持ちで耳を傾けてきた。


 なにかを堪えるような、沈痛な表情をしている。たしかに他人の色恋話など、恋に破れた傷心の男には少しばかり毒であったのかもしれない。理想の恋人とはいかなるものかを伝えたかっただけであり、可愛らしい女子との同居生活を自慢するつもりなど微塵もありはしなかったのだが、なるほどこれは嫉妬もしよう。

 友人は悲しみを湛えた眼差しを私に向けた。

 重たく静かに私の名を呼んだ。



「……お前に女なんているわけないだろ?」



 どうやら友人は悲しみに打ち負かされ、現実を認めることができなかったらしい。

 憐れな友人をどうやって救ってやるべきだろうか?

 嘆息した私に友人は問うてきた。


「念のため聞いとくけど……その子とはいつ、どこで出会った? どうやって口説いて、どういう流れで同居をすることになった? エピソードがお前の部屋限定なのはどういうわけだ?」


 やれやれ困った男だ。

 女に捨てられたからとはいえ、私と彼女の関係に疑いの目を向けようとは。

 彼女との出会いだと?

 彼女がいつから、私の部屋で同居しているのかだと?

 そんなもの、気づいたときからに決まっているではないか。



「妄想もたいがいにしとけ……これは俺の、友人としての心からの忠告だ……うん、いやマジで」






 私は居酒屋をあとにした。


 彼女の可愛らしさは私の想像を超えている。

 よって、私の恋人が私の妄想の産物であろうはずがない。


 この論理的解釈を一笑に伏すとは、所詮、女に捨てられて当然の男である。


 私以外の男であれば、即座に友情を断ち切って友を見捨てていたであろう。だが、非情になりきれない私は、惨めで憐れな友人の目を覚ましてやるべく帰宅をいそいだ。論より証拠である。私の部屋にいる、可愛らしい女子の姿を見せつけてやれば正気に返るであろう。その結果、愚かな友人が嫉妬に悶え苦しんだとしても仕方があるまい。


「悶死せぬよう、写真だけにしておいてやろう」


 あのような男に動画などもったいない。

 もっとも、彼女の可愛らしい、天使のような微笑みは神聖そのものである。

 写真を見ただけで成仏してしまう可能性は否定できぬが、それはそれで本望かもしれん。


 改札を抜けて、私は走った。


 夜道を駆け抜けた私は、しかし、目的を果たすことが叶わなかった。

 私の帰宅を待ちわびる、彼女の姿はどこにもなく、くまのぬいぐるみを残して消えていた。



「どうやら外出中であるらしい」



 惨めで憐れな友人にメールで伝えてやると、目を覚ませ、とシンプルな一文が返ってきた。

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